空を飛びたい
「いいなあ~お前は。僕もお前みたいに自由に空を飛んでみたいよ」
公園のベンチに腰掛けて、餌を求めて地面を歩き回る鳩を見ながら呟いた。すると、「冗談じゃない!」と一羽の鳩に言い返された。
鳩が言葉をしゃべった⁉
そう言えば、鳩といえば白目の部分がオレンジ色で目が赤く見えるが、この鳩は白目の部分が白かった。それだけで、他の鳩より賢そうに見えた。
「お前が考えているほど、楽じゃないんだよ!」とその鳩が言う。
「そ・・・そうなんだ・・・」
呆気にとられる僕をしりめに、鳩はしゃべり続けた。「いいか。お前たちと違って、俺たちには天敵ってやつがいる。地上には猫や蛇が俺たちを狙っている。空にはカラスやフクロウがいる。油断すると、やつらに食われてしまうんだぞ。最も、都会には餌がたくさんあるから、カラスや猫は俺たちを狙わないけどな」
「大変なんだね」
「そうだ。それに空を飛べるお陰で、俺たちには手がない。お前たちと違って、鼻をほじることさえできないんだぞ」
「う~ん。それは嫌だなあ・・・」
「分かったか。気軽に空を飛びたいなんて言ってもらいたくないね」
「分かった。ごめんよ」
「そんなに空を飛んでみたければ、飛行機に乗れば良い。ハングライダーとかパラグライダーとか他にも色々、あるだろう」
「君、詳しいね。でも、そういうのは、何か、違うんだよね~」
「何が違うんだよ。空を飛ぶことに変わりはないだろう」
「まあ、そうだけど・・・」
上手く言えないけど、そういうのではなく、もっと自由に、例えば、高いところから、ひょいと飛び降りてみたり、電線にとまったりするような、あの感じで空を飛びたいのだ。
僕の説明を聞いた鳩は「ふ~ん」と唸ると、「じゃあ、自由に空を飛ぶところを見せてやろうか」と言った。
「どうやって?」
「ピーナッツだ。ピーナッツを買って来い。そしたら、空を飛ぶ様子を見せてやるよ」
「ピーナッツ?」
「俺の好物だ」
「どうやって見せてくれるの?」
「最近は小さいカメラがあるんだろう? マイクロカメラって言うのか。それをつけて空を飛んでやるよ。お前はその様子を見れば良い」
「ああ、いいね。それ」
なんだか面白そうだ。
「俺はジョンだ」と鳩が名乗った。
鳩に名前があるのだ。
ピーナッツにマイクロカメラを買って、公園に戻った。
「こら、止めろ! 俺のだ。俺のピーナッツだ」
仲間と争いながらピーナッツを腹いっぱい食べたジョンは「そろそろ、いいぜ。腹ごなしだ」と満足そうに言った。
マイクロカメラを通して空を飛ぶ様子を見せてやろうというのだ。
「くすぐったいな。ははは」
ジョンの胸にマイクロカメラを装着した。
「じゃあ、ひとっ走りじゃない、ひとっ飛びしてくるわ」
そう言うと、ジョンは大空へと羽ばたいて行った。良い天気だ。ジョンはぐんぐんと上昇して、見えなくなった。
どんな映像が撮れているのか楽しみだ。
たっぷり一時間は戻って来なかった。
待ちくたびれた頃に、ジョンが戻って来た。
「お疲れ~」
「良い絵が撮れたと思うぞ」とジョンがドヤ顔で言った。
早速、携帯電話でカメラの映像を再生した。大空に舞い上がって行く様子から始まっている。どんどん上昇し、地上にあるものが小さくなって行く。ああ、この感じだ。流石に胸に装着したマイクロカメラだ。臨場感溢れる映像が撮れている。空を飛んでいる感覚に陥った。
僕は夢中になって映像を見た。
「もしもし――」と声をかけられて我に返った。
顔を上げると警察官が立っていた。背後から警察官が僕の携帯電話の映像を覗き込んでいた。
「あなた。その映像、どうやって撮ったのですか?」
何だ? 僕が何か悪いことをしたのだろうか? 嫌な予感がする。
「映像ですか・・・それは、鳩の胸にマイクロカメラをつけて・・・」
「一人暮らしの女性から、鳩にカメラをつけて盗撮している人間がいるという通報を受けたのです。あなたですね!」
「盗撮! そ、そんな・・・」
映像はやがてジョンがどこかのアパートのベランダに降りて行く場面に変わった。一休みしたかったのだろう。
部屋の中には若い女性がいて、着替えをしている真っ最中だった。
ジョンを見て、悲鳴を上げる様子がしっかりと映っていた。




