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コーヒーブレイクにショートショートを  作者: 西季幽司
コーヒーブレイク・その一
12/108

射的

 人口三万人ほどの小さな町だ。

 毎年、五月になると港近くの寺の祭りが行われる。延々二キロにわたって、参道にずらりと夜店が並ぶ。

 この町に越して来て、初めての祭りだ。妻と二人で行って見た。

 人、人、人、参道が人で溢れていた。思ったよりも盛大だ。江戸時代から続く祭りだそうだ。町の人間がごぞってやって来るし、近隣からの参拝客も多いようだ。

 人波にもまれながら、参道を歩く。

「イカ焼き、食べたいな~」と妻が腕を絡めながら言う。

「俺はたこ焼きが良いな」

「あれ、何?」妻が指さす。

「うん?」

 妻の指さす先に夜店があった。射的・・・なのだろう。横長のテーブルの上に空気銃が乗っていて、その先にひな壇が設置されていた。ひな壇の上には手彫りらしき人の形をした人形が置かれていた。

 デカデカと「一発、千円」と書かれた看板があった。一発、千円! 高い。人形を倒すと、どんな素晴らしい景品がもらえるのかと思ったら、「一発、千円」の下に、「景品は人形です。倒した人形を持ち帰ることができます」と小さく書かれてあった。

 不細工な人形だ。誰がこんなもの欲しがると言うのだ。

 周りの屋台は人だかりができているのに、当然のように、射的の屋台には誰もいなかった。気になった。人相の悪い出っ歯の小男が店番をしていた。小男に聞いてみた。「この人形、著名な作家が彫ったものなのですか?」

「いいや。俺が彫った」

「あなたが⁉ 何かご利益があるのですか?」

「若いの。そうやって、損得勘定だけで動いていると、ろくな人生を送らないぞ。もっと大らかな気持ちになれないのか?」

「要は、あなたが趣味で掘った人形を景品として差し上げるって訳ですね」

「その通りだ」

 その言い方が癪に障った。「やりましょう。一発、ください」

 妻が隣で「止めておきなよ。もったいない」と小声で言った。でも、意地になっていた。

「毎度あり~」と小男が弾をくれた。

 空気銃に弾を込める。どれも似たような形だ。倒しやすい人形など分からなかったので、取り敢えず目の前の人形を狙った。

 撃った。弾が吸い寄せられるように人形に向かって飛んで行った。当たった。人形がひな壇から転げ落ちた。

「おや、良い腕だね~」と小男が感心して言った。地面に落ちた人形を拾うと、手でほこりを払ってから、「ほらよ、お兄ちゃん。お守りだから、肌身離さず持っているんだぞ」と差し出した。

「どうも」と受け取ってから、猛烈に後悔した。

 千円あれば美味しいイカ焼きを妻に買ってあげることができたのに。


 目が覚めると、妻が見下ろしていた。

「良かった」と妻の眼に、見る見る涙が溢れて行く。

(何故、泣いているのだ?)と思った。

「あなた、覚えている? 事故に遭ったのよ」と妻が言う。

「事故?」

「そうよ。あなたの乗ったバスが崖から転落したの」

「ああ・・・」思い出した。

 珍しく出張が入ったのだが、生憎、温帯低気圧となった台風がもたらした暴風雨により新幹線が止まってしまった。当然、飛行機も欠航だ。そこで調べてみたら、急行バスが運行していることが分かった。

「大丈夫?」と妻が心配してくれたが、「なあに。こんな時は運転手さんが注意して運転するから、普段より安全なくらいだ」と出張に出た。

 だが、いくら注意をしていても、もらい事故というのがある。

 激しい雨の中、方向感覚を失ったのか、一台の軽自動車が高速道路を逆行して来た。それを避けようとしたバスはガードレールを突き破って、崖下に転落した。

「ぼ、僕は・・・どうなったの・・・」

「安心して。あなたは無傷よ。どこも怪我していないの」

「えっ⁉」

 妻が言うには事故で大勢、死傷者が出たが、僕は無傷だったと。僕の席の周りに座っていた乗客は、運悪く、全て亡くなってしまったが、僕だけは無傷だった。

「これのお陰みたい」と妻が僕のポーチから袋を取り出した。

 袋の中には粉々になった木片が入っていた。

「これ、ひょっとして・・・」

「そう。あの時の人形」

 射的の屋台で獲得した人形だ。何せ、見かけの悪い人形だ。かさばるし、肌身離さず身につけおけと言われたが、持って歩くのが面倒だった。木製だし、神棚に置いておけば収まりが良いので、飾っておいた。

 ある時、こんなことがあった。

 クローゼットを片付けていた上からアイロンが落ちて来た。頭を直撃したのだが、怪我は勿論、たんこぶひとつ出来なかった。

(当たり所が良かったのだろう)と思っていたら、暫く経って、妻が「ねえ、見て!」と言う。

 神棚に飾ってあった人形の頭が少し、欠けていたのだ。

「人形が身代わりになってくれたのよ」と妻が言った。

 僕が出張に出る朝、「お願い。旦那を守ってね」と妻がこっそり人形を僕のポーチに忍ばせてくれたらしい。

 妻が言う。「来年も祭りの時、射的に行きましょうね。今度は私もやってみる」


                                             了

 拙作をご一読いただき、ありがとうございました。


 子供の頃、毎年、楽しみにしていた港にあったお寺のお祭り。狭い参道の両側にずらりと屋台が並んで、夜になると幻想的な世界が広がっていた。そんな思い出から出来た作品。

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