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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
幽霊はタクシーに乗って
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タクシー

タクシーが深夜に乗せた乗客はびっしょり濡れていた~という幽霊話をショートショートにしたものです。

――お嬢さん。一体、どうしたんだい?そんなにびしょ濡れで。雨でも降っていたのかな?ほら、このタオルで拭きな。大丈夫だよ。おじさんが使っているタオルじゃないから。お客さん用に、クリーニングして保管してある綺麗なタオルだから。

 こんな夜中に、若い女性があんなところいたら、危なくて仕方がない。お嬢さんは知らないだろうけど、あそこはね、事故の名所として有名なところなんだ。緩いカーブなんだけどね。山の中の一本道で、すれ違う車もないから、スピードを出し過ぎるんだろうね。

 昔、若いカップルの乗った車がカーブを曲がり切れずに、崖下に転落したことがあった。可哀そうに、女の子の方が、亡くなったな。

 あまりに事故が続くものだから、役所の人間が調べたらしい。ほら、山の上にデッカイ保養施設が出来ただろう。あの工事でね、地盤が動いて、カーブの外側の方が内側より低くなってしまったらしい。カーブはね。外側の方が高くなっているから、うまく曲がることができるんだよ。外側の方が低いとハンドルを切っても切っても、曲がり切れなくなってしまう。ベテランのタクシー運転手だって、あそこで事故を起こしているんだ。

 まあ、こんな話、どうでも良いか。で、お嬢さん、どこまで行くんだい?


――えっ、お金が無いって。

 そうか~いいさ、こんな時間だ。今夜はもう、タクシーを拾おうなんて客、いないだろうから、帰って寝るところだったんだ。隣町まで客を乗せて行って、空で帰ってくる途中だったんだ。そこで、お嬢さんを拾ったって訳だ。町までタダで、乗っけて行ってあげるよ。気にしなさんな。

 もう一枚、タオル使うかい?折角の真っ白で可愛い服が、泥だらけじゃないか。その綺麗な黒髪も泥だらけだ。ごしごし拭いた方が良いよ。良いって、良いって、タオルなんて、洗えば良いんだから、気にしなさんな。


――おや、泣いているのかい?

 夜中に、あんなところに一人でいたんだ。訳ありだってことくらい、おじさんにも分かるよ。でもね、お嬢さん。お嬢さんは、まだ若いから、今は、辛くて、辛くてやりきれないと思うかもしれないけど、そんなもん、時間が経ってしまえば、ああ、そう言えばあの時、あんなこともあったなあ~なんて、思い出になってしまうもんさ。はは。

 若いとね。心の傷も治りが早いんだ。

 おじさんは気にしないから、思いっきり泣きな。泣いて、泣いて、涙が枯れるまで泣けば、少しは元気になる。


――落ち着いたかい?そりゃあ、良かった。

 びしょ濡れで寒いだろうから、エアコンを少し、強くするよ。

 そんなに暗い顔をしなさんな。あんた、まだ若いし、美人だから、きっと幸せになれる。うちの家内なんて、あんたほど、美人じゃないよ。気立ても悪くてね、他人の陰口ばかり言っているような女だ。あんた、信じられるかい?テレビに出ている人間に、文句を言ったりするんだぞ。聞いてる訳もないのにね。はは。

 亡くなった母親との折り合いも悪くて、わたしはね、本当に苦労したものだよ。

 結婚したての頃はね。それこそ、喧嘩ばかりしていた。出てけ~って、家を追い出すと、あれは気が強いものだから、あんたなんて、こっちから願い下げよ~なんて悪態をつきながら、出て行くんだ。だけどね、あれの両親は早くに亡くなっていて、帰る場所なんて無かった。それが分かっていて、家から叩き出すんだから、わたしもひどい男だろう?若気の至りだ。

 暫くすると、心配になってね。探しに出るんだ。すると、あれが玄関前に箒を持って立っている。何をしているんだ?って、聞くと、何処にも行くところなんてない。でも、ここに、ただ立っていると、通り過ぎる人が不審そうな顔をする。だから、箒を持って掃除をしているふりをしているんだってさ。ははは、笑えるだろう。夜中なのにね。玄関前を掃除するやつなんていないよね。

 仕事に出る時、いつも、あれが言うんだ。お父さん、いってらっしゃい。運転、気をつけてね。ただいまって戻って来ないと、あんたのこと、ぼっこぼこにしてやるんだから――ってね。

 とんだ暴力女房だよ。ははは。

 どうだ?暖かくなったかい?少し寝たら良い。そうすれば、元気が出るよ。町に着いたら、起こしてあげるよ。


――ああ、お嬢さん。町の灯りが見えてきたよ。

 悪いね。お嬢さん、町に入ることが出来ないから、近くにある駅で降ろしてあげるよ。なあに、もうじき始発が出るから、直ぐに家に帰れるよ。

 ごめんね~本当は、家まで送って行ってあげたいんだけど、色々あって、家に帰るのは久しぶりなんだ。暴力女房が待っているからね。あんな女だけど、早く会いたいんだ。はは。


――お代?だから気にしなさんな。

 元気出しなよ。変なことは考えなさんな。お嬢さん、何があったか知らないが、あんたは、な~んにも悪くない。

 ああ、もうすぐ駅だ。じゃあ、気を付けてな。



 私が幽霊タクシーの話を聞いたのは、その時が初めてだった。

 地元では有名な話らしい。山深い一本道で、カーブを曲がり切れずにタクシーが崖下に転落し、運転手が亡くなった。隣町まで客を乗せて行き、帰り道を急いでいたらしい。その場所は緩やかなカーブなのに事故が続いていた。警察が調べたところ、近くに出来た保養所の工事により、カーブの外側が内側より低くなってしまっていたことが分かった。

 以来、山道に幽霊タクシーが出現するようになった。うっかり、幽霊タクシーに乗ると、あの世に連れて行かれるという噂だった。

 あの日、私は彼氏の車で温泉旅行から戻って来る途中だった。帰り道、彼氏が別れを切り出した。他に好きな人が出来たと言う。楽しい旅行が終わってから言うなんて・・・・怒りと失望がこみあげて来た。私は頭に血が上り、彼氏に車を停めさせると、「ここから、歩いて帰る!」と車を降りた。信じられないことに、彼氏はそのまま行ってしまった。

 山の中の一本道に私は取り残されてしまった。

 真夜中だった。しとしとと雨が降り、寒い夜だった。ずぶ濡れになりながら、歩いた。歩いても、歩いても、何も見えなかった。抜かるんだ泥道に足を取られて、何度か転んだ。私はこのままここで、死んでしまうんじゃないかと思った。でも、全てがどうでも良かった。それなら、それで良いと思った。

 そこにタクシーが来た。運転手は私に「お嬢さん。こんなところに、一人でいるなんて物騒だから、車にお乗りなさい」と優しく言ってくれた。私を車に乗せ、街はずれの駅まで送ってくれた。

 彼氏の車にバッグを置き忘れてしまったので、財布を持っていなかった。後でタクシー代を払おうと思い、タクシー会社と運転手の名前を覚えておいた。

 後日、タクシー会社を訪ねて事情を話した。あの時の運転手さんにタクシー代を払いたいと伝えると、応対に出た社員は驚いた様子で、「彼は十年前に事故で亡くなっています。本当に彼のタクシーに乗ったのですか?」と顔をこわばらせながら言った。そして、「実はね、こんな噂があるんです」と幽霊タクシーの話を教えてくれた。

「彼のことだ。仲の良い夫婦でしたから、きっと、彼、家に帰りたいと、その辺を走り回っているんじゃないですかね。あの世に連れて行くなんて、嘘っぱちでしたね」

 そうだ。私はこうして生きている。タクシー会社で、亡くなった運転手の家を教えてもらった。今でも奥さんが一人で住んでいると言う。

 家を尋ねると、品の良さそうな老婦人が出迎えてくれた。おじさんが言っていたような、暴力女房には見えなかった。タクシー会社から電話があったと言い、私が来るのを心待ちにしていたそうだ。

「あの人のこと、教えて下さい」奥さんは真剣な眼差しで言った。

 私があの夜の出来事を話して聞かせると、奥さんはぼろぼろ涙を零しながら聞いてくれた。私の話を聞いて、奥さんが言った。「優しい人でしたから、暗い夜道に、あなたが一人でいるのを、放っておけなかったんでしょうね」

「ええ、きっとそうでしょう。何か、こういうのも変ですけど、ご主人には、本当にお世話になりました」

「ありがとうございます。あなたに来てもらって、主人も喜んでいるでしょう。あの人、私との約束を破って、ただいまっ――て戻って来ませんでしたから、怖くて家に帰って来れないんでしょうね。馬鹿ね」そう言うと、奥さんは目頭を押さえた。

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 深夜にタクシーが女性客を拾う~お化けだった~というお決まりのパターンを、いかにひねってオチをつけるか、色々、考えている内に、いくつか違ったオチを思い付いた。


 本作はプロットを思い付いた時に「やった!」と思ったのだが、似たような話が落語にあると知って、がっかりした記憶がある。

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