第参の噂「顔無しカシマ」22
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
顔無しカシマが動くよりも早く、桜花が地面を蹴り飛ばして一気に距離を詰めた。その機敏な動きは普段少し走っただけでも息切れを起こし、フラフラになって文句をぶーたれて、明良の背中におぶさってくれるまで駄々をこねている桜花とは別人のようだった。
顔無しカシマを取り囲むように火の霊符を地面に貼り付けると、赤い光を放つ霊符が大きな円を描いて、顔無しカシマを閉じ込めた。顔無しカシマが腕を上げて刃物を生み出そうとしても、熱気にあてられた刃物はどろどろに溶けていく。
「す、すごい」
「あれがボス!?」
「桜花さんは普段確かにグータラだし、めったに身体を動かすことなんてないけど、身体能力の高さと霊符を取り扱う技術はずば抜けているわ」
英美里が驚いている明良と牡丹に説明する。霧江と青鮫も桜花の素早い動きと手捌きに唖然としていた。
桜花の動きには全くと言っていいほど無駄がなかった。霊符であっという間に顔無しカシマの動きを封じ込めた桜花の背中が大きく、頼り甲斐があった。
その時だった。
桜花が突然振り返って明良たちの元に駆けてくると、明良たちの前で崩れ落ちて座り込んだ。
「はーっ、ぜーっ、も、もう、ダメ。吐く、つかマジで息が出来ん、おえっ」
「えええっ!?」
桜花の顔色は真っ青で、顔中から汗を噴き出して息切れを起こしていた。足は産まれたばかりの子鹿のように震えており、今にもよろけて倒れてしまいそうだ。完全に体力を使い果たしてグロッキー状態に陥っていたのだ。明良は驚きのあまりに絶叫してしまった。
「ちょっと桜花さん!?さっきまでのカッコいい姿はどこに行ったの!?」
「バカモン、私のような頭脳労働担当が戦闘なんて、1分もてば奇跡だぞ!?体力持つわきゃねーだろ!!」
「ない胸を張って自信満々に言うことじゃないでしょうが!!」
「オイコラ葛西テメエ人の胸のことをドサクサに紛れてディスるんじゃねえ、減給にすんぞゴルァ」
聞くも情けない、語るも情けないことをキッパリ言い切る桜花に明良たちはずっこけた。まあ、確かに桜花の身体能力と運動神経にしては頑張った方だろう。顔無しカシマの動きを封じ込めたのだから。
「そ、それより、動きを、封じたんだ。あとは、貴様たちの出番だろうが。た、頼むぞ。あの結界も長くはもたん」
桜花の必死な様子の声に(実際に桜花は話すのもやっとだった)、明良は顔を引き締めて顔無しカシマに近づく。顔無しカシマは炎の結界に阻まれて身動きがとれなくなっていた。その表情はまるで悪鬼のように凄まじいものになっていた。
「もうやめてください、鐘島先生!!これ以上、貴方の教え子だった国東さんを悲しませるのはやめてください!!」
明良の叫びに顔無しカシマが鬼のような形相で睨みつけながら、すきっ歯だらけの口を開いて、悲しげな声で応えてきた。
-くにさき、さん?どうして?どうして?どうして貴方まで裏切ったの?わたしを騙したの?貴方だけは信じていたのに。貴方のことを、本当になんでも分かり合える人だって、信じていたのに-
顔無しカシマの怒りを孕んだ悲しげな声が頭の中に響き渡る。顔無しカシマをここまで狂わせてしまったのは、牡丹に対して裏切られた絶望感と悲しみだった。
絡み合った糸をほぐすように、明良が歯を食いしばり、話を続ける。
「いいえ、国東さんは貴方のことを一度も裏切ってなんていません。8年前も、今も、ずっと貴方のことを本当に大切な人だったと思っているんです。貴方を死なせてしまったこと、貴方を助けられなかったことをずっと悔やんで、苦しんで、貴方のことを忘れたことなんて一度もなかったんです」
-それなら、どうして?-
「メッセージは書き換えられていたからです。貴方と国東さんが駅の掲示板でメッセージのやり取りをしていたことを金久保愛花、針生茉奈、錫木恵奈の3人が突き止めて、国東さんのメッセージを消して遊園地にくるように、国東さんに成り代わってメッセージを書いたんです。貴方は金久保たちが書いたメッセージを見て、国東さんからの呼び出しだと思って遊園地に向かい、事件に巻き込まれたんです」
明良が取り出したのは、8年前に校内放送で偶然映り込んでいた、金久保たちが掲示板のメッセージを書き換えているところをプリントアウトした写真だった。金久保が書き込んでいるメッセージはまさに鐘島を遊園地に呼び出すあのメッセージだった。
-・・・・・・!?-
顔無しカシマの動きがまるで凍りついたかのように固まった。写真に映り込んでいるのはまぎれもなく自分を陥れて、顔を傷つけたグループのメンバー達だった。
「鐘島先生、国東さんはずっと違う場所で貴方のことを待っていたんです。貴方とクリスマスを祝うために。貴方のことを裏切ってなんていなかったんです。その証拠に国東さんは貴方に贈るはずだったプレゼントを8年間ずっと大切に保管していました。貴方をこんな目にあわせた事件の犯人を明らかにして、法のもとで裁きを受けさせることが、貴方に報いる唯一の方法だと信じて、警察官になって、事件のことを一人で調べ続けていたんです」
明良は牡丹から預かってきたプレゼントのケースを開いて、中から万年筆を取り出した。金の装飾には小さく『Kurumi.K』とサインが刻まれていた。握りしめた万年筆から暖かく強い力を感じる。牡丹が鐘島に対する強い思い、8年間ずっと思い続けてきて、ひと時も忘れたことがなかった証が万年筆に宿っている。
「これが牡丹さんの心の声です・・・!聞いてください、鐘島先生!!」
明良は万年筆を顔無しカシマの額に押しつけるのと同時に霊力を注ぎ込んだ。赤い光が顔無しカシマを包み込んで、やがて光は炎に変わると激しく燃え上がり顔無しカシマの全身を飲み込んでいく。
-・・・ああ、あああ、ああああ、あああああーーーーーーっ!!!-
顔無しカシマが身体をよじらせてもがき苦しみ出した。顔を両手で覆い、長い黒髪を振り回して、喉が張り裂けんばかりに叫び続ける。
やがて叫び声に嗚咽が混じり出した。顔無しカシマの顔から光るものがポタポタと落ちて、顔を地面に突っ伏したまま、顔無しカシマが泣き出した。そこにいたのは恐ろしい怪異などではなく、絶望感と孤独に苛まれて悲しみに囚われ続ける哀れな亡者だった。
-わたしは!!わたしは!!わたしは、どうして!?どうして!?どうして、あなたまで、裏切ったなんて・・・!?-
繰り返し呟き続ける顔無しカシマに、桜花が近づいていく。そして跪き、顔無しカシマの顔を覗き込みながら、真剣な表情で語りかける。
「気づいてしまったからだろう?貴様自身の思いに」
まるで桜花は死刑を言い渡す裁判官のように、感情を削ぎ落とした冷徹な表情になっていた。
「貴様が、牡丹に生徒以上の、いわば恋愛感情にも等しい特別な感情を抱いてしまったことに気づいてしまったから、貴様は自ら命を絶った。そうだろう?」
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