第弐の噂「ロッカーのイズミさん」⑬
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
決戦の場、亀の杜学園にたどり着いた時にはタイミングよく逢魔が時に差し掛かっていた。
時計の針が午後4時半を指している。あともう少しで、彼女が命を落とした時間、そして怪異となって最も力が強くなる、すなわちこの時間帯で呪いのロッカーを開ければ、ほぼ確定で目の前に姿を見せることになる。
「・・・何だか空の色、不気味すぎない?」
霧江がまるで血のように赤く染まった不気味な夕焼け空を見上げて、低い声でつぶやく。カラスが何羽も飛び交い、カァカァと不気味な鳴き声が響き渡る。明良も異様な光景に戦慄する。
「おそらくヤツの力が強くなってきているのだろうな」
「桜花さん!!牡丹さんに、英美里さんも!!」
明良たちを出迎えたのは桜花たちであった。目を丸くして駆け寄ると、桜花がプールの方に顔を向けて忌々しそうに舌打ちをする。
「潮のヤツが怪異に何人も襲わせたせいか、怨みの力が強くなってきている。このままでは我々の手には負えなくなる。これ以上、力を暴走させないうちにここで決着をつけるぞ」
「南雲警部補、霧江、それであの怪異に対抗できるものは調達できたの?」
英美里が幾分かやつれた様子で、ジト目を向けて尋ねてきた。だいぶつかれているらしく、顔色も悪い。霧江が懐から小箱を取り出して、コクリとうなづいた。
「きっとこれが泉美のことを救ってくれる。あたしはそう信じています」
霧江が力強く言うと、桜花が「それでは行くぞ」と言って、一行は全ての呪いの始まりの場所、男子更衣室へと向かった。
「・・・それにしても、やけにごちゃごちゃしていませんか?」
プールに近づくにつれて、牡丹がプールの道具が大量に積まれているのを見つけた。
「そう言えば、外のプール、今年の夏に改装工事をするんだって。それで古くなった道具を一斉に処分して、新しいものに変えるそうですよ」
霧江が掲示板に貼ってある「屋外プール改装工事のため、使用禁止」の知らせを指さした。水泳部は屋内プールで部活動を行っていたため、昨日も活動をしていたのだろう。工事で使われる資材や土嚢袋などがいくつか積まれてあるのも確認できた。
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男子更衣室の中は異様な重苦しい空気が漂っていた。
現場検証が終わったらしく、鑑識の作業員の姿はなかった。誰もいない男子更衣室のはずだが、誰かの視線がずっと自分たちのことを陰から睨みつけているように思えて、何とも気味が悪い感じがした。夏だというのに、冷蔵庫の中に入ったかのように身体が震えあがるほどの冷たい空気が流れている。
「・・・この列の奥にあるのが呪いのロッカーだな」
「・・・ええ」
明良だけが錆びついたロッカーに近づくと、ロッカーの取っ手に手をかけて、深呼吸をしてから勢いよくロッカーの扉を引いた。バンッと力強く開かれた扉の蝶番が限界を迎えたのか、ガタンッと音を立てて外れた。
「・・・これは!?」
ロッカーの中身を見た瞬間、明良の瞳が凍り付いた。
『死ね』
『お前のせいだ』
『許せない』
『地獄に落ちろ』
『逃がさない』
血で描いたような赤い文字が錆びついたロッカーの中にびっしりと描かれていた。そしてまるで生き物のように文字が蠢いているのだ。ついさっき、誰かが描いたように血液がしたたり落ちている。
「・・・なるほどな、これが呪いの原因と言うヤツか。これを見てしまったことで、奴らはロッカーのイズミさんから怨みの対象として処刑されたというわけか・・・うん?」
桜花が口元を引きつらせながらつぶやくと、何かに気づいたように舌打ちをする。
「・・・チッ、もうきやがったか。明良、お守りを持ってプールに急いで向かうぞ!!走れ!!」
桜花が怒鳴りつけると、全員が手にお守りを握りしめて勢いよく走り出した。そのすぐ背後で、びちゃっ・・・びちゃっ・・・と何か濡れたものが引きずるような音が聞こえてきた。そして、身体が凍り付くような憤怒のオーラが空気を震わせて伝わってくる。
「こっちです!!」
牡丹が扉を開いて屋外プールに先導して、屋外プールにたどり着くとそこはもう自分たちが知っている場所ではなかった。血のように不気味に染まった真っ赤な空、鉄さびのような鼻を衝く匂いが漂い、屋外プールはどろりと血液で満たされているかのように真っ赤に染まった液体で満たされていた。
「・・・どうして、水抜きはされていたはずなのに!?」
「これもアイツの能力だろうよ」
桜花が舌打ちをすると、5人の耳元にまるで囁くように冷たい言葉が聞こえてきた。
―お前が、やったのか?ー
声がする方に振り替えると、プールの4番コースの上に浮かぶように彼女の姿があった。
前髪を垂らしてうつむきながら、空中を浮いた状態でこっちに迫ってくる水着姿の少女ーロッカーのイズミさん、清瀬泉美の変わり果てた姿がそこにいた。
色が抜け落ちてしまった青白い肌。首筋には彼女が絶命した致命傷となる深い切り傷が刻み込まれており、頭部の右側が異様にへこんでいる。ふらふらと空中を浮遊しながら、確実にこっちに向かって近づいてきている。彼女が手をこちらに向けてかざすと、プールの水がまるでタコの脚のように数本の触手となって、生き物のように激しくのたうち回る。
そして、そのうちの一つが明良目掛けて解き放たれた。地面に鈍い音と共に衝撃が伝わってくる。地面にはまるで銃弾が撃ち込まれたかのように穴が穿たれていた。
「・・・オイオイ、これはシャレにならんぞ!?」
「まずはあの水流を何とかしないと!!」
(・・・プールの栓を抜いて水を抜いても時間がかかる・・・まずはこの水をどうにかしないと!!)
プールサイドを見回すと、積み上げられている土嚢袋が飛び込んできた。明良は、驚異的な集中力を発揮して、必死で頭を回転させて「五行思想」に基づいた考えをひねり出そうとする。
(・・・前に戦った怪異は土の特質を持っていた。だから、木・・・植物で動きを封じることが出来た。今度の相手は・・・水。水の流れをせき止めて押さえつけることが出来るのは・・・土!!)
明良は土と描かれたお札を取り出して地面を蹴り飛ばすと、プールサイドを爆走する。飛び交ってくる水流をかわしながら土嚢袋にたどり着くと、お札を貼り付けると土嚢袋を持ち上げて全身の力をかけて勢いよくプールの中へと土嚢袋を投げ込んだ。土がぎっしりと詰まっており、30キロほどの重さがあったが、両腕と腰に力を込めて投げられた土嚢袋が水柱を立ててプールの中へと沈んでいく。
そして再び水流がプールから生み出されそうになったとき、プールの中で破けた土嚢袋の土が勢いよく水を吸いだしてドロドロの泥へと変わっていく。巻きあがった水流に大量の泥が混じり出すと、それらがロッカーのイズミさんの身体を取り囲みだし、彼女の手足を巻き付けて見る見る全身を飲み込みだした。
「・・・良し、動きを封じた!」
「明良、違う!!まだ、奴は来るぞ!!」
桜花が叫ぶと同時だった。ロッカーのイズミさんが手をかざすと、明良の近くにあった水道管のハンドルが勢いよく回転し、蛇口から勢いよく水が流れ出した。そして、水流がまるで銃弾のように明良目掛けて飛び出してきたのだ!!
「ちっ!!」
水流が頬をかすめて、鋭い痛みが走る。そして、身体を吹き飛ばされてプールサイドを転がっていくと、すぐ近くにあった物陰に隠れ込んだ。頬に生暖かい、ぬるぬるした感触を感じた。手で触れると、手のひらにはべっとりと赤黒い血がついていた。
「プールの水だけじゃない、水道の水も自由に操ることが出来るなんて・・・!」
相手にとって有利な条件がそろっている水場で決着をつけるのは不利だったのではないかという後悔が頭をよぎるがもう遅い。彼女の動きを抑えつけている泥が流されて、再び彼女が解き放たれたら、その時はもう万事休すだ。
(まだ何か方法があるはずだ。あの水流は確実に僕のことを狙っている。あの水流を防ぎながらプールの中に入って、彼女に魂の奏者をやるんだ。考えろ・・・何かまだ方法があるはずだ・・・!)
その時、明良の後ろにあるものがぶつかった。それを見て、明良はある考えが頭に浮かんだ。正直言って、かなり危険を伴う方法だが、もうそれ以外にロッカーのイズミさんに近づく方法は思いつかなかった。
(これでやるしかない!!)
明良は手に取ったものに土の札を貼り付けて力を籠めると、覚悟を決めて飛び出した。
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