第参の噂「顔無しカシマ」④
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
まずは、管理事務所を訪ねてみることにした。
管理事務所に入り、受付の女性に事情を説明すると、すぐさま奥にある部屋に向かっていった。そして彼女と一緒にやってきたのは『鬼塚山上遊園地スタジオ所長 鏑木寿美香と書かれたプレートを胸元につけたスーツ姿の女性だった。黒髪を後ろにまとめて、眼鏡をかけており、やや神経質そうな感じがするが、整った顔立ちをしている女性だった。
「お待たせしてしました。私はここの所長をしております、鏑木といいます」
「小野塚市警察署生活安全課特別捜査班の北崎です」
「同じく南雲です」
「中条です」
「・・・とりあえず奥にどうぞ」
不安そうな目で、反応を伺うように鏑木が3人を奥にある応接間に案内する。応接間のソファーに3人が並んで座ると、スタッフの一人がお茶を運んでやってきた。丁寧な仕草でお茶を配ると一礼をして部屋から出て行く。
「それで、お話とは何でしょうか」
「昨日なんですが、こちらの女性はこのスタジオに来ていませんか?」
明良が牡丹の顔写真を取り出して鏑木に差し出した。彼女は写真を見ると「ああ」とつぶやいた。
「ええ、はい、お見えになりましたわ。確かうちのスタッフの錫木が見学をしたいと言ってお呼びしたと言っておりました」
「実は昨日から、彼女が自宅に戻っていないんです。スマホにも連絡がつかなくて」
「職場も無断欠勤しているんです」
「彼女のことについて、何か気づいたこととかありませんか?」
鏑木が顎に手をやって「うーん」と唸り考え込む。そして何かを思いだしたように目を見開く。
「・・・そういえば、昨日、事務所で仕事をしている時に気になったことなんですが。私は監視カメラで園内に不審者がいないか時々チェックをしているのですが、こちらの女性がお帰りになられたときの姿が見られなかったのです。錫木に確認をしたのですが、彼女はすぐに帰られたと言っていたので、私が目を話している間に帰られたのかと思ったのですが、彼女、ここを出る時に挨拶をしていくとおっしゃっていました。今どき珍しいぐらい礼儀正しい方でしたから、気になりましてね」
「なるほど。差支えがなければ、昨日の監視カメラの映像を見せていただけませんか?それと、その錫木という社員にもお話が聞きたいのですが」
「・・・それが、実は錫木は昨日から連絡が取れないのです。今日は出社するはずなんですが、無断欠勤をしておりまして。このようなこと、今まで一度もなかったのですが」
鏑木は心配そうな目で応えると3人は顔を見合わせた。
その時、ふと桜花が壁に貼られた張り紙を見て、鏑木に話しかける。
「ところで、こちらの事務所の至る所にあのような貼り紙が貼ってありますが、結構社内の環境改善に力を入れているのですね」
貼り紙には『屋内におけるセクハラ、パワハラ、モラハラなどのハラスメント行為は厳禁!!発見次第厳しい処罰を下します』と書かれてあった。
「・・・ええ、最近どこの会社でもハラスメントの問題が挙がっておりますから。社員や会社にとってもハラスメントは百害あって一利なしともいえる行為です。ここで働いてくれている社員の皆さんには安心して仕事に取り組める環境を設けたいと思いましてね。これはここの前所長から言いつけられていることなんです。・・・それにみんな、嫌なことを思い出してしまいますからね」
鏑木の言葉に明良は何か引っかかった。
嫌なこと・・・その言葉には何か気になるものがあった。
「嫌なこと・・・?」
その時だった。
鏑木に尋ねようとした明良を桜花が腕を伸ばして制した。そしてもう片方の手で「シー・・・」とつぶやく。その表情は鬼気迫るほどに真剣なものだった。
「・・・聞こえる」
「聞こえる?何がですか?」
「-間違いない、牡丹の声だ!!」
桜花がソファーから飛び上がらんばかりに立ち上がると、耳を澄ませて意識を集中させる。常人には聞こえないようなわずかな小さな音や声を聞き取る超人的な聴力「超聴力」を持つ桜花だからこそ聞き取れた。彼女は耳を澄ませながら奥にあるドアまで歩いていく。
「・・・鏑木所長、こちらのドアの向こう側には何がありますか?」
「そちらは今は使われていない遊園地の備品やマスコットなどを保管している倉庫と地下通路の入り口に繋がっています」
「申し訳ないが、少々調べさせてもらうぞ!!」
言うが早いかドアノブを回し、桜花が中へと入り込んでいった。桜花の後を追いかけて明良、英美里、そして鏑木も困惑した様子で追いかけていく。ドアの向こう側は廃園になった遊園地の名残を感じさせるコンクリートがむき出しになった無機質な壁や蛍光灯が吊るされている天井、わずかに埃が積もっているひび割れたパネルが敷き詰められた床といった空間が広がっていた。
桜花は階段を下り、地下一階の通路に到着すると再び耳を澄ませる。
そして、所々点滅を繰り返している蛍光灯のみが照らしている不気味な通路をものともせずに進んでいき、やがてある一室のドアの前で足を止めた。ドアの上には「B倉庫」とかすれているが辛うじて読めるプレートが貼ってあった。ドアノブを握りしめて回すが、ドアノブはびくともしなかった。
「・・・ここだ!!間違いない!!」
「桜花さん、まさか、そこに牡丹さんがいるんですか!?」
「ああ、間違いない!!アイツの声がここから聞こえてくるんだ。アイツの声を、私が聞き間違えるはずがないんだ!!所長、ここの部屋の鍵を持ってきてくれ!!頼む!!」
真剣な表情で頼み込むと、鏑木は頷いて慌てて鍵を取りに階段を駆け上がっていく。そして、英美里が部屋の前に落ちているあるものを拾い上げた。それは牡丹の警察手帳だった。
「・・・これ、牡丹さんの警察手帳だ!!」
「それじゃあ、彼女は本当にこの部屋に・・・!」
そこへ、鍵を持ってきた鏑木が駆けつけてきた。鍵を挿し込み「ガチャリ」と音を鳴らすと、桜花がドアを思い切り開けて中へと飛び込んだ。放たれたドアから埃の匂いとかび臭い匂いが混じり合った何とも言えない不快な匂いが解き放たれる。
「牡丹!!!」
部屋の電気をつけると、部屋の奥に国東牡丹の姿があった。彼女の両手は配管をくぐるように回されて手錠で拘束をされていた。両足も縛られていて、猿ぐつわまでされている。桜花が駆け寄って、猿ぐつわを外すと牡丹の瞳がうっすらと開いた。かなり疲労しきった様子だったが、その瞳が桜花の姿を捕らえると、牡丹が安心したような笑みを浮かべた。
「・・・ボス、来てくれたんですね」
「当たり前だ。仲間が助けを求めているのに、聞き逃すものか。私は貴様の上司であり、仲間なのだからな」
「・・・来てくれると、信じていました」
牡丹の瞳に溜まっていた涙がつうっと埃まみれの頬を伝って流れ落ちていく。拘束を外されると、牡丹は桜花の身体を強く抱きしめた。彼女の胸に顔を押し付けて、身体を小刻みに震わせながら腕に力を籠め続けている。そんな彼女の頭を撫でながら、桜花は優しく微笑んだ。
「・・・すまん、怖い思いをさせたな」
「・・・ボス、英美里、南雲警部補、本当にありがとうございます」
震えているか細い声は、いつもの気丈な彼女からは想像もつかないほどに弱々しかった。この真っ暗な地下室の中に閉じ込められて、どれほど不安に駆られていたのだろう。どれほど恐ろしい思いをしたのいだろう。
「桜花さ」
明良が桜花の顔を見た瞬間、思わず凍り付いた。
桜花の表情は牡丹に見えない様に、彼女の顔を胸に押し付けたままで、鬼のような形相を浮かべていた。仲間を襲い、拉致、監禁をしてこのような場所に閉じ込めた犯人に対する激しい怒りで目つきが吊り上がり、ギリリと歯ぎしりの音が聞こえそうなほどに歯を食いしばっていた。彼女の背後には激しい怒りの炎がメラメラと燃え上がっているように見えた。
「・・・英美里、明良、まずは牡丹を病院に連れていくぞ。霧江には私から連絡を入れておく。これはも立派な拉致監禁事件だからな。刑事部に掛け合って捜査をしてもらおう」
「了解です」
「・・・はい!」
明良と英美里が部屋から出て、何が起きているのか分からず唖然と立ち尽くしている鏑木に警察と救急に連絡をするように伝えた。鏑木が我に返り、慌てて階段を駆け上がっていくのを見送ると、英美里が明良に近づいて耳打ちをする。
「南雲さん、気を引き締めて取り掛かりましょう。今度の襲撃事件、刑事部に任せるだけじゃ済まないような気がする」
「と言いますと?」
「ここからものすごく嫌な気配をさっきからすごく感じるんだよね。間違いなく、これは怪異の気配だよ。ここには間違いなく怪異が潜んでいる。怪異が放つヨドミの匂いでむせ返りそうなんだ。どういう怪異で、どうしてここにいるのか分からないけど、今度の事件と無関係というわけじゃないように思える」
英美里は確信めいた様子で、暗闇に覆われた地下通路の奥を見て言った。
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