崩壊
ミニ・シリース「僕だけの町」です。
現在、二度目の高校三年生だ。
出席日数が足りずに留年してしまった。成績が悪いとか、虐めに遭っているとか、そういう訳ではない。学校に行くのが面倒くさいだけだ。
今朝も嫌々、家を出て来た。
何時ものバス停でバスを待つ。くたびれたサラリーマン、朝からばっちり化粧をしたOL、参考書を読みふける女学生、それに、何処からどう見ても会社勤めには見えない人相の悪い男、毎度、同じ顔ぶれだ。
ベンチがあり、そこに腰掛けた人相の悪い男が俺を見て「ちっ!」と舌打ちをする。
毎朝こうだ。何が気に入らない? 俺が何をしたと言うのだ。
バスに乗る。運転手がバックミラー越に、ちらちらと俺を見ている――ような気がする。キセル乗車を疑っているのか?
学校に着く。
クラスに顔を出す。同級生は皆、年下だ。クラスで浮いていることが自分でも分かっていた。アカエの野郎が取り巻きに囲まれながら、俺のこと、見てニヤついている。またどうせ俺の陰口でも叩いているのだろう。
つまらない。
学校に来る、唯一の目的はマナ姫がいるからだ。
名前はマナで俺が勝手にマナ姫と呼んでいる。間違いなく学校一の美少女で、芸能界にデビューすれば、直ぐにでも人気が出るだろう。彼女を鑑賞する為に、学校に来ていると言っても良い。
「おはよう」と挨拶すると、「おはよう」と挨拶を返してくれ、にっこりとほほ笑んだ。
俺に惚れている――と思うほど単純じゃない。でもまあ、今日は良い一日になりそうだ。そう思ったのだが、その日から俺の日常が崩れ始めた。
最初は赤い太陽だった。
昼休み、まるで夕陽に染められたかのように町が真っ赤に染まった。太陽の光が赤くなったからだ。昼間から真っ赤に染まった世界は、言いようもない不安をかき立てた。
だが、学校のやつらは平然としていた。誰も騒がない。「先生、あれ」と外を指さしてみたが、「授業に集中しなさい」と怒られた。
昼間っから、空が真っ赤なのだ。変だろう?
次の異変は同級生だった。授業中に、一人の生徒が突然、立ち上がるとすたすたと窓際に歩いて行った。そして、窓を開けると、飛び降りた。
ここは三階だ。学校は天井が高い。三階から飛び降りて、無事なはずがない。
それを見て、俺は「おわっ!」と声を上げた。
「授業中だ。静かにしろ!」とまた怒られた。
おいおい。待てよ。生徒が飛び降りたのに、知らん顔か⁉ 同級生が、その後、どうなったのか分からない。直ぐに片付けられてしまったからだ。
次は煙だ。町の何処かで火事でも起きたのか、煙が上がっていた。
(今度は火事か)と思ったのも束の間、別の場所からも煙が立ち上り始めた。やがて、町のあちこちから煙が立ち上った。
そして車だ。
学校の前を県道が走っているが、県道を走っていた車が、学校の門を突き破り、校舎にぶつかって止まった。ドカン! と、その衝撃で、教室が揺れたほどだった。
消防車とパトカーが駆けつけて来たが、何とパトカーから降りた警官の一人が銃を乱射し始めた。応対に出ていた教頭が撃たれるのが見えた。
警察官は銃を持ったまま、何処かに走り去った。
これだけの大惨事が起きているというのに、誰も無関心だ。何時も通り授業を続けている。俺は授業に出ているのが馬鹿らしくなった。
鞄を掴むと、教室を後にした。
バットを持って家を出た。
昨晩はよく眠ることができなかった。家の中では父親が不眠不休で歩き回っているし、母親は「あっ!」とか「ぎゃあ~!」とか意味不明な奇声を上げ続けていたからだ。
町のあちこちでバンと何かが爆発する音がしていた。
世の中、狂って来ている。だから、護身用にバットを持って来た。
バス停に行く。相変わらず、何時ものメンバーだ。ベンチに腰掛けた人相の悪い男が俺を見て「ちっ!」と舌打ちをした。こいつ、前々から気に入らなかった。
俺は無言で男の頭をバットで殴りつけた。
「ぐえっ!」と男が悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
俺は男の代わりにベンチに座った。
それを見ても、くたびれたサラリーマン、朝からばっちり化粧をしたOL、参考書を読みふける女学生は、何の感心も示さなかった。
バスが来た。
俺はバスに乗った。学校前でバスを降りる時、毎朝、バックミラー越しに不審者を見るような眼で俺のことを観察する運転手に「あばよ」と言った。そして、バットで滅茶苦茶に殴った。
すっきりしてからバスを降りた。
学校に行く。
クラスに着くと、マナ姫がいた。何時もは「おはよう」と挨拶をするのだが、今日は先ず、アカエだ。今日も机に腰掛け、取り巻きに囲まれている。俺のことをちらと見た。俺は一目散にアカエに駆け寄ると、「お前はもういい」と告げた。そして、アカエをバットで殴った。アカエは「ふぇ~」と妙な声を上げると、動かなくなった。
取り巻きのやつらも同罪だ。片っ端からバットで殴りつけた。動かなくなるまで殴り続けた。
「何をしているんだ⁉」
先生が教室にやって来て言った。そう、あんたは俺の監視役で、教育役だ。俺に文句を言えるのは、あんたくらいだ。鬱陶しい。バットで殴り殺してやろうと思ったが、先生の後ろに二人、警察官がいた。
警察官が俺に向かって拳銃を構える。
俺は咄嗟に近くにいたマナ姫を人質に取った。背後から抱きしめると、マナ姫は良い匂いがした。
「無駄な抵抗は止めろ!」
警察官が怒鳴る。
絶体絶命だ。俺は天に向かって叫んだ。「止めろ! もう良い。十分だ。俺のことはいいから、バグを何とかしろ!」
すると、「分かりました」と天から声がした。
そして、俺の周りの全てのものが動きを止めた。先生も警官もマナ姫も、誰もが固まったかのように動かなくなった。
俺は地球最後の人類だ。
この世界に生き残った、たった一人の人間なのだ。
コンピュータが制御する、この箱庭のような町で生きている。この町にいる全ての人はロボットなのだ。ただ、俺を生存させる為にいる。




