リストラ
「いいなあ~お前たちは、毎日、働かなくていいから」と男が鳩に言うと、「ふざけるな! 毎日、腹を空かせて、食べるものを探し回ることが、どれほど大変なことか、お前に分かるのか!」と怒鳴られてしまった。
「えっ!」
カワラバトと呼ばれる公園や駅前でよく見かける鳩だ。鳩と言えば黒目に白目の部分がオレンジ色で目が赤く見えるが、この鳩は白目の部分が白かった。他の鳩より賢そうに見えた。その鳩がいきなりしゃべった。
「お前、しゃべるのか⁉」
「だったらどうした」
「いや、別に」
「昼間っから、こんなところで油を売っていて良いのか? 仕事はどうした」
「それが・・・リストラされたんだ」
「ははあ~それで、奥さんに言えなくて会社に行く振りをして家を出て来て、ここで時間を潰している訳か?」
「まあ、そうだ」
「情けない野郎だな。俺が奥さんに伝えてやろうか?」
「本当か?」
「その代わり、ピーナッツを持って来い! そしたら、家に飛んで行って、奥さんにリストラされたことを伝えてやる」
「ピーナッツ?」
「ほら、そこのコンビニで買って来い」と鳩に言われ、男はピーナッツを買いに走った。
「この野郎! 俺のピーナッツだ。ああっ、食うなって言っているだろう」と仲間たちと争いながらピーナッツを食べ終わると、「約束だ。伝えて来てやるよ」と鳩が言った。
「伝書鳩だな」
「俺はジョン、お前の名前は?」
「ジョン? 名前があるのか?」
「俺が自分で勝手につけた。さあ、お前の名前だ、何だ?」
「ショージ」
「で、家はどこだ? 奥さんはどこにいる?」
「家は――」と男はマンション名と部屋番号を伝えた。
「よし。じゃ、ひとっ走り行って来る。走らないで、飛んで行くけどな」
そう言うとジョンは飛び立った。
マンションにやって来た。
ジョンは人の言葉をしゃべるが字が読める訳ではない。それに、階数は分かるが、どれが何号室なのか分からない。
ショージの家が何処にあるのか分からなかった。
(まあ、良いや)とジョンはマンションの入り口の雨除けの上に止まると、マンションに出入りする人間に向かって、「――号室のショージは会社をリストラされた~」と叫び続けた。
誰も鳩がしゃべっているとは思わない。
マンションを出入りする人間は一応に、上を見回すと、何もないことを確認し、不思議そうに首を傾げながら、通り過ぎて行った。
男が家に戻ると、細君が激怒していた。
「あんた! 会社をクビになったのね」
家に戻るなり、そう怒鳴られた。ジョンが伝えてくれたようだ。「これからどうするのよ~」と泣き喚かれたら参るなと思っていたが、怒るとは思っていなかった。
「近所で噂になっているのよ。隣の奥さんから聞かされて、私、恥ずかしくて死にそうだった。何で会社をクビになったこと、あちこち言って回ったのよ! 私には黙っていたくせに」
「いや、俺は誰にも言っていないんだが・・・」
言って回ったとすればジョンだ。
「私、もう、このマンションにいられないわ」
細君は家を出て行った。
了
拙作をご一読いただき、ありがとうございました。
人の言葉を話す鳩ジョンが主人公のショートショート。鳩のあのオレンジ色の眼が少々、気持ち悪かったする。そんなことを考えていて生まれた作品。




