第参の噂「顔無しカシマ」➁
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
「ご機嫌いかが?」
小野塚市警察署生活安全課の巽真理課長が、いつもの軽い口調で挨拶をしながら地下1階の「生活安全課特別捜査班0係」、通称ゼロ係の部屋を覗き込むと目を丸くした。ゼロ係のメンバーたちが不安そうな面持ちで顔を突き合わせていたからである。いつもなら「またサボりか?」と室長の北崎桜花が呆れたようにツッコミを入れるのだが、桜花は巽課長が入ってきたことさえも気づかないほどに不機嫌な表情をしていた。
「え、あの、どうかしたの?」
「あ。巽課長。すみません、今日署内で国東さんを見かけなかったですか?」
「牡丹ちゃん?そういえばまだ見てないわね。え、どうかしたの?もしかしてサボり?」
壁にかかっている牡丹の名札はまだひっくり返しておらず、赤文字・・・つまり出勤していなかった。しかし、南雲明良の話によると今日彼女は非番ではないらしい。ゼロ係の中では比較的真面目で常識のある、暴走しがちなメンバーたちを制止するストッパー的存在の彼女が姿を見せていないのは巽課長にとっても珍しい出来事だった。
「スマホに連絡をしても電源が入っていないんだよ。こんなこと、今まで一度もなかったのに」
「あの人が仕事を無断欠席なんてしたことなかったし、さっき、南雲さんが彼女のマンションに様子を見に行ったんだけど・・・どうやら彼女、昨日の夜から自宅に戻っていなかったらしいのよ」
中条英美里の話によると、今朝、出勤時間を迎えてもいつものように一番乗りで出勤して桜花たちのお茶の準備をしたり、部屋の掃除をしているはずの牡丹の姿が見えないことに、霧江が「いやな予感がする」と言い出したのだ。彼女の第六感は神がかり的なものがあり、危険を察知する時のカンはものすごくよく当たるのだ。
そこで、出勤途中の明良に頼んで牡丹のマンションに向かい、様子を見に来てもらえないかと頼んで、明良が様子を見に行ったら彼女は留守だった。さらに管理人から昨日の夜から牡丹がマンションに戻ってきていないということを知らされたという。
「牡丹さん、いつもマンションに戻るたびに管理人さんに挨拶をしてから部屋に戻るのが日課になっていたらしいんです。部屋に電話をしても出なくて、もしかしたら病気で倒れているんじゃないかって思って部屋を開けてもらったら、彼女はどこにもいなかったんです」
「それって、ちょっとヤバくないか?彼女がどこに行ったか、心当たりとかないの?」
「それが見当もつかんからどうすればいいのか、頭を抱えているんだろうが。昨日、部屋を出て行くときには特に変わった様子はなかったがな」
桜花も焦りを隠しきれない様子だった。その時、英美里が声を上げた。
「牡丹さんのスマホの電源が切れた最後の場所が特定できたわ!!」
「どこだ!?」
「白秋町です」
「白秋町だと?アイツのマンションは朱夏町だから、違う方向ではないか?」
英美里は牡丹のスマホのGPS機能を使って、牡丹の居場所を調べていた。スマホは電源が切れた状態や圏外にある場合においても、最後に通信をした基地局から推定されるおおよその場所を調べることが出来るのだ。英美里が調べ上げた場所の地図が表示された。
「場所は白秋町にある鬼塚山上遊園地スタジオになっているわ」
「鬼塚山上遊園地スタジオって、廃墟になった遊園地をそのまま写真や映画を撮るためのスタジオに作り変えたっていうあのスタジオのこと?」
鬼塚山上遊園地スタジオは、3年前に経営難で閉園した遊園地「鬼塚山上遊園地」を動画制作、情報配信サービスを取り扱う大手の企業が買い取り、遊園地の施設を利用したフォトスポットやドラマや映画の撮影などで使うためのスタジオとしてリノベーションした施設である。荒れ果てた廃墟の遊園地の雰囲気を使った写真やホラー映画などを撮影する時に使えるということで、そこそこ人気のあるスポットとなっていた。
「何だってアイツ、あんな場所に行ったんだ?」
「分からないけど、牡丹さんのスマホの電源が最後に切られたのはここで間違いないです」
「とりあえず、ここに行ってみましょう。牡丹さんの行方が分かるかもしれません」
そこで、巽課長が何かを思い出したように声を上げた。
「ちょっと待った。鬼塚山上遊園地スタジオ・・・間違いないわ。もしかして牡丹ちゃん、昨日の夜に起きたコロシの話をもう耳に入っていて、捜査に向かったっていう可能性はないかしら?」
「おい、それは一体どういうことだ。私はそんな捜査の指示など知らんし、出した覚えもないぞ?」
「でも、捜査権もないのにこういった事件に首を突っ込むのはいつも警視殿たちがやらかしているわけだし。ただ、今度の事件は風見署との合同捜査だから、下手に首を突っ込まない方がいいと思うけどね。まあ、警視殿たちに行っても馬の耳に念仏だろうけどねえ」
「それ、どういう事件なんですか?」
明良が真剣な表情で巽課長に詰め寄る。桜花や英美里、霧江も有無を言わせないといった様子で巽課長を取り囲んだ。逃げられないと思った巽課長は大きくため息をつくと、愛用しているマグカップに注いだコーヒーを一口飲んでから、静かに話し始めた。
「・・・昨日の夜にここの警備を任されている警備員が自宅の部屋で殺されたらしいんだけど、どうもその被害者がね、このスタジオに出ると言われている”顔無しカシマ”とかいう幽霊に殺されたんじゃないかってネットで話題に挙がっているのよ」
「・・・顔無しカシマ?」
聞いたことのない単語に、明良たちは顔を見合わせて首をかしげる。しかし、そこで霧江が「あっ」と声を上げた。
「そういえば、3日前に牡丹さんがそんなことを言っていたような気がする」
「・・・3日前ですか?ああ、そう言えば最近牡丹さんお昼休みにパソコンで何か調べ物をしていましたね。ちょっと気になることがあったと言っていましたけど」
「・・・そういえば、牡丹さんこの間高校の同窓会に出たらしいんだけど、それ行ってから牡丹さんの様子がおかしかったような気がする。何て言うか、ボーっとしていたっていうか、話しかけても上の空っていうかさ。それで時々なんか思いつめているっていうか、いつもの牡丹さんらしくないっていうか・・・」
「・・・とにかく、今はスマホの電源が切れた最後の場所のそのスタジオに行ってみるしかあるまい。牡丹がそこに行ったということしか手掛かりがないのだからな」
その時だった。
「ゼロ係の南雲警部補殿はこちらでございますか!?」
部屋の扉が大きく開かれて、青鮫が眉間にしわを刻んで不機嫌のオーラを全開にして皮肉か嫌味にしか聞こえない声を張り上げて部屋の中に入ってきた。
「少々お話があるのですが・・・」
「海雪さん、ちょうどいいところに来てくれました。話はあとでしますから、どうか力を貸してください!!お願いします!!」
「えっ?はあ!?」
「スマン、もう猫じゃなくて鮫の手も借りたいぐらいなんだ。引き受けてもらうぞ!!」
「同僚のピンチかもしれないんだよ、本当にヤバいかもしれないんだよ!!」
「はあっ!?」
明良たちから必死な形相で頼み込まれて、怒りよりも驚きが勝った青鮫は間抜けな声を上げてしまった。
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