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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
幽霊はタクシーに乗って
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幽霊タクシー

 幽霊タクシーの噂を聞いた。

 山深い一本道で、カーブを曲がり切れずに崖下に転落し、タクシー運転手が亡くなった。隣町まで客を乗せて行った帰り道だったらしい。

 転落した場所は緩やかなカーブになっていて、事故が続いていた。警察が調べたところ、近くに出来た保養所の工事により、カーブの外側が内側より低くなっていたことが原因だった。だから、カーブを曲がり切れずに事故が続いていたのだ。

 以来、山道に幽霊タクシーが出現するようになった。うっかり、幽霊タクシーに乗ってしまうと、あの世に連れて行かれる。そういう噂だ。

 実際、幽霊タクシーに乗った女性がいたらしい。

 真夜中、山道で、彼氏と大喧嘩して車から降りてしまった。とぼとぼと歩いていると、タクシーが通りかかった。タクシーに乗ったのだが、何だか様子が変だ。女性は焦った。何とか運転手を説得してみようと、色々、話をした。

 結局、幽霊タクシーの運転手は家族の話が苦手だったようで、女性が家族の話をすると、「お嬢さん。家にお帰りなさい」と町で降ろしてくれたと言う。

 そんな話がSNSでバズっていた。

 それだけ分かれば十分だ。幽霊タクシーに乗ってみようと思った。一部始終をSNSにアップして、俺もバズってやる! と思った。

 深夜、友人に頼んで幽霊タクシーが出るという山道まで車に乗せて行ってもった。車を降りる時、友人は「本当に大丈夫か?」と心配顔だった。

「大丈夫さ。幽霊タクシー対策はばっちりだ」

「じゃなくて、深夜にこんなところで降りて、大丈夫なのかって聞いているんだ」

「ああ、そのことか。いざとなったら電話するよ」

「家で寝てるぞ」

「お前がダメなら、加藤とか、北とか、手当たり次第、かけてみるよ」

「そうか」と友人は去って行った。

 友人が去ってしまうと、ちょっと心細くなった。


 しまった。懐中電灯を持って来るのを忘れた。携帯電話のライトを点けて歩いていたが、バッテリーの減りが激しいので、止む無く消した。

 運悪く、小雨が降り出してきた。真っ暗な夜道を、服も髪の毛も、びっしょり濡れながら歩いていると、幽霊タクシーなんてどうでも良くなった。

 家に帰りたい。とにかく、シャワーを浴びて寝たかった。

 もうダメだ。友人に電話をかけようと思い始めた時、背後から眩い光がやって来た。車だ。タクシーだ。こんな深夜にタクシーが走って来たのだ。来た! 幽霊タクシーだ。これで、俺のSNSは大バズりだ。俺は一気に有名人だ。

「おお~い」と手を上げるまでもなく、タクシーが停まった。

 後部座席のドアが開く。

 タクシーに乗り込むと、「お兄ちゃん、こんな夜中に、どうした?」と運転手に聞かれた。車内が暗い。「悪いね。ルームランプが壊れてしまったみたいだ」と運転手。

 運転手の顔がはっきり見えない。これは間違いなく幽霊タクシーだ。幽霊タクシーに違いない。

「道に迷っちゃいまして」と下手な言い訳をした。

 真夜中に山の中で道に迷うなんて、おかしいだろうと思ったが、運転手は「そうかい」と言っただけだった。

「どちらまで?」と聞くので、町まで乗せて行って欲しいと答えた。

 車が走り出す。

 辺りは漆黒の闇で、雨脚が強くなってきた。視界が悪い。

「隣町までお客さんを乗せて行って、帰ってくる途中だったんだ。こんな時間に、雨の中、一人で歩いていると、足を踏み外して崖から落ちてしまうかもしれない。危なかったよ。良かったね~私が通りかかって。お客さん、運が良い」

 そうだ。俺はついている。明日は有名人だ。

 おっと、危ない。先ずは家族の話だ。それをしないと、あの世に連れて行かれる。

「俺、来年、卒業なんスけど、お袋、大企業に入りなさいって言うんですよ。なんでか分かります?」

「そりゃあ、大企業に就職して安定した暮らしをしてもらいたいからでしょう」

「違うんス。お袋が言うには、あんたはサボりだから、人が大勢いるところじゃなきゃあダメだって。人が少ない職場だと、サボっているのがバレバレだ。大企業で人がいっぱいいたら、あんた一人くらい、サボってたって分からないでしょう――ですって。失礼な。笑えるでしょう」

「ご両親は、心配しているのですよ。あなたのこと」

「はは。そうですかね」と答えておいた。これで十分だろう。運転手に家族が心配していることを印象付けることができた。

 話だけではダメだ。証拠の写真を撮っておこう。

 携帯電話を取り出して、写真を撮ろうとした。だが、暗い。真っ暗だ。何も映らない。これでは使えない。フラッシュを炊こう。この時に為に、暗い夜道でライトを使うのを我慢したのだ。どうせ撮るなら動画が良い。フラッシュを点けたまま動画を撮影することにした。

 フラッシュを点けっぱなしにして、車内の撮影を始めた。運転手の顔だ。それを動画で撮りたい。ここからだと見えないが、バックミラー越しに撮影すれば良い。

 俺は携帯電話をバックミラーに向けた。

「お、お客さん、眩しい――!」

 運転手が怒鳴った。

 次の瞬間、タクシーは宙を舞っていた。



 深夜の山道でタクシーが崖から転落する事故が発生した。

 タクシーの運転手と運悪く乗り合わせた乗客の二名が死亡している。転落した現場は見通しの悪いカーブで、過去にもカーブを曲がり切れずにタクシーが転落し、運転手が死亡する事故があった。事故を受けて、警察ではガードレールを設置し、道幅を広くし、傾斜をつけるなどして事故の再発防止のための取り組みを行って来た。

 転落の原因については不明だった。


 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 幽霊タクシーに乗ったつもりが・・・をショートショートにしたもの。

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