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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
幽霊はタクシーに乗って
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タクシー、愛を運ぶ

 タクシーに乗ってから、「しまった!」と思った。

 どうも怪しい。


――これ、幽霊タクシーじゃないか?


 という気がした。

 深夜の山道にタクシーが現れる。うっかり乗ってしまうと、あの世に連れて行かれるという幽霊タクシーの伝説があった。

 運の悪いことに山道で車がエンストしてしまった。途方に暮れていたところに通りかかったのが、このタクシーだ。

 とにかく急いでいた。

 僕はタクシーに飛び乗った。

 タクシーに乗ってから、どこか変だと思った。このタクシーは何か違う。そう思って観察すると、山道を走っているのに、タクシーが全く揺れないことに気がついた。あの車に乗っている時に感じる、微かな振動が伝わって来ないのだ。

 そう、まるで雲の上を走っているかのように、ふわふわしていた。


 ああっ! くそっ。よりによって、こんな日に幽霊タクシーに乗ってしまうなんて、なんてついてないんだ! 山道で車が故障してしまい、目の前が真っ暗になった。夜だからじゃないぞ。絶望したってことだ。タクシーが通りかかってくれた時には、天にも昇る気持ちだった。いや、あの世に行きたいってことじゃない。

 これで、間に合うかもしれないって、思ったのに~!


 心の叫びが漏れていた。思ったことを口にしてしまっていたようだ。

「お客さん。何か事情がありそうだね。話してみてはいかがです?」

 タクシー運転手が言った。

 幽霊タクシーじゃないのか? 幽霊タクシーだったとしても、あの世に連れて行かれるのは勘弁してもらいたい。僕は訳を話した。


 山を一つ隔てた新興住宅地に僕は住んでいます。町にある大学に通っています。大学の近くにフルーツジュースのお店がありました。フルーツジュースのお店なんですが、関西出身のママさんがつくってくれるたこ焼きが美味しくて、僕ら、アーチェリー部の仲間は講義の合間や部活が終わってから入り浸っていました。

 時々、高校生の娘さんが手伝いに来ていて、それがもう可憐で、可愛くて、一目で好きになりました。正直に言うと、娘さん目当てで通っていました。娘さんが手伝いに来ていないと、がっかりしたものでした。

 アーチェリー部の仲間で娘さんを狙っているやつが何人もいました。でも、娘さん、「うちは母子家庭だし、私、勉強ダメだから――」と、大学生の僕らとでは釣り合わないとでも、思っていたみたいでした。そんなことないのに。

 その内、娘さん、高校を卒業したみたいで、お母さんのフルーツショップで働き始めました。お店に行けば、彼女と会える。毎日、お店に通うのが楽しみでした。

 一年くらい、そんな夢のような日々が続きました。

 でも、二カ月くらい前から、ママさんがお店に顔を出さなくなって、娘さん、一人になってしまいました。聞くと、病気だということでした。

 段々、病状が悪化して行っているようで、娘さん、一人でお母さんの看病をして、お店をやりくりして、大変そうでした。そして、とうとう、お店をたたんで、お母さんの実家に戻ることになりました。

 実家に戻る前に、彼女と話ができました。

 近くに良い病院があって、幸い、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんが元気で、お母さんの看病を手伝ってくれるそうです。農家で収入もあるみたいですから、実家でお母さんの看病をしながら、アルバイトをすると言っていました。

 僕、何と言っていいか、分からなくて。本当は、彼女に、好きだと告白するつもりだったのですが、結局、言えませんでした。言えないまま、彼女、お母さんを連れて関西に引っ越して行ったのです。

 住んでいたアパートとお店の整理で、今日、彼女だけが町に戻って来ました。今晩の最終列車で、この町を離れるそうです。夜逃げみたいだと言っていました。

 今日、町を離れると二度と戻って来ないでしょう。僕、彼女を見送ってあげたくて、やっぱり彼女に気持ちを伝えたくて、家を出たのですが、途中で車がエンストしてしまったのです。


 運転手は僕の長い話を黙って聞いてくれた。

 そして、話が終わると、「お兄さん、これから彼女、大変だよ。精神的にも経済的にも、支えが必要だ。彼女と付き合うということは、その苦労を一緒に背負うことになる」と言った。

「はい。分かっています」

「あなた、彼女を支えてあげることができますか? その覚悟があるのですか?」

「そのつもりです。大学を卒業したら、関西で働きます」

「あなたは、まだ世間を知らない。あなたが考えているより、ずっと大変ですよ」

「そうかもしれません。でも、このまま彼女と会えなくなるなんて、僕には耐えられない」

「そうですか。老婆心から、きついことを言ってしまったかもしれません。でも、あなたはまだ若い。若者は後先考えずに突っ走ってしまうものです。やってみれば良い。彼女、電車の時間を教えたということは、あなたに来てもらいたいのでしょう」

「でも、時間が! もう時間がない。彼女の電車が行ってしまう。何処に引っ越すのか、彼女は教えてくれませんでした。電車を逃すと、もう会えなくなってしまう」

「あとどれくらいあります?」

「十五分しかありません。今、ここだと、到底、間に合いません」

「お兄さん。忘れていませんか? うちは幽霊タクシーですよ」

 運転手はそう言うと、「さあ、しっかりつかまって」とアクセルを踏んだ。

 すると、タクシーはぐんぐん加速し、夜空へ舞い上がった。



 駅のホームで彼女に会えた。

 僕は彼女に自分の気持ちを伝えた。彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら、「私なんか、あなたに相応しくない」と言った。

「僕が君に相応しいかどうか、これから二人で確かめましょう」と言うと、彼女は両手で顔を覆いながら、「はい」と頷いてくれた。

 彼女の乗った列車がホームを離れた。

 僕は列車が見えなくなるまで見送ってから、駅を出た。

 すると、タクシーが待っていた。あの運転手が窓から顔を出して言った。

「お兄さん、どうでした? 家まで送って行きます。道々、話を聞かせてください」


                                            了


 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 タイトルとして「愛を運ぶタクシー」というのが頭に浮かんだ。次に「となりのトトロ」のラストで猫バスが空を駆けるシーンが思い浮かんだ。そこから連想して書いた作品。こういう軽いノリの作品が大好き。

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