第参の噂「顔無しカシマ」③
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
首筋からの鈍い痛みで、国東牡丹は目覚めた。
うっすらと目を開けると、そこは真っ暗な空間が広がっている。避難口用の緑色の案内板の明かりと、火災報知機の赤い光だけが部屋を照らしていた。目を凝らすと、何やらダンボールや巨大な看板、不気味な無表情の着ぐるみなどが無造作に置かれている部屋だった。何かの倉庫の中のようだ。
(・・・完全に油断をしていましたね)
気を失う直前、首筋に何かを押し当てられてバチィツという音と視界が真っ白になった瞬間、その後のことがまるで思い出せない。両手は手錠で施錠されて、配管に拘束されていて身動きが取れない。さらに両足までロープできつく縛られていた。
「・・・一体ここはどこなの?」
おぼろげな思考回路を何とか必死で再起動させて、牡丹は自分の身に何が起きたのか思考する。確か自分は、二週間前に元クラスメートの『錫木恵奈』からどうしても相談したいことがあると言われて、白秋町にある鬼塚山上遊園地スタジオに呼び出された。錫木がそこに勤めていて、外では話せない内容の話だからと泣きつかれてしまい、本当なら二度と足を踏み入れたくない忌まわしい過去があるこの場所に足を運ぶ羽目になってしまったのだ。
「・・・あの後、恵奈に奥の部屋に呼び出されて…そうだ、その時、いきなり襲われて・・・!!」
恵奈に案内されて、従業委員以外立ち入り禁止の区域の奥の部屋に呼び出されて、部屋に入った瞬間、暗がりに潜んでいた何者かが突然背後から牡丹に襲い掛かってきたのだ。とっさに応戦し、その人物が手に持っていたバットを薙ぎ払い、利き腕を掴んでひねり上げたまま床に組み伏せた。フードを目深にかぶっていた人物のフードをめくると、そこには見たことのない風貌の男の顔があった。
禿頭に蛇のような鋭く冷たい目つきをした長身の男は牡丹を睨みつけたかと思うと、嫌らしい笑みを浮かべた。その瞬間、自分の背後に影が動いたことに気づいた瞬間、バチッという音と青白い光、突き刺すような痛みを感じた直後に視界が真っ暗になった。倒れる直前、後ろには脅え切った表情の恵奈が立っていた。
「・・・おそらく、恵奈ね。手錠はきっと彼らの用意していたものだから、指紋とかきっとあるはず」
捜査権がない、つまり手錠やけん銃の所持も許可されていない窓際部署であるため、最初は自分が持っているであろうと踏んでいた手錠がなく、仕方なく自分たちで拘束するために用意しておいたものを使ったのだろう。
どのぐらい時間が経ったのだろう。窓さえない真っ暗な部屋の中には太陽の光さえ差さず、時間を確認できるものがない。感覚がマヒしてくる。何とか手掛かりを見つけようと、牡丹は両目に出来るだけ力を抑えながら室内を超視力で確認する。
壁に貼り紙があった。
そこには「屋内におけるセクハラ・モラハラ・パワハラ厳禁!!鬼塚山上遊園地スタジオ」と書かれてあった。ハラスメント問題について厳しく取り締まっているようで、問題が発覚したら厳罰が下ると書かれてあった。
「・・・ここはスタジオのどこかということですか」
超視力を使い過ぎないように力を止めると、両目がぼやけて頭が重くなる。しばらくは休んで体力と気力を回復させなければならない。深くため息をつき、牡丹は静かに瞳を閉じた。
暗闇は苦手だ。
自分のことを引きずり込もうとする人間ではない何かが潜んでいて、自分と目が合ったら有無を言わさず襲い掛かってきそうな恐怖が込み上がってくる。
他人には見えない、自分にだけしか見えないもの。
それは自分たちの存在が見えた相手を、自分たちと同じ世界に引きずり込もうと嬉々としてやってくる。
視たくない。
家族やクラスメート、他人が自分を見る冷たい視線など気づきたくもない。
自分などこの世界にはいらないと笑い、蔑む他人の顏なんて見たくない。
幽霊や悪霊なんて見たくもない。自分だって見えたくて見えているわけじゃない。
「・・・ボス・・・英美里・・・霧江・・・南雲警部補・・・」
牡丹はひたすら彼らの名前を繰り返し呼び続けていた。自分を唯一正気につなぎとめてくれる存在。そして必ず自分のことを見つけ出してくれると信じながら。
しかし、この時彼女の目でも、それは捕らえることは出来なかった。
この暗闇の中に巣食う、果てしない殺意と狂気、悲しみ、怒りが生み出した新たなる怪異が潜んでいることに・・・。
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鬼塚山上遊園地スタジオは小高い丘の上にあった。かつてはこの街で唯一のレジャー施設と言うこともあって多くの親子連れでにぎわっていた夢の国も、今はもう見る影もなく荒れ果てていた。さび付いた鉄柵、もう動かなくなったまま晒されている遊具。雑草が生い茂り、ツタが遊具に絡みつき、園内の地図やマスコットの案内板が色あせて所々が割れてしまっている。
桜花、英美里、明良の3人が英美里の軽乗用車に乗り込んで、駐車場にたどり着いたのはお昼ごろだった(この中で唯一自家用車で通勤しているのは英美里だけだった)。ゼロ係には霧江が残り、牡丹が行方不明になったという旨を捜査本部会議で青鮫が報告し、その結果を待機している。
『正直捜査本部が動いてくれるとは思えねえが、やるだけのことはやってみる』
「・・・不気味な場所だな。どうして改装とかしなかったのだろうな」
「この遊園地を買い取った会社は、廃墟の遊園地と言うこの世界観をよりリアルに体感できるスタジオにしたかったようです。外見は廃園のまま放置されていますが、屋内の安全対策はとってあるそうです」
鬼塚山上遊園地に足を踏み込んだ瞬間、3人はある違和感を感じた。
それは今までの日常から、一線を引いた向こう側の世界、生者が足を踏み込んではいけない危険な領域に飛び込んでしまったような感覚だった。悪寒が全身を駆け巡り、足が止まったまま動かなくなった。
「・・・ヤバいなここは。こんなところでスタジオを開くとか、よく今までに事故や事件が起きなかったものだな」
桜花は額から冷や汗を垂らしながらつぶやいた。英美里と明良も、このスタジオ全体から感じられる悍ましい気配に思わずつばを飲み込み頷いた。荒れ果てた遊園地がまるで自分たちをあの世に引きずり込もうとする地獄への入り口のように見えてくる。恐怖のあまりに身体中から汗が噴き出し、小刻みに身体が震えだす。
「こんなところに、どうして牡丹さんは来たんでしょうか?」
「分からん。だが、ここしかもう手掛かりがないのだ。調べてみるしか他にあるまい」
3人は覚悟を決めると、それぞれお札を胸ポケットにしまい込んで一歩、また一歩とまるで氷の上を歩くように慎重にスタジオの敷地内に進んでいった。
風が吹き、木々の葉がこすれる音が自分たちを嘲り笑う悪魔の笑い声のように聞こえてきた。
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ーカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ、わたしの顏をかえしてカエシテカエシテカエシテカエシテかえしてかえしてかえしてかえしてカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ・・・!!!-
「ああああああーーーーーーっ!!うるせぇんだよ、ちくしょう!!!」
同時刻、人気のない裏通りで禿頭に着崩した派手なシャツ、胸元に金のネックレスを見せびらかすようにつけている強面の男『銅吾郎』は気が触れたかのように叫んで、近くに積まれてあったビールケースを思い切り蹴り飛ばし、手に持っていた鉄パイプを振り回して目につき電柱や壁や粗大ごみなどを殴りつける。目は完全に血走っており、焦点が定まっていない。グルグルと眼球を動かして、目につくものを片っ端から殴りつけていく姿はまさに狂人そのものだった。
獣のように息を荒げながら、折れ曲がってしまった鉄パイプを見て舌打ちすると思い切り壁に叩きつけた。そしてその場にしゃがみ込むと、両手で頭を抱えて震えだした。
「どうなってんだよこれ、誰なんだよ、どうして俺にいつまでも付きまとってくるんだよ。顔なんて知らねえよ、一体どこの誰なんだよ、姿見せろよ!!!いい加減にしねえと、本当に・・・!!」
誰もいない裏通りで、辺りに怒鳴り散らしながら銅は喉が張り裂けんばかりに叫び続ける。そして、地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、いつでも殴りかかれるように身構える。
「・・・へへへっ、上等だ。こうなったら誰だろうと、どいつもこいつもみんなやってやる」
口からよだれを垂らし、正気を失った笑みを浮かべながら銅は鉄パイプを地面にこすりつけながら裏通りをおぼつかない足取りで歩き出した。
その時だった。
ーカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ、わたしの顏をかえしてカエシテカエシテカエシテカエシテかえしてかえしてかえしてかえしてカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ・・・-
さっきよりも、声が大きい。
いやこれは声が近い。
まるですぐ自分の近くまで近づいてきているかのように。
「・・・はあ?」
銅が呆けた声を出した瞬間、彼の目の前には雑居ビルの窓ガラスがあった。そこには目を血走らせている自分の顏と、そのすぐ後ろにぴったりと貼り付いている影があった。
思考が凍り付く。
振り返るな。
振りかえってはいけない。
そう頭の中で何度も言っているのに。
身体が言うことを聴かない。
目から涙があふれだす。
呼吸が出来ない。
後ろから青白い手が伸びて自分の身体をしっかりと抱きしめた。
顔だけを振り返るとそこには・・・。
ーア ナタ ノ 、カオ、チョウダイー
包帯を顔中に巻き付けて、所々に赤黒いしみをつけた真っ白なワンピースを着込み、包帯と包帯の隙間から覗いだ三日月のような口がニヤリと吊り上がって、愉しそうに嗤う女の顔があった。
「うぎゃあああああああああああああ!!!」
裏通りに銅の恐怖に満ちた断末魔が響き渡った。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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