第壱の噂「人喰い駅」⑨
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
今回、死を連想させる残酷な描写が含まれております。苦手な方はお気を付けください。
まるで長いトンネルをずっと飛び続けているような気分だった。
右も左もわからない、ただひたすら暗い闇の中を明良は前に向かって飛び続けていた。そして、遠くの方に小さな光が見えた。明良はその光に向かって速度を速めていく。
真っ白な光が視界を一瞬埋め尽くすが、少しずつ目の前の視界が晴れていった。
気が付いたら自分は見知らぬ場所で倒れていた。石造りの固いものの上で倒れていることに気づき、明良はゆっくりと意識を覚醒させていく。
「・・・ここは・・・どこだ?」
そこはさっきまでいた棗塚駅の中ではなかった。
よく見ると、そこは古びたホームのような場所だった。非常口のドアの上にある緑色の看板と、消火栓の赤色の光が灯っていて、暗闇をわずかに照らしていた。
それでも電気が全部消えているだけではなく、そこには人の気配がまるでなかった。むせ返るような土の匂いと埃の匂いが入り混じって、このホームの中に立ち込めている。思わずハンカチを取り出して口を覆うと、明良はゆっくりと立ち上がって辺りを見回した。そして、近くにあった駅の看板らしきものを見つけると、明良はスマホを取り出してカメラ機能にしてからライトをつけて看板を照らした。
「・・・小野塚市中央公園前駅?」
そんな駅、聞いたことがない。
いったい自分はどこに着てしまったのか、ホームを見回しながらしばらく歩いていると、遠くから何か音が聞こえてきた。落ち着いて耳をかざすと、それは・・・赤ちゃんの泣き声だった。どうしてこんなところで、赤ちゃんが泣いているのか、明良には見当がつかなかった。
「・・・行ってみるか」
声がする方に向かって歩き出す。
階段を上がり、コンコースに着くと泣き声がさっきよりもさらに大きく、ハッキリと聞こえてきた。それは、コインロッカーの近くから聞こえてきた。よく見ると、コインロッカーの横の壁に大きな穴が空いており、そこから空洞になっていた。赤ちゃんの泣き声はその空洞の中から聞こえていた。
「・・・どうしてこんなところに赤ちゃんがいるんだ?」
警戒しながら歩いていると、床に何かが落ちていた。拾い上げると、それは母子手帳だった。表紙には【坂本千尋】と書かれてあった。母子手帳が出されたのは、去年の9月になっている。ここに書かれている彼女は妊娠4か月を迎えている。しかし、そこから先は何も書かれていなかった。
ーどうして、勝手に子どもなんて産んじまうんだよ。マジでうっぜぇんだけど。-
空洞の奥から若い男の声が聞こえてきた。明良は気づかれないように気配をひそめながら近づいていく。そして、物陰に近づくとそこでは若い男性が3人立って、何やらただならない様子で話し合っていた。
ーなあ、これさすがにヤバくねえか?警察にもしバレたら、俺たち、今度こそまずいぜ。-
ー仕方ねえな。このガキ、堤くんに頼んで埋めるなり海に捨てるなりしてもらって、処分しちまおうぜ?この女はこのまま放っておけば勝手に死ぬだろうし。-
赤ちゃんを抱きかかえながら、金髪の男性は気だるそうに恐ろしいことを言っていた。その男性の顔を見た瞬間、明良は言葉を失った。その男性は、昼間に幽霊となって堤を線路に引きずり込もうとしていた馬場光彦だった。
ー全く顔だけはいいから攫ってきたけど、勝手にガキ産んで死にかけているとか、マジでダルいんですけど。はあ、まあいいいや。もうこの女で遊ぶのも飽きたし、この辺でお開きにしますかね。-
馬場たちの足元に転がっているものを見て、明良の目が大きく見開かれた。
そこに倒れていたのは、ボロボロになった一人の女性だった。その女性の身体から流れ出たと思われる大量の血液に身体を沈めるように倒れこんでおり、馬場たちはそんな女性をまるでゴミのように冷たく見下ろして、まるで虫でも扱うかのように軽く蹴りつけた。
その時、女性の口がわずかに動いた。息も絶え絶えになりつつも、彼女の唇が震えながら、絞り出すように声を紡ぎ出す。
ーか・・・え・・・して・・・ください・・・子供を・・・私の・・・子供・・・かえ・・・して・・・。-
しかし、そんな彼女の訴えを馬場たちは冷たく笑った。そして、仲間の一人が彼女の顔を覗き込むように座り込んで、下卑た笑みを浮かべながら言い放った。その時の醜悪な笑みは人間のものとは思えないほどに歪んでいた。
ー嫌だね。ー
ーひっ、うっ、うるせえな、こっちを見るんじゃねえよ!!ガキなんてどうしようと勝手だろうが!!。-
ーアンタが勝手にガキ産んで、出血多量でそんなことになったんだからな?俺たちはちょっと遊んでやっただけだしな。妊婦さんってストレスがたまるんだろう?遊び相手に付き合ってやったんだからありがたく思ってほしいよね~!-
ーこれで俺たちがまた人殺しになったら、今度はマジで極刑だし、ここで誰にも気づかれないまま死んでくださいね~?ああ、赤ちゃんがひょっとしたら先にアンタのことをあの世で待ってくれているかもしれないから、早くした方がいいですよってな!!-
コイツら、人の心を持っていない。
人間の皮を被った鬼、明良にはそう思えた。怒りが沸点を越えて飛び出し、矢も楯も構わずに飛び掛かっていく。
「お前ら、そこで何をしている!!」
しかし、明良が吼えても彼らはまるで明良に気づいていないように通り過ぎていった。そう、明良の身体をすり抜けるようにして、彼らは笑いながら歩き去っていったのだ。自分の身体がまるで幽霊のように透き通っていて、馬場たちに触れることが出来ない。
そして、目の前で呻き続けていた彼女がゆっくりと顔を上げた。
その女性は手錠で両手を拘束されて、近くにあった柱に鎖でつながれていた。身体はやせ細り、まるで骨に皮が張り付いているようだった。ボサボサになった長い黒髪の前髪で顔が覆われているが、髪と髪の隙間から彼女の目が見えた。怒りと絶望、悲しみ、そして殺意、さまざまな感情が混ざり合った果てに、彼女の瞳には無限に続いているような黒い闇が生まれていた。
彼女は僕にじりじりと蛇のように這いながら、悲しそうに、苦しそうに、絞り出すような声を出した。
ー・・・私の・・・赤ちゃんを・・・帰して・・・!!-
ー・・・赤ちゃんを・・・帰して・・・!!私のォォォォォォッ!!赤ちゃんを、帰してェェェェェェッ!!帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰してカエして帰せカエせかえせ帰せ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエして帰せカエせかえせ帰してカエしてカエシテーーーッ!!!!!!-
僕の首に彼女の骨のような指が巻き付き、強く締め上げた瞬間、僕の目には血の涙を流しながら鬼のような形相になった彼女の顔が顔がくっつきそうなほどに近づいた。
「うわあああーーーっ!!!」
そして、再び意識が真っ暗な闇の中へと飲み込まれていった・・・。
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再び目を開き、明良はひどい頭痛と眩暈に見舞われながらも意識を覚醒させた。視界が明るい。さっきまでいたあの地獄のような場所ではなかった。周りを見回すと、そこは見たことのない部屋だった。自分が寝かされているのはベッドの上で、周りにはつい立てとカーテンで囲まれていた。
「・・・ここ、は?」
なんとか上半身だけを起こして、まだボーっとしている頭を抱えて何が起きているのか考えるが、思考がまだ正常に機能していない。さっきのあの出来事は何だったのだろうか。夢だとしても、あまりにもひどい悪夢だ。いまだにあの男たちの笑い声や、女性の絶叫が耳にこびりついている。思い出しただけでも吐き気を催してきそうだ。
「・・・ん?」
その時、明良はポケットの中に何かが入っていることに気づいた。ポケットから取り出したものを見て、明良は凍り付いた。
それは血の付いた母子手帳だった。
そう、あの悪夢のような世界で拾った母子手帳がなぜか今ここにあるのだ。それを見た瞬間、さっきまでの悪夢が脳裏に鮮明によみがえってくる。明良はこみあげてくるものが抑えきれず、カーテンを乱暴に開き、洗面場を見つけるなり顔を突っ込んで嗚咽した。
一体何が起きたのだろうか。
自分の身に何か異変が起きているのだろうか。
分からない。
とにかく気持ち悪い。
あれほど悪意と言う感情が直接伝わってきた経験などない。
明良は泣きながら嗚咽し続けていた。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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