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小野塚市警察署心霊捜査班  作者: 勇人
第参の噂「顔無しカシマ」
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第参の噂「顔無しカシマ」⑲

注意

・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。

・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。

 血まみれの地下通路を歩きながら、明良が静かに口を開いた。


「・・・鐘島先生は、牡丹さんに強い執着を持っていたんです。執着というよりも、この世で唯一信じられる存在というか、自分が初めて心を許せる大切な存在だと思っていたんです」


「・・・鐘島先生が?」


「・・・牡丹、以前、鐘島は貴様と同じ身の上だと言っていたと話してくれたな?おそらくそれだ。鐘島も小さい頃に父親に暴力を振るわれて、母親である鏑木が父親を刺してしまったことで離ればなれになってしまった。引き取られた家では家族との仲も上手くいかず、信頼できる友人も恋人も出来ず、彼女はずっと孤独にさいなまれていた。そして念願の教師になったにも関わらず、理想と現実のギャップに悩み、それを相談する相手も出来ず、ずっと独りで抱え込んでいたのだろうな」


 思い当たるところがあるのか、牡丹ははっと顔を上げた。


「そんな時に会ったのが貴様だった。貴様とは同じような人生を送って苦しんでいた牡丹が自分自身のように思えたのだろうな。鐘島は貴様と出会い、触れ合って、付き合っていくうちに本当に心から信頼できて、落ち着ける大切な存在と思うようになっていった。だが、明良の話を踏まえるとそこで新しい悩みが出来てしまったのだ」


「・・・まさか、国東巡査部長に生徒と教師、というよりは、同じ女性に対して特別な感情を抱いてしまったということですか?」


 青鮫はそこまで言ってからあわてて口を塞いだが、桜花は小さくうなづいた。それを聞いて、牡丹も驚きの表情になる。


「・・・牡丹とはずっと一緒にいたいと願うようになっていたのは間違いないだろうな。牡丹が鐘島を心から許せる家族以上の信頼を寄せていた人物だと思うのと同じで、鐘島は牡丹を生まれて初めて心から信頼できる人間だと思っていたのだろう」


「・・・確かに、そういったことは考えられますけど」


 自分に通り魔の疑いがかかったとき、彼女に迷惑がかからないように距離を置いていたことや、毎日のように保健室に通って牡丹のことを気づかっていた鐘島の生前の行動を考えると、彼女が牡丹のことを本当に大切に思っていたと言う事は間違いない。しかし、鐘島が天涯孤独の身の上で周囲から孤立していたという環境の中で、牡丹との出会いは彼女の心の救いとなった。


 いつしかそれが牡丹を生徒以上の存在と思うようになったとしても、不思議ではなかった。


「だが、その思いを金久保たちは知ってか知らずか、結果的には利用して鐘島を牡丹が裏切ったという最悪の誤解を生んでしまった。長い間ずっと孤独に苦しみ続けて、心から信頼できる人間とのつながりを求めて、ようやく出会えたと思っていた相手に最悪の形で裏切られたら・・・絶望するなと言う方が無理かもしれんな」


 牡丹に騙されたと思い込まされて、顔を傷つけられたばかりか心にも深い傷を負ったことで鐘島は自ら命を絶ち、顔無しカシマという怪異へと変貌を遂げてしまった。顔を傷つけた人間たちへの恨み、牡丹に裏切られたと思い込んでいる深い絶望、孤独に苦しみ続けてきた彼女の心の闇の深さは底知れないものだった。


「でも、それは誤解だったんでしょう!?その誤解を解けば顔無しカシマ・・・ううん、鐘島先生が苦しむ理由がなくなるってことだから、つまり、そうすれば彼女を浄化することが出来るってことじゃないかな?」


「霧江さん、それです。そのために、彼女の誤解を解くには何が必要なのか、まだ何かが足りないような気がするんです」


 その時だった。

 牡丹のスマホから着信音が鳴り響いた。出ると、画面には「英美里」と表示されていた。


「英美里?どうでしたか?」


『あったよ。全く、机の引き出しのどこかなんて言うから結構探すの手間取ったけどさ。牡丹さんの言っていた特徴通りのもので間違いないと思う。ああ、もう目の前にいるから後はそっちで話すわ』


 そう言って通話が切れると、廊下の向こう側から英美里が髪の毛をかきながら駆けつけてきた。


「英美里!貴様、どうしてここに?」


「牡丹さんに頼まれて、探し物をしていたんですよ。それでお目当てのものを見つけたらこっちに来てほしいって言われて。それで来てみたらこんな気味の悪い場所に繋がっているわ、道に迷うわで大変だったんだから。ああ、牡丹さん、これでいい?」


 そういって牡丹が差し出したのはラッピングされたプレゼント用の袋だった。それを手に取ると、牡丹は「ありがとうございます」と礼を言った。


「・・・南雲警部補、これと南雲警部補と青鮫巡査部長が調べてきてくれた証拠、それらを使って鐘島先生・・・いいえ、顔無しカシマの浄化のために必要なものが揃ったと思います」


「・・・分かりました。僕も準備はいつでも大丈夫です」


 青鮫が用意してきた『メッセージが書き替えられた時の映像の写真』、『牡丹が書いていた映像の写真』、そして牡丹が用意していた『プレゼント』・・・。


「・・・顔無しカシマの動きを止める方法に必要なもの、他にありますかね?」


「この白秋町というのは『金』の力が強い。金属は火に弱い。そして金属は地中から掘り出されるものとして考えられている。つまり、対策としては火のつくものが必要だな」


 桜花に言われて辺りを見回すと、倉庫の中に『ファイヤーダンス用のたいまつ』と『燃料』があった。それらを拝借すると、あとは火をつけるものが必要だった。


「さて、誰か火ィ持ってないか?」


「私は煙草を吸わないから持っていません」


「あるわけないっしょ。ゼロ係のメンバーって全員非喫煙者なんだし。青鮫さんは?」


「煙草も酒もやらねえから持ってねえよ」


「元ヤンなのに結構真面目だよね」


「うるせえよ、元ヤンは関係ねえだろうがバカサイ!!」


 倉庫の中をくまなく探していると、机の引き出しの中に『マッチ』が入っていた。箱を開けると一本だけしかない。これだけでは心もとないので、さらに探していると部屋の隅にもうひと箱『マッチ』が落ちていた。こっちには二本入っていた。


「・・・揃ったか」


 桜花が言った、その時だった。


「いやああああああ!!!」


 奥から通路に響き渡る絶叫が飛び、けたたましい足音と共に誰かがこっちに向かって猛然と走ってきた。黒髪をポニーテールに縛り上げた、色黒で長身、スーツを着込んだ女性・・・針生茉奈だった。顔は涙と鼻水でくちゃくちゃになり、転んだか、何かに引っ掛けたのか、スーツは泥まみれで着崩れていた。足ははだしだった。おそらく靴はどこかで脱げたのだろう。


「お、おい!?」


「落ち着け!!何があった!?警察だ!!」


 青鮫が警察手帳を素早く取り出して針生を取り押さえる。針生は狂ったように暴れるが、青鮫が彼女の両肩をがっしりと掴んで懸命に説得を試みる。


「殺される!!このままじゃ、センコウに殺される!!」


「それって、もしかして、顔無しカシマのことか?」


「私はただあの人の願いをかなえてあげただけなのに!!私も、愛花や恵奈のように殺されちまう!!どうして私がこんな目に遭うんだよ!!もとはと言えばあの人があのセンコウが気にいらないっていうから、私たちはあのセンコウを罠に嵌めてやったのに!!」


 そう言った時だった。


 彼女のうごきが突然止まった。そして、突然顔が苦しそうに歪みだし、お腹を押さえて蹲ってしまった。そしてその場に倒れこむとお腹を抱えたまま、地面を転がり出してものすごい悲鳴をあげてくるしみだした。


「うごおおおおおお!?お、おなかが、いたい・・・!!ぎゃあああああああああ!!!」


 目玉が飛び出しそうなほどに見開き、目や鼻、口からどす黒い血が流れ出した。そして彼女の口から蛇のような赤黒いものが飛び出すと、彼女は断末魔をあげながら静かに倒れこみ、そのまま動かなくなった。蛇のような肉の塊は目にも止まらない速さで地面を這いながら闇の奥へと消えていった。針生を抱き上げるが、もう彼女はすでに絶命していた。


「おい!?一体どうなってんだよこれは!?」


「馬鹿な、呪術の類か!?」


 桜花が針生の身体を抱き上げて鬼気迫る表情で口の中や身体中を慎重に観察する。そして、口の中に手袋をはめた手を突っ込んで指でなにやらすくいあげる。それはどろりとした赤黒い血液にまみれたゼリーのような塊だった。それを素早くシャーレの中に収めると、その上からお札を貼り付けた。


「ボス、これは一体・・・!?」


「しらべてみないと分からんが、呪物の類であることには間違いないだろうな。この様子だと、針生は誰かに呪われていたということになる。明らかにこれは呪物を用いた呪殺だ。あの蛇のような姿をした式神を使ってな。ヤツの力が感じられる血液の塊、これを後で調べてみよう」


 桜花の顔中から汗が噴き出し、それを腕でぬぐった。シャーレの中で蠢いている血液の塊がまるで生き物のように動いている姿はおぞましかった。バッグから折り畳み式のケースを取り出すと素早く組み立てて、シャーレをその中に入れて、厳重にジッパーを閉めた。


「・・・しかし、一体誰が針生のヤツを呪っていたのだ?」


「呪われるほど誰かに恨まれていたってこと?でも、それだけじゃまだ分からないよ」


 その時だった。

 ふと、顔を上げるとそこに明良と牡丹の姿がいないことに気づいた。


「・・・おい、明良と牡丹はどこに行った?」


 青鮫と霧江が辺りを見回すが、明良と牡丹の姿がどこにもいない。ついさっきまでいたはずなのに。

 桜花は二人が立っていた場所の辺りを見回すと、あることに思い至ったのか、顔から血の気が引いていく。


「・・・まさか、引き込まれた!?」


「それって、顔無しカシマにですか!?」


 霧江にはそれがどういうことなのか、思い当たることがあった。

 明良が配属されて初めての事件、棗塚駅に出る怪異に引きずり込まれて、怪異が作り出した異世界に飛ばされた。その時とほぼ同じ状況だった。


 この状況で切り離されたという、最悪の展開だった。


最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!

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