第壱の噂「人喰い駅」⑦
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
閉店した後の店内で、4人で夕ご飯を食べることになった。
このお店の人気メニューでもある茜の手作りカレーとサラダのセットは、見るだけで食欲をそそる芳しい香りを放っている。数種類の野菜を細かく刻んで、完全に溶けきるまで煮込み、茜のオリジナルスパイスで仕上げたカレーは大変美味しく、わざわざ遠くから通い詰めて食べにくるファンもいるほどだ。
「茜さんのカレー、本当に美味しいです」
スプーンですくいあげて、口に頬張ると明良の表情がとろける。風味豊かなスパイスの辛みと蜂蜜がもたらす甘味のハーモニーが口の中で極上の演奏を奏でているようだ。素材の旨味と食感を十二分に引き出したカレーはまさに今日の疲れを一瞬で吹き飛ばすほどの美味しさだった。桜花や由香も茜のカレーの美味しさに舌鼓を打っている。
「えへへへ、ありがとう!!」
茜がニッコリと微笑んで喜んだ。
古時計が夜7時を告げる鐘を鳴らし、しばらくの間、コーヒーやカレーを堪能しながら明良たちは談笑していた。明良は、由香たちとおしゃべりをしていると、昼間に起きた不可思議な出来事で参っていた神経が少しずつ回復していくように思えた。
「・・・さて、そろそろ頼まれていた一件についてお話をしてもいいかな?」
食後のコーヒーを飲んで、ひと段落していると、由香がまるで猫のように妖しく微笑みながら話を切り出してきた。
「ああ、それでどうだった?”怪談屋”」
「とりあえず、あの駅で最も有名なうわさ話を集めてみたよ。その中に、今、君たちが追っている事件とよく似ている話もあったよ」
そう言って、由香はカウンターの奥に行くと、A3サイズの封筒を持ってきた。封筒を開けると、そこにはバインダーで留められた分厚い紙の束があった。
「相変わらず紙の書類で渡すことにこだわってんのな。電子化の時代なんだから、USBとかにまとめたりはしないのか」
「そこはこだわっているもんでねえ」
「・・・あ、あの、すみません、怪談屋って何ですか?」
明良が手を挙げて質問をすると、由香が「ああ」と言って答えた。
「ボクは普段は喫茶店のしがないマスターなんだけどねえ、実は趣味でホラー小説を書いたり、超常現象や心霊現象とかそういった類に目がなくて、気になったことを調べたりするのが好きでねえ。時々、桜花君に頼まれて色々とこの街で起きている心霊現象や超常現象に関する情報を集めて、提供をしているのさ。料金はウチの店で飲み食いする一食分の食事代って感じかな」
「・・・は、はあ、そうだったんですか」
明良はもうそれしか言葉が出てこなかった。まさか学生時代から通い詰めていた喫茶店のマスターが、怪談屋と呼ばれる変わった商売をやっていたとは夢にも思わなかった。
「それじゃあ、人喰い駅に関する話だね。あの駅にまつわるうわさ話で最も有名なのは”終電後に、時刻表には載っていない新東京線に乗り込むと異世界に連れていかれる”や”終電後に現れる、昼間にはないはずの幻の0番線ホームにやってくる新東京線に乗ると二度と戻ってこれなくなる”という話だったよ。ここがなぜ人喰い駅と呼ばれるようになったかについては、あの駅で飛び込み自殺や行方不明になる人間が他の新東京線の駅の中でも異常なまでに多いという理由が原因とも言われている」
人喰い駅。
棗塚駅がそんな名前で呼ばれていたとは、知らなかった。明良は、棗塚駅に入った瞬間、得体のしれない嫌な気分に陥り、立っていられなくなるほどの眩暈を感じたことを思い出した。
「・・・そういえば、あの駅に入った瞬間、ものすごく暗いなって思ったんです。何て言うか、あの駅の中に取り込まれてしまいそうな感じがしたんです。そしたら急に眩暈がして、すごく気分が悪くなってきて、国東さんが助けてくれなかったら、僕、どうなっていたんだろう」
「そうか、お前も人並み以上に霊感が強いというわけだな。今の棗塚駅は、あの土地で幽霊を鎮めていた祠が破損してしまっていて、浄化の力がものすごく低くなっている。そうなると、あの駅に引き寄せられる霊が増えれば増えるほどどんどん駅の中に瘴気というものが溜まっていく一方だ。それで超常現象や心霊現象が発生しているとみて間違いはないだろうな」
「瘴気・・・?」
明良が尋ねると、桜花の代わりに由香が応えた。
「霊が生み出す、まあ、生者にとっては毒のようなものだねえ。少量程度だったら、君が駅の中で感じためまいや吐き気、その場所に対する不快感を感じたり、異様な寒気を感じたりする程度で済むけど、瘴気はその体に取り込み過ぎると、いわゆる祟りと呼ばれている身体の不調や、瘴気の発生源である霊たちの影響を強く受けた災いに見舞われる。そして、さらに瘴気を取り込むと、霊たちは瘴気に侵された生者を死者の仲間として取り込み、魂をあの世に引きずり込もうとする。つまり、霊に祟り殺されるという状況になるってわけさ」
由香がスラスラと答えるが、明良はあまりにも非科学的すぎる話の内容に脳の思考回路が置いていかれそうになる。それでも、何とかしがみつこうと、取り出した警察手帳のメモ欄に由香の説明をかいつまんで書きあげていく。
「深夜に現れる幽霊電車という噂も、駅と言う場所だから生まれたのかもねえ。でも、噂と言うものは人から人へと伝わっていくたびに尾ひれがついて変質する不定形なものでね、元の噂がどんなものなのか、そもそもいつから語られているのか分からないものが多い。今、ネットで話題になっているこの噂も、元々はこういう噂じゃなかったんだろうけど、独り歩きした噂は、瘴気を帯びることによって心霊現象や超常現象として発生する・・・というのはボクの一説に過ぎない」
「飛び込み自殺が多いのも、あの駅で最後に目撃された後に行方が掴めなくなったというのも、様々なことが積み重なって、いつの間にかそれらが呪いとか祟りとかそういう形で言われるようになったという可能性があるというわけだな。第一、自殺する人間が多いということや行方不明者が最後にそこを利用したということで呪われているなら、自殺や行方不明が起きた場所は全て呪われているということになるからな」
「・・・つまり、噂や情報に踊らされるのではなく、今回のように情報を集めて原因や噂の発生源を正しく理解することが大切ということでしょうか?」
明良がつぶやくと、桜花が「まあ、及第点だな」と答えた。
「噂と言うのは絡みに絡んで雁字搦めになった糸の塊のようなもんさ。でもな、一つ一つ丁寧に解きほぐしていけば、噂の本質や元になった噂、そしてそれが生まれたきっかけというものが見えてくる」
「そういうことさ。まず、明良君はどんな噂や怪異にちなんだ情報を聞いても、常に冷静に、思考が先走らないように最後まで情報を正しく理解するというスタンスを持つことが必要になってくるね。まあ、これは警察官だけじゃなくて、人生においても何か役に立つ考えだとボクは思う・・・アハハハ、ごめんね、いつの間にか説教くさくなったね」
その時、茜がぽつりとつぶやいた。
「・・・大丈夫かな」
「どうかしたのかい、茜さん?」
「・・・みんなの話を聞いていた時に気づいたんだけど、線路に引きずり込まれそうになっていたって言う若い男性が今日いたじゃん?確か、その場に居合わせた警察官に引き留められたって聞いたんだけど」
「ああ、それなら私たちのことだな」
「それってさ、駅の霊に目ェつけられているってことだでな。瘴気にだいぶ侵されている状態じゃないと、霊が生きている人間を引き込もうとする行為にはならんはず。て、ことはさ、その若い男性がもし次に棗塚駅に着たら今度こそ線路に引きずり込まれて連れていかれちまったりとかしない・・・かなって思っちゃってさ」
茜の言葉に、桜花と明良は同時に顔を見合わせる。そうだ、あの時は今にも引きずり込まれそうになっている堤を助け出すことで必死になっていて、その後、彼は一目散に逃げだした。もし、彼があの駅の瘴気を知らず知らずのうちに取り込んだことで、駅の中にいた幽霊に目をつけられて狙われていたとしたら?ましてや、彼を引き込んだ霊は、生前に堤が通報したことで少年刑務所に収容されたことで、堤に恨みを抱いていてもおかしくはない。
「おい、明良。終電は何時だ?」
「えっと、今日は平日だから、23時50分です」
「なるほど、その後に”終電後に、時刻表には載っていない新東京線に乗り込むと異世界に連れていかれる”や”終電後に現れる、昼間にはないはずの幻の0番線ホームにやってくる新東京線に乗ると二度と戻ってこれなくなる”という噂が今棗塚駅で起きている心霊現象となっているのだとしたら、次に狙うとすれば・・・その噂通りになるかもしれない」
桜花が立ち上がった。
「明良、今から時間外労働になるが、付き合ってくれるか」
「はい!!」
二人は店から飛び出していった。
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北崎桜花のプロフィール
身長:155㎝
性別:女性
階級:警視(元キャリア組でしたby牡丹)
趣味:絵画鑑賞、映画鑑賞、音楽鑑賞(主にクラシックをよく聴く)
好きなもの:時計の館のスイーツ、クラシック音楽、お風呂
苦手なもの:運動全般(体力はないし、運動神経がまるでないby英美里)
特技:絶対音感、美術品鑑定士資格所有
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