第参の噂「顔無しカシマ」⑳
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
ぽちゃん。
頭の中に響き渡る水音で、明良はうっすらと意識を取り戻した。気が付くと冷たい床の上に倒れていた。ボーっとする頭を必死で覚醒させながら明良はあたりを見回す。
「・・・いったい、何が起きたんだ?」
周りを見ると、そこはさっきまでいた地下通路ではなかった。
壁一面に無機質な鏡で埋め尽くされている異様な空間だった。
鏡に映りこむ自分の顔を見て、明良は思わずのけぞった。
「・・・鏡?もしかしてここは、ミラーハウスの中?」
遊園地のアトラクションで行ったことがあるミラーハウスのことを思い出した。そして、ミラーハウスという単語に明良は怖気が立った。奥が見えない通路の先まで鏡で埋め尽くされた空間、ここがもしかしたらかつて遊園地にあったアトラクションではないだろうか。そう、鐘島くるみが顔を傷つけられた事件が起きた場所だ。
「・・・棗塚駅の時と同じだ。引き込まれたんだ」
明良はふと口にしていた。
自分が初めてこのゼロ係に赴任した時に体験した、あの悪夢のような世界に迷い込んだ時のことを。
針生茉奈が死んだとき、すでにもう怪異は潜んでいたのだ。自分たちを引き込もうと忍び寄り、針生に意識が集中した一瞬のスキを狙って引きずり込んだ。
その時、明良の視界に床に何かがあることに気づいた。
それは牡丹だった。彼女も気を失って床に倒れこんでいた。
「牡丹さん!!」
明良が駆け寄って彼女に声をかけた。
牡丹が「・・・ううん」とどこかなまめかしい声を上げてうっすらと瞳を開いた。
「・・・南雲警部補?」
「よかった、ケガとかありませんか?」
「・・・ええ、大丈夫です。えっと、私は一体・・・?」
牡丹が周りを見回していくうちに、異様な空間にただ事ではないということに気付いたのか、徐々に瞳が大きく見開かれていく。明良は努めて冷静に説明しようと一呼吸おいてから口を開く。
「・・・どうやら引き込まれたようです。顔無しカシマに」
「引き込まれた?」
「ええ、以前霧江さんと棗塚駅で霊に引き込まれた時と同じ状況です。顔無しカシマはこの空間のどこかにいます。そして、僕たちのことをどこかで見ているはずです」
「・・・そんな」
「牡丹さん、気を付けてください。相手は残念ですけどもう牡丹さんが知っている鐘島先生ではない。僕たちの命を狙っている怪異『顔無しカシマ』なんです。いつ、どこから何を仕掛けてくるかわかりません」
牡丹にとってそれは計り知れないショックを感じるだろうと明良は思ったが、もう端的とはいえ自分たちが置かれている状況が危機的状況に置かれていることを理解してもらわなければならないと判断した。牡丹は若干顔が青ざめていたが、一息ついてから顔を上げてうなづいた。
「・・・はい」
どこか声が震えていたが、牡丹はキッと表情を引き締めて明良の後に続いて歩き出す。
二人は先に続いている通路を歩いていくことにした。
壁一面に貼りつけられた無数の鏡の通路は不気味だった。歩いていると、自分の姿が時折ゆがんだり、膨らんだり、鏡の錯覚によって映し出された鏡像が自分たちを嘲り笑っているような気がしてならなかった。できるだけ鏡を視界に入れないように前へと進んでいく。
入り組んだ通路を歩きながら、牡丹は明良にたずねた。
「・・・南雲警部補、よろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「・・・先ほどの針生茉奈のことですが、あれも顔無しカシマの仕業なのでしょうか?」
明良は思い出す。
口から蛇のような赤黒い不気味な生き物を吐き出して、絶命した針生茉奈の最期の姿を。
「・・・いいえ、あれは顔無しカシマの仕業ではないと僕は思います」
「どうしてそう思うのですか?」
「まず、死に方が違うんです。これまでに顔無しカシマに殺されてきた被害者の死んでいた時の状況は”顔や全身を刃物でメチャクチャに切り付けられた”というものでした。ですが、針生さんは口から生き物のような何かを吐き出して死んだ。顔無しカシマの呪いとは違っています。それに桜花さんはあの時、呪術の類とか言っていました。もしあれが顔無しカシマのしわざだったら、桜花さんは真っ先に顔無しカシマのしわざだと言うはず。でもあの時、桜花さんは明らかに顔無しカシマのものではない違う呪術によって針生さんが死んだというような感じでした」
「・・・確かにそうですね!よく考えればあの時のボスの様子もかなり驚いていたようにも見えましたし」
「まああくまで推論に過ぎないですけどね。ただ、一つだけ分かっていることは今、僕たちは顔無しカシマが作り出した世界の中に引きずり込まれているということです。いつ、どこから顔無しカシマが出てきてももうおかしくはありません。だから」
そう言いかけた時だった。
明良が振り返った瞬間、彼の目が凍り付いた。
いた。
闇からにゅうっとでてきた巨大な鋏の刃が、牡丹の首を今にも挟み込もうととらえていた。
血まみれでさび付いた刃がまるで巨大な獣の口のように見えた。
「南雲警部補?」
「しゃがめっ!!!」
明良が叫んでとっさに火の札を投げつける。牡丹が反射的にしゃがみこむと、彼女の頭上でシャキンという音が鳴り響く。そして上を見ると、ボンっと音を立てて小さな爆発が起こり鋏が吹き飛ばされて地面を転がっていく。
「来る!!」
明良が牡丹を守るように前に立つと、床から血まみれのさび付いた鋏のような刃や草刈り鎌の刃、無数の刃が床を突き破るようにして飛び出してくる。そして闇の中からそいつが空中に浮いた状態で姿をみせた。
ー顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返して顔を返してェェェェェェ!!!-
長い黒髪を振り乱し、顔中に血まみれの包帯を巻き付け、血まみれの白いワンピースに身を包んだ女性が巨大な鋏を片手に一振りずつ持った姿で現れた。包帯の間から除く口の中は歯がいくつか折れていて、隙間から赤い舌をぬらぬらとのぞかせていた。
そして血走った眼をこちらに向けながら、彼女は鋏をシャキンシャキンと鳴らして身体を狂ったようによじらせながら笑っていた。
「・・・これが、顔無しカシマ!!」
「そんな、鐘島先生・・・!!」
恩師の変わり果てた姿を見て、牡丹は真っ青な顔で凍り付いていた。彼女の首は異常なまでに長く伸びており、折れ曲がっているせいかぶらんぶらんと揺れている。彼女が自害した時の姿のまま、怪異へと変貌してしまったのだ。
ー許せない許せない許せない許せない許せない許せない・・・アアアアアアアッ!!-
「来る!!」
顔無しカシマが空気を震わせる悲鳴を上げると、床から鋏が飛び出して明良たちめがけて飛んできた。とっさにかわし、飛んできた鋏が鏡に突き刺さると大きなヒビが入る。頬に鋭い痛みが走り、明良が右頬に手をやるとぬるりとした感触を感じた。掌が赤く染まっている。
「南雲警部補!!」
「油断しないでください!!」
ーアッハハハハハハハハハハハ!!遊ぼうよぅ、いっしょに遊ぼうよう、アハハハハハハ!!-
心から楽しそうに狂った笑い声が闇の中に響き渡った。
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