第参の噂「顔無しカシマ」⑱
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
地下通路はまるで迷路のように入り組んでいた。
壁にかけられた案内板を見ながら、全てが血塗られているかのように赤黒く染め上げられたA通路を走り続ける。ミラーハウスの看板を頼りに走り続けるが、一向に着く気配がしない。同じ作りをした通路がまるで無限に続いているような気がした。
「・・・ね、ねえ、一体、ウチらどれだけ歩き続けているんだろう?」
「知るわけねえだろ!!」
「・・・ちっ、時計の針は全然進んじゃいない。おそらくだが、我々は同じところをずっとグルグル回っているのだろうな。気のせいではなく、本当に同じ場所に何度も繋がっているというわけだ」
扉を開き、通路から通路へと移動するたびに明良たちは同じ場所に戻されていたのだ。その時、明良がさっきまで向かっていた方向とは逆方向に向かって走り出した。
「おい、明良!!そっちは入り口に戻っちまうぞ!?」
「・・・いちかばちかですけど、もしかしたらこれで違う場所に行けるかもしれません!」
明良が元来た道、園内広場の地下通路の入り口の看板がかかった扉を開くと、そこには園内広場に続く階段フロアではなく、赤黒い血液がしたたり落ちる通路に代わっていた。しかし、そこの通路はA通路ではなく天井から『B通路』と書かれている看板がぶら下がっていた。
「部屋の作りがメチャクチャになっているみたいですね。もし、進めば進むほど道に迷うように顔無しカシマが作り出したものだとすれば、顔無しカシマの意図とは正反対のことをすれば正しい通路にたどり着くことが出来るのかもしれません」
「だとしたら、どうやってミラーハウスまでたどり着けばいいんだよ?」
「今のと同じ、同じ道が続いたらひき返すを繰り返すしかないと思います」
「明良の言うとおりだ。顔無しカシマに近づくにはそれしかあるまい」
明良の提案で同じ作りの通りに入ったらすぐひき返して戻ることによって、確実に明良たちはミラーハウスのある場所まで近づきつつあった。その途中で強い霊気を感じる扉がいくつかあったが、明良はその中の扉の中から、顔無しカシマを浄化させる方法につながるヒントを見つけ出さなければならないが、魂の奏者の回数が限られているため、扉から感じるわずかな感覚を感じ取り、手掛かりに繋がりそうな顔無しカシマの心情を映し出す世界に繋がる扉を探さなければならなかった。
「・・・ねえ、アッキー。あたし、ちょっと気になることがあるんだけど」
どの扉を開いて調べるか、意識を集中し過ぎて限界に近付きつつあった明良に霧江が話しかけた。明良の顏からは汗が噴き出しており、神経を集中させていたせいか、目の焦点がぼんやりとしていた。息遣いも荒くなってきている。このまま神経を研ぎ澄まし続ければ確実に倒れそうな感じだった。
「・・・気になること、ですか?」
「あのさ、顔無しカシマってどうしてそこまで牡丹さんを恨んでいるんだろうって。いくら誤解しているからとはいえさ、元々はすごく仲が良かったわけじゃん?それなのに、どうしてここまで牡丹さんに執着しているんだろうって、ずっと気になっていたんだ。冷静になって考えてみれば、牡丹さんが顔無しカシマを裏切るような子じゃないってことぐらい、気づきそうだと思うんだけど」
「・・・確かにそうだな。顔無しカシマ、鐘島くるみは顔を傷つけられたことだけじゃなくて、国東巡査部長に裏切られたことがショックで自らの命を絶っている。でも、その場に国東巡査部長がいたわけでもねえし、普段から自分のことを疎んじていた金久保たちが嘘を吹き込んだとしても、そう簡単信じたりするとは思えねえ」
「・・・なるほど、顔無しカシマが自ら命を絶った理由は、もしかしたらそこにあったのかもしれません」
彼女が自殺した本当の理由、彼女の心の叫び、それに関する情報が確かに不足している。牡丹に騙されて、待ち構えていた生徒たちに襲われて顔を傷つけられて、彼女のことも仲間だったと思い込んで、裏切られたと思い込んで命を絶ったとしても、ここまで牡丹に強い執着を持つ理由としては弱い気がする。明良は二人の助言を頼りに、顔無しカシマが牡丹に対する強い執着に繋がる彼女の心情が見える世界に焦点を絞り、扉を探し回る。
納得は出来る。
牡丹が書いたメッセージだと思い込んで、牡丹が彼らと仲間で自分のことを裏切っていたという事実に傷ついて、苦しんだ末に自らの命を絶ったということなら、それで顔無しカシマが牡丹に執着する理由としては筋が通っているように思える。
しかし、その中に、顔無しカシマ自身はどう思っていたのかについてはあくまで推測でしかないのだ。
そう考えながら歩いていると、血の海と化した床の上に白いものがぽつんと落ちているのが目に止まった。血だまりから拾い上げると、それはアサガオの押し花がついた栞だった。
「・・・これは栞?」
それを見て、牡丹が思わず声を上げた。
「・・・それは、私が鐘島先生にあげたものです!」
栞を明良からひったくり、まじまじと見つめて牡丹は「どうしてこれがこんなところに・・・?」と信じられないと言った様子で震えていた。
「・・・なるほどな。おい牡丹、これを明良に読み取らせてもいいだろうか?もしかすればそれに、顔無しカシマをどうにかするためのヒントがあるかもしれん」
「・・・分かりました。南雲警部補、お願いいたします。私も、鐘島先生のために何が出来るのか、思いつくことは何でもしたい。これ以上、先生を苦しめないためにもどうか・・・力を貸してください」
明良が頷いて、栞を受け取ると左手が赤く輝きだした。
両眼を閉じて、精神を集中させて栞に残っていた記憶を読み取る。
「・・・明良、お前」
明良が能力を使っている姿を目の当たりにした青鮫は驚愕で目が大きく見開かれた。青鮫には、彼の全身から神々しく、そして暖かくて気分が安らぐ不思議な光を放っているようにも見えた。
「・・・魂の奏者」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
明良が目を開くと、そこは誰もいない白黒の殺風景な部屋が広がっていた。ベッドが置かれている小さな教室らしき部屋には、棚にいくつもの救急用の薬品や救急箱が置かれていた。どうやら保健室のようだ。
誰もいない部屋の中で、明良の頭の中に声が聞こえてきた。
ー私は絶対に許されない。-
ー私のことを心から信じてくれているあの子に、私は、何ということを考えてしまっているのだろう。-
ーでも、もうあの子がいなければ私はもう教師を続けていくことなど出来ない。ー
ーあの子と出会い、救われたのは私の方だった。-
ー最初は頑なに心を閉ざしていたあの子が、昔の私自身に重なって見えた。ー
ー私のような人間になってほしくなくて、偽りの笑顔の仮面をつけて、他人との心から本気で関わり合うことを恐れるようになっていた私だからこそ、あの子の心がこのままでは壊れてしまうということが分かった。あの子は、もう一人の私なのだ。-
ーだから守りたかった。助けたかった。私のようになってほしくなくて。そう思っていたのに、私は彼女に絶対に抱いてはいけない気持ちが心の中に生まれてしまった。-
ーそれに気づいたときには、もう手遅れだった。あの子がいてくれるから、私は教師として生きてこられたのだ。いいや、もう私の人生においてあの子はなくてはならない存在だ。-
ーしかし、この思いにもし気づいてしまったら、きっと彼女は私のことを軽蔑するだろうか。私のことを気味が悪いものを見るような冷たい目で見て、私を捨ててどこかへいなくなってしまうのではないだろうか。-
ー・・・もしそうなったら私はもう生きていけない。-
ーああ、神様。どうして私とあの子を出会わせてしまったのですか。-
ー教師と生徒じゃなければ・・・私が男性だったら・・・。-
ーずっと彼女と一緒にいられたはずなのに。-
そしていつか声がすすり泣きに変わり、悲し気な泣き声が明良の頭の中に響き渡った。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「・・・そういうこと、だったのか」
明良が再び目を開き、顔中から噴き出している汗を腕でぬぐった。深いため息をつき、その表情はかなり疲弊しきっていた。今にも倒れそうになっている明良を青鮫が支えた。
「おい、大丈夫かよ!?」
「・・・大丈夫です。桜花さん、僕、見えました。顔無しカシマがどうして牡丹さんにここまで執着をしているのか、そして、どうして人を襲う怪異になってしまったのか・・・」
明良は悲し気な目で、栞から読み取った記憶の話を桜花たちに話した。その内容に牡丹が真っ青な顔になり、がくがくと震えだす。そして桜花たちもどこか納得がいくと言ったような面持ちになる。
「・・・・・・なるほどな。貴様の推論が本当なら、どうして顔無しカシマが生まれたのか、納得が出来るな」
「・・・これが本当なら、こんなにひどいことってないよ」
「・・・被害者の連中、マジで鬼畜じゃねえか」
霧江が目に涙をためて今にも泣きそうな顔になり、青鮫は怒りのあまりに歯ぎしりをして拳を握りしめていた。そして、牡丹はまだ青い顔のままだったが、決意を固めたという表情で明良に面と向かって話しかけてきた。
「・・・行きましょう、南雲警部補。私は覚悟が出来ました」
「・・・牡丹さん、お願いします」
牡丹が差し出した手を、明良がゆっくりと握り返してお互いに頷き合った。
ー全ての悲劇を終わらせよう。-
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