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世にも不思議なショートショート  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その一
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カリスマ美容師

 そのカリスマ美容師の話を聞いた時、嘘だろうと思った。自分はきっと、からかわれているのだと思った。

 私は耳の両脇から後頭部にかけて毛髪が残っているだけの、俗にいうハゲだ。U字型と呼ばれるおでこ全体が後退する現象と、O字型と呼ばれる頭頂部が薄くなる現象が合わさって禿げあがってしまった。親父もそうだった。遺伝だから仕方がない。

 そんな私でも、そのカリスマ美容師の手にかかれば、黒々とした髪の毛を取り戻すことが出来ると言うのだ。

「そんな馬鹿な」と最初は相手にしなかった。

 だが、友人の頭を見せられると、信じない訳には行かなかった。頭頂部がかなり薄くなっていたはずなのに、黒々と髪の毛が生い茂り、薄毛が分からなくなっている。「カツラじゃないぞ。試しに、引っ張ってみてくれ」と言われて、髪の毛を引っ張ってみた。

「痛い、痛い!」と友人が嬉しそうに悲鳴を上げた。

「どうせ、変な養毛剤を買わされるんだろう?」と尋ねると、「いや、散髪するだけだ」と言う。

「じゃあ、法外な散髪料金を取られるのか?」

「はは。違うよ」友人が教えてくれたのは、私が通っている散髪屋より割高だったが、「美容院で髪を切ってもらったら、こんなものだろう」という金額だった。「ただな――」と友人が言う。

 やはり、何かあるのだ。

「予約がいっぱいで、髪を切ってもらうのに、三か月待ちだそうだ」

 当然だ。もし、そんなカリスマ美容師がいるなら、髪を切ってもらいたい人間なんて、山ほどいるはずだ。

「騙されたと思って、予約してみな」という友人の言葉に背中を押されて、予約を入れた。確かに、三か月先まで予約でいっぱいだった。

 そのまま忘れてしまっていた。いや、忘れたふりをしていただけかもしれない。(もしかしたら――)、(万が一にも――)といった感情が無かったと言えば嘘になる。忘れたつもりで、内心、期待していたのだ。

 ついに順番が来た。

 教えられた美容院に足を運んだ。慣れ親しんだ散髪屋を変える時は、不安が伴うものだが、今回は期待で胸がいっぱいだった。

 若く、颯爽とした美容師を想像していたのだが、出迎えてくれたのは、若いことは若いが、顔も服装も野暮ったい、普通の若者だった。

「散髪をお願いします。散髪と言っても、切る髪なんて、ほとんどありませんけどね。はは」私のジョークに、「大丈夫ですよ」と彼は優しく言った。

「特別なことは何も――」と彼が言う通り、シャンプーをして、カットをして、そしてまたシャンプーをして髪型をセットするだけだ。その過程を全て、彼、一人でやる。

 他にも美容師はいたが、客は全て彼を指名しているようだ。さして、流行っている美容院ではないようで、彼以外、暇そうにしていた。

「何故、髪が生えてくるのですか?」と尋ねると、カリスマ美容師は「理髪をしている間、私の体の中にある“ウェーブ”を送り続けるのです」と答える。

「ウェーブ?」

「僕はそう呼んでいます。合気道でいう“気”のようなものですかね? “髪よ~生えて来い~”って念波を送り続けるのです。すると、不思議なことに髪が生えてくるのです」

 ウェーブを送るのに体力を消費してしまうので、理髪するのは一日、八人が限界だと言う。だから、予約がなかなか取れないのだ。

「へえ~」と感心すると、「良いですよ。なんか、馬鹿馬鹿しい話でしょう。初めての方は、皆さん、なかなか信じてくれません。でも、明日になれば分かります」と彼が楽しそうに言った。

 ゆっくりと丁寧に、時間をかけて散髪してもらった。髪がないので、何時もなら三十分もかからない。だが、彼はたっぷり一時間をかけて髪を切ると、マッサージまでしてくれた。

 料金を支払って、店を出る。出がけに、「次の予約を入れておきますか?」と彼に聞かれた。今、予約しても、順番が回ってくるのは三か月後だ。だが、私は料金が割高だったこともあって、つい「いえ、結構です」と答えてしまった。

 後悔した。翌朝、鏡の前に立つと、つやつやと金光していた頭頂部にうっすらと産毛が生えていたのだ。

(本当だ! 本当に毛が生えた!)

 毛根が復活したかのようだ。まだまだ弱弱しいが、確かに産毛が生えている。

 翌日には産毛が更に増えた。頭頂部にびっしりと産毛が生え、薄く墨でも塗ったかのようだ。一週間もすると、細い髪の毛が生えそろい、周囲の人間を驚かせた。

 だが、やがて髪の成長が止まってしまった。信じられないほどの生え方だったが、まだウェーブが足りないのだ。かつての黒髪を取り戻すには、もっと強く、しなやかな髪の毛が必要だ。更に強力なウェーブを浴びなければならない。慌てて彼と、あのカリスマ美容師と連絡を取った。

「ああ、あいつなら辞めたよ」電話に出た男が答えた。

「辞めた⁉ ど、どこに行ったのですか?」

「さあね。知らないよ。突然、辞めると言って、出て行ってしまったんだ」

「そんな・・・」

「悪いね。だけど、突然、辞められて、こっちだって迷惑しているんだ。じゃあな――」

 男はぶっきらぼうに電話を切った。カリスマ美容師は、突然、美容院を辞めてしまっていた。友人にも聞いてみた。「そうなんだ。突然、辞められて、俺も困っているんだ。折角、髪が生えてきたのに・・・何処に行ったのか、誰も知らない。分かったら、連絡するよ」友人は困惑した様子で答えた。

 カリスマ美容師は消えてしまった。


 一年後、私は彼と再会した。

 コンビニで偶然、彼と出会った。野球帽を目深に被り、顔が分からないようにしていたが、間違いなく彼だった。

「ああ、お久しぶりです」と声をかけた。

 彼は私の顔を覚えていなかった。「一年前に、あなたに髪を切ってもらったことがあります」と言うと、「そうですか。それはご迷惑をおかけしました」と申し訳無さそうに言った。

「今も、何処かで、美容師をやっているのですか?」

 一番、聞きたかったことだ。あれから、私の頭は金光する禿げ頭に戻ってしまっていた。もし、彼が美容師をやっているなら、もう一度、髪を切ってもらいたいと思った。だが、彼は「いいえ、もう美容師はやっていません」と答えた。

「えっ⁉ もう美容師はやっていないのですか? そ、そんな、もったいない。あなたに切ってもらったお陰で、一時は本当に髪の毛が生えてきたのですよ。私の友人もそうです。折角、髪の毛が生えてきたのに、あなたが急にいなくなったものだから、元通り、禿げあがってしまいました」

 私が言うと、彼は「すいません」と頭を下げた。

「実は――」彼が言うには、ウェーブと呼んでいた“気”のような念波には限りがあり、それを使い果たしてしまったようだということだった。

 ある日、突然、ウェーブが出てこなくなった。きっと、疲れているからだろうと思い、暫く休んでみたが、ダメだった。体内のウェーブの量には限りがあり、彼はウェーブを使い果たしてしまったのだ。客とトラブルになることが怖くて、結局、美容師を廃業してしまったと言う。

「どうしてウェーブがなくなったと分かるのです。実際に試してみたのですか?」そう尋ねると、彼は「はは」と力なく笑うと、被っていた野球帽を取った。

 そこには金光する禿げ頭があった。

「急に髪の毛が抜けだしたのです。慌てて、自分で自分の頭にウェーブを送ってみました。ところが、髪の毛が抜け落ちて行くのを止めることができませんでした。はは。もともと下手な美容師でしたから、この頭を見たら、もう誰も僕に髪の毛を切ってもらおうなんて思わないでしょう」

 彼は力なく笑うと、野球帽を目深に被って去って行った。


                                          了


拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


「花火」が物悲しい作品だったので、二作目は軽く笑える作品にしてみた。引っ越しで馴染みの美容師さんのもとに通えなくなって、そこからアイデアが生まれた・・・と思う。

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