第壱の噂「人喰い駅」④
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
今回は胸糞悪い描写が含まれております。苦手な方はどうかお気をつけてお読みください。
明良たちは小野塚市警察署の地下にある、0係のオフィスに戻ってきた。
明良はもう何が起きているのか訳が分からず、頭の中が真っ白の状態だった。どうやってここに戻ってきたのかさえ覚えていない。さっき、自分が見たあの光景は一体何だったというのだろうか。
「お疲れ様です」
部屋に入ると、中条英美里がパソコンとにらめっこしながら、キーボードを叩いている。上司である桜花であろうと目もくれずに作業に没頭しながら、棒付きキャンディを舐めていた。
「おう、それじゃ早速捜査会議を始めるぞ。英美里も一旦作業を中止して、こっちに来てくれ」
英美里が面倒くさそうに頭を掻きながら、部屋の中央にあるデスクを囲むように置かれた椅子に座り込み、それぞれが自分の椅子に座っていく。明良も何とか思考回路を切り替えて、椅子に座った。
そして、桜花がホワイトボードを取り出してきた。そこには『棗塚駅連続神隠し事件』と大きく書かれており、顔写真のブロマイドが数枚貼られていた。
「神隠し事件?」
明良は警察の事件で行われる捜査会議では見たことのない事件の表題に首をかしげる。
「まずは、ここにきてまだ間もない新人のために、今度の事件のあらましについて説明をしよう。我々は棗塚駅で行方不明になった失踪者の行方を追っているのだ。失踪届が出ているのは、馬場光彦33歳で職業はガソリンスタンド勤務、城戸壮一33歳、職業はフリーター、そして堂島達也33歳で、建設会社の作業員として勤務している」
「失踪届を出したのは、馬場たちの保護観察官からです。2週間前に、彼らが勤め先を無断欠勤した後に、家にも戻らず、連絡が一切つかなくなったということで、失踪届が提出されました。彼らは3人一緒になって行動をしているようでして、場所を転々と移動しながら行方をくらませていたのですが、最後に彼らが目撃されたのが棗塚駅でした。彼らは昔の仲間たちと飲んだ後に、最終電車に乗り込んでいく姿を目撃されたのを最後に、一切行方が分からなくなりました」
「保護観察って彼らは何か犯罪をやったのですか?」
「ああ、それもかなり胸糞が悪くなる悪質な事件だ。15年前に、女子高校生が同級生の男子学生数人に拉致されて、3か月以上もの間、馬場が一人暮らしをしていたアパートに監禁されて、暴行を受け続けて死亡した事件だ。小野塚市女子高校生拉致監禁致死事件・・・貴様も聞いたことはあるだろう?」
その事件は明良もテレビや新聞で何度も見たことのある事件だった。当時、逮捕された少年グループは未成年だったこともあり、少年刑務所に送られたが、あまりのショッキングな事件の内容と彼らの残虐極まりない犯行に、少年法について世論が大きく騒がれていた。
「当時まだ17歳だった馬場たちは未成年ということで、少年刑務所で懲役10年の実刑判決を受けて服役していたのですが、1年ほど前に彼らは釈放されて、社会復帰を果たしています。ですが、2週間前に彼らが務めている職場を無断欠勤してから、急に連絡が取れなくなったのです。彼らが再び事件を起こす可能性もあるので、生活安全課の刑事も捜索をしているのですが、全く行方が掴めずにいるのです」
「そんな時に、上から例の棗塚駅で起きている奇妙な超常現象や不思議な出来事が報告されているから、馬場たちが行方不明になっている事件と絡んで、駅で起こっている超常現象について調査をするように命じられたというわけさ」
「・・・あの、上ってもしかして、警視庁とかからですか?」
まさか、警視庁がそのようなオカルトを真に受けて、捜査を命じるとはとても思えない。明良はますます混乱する。
「もっと上」
「え?もしかして、警察庁?」
「国家公安委員会のどこかのお偉いさん」
英美里が棒付きキャンディのセロファンをはがして、口に運びながら衝撃的な答えを言い放った。
「こ、国家公安委員会!?」
国家公安委員会と言えば、警察を管理する機関であり、警察庁や警視庁を管理する機関ではないか。つまり、警察庁や警視庁よりも権力のある、国の中央警察管理機関ではないか。明良は全身にカミナリが落ちたような衝撃を味わった。
「まあ、あまりにも非現実的すぎるから表向きにはなっていないけどね。だいたい、国家公安委員会がオカルトや幽霊に関連する事件を取り扱うなんて世間的に言っても信じられる話じゃないでしょう?だから、南雲さんもむやみに口にしない方がいいと思うよ。・・・うっかり口にして、世間に知られる前に消されてしまうってこともあるかもしれないからね?」
英美里が冷たい光を瞳に宿しながら、明良の顔を覗き込むようにして釘を刺した。口外厳禁、という響きはどこまでも冷たく、もしそれを破ったら本当にとんでもないことになると思い、明良は世界がぐにゃりと曲がりくねって、身体から力が抜けていくように思えた。
「まあ、信じてもらえるかどうかと言えば、間違いなく信じてもらえないだろうしな。いずれにせよ、我々の捜査活動は上には許可はされているが、表向きには捜査権がないし、よその課と合同捜査をすることはまずない。現場で出くわしたらすぐに立ち去れ。間違いなくもめるからな。我々は生活安全課やよその課から持ち込まれてきた面倒事や雑用をこなす、いわば便利屋として認識されているとでも思っておけ」
何でも係?雑用係?便利屋?
次々と飛んでくる衝撃的な言葉に、明良は打ちのめされた。ここが警視庁の中でも追い出し部屋として囁かれているのは聞いたことはあるが、まさかそこまでひどい扱いだったとは・・・。
「・・・ボス、もう少し言葉を選んで説明した方がよろしかったのでは?」
「いずれ真実を知ることになるなら、早いうちに伝えておいた方がいいだろうが」
「まあ、あたしたちの捜査っていうのは、他の課ではやらないっていうか、ありえない方法でしかやらないことばかりだもんね。でもさ、あっきー、こうして捜査の特命が下ったら私たちは私たちのやり方で調べることが出来るってわけだよ」
「慰めになっていないと思うけど」
「・・・私たちなりのやり方って?」
そう言うと、霧江が牡丹の方に顔を向けた。
「牡丹さん、さっきの騒ぎ、全部記憶しているんだよね?その時に見た映像を、全部見せてもらってもいいかな?」
「えっ、ですが、説明もまだしていないのに、いきなり見せてしまって大丈夫なのでしょうか?」
「構わん、百聞は一見に如かず、もし自分の目で見て、それを信じられないようなら速やかにここを出ていけばいいだけのことさ。どうせもうここに飛ばされてきた時点で、華々しいキャリアとしての道は閉ざされたようなもんだし、警察官としては終わったも同然だ」
その言葉で、明良がピクリと反応した。
「・・・警察官として終わったですって?」
明良が顔を上げると、その瞳には強い憤りと覚悟に満ちた炎が燃え上がっているようにも見えた。さっきまでの放心状態だった顔つきから豹変したことに、桜花たちは驚いた。そして、明良は椅子から勢いよく立ち上がると、大きく息を吸った。
「・・・冗談じゃないです!!僕、ここを出ていきません!!ここで、いち警察官として最後まで職務を全うする覚悟でやってきたんです!!周りからどう思われていようが、雑用係だろうが何でも屋だろうが、僕は警察官という職業が僕の人生そのものなんです!!心霊現象だろうが、超常現象だろうが、僕は絶対に逃げません!!もう絶対に目の前の事件が解決するまで、何があっても逃げないって決めたんです!!」
部屋の中の空気が静まり返った。
明良が我に返ると、ぽかんとした表情で自分を見ている桜花たちの反応を見て、気まずそうにそっぽを向いて、頭をガシガシと掻きあげた。
「・・・その言葉、忘れるなよ」
桜花がつぶやいた。その唇の端が少しだけ上がっていて、微笑んでいるようにも見えた。そして、明良の胸倉を掴み上げると自分の顔を明良の顔に近づける。まつげが長く、童顔だがどこか妖しく魅力的な美しさを感じさせる雰囲気に、明良は息を飲んだ。
「今日から貴様は私の部下だ。つまり、私が貴様のご主人様だ。勝手に逃げたり、弱音を吐いて諦めたり、一人で勝手に突っ走ることは許さん。その代わり、私が貴様のその信念が本物かどうか、この目できちんと見届けてやる。他の誰から引き抜かれそうになっても、誰にも渡さん。最後のチャンスを自分で投げ捨てたんだ。今この瞬間から、腹を括って私たちについてこい。私たちだけを信じろ」
「・・・上等です」
「フッ、なかなかしつけのしがいのある犬だな」
そう言うと、桜花は明良の額に軽く口づけをした。
花のように甘い香りと爽やかな香りが鼻をくすぐり、柔らかい感触に額が熱く感じた。
「き、北崎室長」
「名前で呼ぶことを許そう。貴様は今日から私をそう呼ぶがいい。言え、ご主人様からの命令だ」
「・・・お、桜花さん?」
「ふむ、いいだろう。よし、明良よ。貴様にこれからいいものを見せてやろう。牡丹、準備はいいか?」
楽しそうに笑みを浮かべながら、桜花は牡丹たちの方に歩いていった。その足取りはどこか軽やかで、軽くステップを踏んでいたように見えた。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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小野塚市警察署生活安全課特別捜査班0係 組織図
室長: 北崎 桜花(警視)
一人称「私」/呼び方 牡丹「牡丹」/英美里「英美里」/霧江「霧江」/明良「明良」
室長補佐:国東 牡丹(巡査部長)
一人称「私」/呼び方 桜花「ボス」/英美里「英美里」/霧江「霧江」/明良「南雲警部補」
情報担当:中条 英美里(巡査部長)
一人称「私」/呼び方 桜花「桜花さん」/牡丹「牡丹さん」/霧江「霧江」/明良「南雲さん」
捜査官: 葛西 霧江(巡査)
一人称「あたし」/呼び方 桜花「桜花さん」/牡丹「牡丹さん」/英美里「えみぽん」/明良「あっきー」
捜査官: 南雲 明良(警部補)
一人称「僕」/呼び方 桜花「桜花さん」/牡丹「国東さん」/英美里「中条さん」/霧江「葛西さん」