第参の噂「顔無しカシマ」⑮
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
「・・・銅と金久保、錫木、そして貴方と会っているところを、近所の喫茶店の防犯カメラに写っていたわ。これは、貴方ですよね?-鏑木寿美香さん」
取調室。
獅子島が机の上に差し出した写真には、銅吾郎、金久保愛花、錫木恵奈、そして鬼塚山上遊園地スタジオ所長の鏑木寿美香が何やら話し込んでいる様子が撮られていた。
鏑木はこわばった表情のまま、小刻みに身体を震わせていた。
「・・・撮影されたのは、国東巡査部長が襲われる前日。貴方は今度の事件の被害者の銅のことも知っていた。そして、昨日遊園地の中で発見された金久保愛花の遺体発見現場で、遺体を釣り上げた滑車が置かれている部屋の床にゲソ痕(足跡)が見つかったのよ。長い間使われていなかったからほこりをかぶっていてね。調べてみたら、貴方が勤務の時に使っている安全靴と同じ靴のサイズだったわ。そして、鑑識で調べてもらったら貴方の安全靴についているほこりの成分と部屋にあったほこりの成分が一致した」
「それと、遺体を釣り上げる時に使った滑車に巻き付けたビニールロープから汗の成分が検出されたッス。金久保が殺された日はひどく蒸し暑かった。アンタは作業中に、汗を手袋をつけた手でうっかりぬぐってしまったのではないですか?汗の成分を調べたら、過去に前歴者のDNAと一致したんス。それは貴方のものでした」
鏑木の目が大きく見開かれて、愕然とした。
あの日、金久保を自殺に見せかけて殺すために、ビニールロープを昔使われていたアトラクションの滑車に巻き付けていた時、ひどく蒸し暑くて汗が止まらなかったのだ。その時、確かに汗を手でぬぐっていた。その時、汗が落ちたのかもしれない。
「貴方が金久保愛花を殺害したんスね?」
鏑木の顔色がさらに真っ青になり、目が小刻みに揺れている。
「銅と錫木、金久保たちとのトークのやり取りのデータも復元して確認が取れたわ。国東巡査部長を襲撃するように銅に計画を持ち掛けたのが錫木たちだった。そして、国東巡査部長の身柄を監禁するために、貴方が管理しているスタジオの倉庫を利用するために錫木たちは貴方に話を持ち掛けた。いつでも始末が出来るように、めったに人が入らない使われなくなった倉庫という環境を利用してね」
「あの部屋だったら、閉じ込めたまま衰弱して餓死するまで放置しても誰も気づかないっスよね。しかし、ゼロ係が想定外の速さで国東巡査部長を発見してしまった。アンタは内心でかなり焦っていたはずです。もし彼女の供述で銅たちが捕まったら自分だっていつ共犯として捕まるか分からないんですから」
「・・・そうなると、顔無しカシマの犯行に見せかけて、錫木と銅を手にかけて、全ての罪を金久保に着せて、口封じをすることにしたとも考えられるわね」
「違います!!」
鏑木が血走った目で獅子島を睨みつけながら、思わず声を上げた。
「・・・確かに金久保愛花を手にかけたことは認めます。銅と錫木さん、金久保愛花にあの女を襲って、スタジオの倉庫に監禁するという話を持ち掛けられて、それに加担したことも事実です。ですけど、あの二人を殺したのは私ではありません!!」
「・・・どうして金久保愛花を手にかけたのかしら?」
獅子島が静かに、鋭く尋ねると、鏑木は絞り出すようにぽつり、ぽつりと話し出した。その口調には怒り、憎しみ、悲しみといった負の感情に満ちた呪詛のような声だった。
「・・・・・・8年前、私の娘を、あんな目に遭わせて、命まで奪っていったから」
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取り調べが終わった後、獅子島たちはゼロ係の部屋を訪れていた。鏑木が供述した証言を、被害者である牡丹や彼女の仲間たちに報告をしに来たのだ。
「・・・8年前、遊園地で暴行を受けた鐘島くるみは、鏑木寿美香の実の娘だったわ」
「確か鐘島がまだ1歳の時に、鏑木寿美香は鐘島の父親を手にかけて逮捕されているな。父親が酷い酒乱で酒を飲んでは暴力を振るっていて、1歳の娘にまで手を出そうとしていたので犯行に及んだと過去の調書を読んだぞ」
「ええ、当時警察に何度も旦那に暴力を振るわれていると相談をしていた記録も残っていたし、彼女の身体にも無数のアザがあったことが確認されている。警察が動き出そうとした矢先の出来事だったわ」
その後鐘島くるみは親せきに引き取られて、親戚の苗字である鐘島の姓で名づけられた。その後、刑期を終えて出所し、何もかもを失った鏑木はあてもなく死んだような毎日を送っていたという。彷徨い続けて、やがて彼女はこの小野塚市に流れ着き、遊園地の掃除スタッフとして雇われて職場と家を行き来するだけの無味乾燥とした日々を送っていた。
親戚には二度と娘には近づくことは許さないと通達があり、自分自身もくるみに出会うことは絶対に許されないと思っていた。どんな理由があろうと、彼女の父親を彼女の目の前で手にかけてしまったのだから。
「ところが8年前、会社の帰りに電車の中で偶然彼女は鐘島くるみと再会してしまったの。23年ぶりに電車の中で座席越しに座っている彼女の姿を見かけた時には本当に驚いたそうよ。23年経って成長した娘の顔を見た瞬間、目の前にいるのは間違いなく自分の娘であることが分かったらしいわ。向こうが覚えていなくても、母親っていうのはそういうことが分かるのね。それからは、彼女は電車の中で毎朝同じ時間帯に同じ電車で出勤する娘と出会うことが唯一の生きがいになっていたそうよ」
「だけど、鐘島くるみは気づいていなかったんでしょう?まさか毎朝出勤する電車の中に、実の母親がいたなんて」
「・・・そのようね。彼女も名乗ることは出来なかったみたいだし」
獅子島がやり切れないといった感じで、ため息をついた。
「・・・ところが8年前にその娘が事件に巻き込まれてしまった。彼女は娘を供養するという意味で、あの遊園地が廃園になって、スタジオとして営業することになった後も勤務することを希望して、今のあのスタジオで働いていたのよ」
「娘さんを助けられなかったことを悔やんでいたそうッス」
「それで、どうして鏑木は金久保たちと手を組んで牡丹を監禁するということになったんだ?」
「・・・鏑木に接触してきたのは、今度の事件が起こる1週間前に錫木が鏑木に話しかけてきたのよ。鏑木が鐘島くるみが亡くなった場所に花を手向けているのを見て、かつてミラーハウスだったあの倉庫で8年前自分の担任だった先生が襲われたという話をしてきたらしいわ。それで彼女が鐘島くるみの教え子だったという話を知ったそうよ。それで、8年前のことで話したいことがあると言って、鏑木を呼び出したのよ」
「そこで、金久保と錫木は鏑木に何かを吹き込んだというわけか」
「・・・ええ、8年前のあの事件に加担していた人間が今ものうのうと生きていて、その上警察官になっているという話をしたそうよ。同窓会で偶然再会をした時も、8年前に亡くなった鐘島くるみのことなんてすっかり忘れている様子で、楽しそうにしていたってね。罪も上手く逃げ延びて、警察官になっているっていう話をしたら、鏑木はその話をすっかり信じてしまって国東巡査部長に殺意を抱いたというわけ」
「・・・そうなると、牡丹と鏑木寿美香の二人をまとめて消すのが金久保たちの狙いだったというわけか。金久保たちは何らかの理由で8年前の事件の被害者となった鐘島くるみと親しかった牡丹と、鐘島くるみの実の母親である鏑木寿美香を邪魔に思い、鏑木に嘘の情報を吹き込んで彼女を利用して牡丹を襲撃し、あの遊園地で監禁するつもりだった。しかし、我々が予想よりも早く牡丹を助け出したことで、連中の計画が破綻したというわけか」
「・・・でも、どうして今になってそんなことを」
明良が疑問を口にする。8年も経った今、どうしてあの事件の被害者に関係する人物や実の母親までも巻き込んで今度の事件を計画し、実行したのか、それがよく分からなかった。
「そういえばさ、どうして鏑木さんは金久保愛花を殺害したの?」
「国東巡査部長が助け出された後に、金久保と錫木が言い争っているところを偶然聞いてしまったらしいのよ。金久保はかなり焦っていたそうよ。その時、8年前に鐘島くるみを自殺に追い込んだあの襲撃事件を仕掛けたのは実は自分たちであることや、鏑木を利用していたということも全て聞いたんですって。国東巡査部長を襲ったのは、彼女が警察署に出入りしているところを偶然見かけて、調べてみたら彼女が警察官になっていたことを知って、自分たちのことを調べているのではないかと錫木が疑ったことがきっかけだったみたい」
どうやら錫木恵奈という人間は気が弱いものの、追い詰められると周りが見えなくなって何をするか分からない危険な一面があったらしい。8年前に、鐘島くるみをミラーハウスの中で襲うように仕向けたクラスメートたちから自分たちのことがバレることを恐れて、金久保と一緒に学校の化学室から盗み出したシアン化合物を使って口封じをすることを思いついたのも彼女だったという。
「それじゃあの事件はやっぱり自殺じゃなかったんだね!!」
「ええ、鏑木が聞いた話によると、8年前に起きたあの事件は金久保と錫木が口封じのために起こした事件だったと金久保が話しているのが分かったわ。でも、もう錫木と金久保も死んでしまっているし、このままじゃ被疑者死亡という形で書類送検するしかないわ」
何ともやり切れない気持ちのまま、獅子島たちはゼロ係の部屋を出て行こうとした。すると、ドアが大きく開き、青鮫が真っ青な顔をして飛び込んできた。呼吸も荒く、ここまで走って駆けつけてきたらしい。
「今度の事件で金久保たちがどうして8年後の今になって起こしたか、分かったぞ!!」
「アホ鮫?アンタ一体何を調べていたのよ?」
霧江が首をかしげるが、珍しく青鮫は噛みつかずに手に持っていた茶封筒から、いくつもの書類を取り出した。
「まだこの事件は終わってねえ。金久保たちの仲間がまだもう一人残っている。そいつの所に行って話を聞こうとしたら、そいつは自宅にも、勤務先にもいなかった。スマホも繋がらないらしくて、行方不明になっている」
「・・・金久保の仲間だと?」
「ああ、そいつは8年前に起きたあの事件で鐘島くるみを呼び出した金久保、錫木と一緒につるんでいたヤツだった。そして、今度の事件にも大きくかかわっている可能性がある」
青鮫がホワイトボードに貼り付けたのは、黒髪を後ろで束ねてスーツを着込んでいる顔立ちが整った女性の顔写真だった。その写真を見て、牡丹が思わず声を上げた。
「・・・針生さん!?」
「そうだ、針生茉奈。市議会議員の針生邦治郎の娘で秘書を務めている。コイツが今度の事件で国東巡査部長を襲うように仕向けた・・・事件の黒幕だ」
青鮫の報告を聞いて、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。
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