第参の噂「顔無しカシマ」①
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
青鮫海雪巡査部長は真夜中に臨場した現場に入った瞬間、あまりにも異常な光景に表情が凍り付いた。
「・・・何だよ、これ?」
部屋の中は、壁にかかっている鏡や戸にはめこまれたガラス板、絵画や玄関にある覗き窓など、ありとあらゆる鏡を新聞紙ではりつけられていた。電気がついているにもかかわらず薄暗いと思ったのは、蛍光灯にまで新聞紙がかぶせられていたせいだ。
リビングに繋がる扉を開けた瞬間、鼻を衝くような生臭い血の匂いが飛び込んできた。
現場となったマンションのリビングは、血の海と化していた。部屋の壁や天井、床に至るまでおびただしい量の血液が飛び散っており、部屋の真ん中に当たる床の上で被害者が横たわっており、その周りで紺色の制服を着込んだ鑑識の作業員が現場作業に当たっていた。
被害者は屈強な身体つきをした中年の男性だった。しかし、その生前の面影は全く分からなかった。なぜなら被害者の顔面は幾重にも渡って切り刻まれて、潰されていたからだ。カメラのフラッシュが光るたびに、二目と見れない惨たらしい顔面があらわになる。さらに身体中にも鋭い刃物で切りつけた切り傷が刻まれており、流れ出た血液の海に亡骸が横たわっていた。青鮫は思わず舌打ちをする。
「・・・ひでぇことをしやがる」
「先輩、被害者はこの部屋の住人で、金久保警備保障会社の警備部に勤めている警備員の『鎌田聡』さんかと思われます。死後硬直の具合から見て、死亡したのは3時間ほど前とのことです。死因は鋭利な刃物で全身を切りつけられたことによる出血性ショック死とのことです」
真っ青な顔をした鷲尾天真巡査が弱々しい口調で青鮫に報告をしてきた。
「おい、大丈夫か?ちょっと外の空気吸ってこい」
「・・・あざっす、でも、大丈夫ッス」
「無理もないわね。通報を聞いて駆けつけた警察官がひっくり返ったぐらいだから」
獅子島班の班長、獅子島陸がドスの利いたオネエ口調で話しかけてきた。獅子島も猟奇的な現状にいつもの強面がさらに険しくなり、眉間の谷間が色濃く刻まれていた。
「第一発見者は被害者の会社の上司よん。今日、被害者は出勤するはずだったんだけど、出勤してこなかったからスマホに連絡を入れたんだけど電話にも出なくて、不審に思って部屋にやってきたらこの有様だったっていう話よ」
被害者は無遅刻無欠席で、無断欠勤や連絡用のスマホに連絡が取れないことなどこれまでに一度もなかったため、上司が不審に思ったらしい。
「かなり荒らされているところを見ると、ここで何者かに襲われたってわけか。現金とか盗まれたものはあったか?」
「ないわね。テーブルの上に置いてあった財布の中の現金も手つかずのままだったし、これといって盗まれたものは今のところないわ」
「そうなると、怨恨の線も考えられるっていうわけか」
「・・・ええ。それに、この事件、先週に起きた風見署管内で起きた事件と手口が全く同じなのよね」
獅子島の言葉に、青鮫と鷲尾が何かに気づいたように目を見開く。
「・・・先週風見署管内で起きた事件って、まさか、女子大生が自宅の部屋で殺された事件のことか!?」
「ええ、あの事件も被害者の『釘宮沙耶』も顔がメチャクチャに切り刻まれていて、全身を鋭い刃物で切り付けられて殺害されたというものだった。そして、この部屋の状況も釘宮の遺体が発見された現場と同じ状態だったのよ」
獅子島の話によると、先週に起きた女子大生が自宅の部屋で顔を切り刻まれて潰された上に全身を刃物で切り刻まれて殺害された事件の現場、彼女の部屋も鎌田の部屋と同じ姿見や窓ガラス、ありとあらゆるガラスを新聞紙を貼り付けたり、布を覆って隠されていたのだという。
「・・・被害者はどうしてここまでガラスや窓を隠さなければいけなかったんだ?」
「それについてはアタシも分からないわん。でも、ここまで手口が一緒となるとこれは同一犯による犯行の可能性も出てきたわね。もしかすると、風見署との合同捜査になるかもしれないわ」
「どうしてここまで顔を切りつけなくちゃいけないのか分からねえが、ふざけたことをしやがって・・・!!」
青鮫の表情が怒りで歪み、険しい目つきに変わっていく。警察官として、人間として、ここまで被害者を惨たらしく手にかけて、顔面が判別できなくなるまでに傷つけた犯人の残虐性が許せなかった。
「・・・被害者のことなんスけど、最近被害者はスマホでチャットをしている時にこんな話をしていたそうです。このチャットのメッセージ、昨日のものなんスけど、ちょっと気になることを言っていました」
鷲尾が被害者のスマホを青鮫に差し出すと、画面はチャットに繋がっていた。
鎌田>もうダメだ。助けてくれ。アイツにころされる。顔無しカシマにころされる
「・・・顔無しカシマ?何だそれ?」
「・・・確か白秋町にある廃墟の遊園地に出るお化けの話の中に、そんな話があるのを聞いたことがあるわね」
「自分も聞いたことがあるッス。小野塚市内では結構有名なヤバい話ッスよ。ロッカーのイズミさんや幽霊電車と同じぐらい有名な都市伝説ッス」
その瞬間、青鮫は嫌な予感がした。
小野塚市内に蔓延する不気味な都市伝説、その話を見立てたように、人間業とは思えない方法で人を死に至らしめる奇怪な事件。つい最近自分自身もそんな事件に巻き込まれたばかりだった。
「・・・都市伝説と言うことは、まさか、ゼロ係が動いたりとかしねえよな?」
捜査権もないはずなのに、国家公安委員会のお墨付きで平気で事件現場に首を突っ込んでくるわ、捜査を邪魔してくるわ、いちいち無茶ぶりをしてくるわ、とにかく刑事部にとってはゼロ係は目の上のたん瘤と言える邪魔者でしかない。もし今度の合同捜査にまで首を突っ込んできたら、風見署との衝突、さらには警視庁やよその警察署からの信頼が損なわれる最悪の事態にまでなりかねないのだ。
邪魔をするなと言っても、連中は組織の命令などどこ吹く風と言わんばかりに逆らい、忖度などまるで無視し、自由奔放気ままに捜査をして、手段を選ばない警視庁きっての問題児どもである。問題児たちがしゃしゃり出てくることに、青鮫は危機感を感じた。
「・・・可能性は高いわね」
「いいじゃないっスか。だいたい、本当に顔無しカシマっていう都市伝説があるわけないんですし」
獅子島は危惧しているが、鷲尾は犯人が都市伝説に出てくる怪異のはずがないと言って否定していた。確かにここで犯人が人間ではなく、怪異である可能性を見出すのは時期尚早だし、そもそもあり得ないことだ。そう自分に言い聞かせていても、この不安は消えない。
「・・・先に手を打っておくか」
「手を打つってどうするのよ?」
「あの連中の中で、唯一まともに話が通じそうなバカに首を突っ込まねえように言っておく」
しかし、この時の発想が『藪をつついて蛇を出す』という結果になることなど、この時の青鮫は想像さえしていなかった。
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