第参の噂「顔無しカシマ」⑨
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
午後7時半。
店じまいした喫茶店『時計の館』のホールでは、明良と霧江の二人が閉店作業でコップを洗っているマスターの玉宮優華と話をしていた。明良と霧江はいつもとは違って真剣な面持ちで優華の話を聞いていた。普段の息抜きをしているリラックスした様子はなく、どこか鬼気迫るものが感じられる。
「・・・8年前のクリスマスイブかい?ああ、覚えているよ。学校の先生と待ち合わせをしている高校生の女の子がここで閉店までずっと待っていた時のことだよね?」
「それ、間違いないですか!?あの、この人なんですけど」
明良が写真を取り出すと、それを見て優華が「そうそう!」と肯定した。
「うん、そうだ、思い出したよ。間違いなく牡丹ちゃんだったね。奥にあるボックス席で夕方から閉店までずっと誰かを待っていたのを覚えているよ」
8年前のクリスマスイブ、牡丹は担任の鐘島くるみと二人でクリスマスパーティーをやろうと考えて、ドッキリで鐘島にプレゼントを用意して時計の館で待ち合わせをしていた。桃塚駅の掲示板に『K 午後6時、朱夏町の喫茶店『時計の館』で待っています B』とメッセージを書いて待ち合わせをしていたが、彼女は時間になっても姿を見せなかった。そしてとうとうその日は閉店まで彼女は来なかった。
その3日後に彼女は自宅で首を吊って自殺してしまい、3日前、つまり待ち合わせをしていたクリスマスイブに鐘島はなぜか鬼塚山上遊園地に行っており、そこで生徒たちに集団で襲われて顔を切り刻まれるという事件に巻き込まれていたことを牡丹はのちに警察で知らされたのだった。
「・・・あの事件のことはよく覚えているよ。酷い事件だったからね」
「牡丹さん、掲示板で確かにここで待ち合わせをするって書いたはずなのに、どうして鐘島先生が遊園地の方に行ってしまったのか、それがどうしてもわからないって首をかしげていたんです」
優華が証言をしてくれたこともあって、ここで8年前に牡丹が鐘島と待ち合わせをしていたことは間違いない。しかし、なぜか彼女は鬼塚山上遊園地に向かっているのだ。牡丹がメッセージを描いたのは登校中の午前7時。そして、鐘島が出勤する時に毎日同じ時間に桃塚駅を使い、掲示板の前を通るのが午前7時45分と言った感じだった。その時間にメッセージを見て確認をしたら、時計の館に午後6時に来るはずなのだが、なぜか彼女は違う場所に行ってしまった。そして事件に巻き込まれたのだ。
「・・・教え子たちに集団で襲われて、彼女を傷つけた生徒たち8人は集団自殺、そして鐘島先生は自殺という形で事件は片付けられてしまったというわけだね?何とも救いのない話だよ」
「そもそも、どうして牡丹ちゃんとその先生は駅の掲示板でやり取りをしていたんだろうね?」
唯一の従業員である星野茜が疑問を口にする。確かに、学校でどこで何時に待ち合わせをしようと言うだけならこんなすれ違いは起きなかったはずだ。
「・・・牡丹さんは鐘島先生と二人だけの秘密のやり取りっていうものがやりたかったみたいなんです。鐘島先生のことを家族よりも心を許せる大切な人だと言っていました。スマホを持たせてもらえなかった牡丹さんが鐘島先生と二人だけにしかわからないメッセージのやり取りで思いついたのが、鐘島先生が毎朝通っている桃塚駅の掲示板で特定のメッセージで書いて連絡を取り合うことだったと、牡丹さんは言っていました」
「まあ、周りから見たら遠回りというか面倒かもしれないけど、本人たちの間では大切なことだったんだよね」
「・・・なるほどね。でも、そのメッセージがどうしてすれ違ってしまったのか、気になるね」
「学校で場所と時間の確認とかしなかったの?」
「それも気になったんですけど、その時、鐘島先生はちょっとしたトラブルに巻き込まれていたらしいんです」
「トラブル?」
「・・・鐘島先生が小動物を殺している変質者ではないかという噂が広まっていたんです。8年前、小野塚市一帯で野良犬や野良猫が鎌で斬りつけられて殺されるという事件が数件起きていたんですけど、その事件の犯人と思われる人物像が、鐘島先生によく似ているという目撃証言があったんです」
「・・・まさかそれでその先生が疑われていたっていうの?」
「そうらしいんです。先生は当然否定していたんですけど、先生のロッカーから見たこともない血の付いた包帯と草刈り用の鎌が出てきて、それで先生が口裂け女のような大きなマスクをいつもしているから、彼女が町中の小動物を襲っている変質者じゃないかっていう噂が立って、先生は校長先生たちや警察から事情を聴かれていたらしいんですが・・・」
「その時の先生のクラスでは、彼女がもしかしたら今度は生徒を狙うつもりではないかっていう話まで飛び出して、鐘島先生にものすごく怯えていたんだって。8年前の事件で先生を襲っていたのは、先生が通り魔じゃないかって怯えていて、学校から先生を追い出そうとまで言っていたそうなんだって」
「えー、職場のロッカーにそんな血の付いた包帯や鎌を隠す方があり得ないと思うけどねえ」
「そうなんだよ。実際、その先生も重度の花粉やハウスダストアレルギーが原因でマスクを着けているだけだったのに、周りから疑われていたの。先生も牡丹さんに迷惑をかけたくないってことで、学校内では距離を置かれていたらしいんだよ」
つまり校内で鐘島と牡丹は事件が起きていたころにはなかなか二人きりになれる時間が取れなかった。そのため、掲示板でのやり取りが唯一の連絡手段となっていたのだろう。ところがその掲示板を使った連絡がなぜかすれ違ってしまい、鐘島は遊園地に行って事件に巻き込まれてしまい、牡丹は鐘島を待ち続けていたという。
「・・・これさ、もしかして、メッセージが違っていたとかないかな?」
「え?茜さん、それ、どういうことですか?」
「あんねー、牡丹ちゃんが時計の館で待ち合わせをするって書いたというのも本当なんだよね?それなのに、鐘島先生が遊園地に行ってしまったってことはさ、誰かがメッセージを書き換えたとかっていう可能性はないの?」
メッセージを書き換えた。
それによってすれ違いが起きて、事件に巻き込まれた。茜の一言に明良と霧江は思わず顔を見合わせた。
「・・・そうか、そうだよ。それなら納得が出来る。先生は牡丹さんが遊園地で待っているっていうメッセージを見て、その通りにあの遊園地に向かったんだとしたら、どうして遊園地に行ってしまったのか分かるよ」
「鐘島先生はその当時、確かクラスの教え子たちから嫌がらせを受けていたという話も聞いています。もしかしたら、遊園地で彼女を襲った生徒たちが牡丹さんと鐘島先生のやり取りを知っていて、それを利用してメッセージを書き換えたんだとしたら・・・」
「・・・それなら話が通るよね。しかし、たしかあの事件の加害者となった生徒たちは全員カラオケボックスで自殺したんだよね?それについても、ボク、疑問に思うんだよねえ。だって、高校生ってまだ子供じゃないか。集団で気に入らない先生を痛めつけて顔を傷つけたり、その後でカラオケボックスで集団で自殺をするなんて、ちょっと現実的じゃないっていう感じがするんだよねえ」
あの事件で鐘島を傷つけた高校生8人は、その後、カラオケボックスの一室で全員が自殺するという壮絶的な幕引きとなった。確かに高校生がやるにしては現実的とは言えない。警察の見解では極度の興奮状態に陥っていて集団で暴行をしたが、その後、冷静になった彼らが自分たちがやったことに怖くなって突発的に自殺をしたのだろうという結論となった。
「・・・ところが、そうとも言い切れないことが分かったんですよ」
「え?そうとは言い切れないことって?」
「・・・実は牡丹さん、この間、高校の時の同窓会に出席したんですけど、その時に偶然聞いちゃったんですって。8年前に起きた事件のことについて」
牡丹から聞かされた話の内容を思い出すたびに、明良と霧江は吐きそうになるほどの嫌悪感を感じた。もしそれが事実なのだとしたらあまりにも人間がやる所業とは思えないほどの恐ろしいものだった。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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国東牡丹のプロフィール
身長:172㎝
性別:女性
階級:巡査部長
趣味:読書、紅茶の茶葉集め、お笑い鑑賞
好きなもの:お笑い全般、紅茶、辛いもの
苦手なもの:地震、金属音、集合体、嘘をつかれること
特技:紅茶を入れること、交渉
イメージカラー:緑色