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香月神社

 平素はインターネットを通じてイラストの納品を行っている。ごく稀に紙ベースで納品を頼まれることがあった。そんな時、美麻は画家になったつもりで、キャンバスにアクリル絵の具でイラストを描いた。

 イラストが完成したので、町に納品に行くことにした。

「ねえ、ねえ、映画でも見て、美味しいものでも食べましょう」と美麻が言うので、「いいね~最近、雨ばかりで鬱々としていたから、たまには町の空気を吸ってくるか」と永太も一緒に出掛けることにした。

 二人で街に出た。

 納品を済ませ、映画館でハリウッド製のカーアクション映画を鑑賞し、ファミリーレストランで早めの夕食を済ませた。帰りは山道だ。途中、危険な箇所がある。陽のあるうちに、家に帰り着きたかった。

 久々の外出で興奮したのか、帰りの車中は賑やかだった。美麻はご機嫌な様子で、ずっとしゃべり続けた。車が山道を走り始めると、美麻はしゃべり疲れたのか静かになった。幸い、雨は上がったが、道がぬかるんでいた。転落すると大変だ。ハンドルを握る永太の注意を逸らせたくなかったのだろう。

 細い山道を抜け、盆地に出る。あぜ道を走ると、我が家が見えてきた。

「ああ、着いたね~」と言った美麻の顔が凍り付いた。

「嫌だ! 何、あれ!」

 家の中から人影が出て来るのが見えた。薄ぼんやりとだが、人影が、ゆら~り、ゆら~りと揺れながら、家からさまよい出て来た。

 藤仲家の朋子だった。細くて、萎びたナスを思わせる。顔も下に引っ張られているかのように長い。細長い姿が夕暮れ時と相まって、陽炎のように見えた。

 日頃、笑顔を絶やさない老婦人が、自分の家のように、双田家の玄関から出て来るのが見えた。車に気がつくと、足を止め、二人を待った。そして、「おや、随分とゆっくりだったようだね~」と朋子は悪びれた様子もなく、二人にそう声をかけた。

「あ、あの、今、うちにいませんでしたか⁉ 家から出て来たように見えましたけど」永太の言葉がきつくなる。

 留守宅に勝手に他人の家に押し入ったとなると、家宅侵入、立派な犯罪だ。

「ああ、こんな日に家中、締め切っていたんで、風通しの為に、窓を開けてあげたんだよ」朋子が恩着せがましく言う。

「困ります。留守中に勝手に家に入られては」

「えっ!」と言った朋子の顔に、(何故、こんなことで責められなければならないんだ? 良かれと思ってしただけなのに。お礼を言うべきなのに、私を責めるなんて、どうかしている)と書いてあった。

「とにかく、困ります。まあ、悪気が無かったようですので、今回は警察に通報しませんが、今後、二度と勝手にうちに入らないでください!」

 永太の声が大きくなる。朋子の顔がゆがむ。

「そんなに怒鳴らなくても・・・ええ、もう、二度とあなた方の世話を焼いたりしません!」

 朋子は逆切れすると、「全く、もう最近の若い人たちは、礼儀ってもんを知らない」と二人に聞こえるように独り言を言いながら、歩いて行った。

 朋子の後ろ姿を見送りながら、永太が言った。「おい。ちゃんと玄関の鍵を掛けておかないとダメじゃないか!」

「私、ちゃんと鍵を掛けたわよ!」

「えっ⁉」と永太が絶句する。「一体、じゃあ、どうやって家の中に入ったんだ・・・」

 戸締りを見て回ったが、窓や雨戸はちゃんと閉まっていた。風通しの為に窓を開けたなど、大嘘だ。

 何か盗まれたものはないかと、家中、確認したが、特になくなったものは無かった。

(本当に、換気をする為だけに家の中に入ったのか?)

 朋子がどうやって家の中に入ったのか分からなかった。この家は畑田という老人から不動産会社を経由して購入したものだ。家の周りの畑とセットで、都会では想像もつかないような格安の値段で購入した。

 畑田は隣村の人間で、姉がこの村に嫁いできて亡くなり、この家を相続したのだと言った。

 藤仲家と畑田の姉がどういう関係だったのか分からないが、朋子は合鍵を使って入ったとしか思えなかった。

 金庫の場所を見られたかもしれない。寝室にある押入れの下段の奥に、金庫を置いてあった。無論、開けられた形跡はない。だが、そこに金庫があることを見られたとしたら嫌だった。

「気持ち悪い」と美麻がしつこく言うので、永太は玄関にもうひとつ鍵をつけることにした。町に出て鍵を買い、ドアに取り付けた。

 田舎暮らしを始めてから、こういう日曜大工仕事が楽しくなり始めている。自分が、意外に手先が器用だったことに、今更ながら気がついた。


 雨が上がって良い天気になったので、美麻が庭に出て雑草を抜いていると、矢追峯昭がやって来て、「やれ、精が出るの~どれ、手伝ってやろう」と言って畑に降りて来た。

 矢追峯昭は小柄で顔が大きく、達磨を思わせる。

「ああ~大丈夫ですよ。狭い畑ですから、一人でできます」と断ったのだが、「なあ~に、気にしなさんな」と勝手に手伝い始めた。

 こういう村人の押しつけがましいところが嫌だった。親切の押し売りだ。だが、無下に断ることもできない。

 小柄な矢追は草むらで姿が見えなくなった。ざわざわ、ざわざわと雑草の揺れる音だけが聞こえてくる。沈黙に耐え兼ねて、美麻が尋ねた。

「矢追さんは、ずっとこの村ですか?」

「わし? ああ、この村から出たことがない。出たいと思ったこともないがね」

「へえ~そうなんですか。そうだ。うちの家、前に住んでいた人はどうしたのですか?」

「夜逃げだよ」

「夜逃げ?」

「ああ、ギャンブルで借金をこさえたみたいで、夜逃げしやがった」

「へえ~そうなのですか」

「わしらには分からんが、あんたら、インターとか何とか使って、家で仕事しているそうだな。儲かるんかい?」

「インターネットですね。儲かるって程ではありませんが、食べて行くには困りません」

「どれくらい貯金があるのだ?」

「えっ⁉」

「二人で稼いでいるのなら、貯金くらいあるだろう? これから子供が出来たりしたら金がかかる。今の内に、貯めておいた方が良い。家にいくらくらい置いている? 銀行に預けているのか? 銀行は止めておけ。家に隠し持っているのが一番だ」

「はあ・・・」

「収入はどれくらいだ?」

「それは・・・」

 しつこく金のことについて聞かれたが、美麻は言葉を濁して答えなかった。

「何よ、あれ!」

 畑仕事を早々に切り上げて家に戻った美麻は、永太を相手に不満をぶちまけた。

「どうしたんだ?」

「矢追のじいさんがしつこく聞いてくるのよ。うちにいくら金があるのかって」

「うちにいくら金があるか、矢追のじいさんには関係ないだろう」

「子供が出来たら金がかかるから、貯めておけって。銀行に預けずに家に隠し持っていろって、しつこいのよ」

「何だそれ」

「もう嫌! こんなところ」

「まあまあ、もうちょっとの辛抱だから・・・」

 永太がなだめると「そうね」と言って美麻がにやりと笑った。


 土砂降りの後、雨が上がった。

 最近、雨が多い。部屋に閉じこもってばかりだ。「散歩にでも出ようか」と永太が誘った。

「散歩って何処に?」

「何処って、この村に行くところなんて無いよ。その辺、ぶらぶらするだけだ」

「ああ、それなら村外れに神社があるそうよ」と美麻が言うので、神社まで足を伸ばしてみることにした。

「最近、雨ばかりだな」

「良いじゃない。お陰で変な村人がやって来なくて助かってる」

「それじゃあ、何時まで経っても村の人たちのことが分からないじゃないか」

「まあ、そうだけど・・・」と美麻が口ごもる。

 村はずれ、鬱蒼と茂る山際に神社があった。

 香月神社と書かれた扁額がかけられた鳥居をくぐり、石段を上る。傾斜がきつい。百段はありそうだった。石段を登り切ると、お社があった。

「立派なお社だね~」

 社の前、狛犬がいる位置に、何故か亀の石像が鎮座していた。

「おや? これ、亀じゃないか。珍しいな」

「そうね。普通、犬か狐じゃない」

 賽銭箱にお賽銭を入れ、参っていると、「ありがとうございます」と背後から声がした。永太と美麻は飛び上がって驚いた。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 振り返ると品の良い銀髪の老婦人が立っていた。

「ああ~少弐さん」

 少弐栄子だった。ここ、香月神社の宮司を勤めて来た家系だ。宮司であった夫が亡くなってから、宮司は遠く離れた神社の宮司が兼務しているようだ。だが、神社の世話は栄子が自ら進んで行っている。

「ここ、香月村は、かつて“かみつきの村”と呼ばれておりました。神様が憑くと書いて、“神憑きの村”です。盆地にあって、世の厄災と無縁だったからでしょう。神様が憑いていて村を守ってくれていると考えられていました。“かみつき”ですから、噛みついたら離さないと言われるスッポンをご神体として祭ってあるのです」と栄子が教えてくれた。

「へえ~それにしても立派なお社ですね」と永太が感心すると、「戦国時代には、この村を治めた香月頼重(こうづきよりしげ)が織田信長に攻め込まれ、この社に立てこもって戦ったと伝えられています」と栄子がにこにこしながら教えてくれた。

「織田信長ですかぁ~」

「あくまで伝承ですよ。言い伝えによっては、武田信玄だったり、上杉謙信だったりします」

「はは。ビッグネームばかりですね」

「それで香月頼重はどうなったのですか?」

「無論、神様の御加護で無事、織田信長を撃退することができたそうです。それも言い伝えですけど」栄子はにっこり笑うと、急に表情を険しくして「でも――」と言った。

「ご利益(りやく)のある神社なのですね」

「かつて町から来て、この神社で大騒ぎをした若者の一団がおりました。大音量で音楽をかけて歌って踊って、爆竹を鳴らして、酒を飲んで、村まで聞こえる程の騒ぎようでした。夜明けと共に、やって来た車に乗って村を去ったのですが、酔っていたのでしょう。町へ帰る途中、崖から転落して、若者は全員、亡くなりました」

「ああ、あの細い道ですね。あそこ、危ないですよね」

「昔から、この神社は村人から恐れ、敬われて来ております。余所者が荒らして良いところではありません」栄子はそう言い放った。

 その表情は、日頃の柔和な表情とは違い冷たかった。

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