第参の噂「顔無しカシマ」⑧
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
「それではこれから、緊急捜査会議を始めるぞ」
獅子島班の3人組と巽課長が部屋を出て行った後、桜花が牡丹を除いたゼロ係のメンバーたちを集めて捜査会議を始めた。
「まず、今回明らかになったのはゼロ係のメンバーの中に顔無しカシマに命を狙われている人物がいると言う事だ。それはおそらく・・・」
桜花がまっすぐ鋭い視線を放った先には、休憩室から出てきた牡丹の姿があった。
牡丹の表情は暗く、今にも倒れてしまいそうなほどに具合が悪そうだった。そして、一歩、また一歩と重い足取りで椅子に座ると、牡丹が静かに口を開いた。
「・・・・・・私だと思います」
牡丹の答えに、明良たちは思わず声を上げて驚いた。桜花だけが「・・・やっぱりか」と苦虫を噛み潰したような表情になった。出来れば当たってほしくなかったという思いも感じられる。
「どういうことですか、桜花さん?」
「昨日、牡丹がスタジオの奥にある部屋で襲われたのは知っているだろう?その時、牡丹は犯人に抵抗しもみ合いになった。もしそういった行為そのものが、顔無しカシマを呼び出してしまう行為と同じものであったとしたらどう思う?」
桜花が説明をすると、明良たちも桜花がどうして牡丹が顔無しカシマに狙われている理由が分かった。
例え、もしいきなり襲われて激しく抵抗したとしても、そのやり取りを見て顔無しカシマが自身の顔を傷つけられたトラウマをえぐられて、牡丹を次のターゲットに選んだ。あまりにも理不尽な気がするが、そう考えると彼女が狙われてしまったことにも納得がいく。
自分がかつて殺された場所で、自分が殺された時と同じようなことを行っていた人物を見て、彼女は次々と襲い掛かっている。そして先ほどドアの向こう側から聞こえてきた彼女の狂気に満ちた声から察するに、顔無しカシマはもはや理性がなくなり、狂気に駆られるままに人間を襲っている危険な怪異である可能性が高いのだ。
「そんな、でも、牡丹さんはいきなり襲われただけなのに!!」
「しかし、牡丹を襲った銅とかいうチンピラは顔無しカシマに殺されている。そうなると次に狙われるのは、襲われて抵抗した牡丹と、牡丹を呼びつけてスタンガンで気絶をさせた錫木というスタッフだろうな」
「でも、それで牡丹さんが狙われるなんて・・・!!」
納得がいかないと霧江が思わず声を上げる。しかし、そんな彼女に牡丹は悲し気な笑みを浮かべて見ていた。
「・・・霧江、おそらくボスの考えは間違っていないと思うわ。それにおそらくだけど、顔無しカシマはきっと遅かれ早かれ私のことを狙ってくると思っていました」
「えっ?それは一体どういうことですか?」
明良が聞くと、牡丹は深くため息をついてゆっくりと話し出した。
「・・・・・・奥の部屋で聴いていたのですが、8年前に起きた『白秋高校』の女性の教師が担任をしていたクラスの教え子たちに襲われて顔を傷つけられたことを苦にして自殺した事件の話があったでしょう?あれは事実です。あの事件で自殺した女性の先生がそのことを恨んで顔無しカシマと言う怪異に変貌してしまったとしても、それは仕方のないことだと思った。彼女は顔を傷つけられたことよりも、信じていた教え子たちに裏切られて、酷い仕打ちを受けたのですから」
「・・・貴様、随分と詳しいようだが、まさか!?」
「・・・私はこの顔無しカシマの正体に心当たりがあります。彼女はおそらく『鐘島くるみ』という、かつては白秋高校3年B組の担任をしていた英語教師をしていた女性です。そして彼女は私の恩師と言える存在でした」
牡丹が今にも泣きだしそうな顔で胸ポケットから定期入れを取り出すと、写真が入っていた。そこには大きなマスクで顔の下半分を隠しているが、顔立ちが整っている黒髪ロングヘアーの女性が高校生のころと思われる牡丹と笑顔で一緒に写っていた。
「・・・どん底にいた私に手を差し伸べてくれた、大切な人でした」
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「・・・高校に上がる時、私は大きな病気を患ってしまって高校に入学するのが1年遅れてしまったんです。それが原因で私は同級生から悪口を言われたり、嫌がらせを受けるようになってしまい、何とか頑張って耐えてきたんですが、高校3年になった時にはもう限界を迎えてしまい、保健室に登校するようになったんです。その時、私が入る予定だったクラスの担任をしていたのが、当時、大学を卒業して新任で配属された鐘島先生だったんです」
その当時、クラスメートからのいじめやいくら相談をしても具体的に対応してくれない教師や学校に対する失望、怒り、そして実の両親が不仲な上に仕事で家を空けることが多く、育児放棄に近い状態に置かれていた牡丹は、保健室に足を運んで挨拶に来た鐘島に対して心を閉ざしていた。鐘島はいかにも絵にかいたような理想を目指して燃えている、現実と言うものを知らない無垢で無邪気な新任教師のようだったと牡丹は当時思っていたそうだ。
「・・・私なんかにいつも会いに、保健室に足を運んではプリントを渡しに来たり、他愛もない話を向こうから一方的に話しかけてきて、私がそれを突っぱねたり、無視したり、時には追い返したりするようなことを言っていました。でも、鐘島先生は私がどんなに邪険に扱っても、一日も欠かさずに私のところに顔を出し続けてきたんです。それで、話をしていくうちにだんだん私も少しずつ返事をするようになって、それで、自分から話しかけたりするようになって・・・夏休みを迎えるころには受験勉強につきっきりで付き合ってくれたり、一緒に遊びに行くようになりました。何て言うか、先生と言うよりもお姉さんのような存在みたいに思えてきたというか、年が離れた友人のような関係になっていたんだと思います」
「・・・すごく尊敬していたんですね」
「・・・はい。もしかすれば、喧嘩の絶えなかった両親よりも信用するようになっていたんだと思います。その時、私はスマホなんて持っていなかったから、先生と待ち合わせをするときには先生が利用している桃塚駅の掲示板にメッセージを書いて先生がそれを読んで待ち合わせをするという方法で、校外では先生と一緒に過ごしていました。面倒な方法かと思われるでしょうけど、私にとっては先生を独り占めできるような気がして、それがすごく嬉しかったんです。話をしていくうちに先生も昔、私と同じように病気が原因で高校に入学するのが遅れてしまったことや、そのことで周りから心無い仕打ちを受けて苦しんでいたことがあると言う事を知ったんです。先生には私が苦しんでいたこと、誰にも悩みを打ち明けることが出来ずにどうしたらいいのか分からなかったこと、全てをまるで自分のことのように理解してくださった。そして先生は力強く、優しく、いつも私のことを応援し支えてくれていました」
牡丹と同じように過去に同じ境遇に置かれて苦しんでいたこともあってか、鐘島と牡丹の間には教師と教え子と言う関係よりも強い絆のようなもので結ばれているように思えた、と牡丹は言った。そして、その励ましがあってか、夏休みが終わり、二学期になってからは教室に足を運ぶようになった。少しでも鐘島が喜んでくれるなら、牡丹は勇気を振り絞って保健室から外へと飛び出したのだ。
「先生はまるで自分のことのように喜んでくれていた。私も先生の期待に応えられるように、一生懸命勉強をして、成績も上位に入り、行きたかった大学への推薦入学の資格も手に入れる事が出来ました。先生が喜ぶならどんなことでもやって、先生のあの笑顔が見たい。それが私にとっては生きがいのようにも思えていたんです。先生が褒めてくれる言葉の一つ一つが、先生がいつもくじけそうになる私を支えてくれて暖かく見守ってくれていることが嬉しくて、私はようやく生きる希望を見つけられた。それなのに・・・あのクリスマスイブの夜・・・まさかあんなことになるなんて・・・!!」
牡丹の表情が徐々に歪んでいき、拳を強く握りしめる。身体を震わせながら、必死で激情を抑えているように見えた。
「・・・それが8年前のあの事件か」
「・・・はい。あの日、私は先生と一緒にクリスマスをお祝いする予定だったんです。あの日も、桃塚駅の掲示板に待ち合わせのメッセージを書いて、先生に渡すつもりだったクリスマスプレゼントを用意して、ずっと、ずっと、ずっと先生を待ち続けていたんです。ですが、先生は・・・いつになっても・・・来なかった。日を跨いでも、私は先生を待ち続けていました。先生に何かあったのかと思って先生の家に行ったけど、先生はいなかった。先生がどこにもいなくて、私は嫌な予感がして先生を町中探し回りました。先生が行きそうな場所を全て探し回っても先生は見つからなかった。そして、イブの夜から3日後のことでした・・・」
牡丹の瞳が血走り、大きく見開かれて涙がぽろぽろとこぼれだす。
「せ、先生のアパートに行ったら、へ、部屋の鍵が開いてて、あ、あけたら、せ、先生が、先生が、あんなことになっていて・・・!!」
突然音信不通になり、必死になって町中を探し回り、ボロボロになった牡丹がたどり着いたのは、あまりにも残酷な現実だった。
部屋の中で、心から信頼し、尊敬していた鐘島は顔を包帯でグルグル巻きにしたまま、リビングの入り口の梁から・・・ぶら下がっていたのだ。
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登場人物紹介⑧
国東 牡丹(27):小野塚市警察署生活安全課特別捜査班0係の室長補佐。幽霊や普通の人間の目では見えない様々なものを見ることが出来る『超視力』の持ち主で、目で見たものをカメラなどの撮影機器を通して映像として再現することもできる。礼儀正しく常に丁寧な言葉遣いで話す落ち着いた雰囲気の女性で、ショートカットが似合う高身長かつスタイル抜群の美女。性格面に問題がある桜花になり代わって他の部署とパイプを繋げたり、捜査における協力の交渉を行う司令塔的存在でもある。一見クールで取っ付きにくいイメージだが、面倒見が良くて心優しく、仲間たちに振る舞う紅茶を入れる腕前は超一流で、彼女が淹れる絶品の紅茶がきっかけとなって事件の解決の糸口を見つけることが出来るなど、ゼロ係にとってはなくてはならない重要人物であり頼りになるお姉さん的存在。