第弐の噂「ロッカーのイズミさん」⑫
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
【5時間前】
「あっきー!!」
明良の背中に今にもくっつきそうなまでに近づいてきた霊を目の当たりにして、停止していた思考を取り戻したのは霧江の言葉だった。霧江がカバンから何かを取り出して、それを明良に手渡した。
「それで魂の奏者を使って!!」
もう時間がない。
渡されたものを見ると、それはえんじ色のミニケースで表紙には亀の杜学園の校章がついている【学生証】だった。それを開くとそこには学生時代の霧江の顔写真が貼ってあった。これは霧江の学生証だった。
「・・・魂の奏者!!」
瞳の色が赤く光り出して、手のひらに持った学生証に身体中の力を込めるとそれを霊の額に押し当てた。霊の身体を赤い光が額から流れ込んでいき、霊の動きが一瞬止まると、頭を抑えながらよろよろとよろめいて、ブツブツと何かをつぶやきだした。
「・・・ここは・・・どこだ・・・?俺は・・・一体・・・?」
そして、ゆっくりと顔を上げて霧江の方に顔を向けると、光を失っていた瞳に徐々に光が宿り、先ほどまでの無表情が感情を取り戻していき、徐々に驚きで目が見開かれていく。そして、ゆっくりと霧江に近づいていく。
「・・・池田君、だよね?分かる?あたし、葛西霧江だよ」
「・・・葛西さん?・・・ああ、本当だ。葛西さんじゃないか!!」
霊特有の頭の中に直接響き渡る声で、それでも生前の時の面影を残した言葉に霧江が胸が締め付けられるようにぐっと涙をこらえる。
「・・・俺は・・・そうか・・・。俺は確か・・・ずっと前に・・・ここで・・・死んだのか・・・」
池田の霊が自身の血の気が引いた身体を見て、そして、自身に起きている変化を察知し、力なくつぶやいた。自分がもう生きている人間ではないということを本能的に感じ取ったらしい。
「・・・池田君、貴方の力を貸してほしいの。泉美を・・・彼女を助けるために、貴方の力が必要なの」
「・・・泉美?彼女に何かあったのか?」
「・・・泉美は・・・池田君が亡くなった後に・・・」
霧江は言葉を選びながら、慎重に、感情を必死で抑えながら池田に話した。
6年前に池田が死んだ後、泉美も亡くなっていたこと。
泉美が池田の復讐のために怪異へと変貌してしまったこと。
池田を手にかけたかつてのいじめグループの連中に復讐を始めたこと・・・。
「・・・あたしは、このまま泉美が本物の化け物になってしまう前に、どうしても止めたい。あたしをいじめから助けてくれたのに、あたしは池田君や泉美に何も恩返しが出来ないまま二人を死なせてしまった。遅すぎるかもしれない、でも、あたしは泉美を助けたい。だから・・・お願い・・・力を貸してほしいの・・・」
「・・・そんなことに・・・なっていたなんて・・・!」
「・・・池田圭祐さん、僕たちはこれ以上彼女が誰かを手にかけてしまう前に何としてでも彼女を止めたい。何でもいいんです。彼女の心を取り戻すためにも、何でもいいから教えてください。もう時間がありません。このまま、彼女を人間を襲い続ける怪異のままには絶対にさせません。お願いします!!」
池田に熱く訴えた明良の言葉が効いたのか、池田は何かを真剣に思い出す。そして、あることを思いついたように「そう言えば・・・」とつぶやきだした。
「・・・俺が大会で優勝したら、店に彼女と一緒に行って、そしてそこで用意していたプレゼントを・・・渡すつもりだった・・・!!」
「・・・プレゼント!?」
「池田君、それ!!」
霧江が叫ぶと、明良が池田の肩を掴んでいた手の中にはいつの間にか引換券があった。ボロボロになっているが、日付は6年前の選抜大会になっている。
「・・・頼む。どうか、どうか、泉美を・・・彼女を・・・救ってくれ・・・!!彼女に、これを渡してくれ・・・。彼女を、どうか、解放してくれ・・・この通りだ・・・」
池田の身体が少しずつ薄れていき、彼の瞳からは大粒の涙がこぼれて落ちていく。手のひらに確かに熱い感触を感じた明良は池田の顔をしっかりと見据えて答えた。
「・・・約束します!!確かに貴方の思い、受け取りました。必ず彼女のことを救い出してみせる。ー心霊捜査班の名に懸けて!!」
「・・・ありが・・・とう・・・」
明良の力強い言葉に、池田が涙を流して明良の手を握り返す。彼の手はすり抜けてしまっていたが、確かに彼の手は明良の手を強く握り返してきた。そして、池田の姿が空中に溶けるように消えていき、まるで冷蔵庫のように冷え切っていた空気が嘘のようになくなり、元の更衣室に戻っていた。
「・・・池田君」
「・・・葛西さん、このお店、僕の家のすぐ近くにある商店街のジュエリーショップだ。あそこならまだ開店しているはずだ。急ごう!!」
明良に促されて、二人は更衣室を飛び出していった。
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6年前の引換券が使えるかどうか不安だったが、老舗のジュエリーショップのオーナーの女性は池田のことをずっと覚えていてくれていた。そして、引換券を見せるといつか必ず渡すためにと金庫の中に保管しておいてくれていた。
小さな小箱を開くと、そこには小さなルビーがはめ込まれたシルバーのリングが収まっていた。店主の話によると、6年前に学生らしい若い男性が購入したものだったということを覚えていた。
「・・・これ、もしかして、婚約指輪でしょうか?」
「池田君、泉美に結婚を前提にお付き合いを申し込むつもりだったんだ・・・」
「選抜大会で優勝したら彼女に告白をするつもりだったのかもしれませんね」
小さな箱の中に納まっている銀色のリングに、池田圭祐は人生をかけた大一番の勝負に乗り出す覚悟を決めたのだろう。しかしその思いが無情にも踏みにじられてしまった。彼が6年間、どんな思いであの更衣室に縛られ続けていたのかと思うと胸が締め付けられるような気がした。
「・・・池田君」
「・・・これで全ての準備は揃いましたね。葛西さん、これから亀の杜学園に向かいましょう。彼女との最後の決着をつけるために」
そして、スマホを取り出して明良は桜花に連絡を取った。
「・・・はい、というわけで、僕たちはこれから亀の杜学園の更衣室に向かいます」
『よし、よくやった。私もそっちに向かおう。今、科捜研で亀の杜学園のロッカーで発見された違法薬物の成分の調査結果が出てな、6年前に池田圭祐の体内から検出された薬物と同じ成分であることが判明した。そして、貴様が見つけたハッピー・クラウンの包み紙から指紋が採取できた。沢田征爾と沼田弘恵、そして潮愛優美の指紋で間違いないそうだ。これで連中が裏で繋がっていたことが判明した。事件の黒幕が渚校長に全ての罪の責任をかぶせて自殺に見せかけて手にかける前に何とかすることに関しては、刑事部に投げておけ。我々がやるべきことはただ一つ、ロッカーのイズミさんとの決着をつけることだ』
「はい!!」
「・・・あっきー、最後まであたしに付き合ってくれる?」
スマホの通話が切れると、霧江は緊張した面持ちで尋ねてきた。明良は口元の端を釣り上げて霧江の顔を正面からしっかりと見つめて、笑みを浮かべて答えた。
「当然じゃないですか。だって、霧江さんは僕の相棒じゃないですか」
「・・・うん!!行こう、あっきー!!」
霧江がおずおずと拳を握りしめて前に突き出すと、明良が拳を握りしめてこつんと軽く小突き合わせた。その瞬間、霧江の表情から迷いや不安というものが吹き飛んだ。
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