第壱の噂「人喰い駅」⑤
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
一体何が始まるのだろうか。
明良は桜花に椅子に座らされた。
そして桜花は牡丹と顔を見合わせて視線で合図を送った。
牡丹は天井からスクリーンを出し、プロジェクターを取り出すと、映像を録画するための何も録画されていないディスクを装填する。そして、電気を消すと、プロジェクターの電源をつけた。青白い光が真っ白なスクリーンが浮かび上がると、彼女は何も記録されていないディスクが入ったプロジェクターに右手を置いて、静かに瞳を閉じた。
「超視覚・記憶再生」
彼女の右手から緑色の光が現れて、その光がプロジェクターを包み込むと、映像を録画したものが入っていないはずのプロジェクターが起動し、光を放ち、スクリーンに映像を映し出した。そこには、さっき棗塚駅のホームで起きた騒ぎの一部始終が映し出されていた。
「・・・これは、さっきの?いつ、録画していたんですか!?」
「録画ではないな。これは牡丹が彼女の目で見た記憶をそのまま映像として映したものだ。彼女は五感のうち、視覚が常人よりも優れていてな。その中でも一度見たものの記憶は決して忘れず、その記憶を映像機器やカメラを通して再生することが出来る特殊能力、超視覚の能力者だ」
「・・・ふう、これでさっき起きた記憶の映像は全て録画しましたよ。ああ、疲れました」
牡丹は疲れた様子で、椅子に座り込んだ。彼女の両目は緑色に輝いていた。そして、両目に目薬をさすと、ソファーに深く座り込んでタオルで両目を覆った。
「・・・ああ、こんな格好で申し訳ございません、南雲警部補。私のこの能力は目に大きな負荷を与えるので、一度この能力を使用したら、30分はこうして両目を休ませないと、最悪失明してしまう危険があるのです」
「・・・あ、いえ、その、まさか本当にこんな能力があるなんて・・・」
「牡丹だけじゃないさ。私や霧江、英美里にも同じような能力がある。そして、貴様にも同じような能力があると思われる。そうでもなければ、いくら追い出し部屋と呼ばれてる僻地とはいえ、ここに左遷されることもないだろうからな」
「・・・僕に、そんな能力が?でも、僕、超能力者じゃないですよ」
「まだ気づいていないだけさ。いずれ、貴様も自分自身の中に眠っている力が開花するきっかけが訪れることになるだろう。まあ、今はこういった能力者が集められた部署がこの0係と言う認識だけで構わんよ」
桜花はプロジェクターに映し出された映像を見ながら、ある場面で映像を一時停止させた。そして、指示棒で指した先には先ほど線路の中に引きずり込まれそうになっていた男性の姿があった。
「コイツの名前は堤伸幸。現在33歳で、リサイクルショップに勤務している。コイツも、15年前に馬場たちと共謀して同級生の女子高生を拉致監禁させて、暴行して死亡させた少年グループの一人だったヤツさ。アイツの顏、どこかで見たことがあると思ったのだが、馬場たちと一緒に逮捕された少年グループの一人で、コイツの所にも馬場たちがどこに行ったのか、生活安全課の刑事たちが事情聴取していたという話を思い出してな」
「最も堤の場合は、中学生の時から馬場たち不良グループに目をつけられて使いっぱしりにされていて、馬場たちに命令されて無理矢理悪事に加担させられていたみたいだけどね。でも、15年前に起きた事件で警察に出頭して、馬場たちが起こした拉致監禁事件の全てを告白したことで、彼らは逮捕されたの。でも、警察が乗り込む前に女子高校生は馬場のアパートの3階のベランダから助けを呼んでいた時に、馬場たちにベランダから突き落とされて、転落死してしまったと報告書には記述されていたわ」
つまり、堤は馬場たちに恨まれていてもおかしくはない。そして、堤はホームで線路に引きずり込もうとしていた、両目に五寸釘を打ち込まれていた男性を「馬場さん」と呼んでいた。そういえば、あの後電車が去った後に、馬場は線路のどこにもいなかった。まるで煙のように消えてしまっていたのだ。
「あの時、堤は馬場の幽霊を見て、心音がものすごく動揺していたな。あの心音から感じ取れた感情は並大抵の恐怖ではなかったな。おそらく、堤は馬場たちに対してよっぽどの恐怖を感じていたのだろうな」
「うんうん、匂いもそんな感じだったよ。あの幽霊に腕を掴まれて引っ張られている時、この堤とか言う人の恐怖を感じている時の匂い、ものすごかった。相当ひどい目に遭わされてきたんだろうね」
二人の会話で、幽霊と言うワードに明良は引っかかった。
「・・・あの、桜花さん、すみません。馬場の幽霊と言っていましたが、それは一体どういうことですか?」
「言葉の通りさ。馬場光彦はとっくに死んでいる。貴様たちが見た、堤を引きずり込もうとしていた馬場という男は幽霊だったということさ。そもそも、両目に五寸釘を打ち込まれて、電車に巻き込まれて姿が消える人間などいるはずがなかろう」
「・・・ええ、馬場光彦に関しては間違いなく亡くなっていますね。私も一目でわかりました。それに、あの時の彼はまるで誰かに操られているようでした。南雲警部補と霧江さんが線路に引きずり込まれそうになったとき、トンネルの奥にもう一人、馬場とは別の気配を感じました」
「だよねえ。さっき、あっきーとあたしを線路に引きずり込もうとしていたのは、馬場じゃないってことは確かだよねえ。桜花さん、何か声とか聞こえませんでしたか?」
「・・・女の声だったな。そいつが何者かはまだ分からんが、そいつが馬場を操って堤を殺そうとしていたことは間違いない。あと、堤に対して強い怨みと怒り、殺意を感じた。あの様子では、堤が棗塚駅をもしまた利用する時が来たら、線路に引きずり込もうとするかもしれない」
「そんな・・・」
「これは、馬場たちが行方不明になった事件について、もっと詳しく調べてみる必要がありそうだな。それが今度の棗塚駅で起きている心霊現象や超常現象と何か関係があるのかもしれない」
「あの、堤とか言う人も気になるよね。馬場っていうあの幽霊に対する怯え方、尋常じゃなかったもん。何か知っているかもしれないよね」
桜花は真剣な表情でつぶやくと、霧江も頷いた。
そして、今後の捜査方針は引き続き馬場たちの行方を追うと同時に、馬場たちの現状について情報をまとめることと、堤伸幸とコンタクトを取り、接触を図って事情を聞き出す担当に分かれて動くことになった。
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堤伸幸は電気もつけずに真っ暗な部屋の隅に膝を折り曲げて、頭を抱えながら震えていた。細身でやせぎすな顔つきがまるでガイコツのように思えるほどに憔悴しきった表情で、目をかっと見開き、額や身体中から噴き出す冷や汗をぬぐいもせずに、肩まで伸ばした長髪を両手でブチブチと髪の毛を引きちぎっていた。
「殺される・・・俺は殺される・・・!!」
自分の腕を見ると、そこにはあの時馬場に強く掴まれてできたアザがくっきりと残っていた。指が食い込み、爪が深く食い込んできたあの痛み、氷のように冷たい皮膚の感触、そして、恨めしそうに自分をぽっかりと穴が空いているかのような真っ暗な眼窩で睨みつけてくるあの時の馬場の顏が目に焼き付き、瞳を閉じるたびに鮮明によみがえってくる。
「やめろやめろやめろぉぉぉっ!!どうして、いつまでも俺に付きまとってくるんだよぉ!!全部お前らが悪いんじゃねえか!!あんな事件を起こしておいて、少年刑務所にまでぶち込まれたっていうのに、出所してすぐにあんな事件を起こしやがってよぉっ!!しかもあんなことを俺に押し付けやがって!!」
壁に拳を思い切り叩きつけると、苛立ちが抑えきれずに何度も壁を殴りつけて、喉が張り裂けんばかりに雄たけびを上げて、目についたゴミ箱を蹴り飛ばし、散らばっていた雑誌や本を壁に向かって投げつける。もう部屋の中はまるで嵐でも吹き荒れたような惨状になっているが、堤はひたすら何かから逃れるように、自分の手が傷つくことも構わずに壁を殴りつけていく。やがて、壁には赤黒い拳の跡がつき始めてきた。
その時だった。
突然テーブルの上に置いてあった自分のスマホが鳴り出した。息を荒げながら、身体中の体温が一気に引いていき、全身に寒気が走る感覚を感じた堤は血走った目で、スマホを恐る恐る見る。画面には「堂島さん」と表示されていた。
ひぃぃっと悲鳴のような声を上げて、その場で腰を抜かして座り込んだ。しばらく着信音が鳴りやまなかったが、やがて、留守番電話サービスの切り替わると、受話口の向こうからまるでまくし立てるように興奮しきった声が一気に押し寄せてきた。
―堤、テメェ逃げられると思うんじゃねえぞ、どうしてお前だけが助かるんだふざけやがって、お前もこっちにこい、お前が裏切ったせいで俺も城戸も馬場もひどい目に遭った。お前だけは絶対に許せない。どこに逃げようと無駄だ、お前は俺たちと同じ地獄の底に引きずり込まれる運命なんだ、ああ、ああ、あの女まだ俺たちを追いかけてきやがる。ちくしょう、あの時死んだはずなのにどうして生きていやがるんだ。鎖をじゃらじゃら鳴らしながら俺たちのことを探し回ってくる。出してくれよ、この暗闇から誰か助けてくれよ、どうして俺たちがこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ、マジで誰か助けてくれよ、おい、誰でもいいから助けろ助けて助けて助けて。ー
「うわあぁぁぁーーーっ!!」
堤が奇声を上げて、スマホを手に取ると、勢いよく柱に思い切り投げつけた。スマホの液晶画面に無数のひびが入り、完全に機能を停止させた。
堤は再び頭を抱えて、うめき声を漏らしだした。
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