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小野塚市警察署心霊捜査班  作者: 勇人
第壱の噂「人喰い駅」
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第壱の噂「人喰い駅」⑥

注意

・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。

・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。

 慌ただしい転任初日が終わった。


 明良は疲れ果てた状態で、重い脚を引きずるようにしてマンションへの帰路についていた。時計を見ると、午後6時を過ぎたところだ。警視庁に勤めていた時にはまずこの時間で上がったことなど記憶にない。夕闇に染まる空には星が瞬き、徐々に紫色から藍色に、そしてあともう少しすれば漆黒の夜に変わっていくだろう。


 朱夏しゅか町にあるマンション『フェニックスパークサイドマンション』が見えてきた。道路を挟んだ向かいには小野塚市の数少ない観光スポットであり、市民の憩いの場でもある『小野塚自然公園』がある。そして、公園手前の商店街通りに差し掛かった時、明良は足を止めた。


「・・・ちょっと一服していこうかな」


 商店街に入ると、買い物帰りの主婦たちでにぎわい、仕事帰りの会社員がくたびれた様子で歩いていて、学生らしき若者たちが楽しそうに笑いながらおしゃべりをして歩いていく。平和なひと時を感じる賑わいに、明良は疲れていた心が少しだけ和んだような気がした。


 明良は立派なレンガ造りのレトロな雰囲気を感じさせる建物の前で足を止めた。お洒落な外灯が暖かい光を灯して出迎えてくれているようだ。建物の扉の横には『純喫茶・時計の館』と書かれた看板があった。ここは学生時代から長年足しげく明良が通い続けてきた喫茶店だ。勉強に煮詰まったり、何か嫌なことがあったりした時には、ここに来て、マスターが淹れてくれるオリジナルブレンドのコーヒーを一杯飲むのが、明良にとっては大事な息抜きだ。


「・・・ごめんください」


 カランカラン、とベルが軽やかに鳴り、挽きたてのコーヒー豆の香ばしい香りが漂ってくる。店内は壁にかけてある年代物の大時計がコチコチと振り子を左右に揺らしており、マスターが趣味で買い集めてきたレトロな骨とう品やアンティークが飾られており、落ち着いた色合いのダークブラウンの木製の椅子やテーブルが並び、シェードランプの明るさを抑えた間接照明の明りが落ち着いた雰囲気を生み出している。


「いらっしゃいませ。ああ、明良君。お仕事、もう終わったのかい?」


 カウンターで明良を笑顔で出迎えてくれたのは、マスターの玉宮たまみや由香ゆかだった。年齢は明良と同い年ぐらいか、もしくはそんなに離れていない感じの若々しい女性で、人懐っこい笑顔とボーイッシュで落ち着いた物腰の話し方が特徴的だ。彼女は明良を見ると、優し気な笑みを浮かべて、手際よくコーヒーカップとソーサーを準備していく。


「マスター、お疲れ様です。ええ、今日から違う部署で働くことになって」


「そうか、今日からだったね。どうだい、新しい部署は?何とかやっていけそうかい?」


「・・・うーん、まだ何とも言えませんけど、でも、仕事のやりがいはありそうですよ」


 あんな担架を切った手前、実はまだ内心不安な所があるとはさすがに言えない。それに、僕はなぜか不思議だが、あの部署に飛ばされたのは、自分には分からない大いなる力に導かれているように思えてならなかった。どうしてそう思えるのかは、あまりよく分かっていないのだが。


「お疲れ様~!!アキちゃん、今日のケーキは【バレンシアオレンジのバスク風チーズケーキ】なんだけど、食べていく?」


 厨房の奥から、もう一人の従業員でスイーツや料理を担当している女性が顔を出して、明良に笑顔で話しかけてきた。彼女の名前は星野ほしのあかねといい、明良が学生の時から由香と二人でこの店を切り盛りしている。彼女が作る旬のフルーツをふんだんに使ったケーキはどれも美味しいものばかりであり、ここで美味しいコーヒーとケーキを楽しむのが、明良の趣味の一つでもあり、楽しみでもある。


「本当ですか?それではいただきます」


「あいよ!!」


「ふふふっ、ごゆっくりどうぞ」


 椅子に座り、ひと段落がついた時だった。


「あ~ん、このパフェ、最高なのだぁ~」


「ふふふ、喜んでいただけて何よりです」


「ここのパフェやケーキはどれも美味しいが、やっぱり私はこのチョコレートパフェが好きなのだぁ~。疲れた頭と体に極上の甘味が染み渡るのだぁ~♪」


 どこからか、甘くとろけるような歓喜の声が聞こえてきた。声がする方を見ると、カウンター席の一番端でこの喫茶店の名物でもあるチョコレートパフェを美味しそうに食べている女性の姿があった。口の周りにチョコレートや生クリームをつけて、それはもう幸せそうにパフェを一口、また一口と愛おしそうにじっくりと味わって食べている。その度にほっぺたを両手で抑えて全身で喜びを体現している。


 ふと、その人物と目が合った時、明良は凍り付いた。

 そこにいたのは、桜花だった。桜花もパフェをスプーンですくったままの姿で明良を見たまま、固まっていた。桜花は、先ほどの現場で見せていた厳格で高貴な女王様のようなオーラは完全に消えており、口の周りにチョコレートや生クリームをべっとりとつけて、まるで子供のようだった。


「・・・き、き、貴様ぁぁぁっ!?なぜ、ここにいるのだぁぁぁっ!?」


 桜花が顔を真っ赤にして震えたかと思うと、鬼のような形相で明良に詰め寄ってきた。顔を近づけてくるが、その度に口の周りについているチョコレートや生クリームが目について、噴き出しそうになるのを必死でこらえた。これではいくら凄もうとも、台無しである。


「い、いえ、ここは昔から通い詰めている喫茶店で、家もこの近くですので・・・」


「・・・・・・マジか」


 明良が応えると、桜花は全身の力が抜け落ちたように椅子に崩れ落ちた。


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「・・・・・・笑いたければ笑え。仕事場ではあれだけ偉そうにしていた上司が、実は甘いものに目がなくて、はしゃぎながら食べている姿を見て、さぞおかしかっただろうよ」


 桜花はやさぐれたように言い放ちながらも、パフェを食べる手は止まらなかった。頬杖を突き、明良を睨みつけながら自嘲気味な笑みを浮かべている姿を見て、笑う勇気も気力も明良にはなかった。


「い、いえ、甘いものが好きなのは別におかしいことではないと思うのですが」


「ふん、なぜ、それなら貴様は私を見ていて笑っていたのだ」


「え?・・・いえ、すごく美味しそうに食べているから、何だか、そういうのっていいなって思ったというか、その、可愛いなって思ったと言いますか・・・」


 あの時は桜花とは気づかなかったが、あんな喜びの声を上げながら楽しそうにパフェを食べている姿を見た時には、明良は微笑ましいと思っていた。それを素直に伝えると、桜花の表情が停止する。そして、わなわなと震えだすと、顔が見る見る真っ赤になっていく。


「か、か、可愛い!!?」


 頭から湯気が噴き出さんばかりに、彼女は飛び上がって絶叫した。目をパチクリさせながらあわあわと慌てふためいている姿は、昼間の冷静沈着で厳格で女王様のようなオーラを放っていた人物と同じ都は思えないほどの初々しい反応だった。


「き、き、貴様は、私をどこまで、からかうつもりだぁ・・・!!」


「いえ、からかっているつもりはないです。本当に可愛いと思ったから、そう言っただけです」


「まだ言うか!?私をからかうのもいい加減にしろ・・・!!」


「ですから、からかっていませんって!!あんな風にパフェを美味しそうに食べているところを見て、すごく幸せそうだったじゃないですか。見ているこっちが嬉しくなってくるような喜びっぷりじゃないですか。それを可愛いと思って、何がいけないんですか?」


 あまりにもかたくなに否定されて、明良も最後にはムキになっていた。明良の揺らぎのない視線に、桜花が狼狽えだし、とうとうカウンターの天板に顔を突っ伏し、頭を抱えてしまった。


「はいはい、喧嘩しないの。二人とも、これ以上騒ぐなら出禁にするよ?」


 由香が優しそうに微笑みつつも、目が笑っていない状態で言い放った。その言葉を聞いて、明良と桜花が身体を丸めるように小さくなった。


「・・・すまなかった。ちょっと、昔から甘いものには目がなくてな。だが、部下にこんな姿を見せては示しがつかなくなると思って、ついな・・・」


「・・・いえ、僕もムキになっていました。本当に申し訳ございません」


「はい、これで仲直りね。さてと、今日はもうこの辺で店じまいにするんだけど、一緒に夕ご飯も食べていくかい?」


 明良と桜花が顔を見合わせると、両方とも同時に首を縦に小さく振った。


「ふふふっ、それじゃボクは閉店の準備をしてくるから。茜さん、夕ご飯のカレー、二人の分もお出ししてあげて」


「あいよ!!」


 厨房から元気のいい返事が返ってくる。二人は少しだけ気まずさを感じつつも、それぞれコーヒーとパフェを味わうことにした。




この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!

もし気に入っていただけたら、ブックマーク登録、是非ともよろしくお願いいたします!!


登場人物紹介

北崎桜花(30):小野塚市警察署生活安全課特別捜査班0係室長。明良と同じ元キャリア組。傲岸不遜で尊大な性格だが、一度気に入ったものや心を許したものには純粋かつ素朴で面倒見のいい一面を見せる。冷静沈着で怜悧な頭脳と鋭い洞察力を持ち、また、訳アリで0係に飛ばされてきたものや、超能力を持ったことで苦悩するものを快く受け入れる懐の大きい一面もある。良くも悪くも周囲を振り回すマイペースな所もあるが、人徳ゆえか0係のメンバーたちからは絶大な信頼を寄せており、仲間たちを引っ張る頼れるリーダー。プライベートでは時計の館のスイーツに目がないなど、可愛らしい一面がある。頭脳面では優れているが、体力面においてはからっきしなのが弱点。

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