第弐の噂「ロッカーのイズミさん」⑧
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
彼女は酷く焦って、いら立っていた。
まさか、こんなことになるなど夢にも思っていなかった。
いつもは綺麗に手入れをしている爪をかじりながら、目につくものを蹴り飛ばし、持ち上げては床にたたきつけて破壊し、完全防音の部屋の中で何度も天井に向かって喉が張り裂けんほどに絶叫する。
ドレッサーの鏡には無数のひびが入り、ガラスの破片が飛び散っている。
壁には投げつけたものがめり込んで穴が空き、壁にかけてあった高額の絵画も額縁ごと落下して床に転がっている。机の上に置いてあったペン立てや本立てはなぎ倒されて床に散らばり、その荒れ果てた部屋の光景を血走った目で見まわしながら、再び彼女は獣のような醜い咆哮を挙げた。
全ての原因は瀬戸たちの裏切りだった。
6年前のあの事件から、あの目障りな連中を消すために薬を売ってくれた河内組と手を組んで、世間知らずなガキたちを利用して、子供たちの人生よりも自分たちの人生の平穏を守るためなら何でもやるバカな大人たちが集うこの学園を使って、一生食い物にしてやろうと河内に話を持ち掛けて、協力関係を結んだ。
バカな理事長を誘惑して、罠に嵌めてギャンブル漬けにし、女たちを囲わせて骨抜きにし、薬まで教え込んだ。そして自分の命令には従順に従う操り人形にして、学園に通う生徒たちの個人情報を入手して名簿屋として売り飛ばしたり、特定の生徒を選んで違法薬物を売りさばくように命じて、薬物にハマった生徒たちを使って親や家庭を脅迫し、大金を強請り続けてきた。
ヤツが罪悪感に押しつぶされそうになり、警察に自首しようと言い出した時には河内組を利用させてもらった。もし警察に駆け込んだら、家族がどうなってもいいのかと脅しつけてずっと監視してきた。まあ、目的が済んだらヤツを家族ごと一家心中に見せかけて河内組に処分してもらうつもりだったのだが。
そしてこのまま、理事長を引退にまで追い込んで自分が学園の支配者となり、日本中の政治家や芸能人の子供たちの弱みをネタにし続けて、いつか自分がこの日本国を裏で支配する影のフィクサーとして君臨する。そんな野望が現実的なものとして、実現しつつあった。
それなのに、あの連中は全てをご破算にしてくれやがった。
報酬が少ないとか言う理由で、もっと遊ぶためのお金が欲しいというつまらない理由で、バカにされているような気がするからギャフンと言わせてやりたいとか言う幼稚な理由で、奴らはご主人様の自分の手を思い切り噛みつきやがった。
玄武会の中でも1,2位を争う勢力を誇る武闘派の河内組の組長である河内を始めとする幹部たちが週に一度集まって羽目を外し、一時の休息を楽しむ儀式、週に一度の飲み会の時間と場所を敵対する組の幹部に金をちらつかされて、あっさりと教えてしまったことだ。その結果、河内組は襲撃を受けて、組の運営の中心的役割を果たしていた若頭や彼をサポートする組員が何人も犠牲になってしまった。
その後、瀬戸たちは行方をくらませた。
当然だ。その襲撃で組員が何人も犠牲になったニュースを聞いて、玄武会の会長が入院している病院でショックで脳溢血を起こして昏睡状態に陥り、さらに河内が飲み会に不在だったために、河内が無傷で野放しになっている状態だったため、報せを聞いた河内は組を裏切り、若頭や組員たちの命を奪われる要因を作り、さらには絶対的な親である会長を危篤状態に追い込んだ連中を許すわけがない。
つまり、もし瀬戸たちに裏で今度の計画を持ち掛けたのが自分だということを知られたら、間違いなく玄武会に消される。警察に全てを白状して自首することなど自分のプライドが許さない。6年前のあのいけ好かない水泳部のガキに濡れ衣を着せてやるだけのつもりだったのに、瀬戸たちが間違えて殺してしまい、その事実に気づいたあのメスガキまでもが警察に行こうとしたから、この手を汚してまで全ての罪を隠し通してきたのに。
ここで全てを諦めてたまるものか。
せっかく、この手を汚さなくとも裏切者や邪魔者を都合よく消し去る共犯者を手に入れたのに。
あとは、連絡がつかなくなったあの連中さえ見つけ出して、男子更衣室に誘い込んであのロッカーを無理矢理開けさせればいい。そうすれば、あの女の霊が現れて、自分の目の前で瀬戸を殺してくれた時のように始末してくれるはずだ。
そう確信した彼女はスマホを取り出すと、アイツらにそれぞれメッセージを入力して素早く送り付けた。これでいい、これで奴らは自滅してくれるはずだ。一日でも早くこの事件のことを知っている関係者を一人残らず始末してもらわなければ。
暗がりの中で、彼女は唇の端を釣り上げて醜く笑みを浮かべていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
翌朝、明良が出勤をしてくるとロビーで青鮫が待ち受けていた。そして、明良の姿を見つけるなり近づくと、いつになく険しい顔つきで明良を睨みつけながら、ドスの利いた低い声で話しかけてきた。
「ちょっとツラ貸せ」
「え?」
明良は嫌な予感を感じていた。青鮫に手を引かれて、屋上にたどり着く。
青鮫は辺りに誰もいないか見回してから、ようやく深呼吸をついた。
「・・・海雪さん、いえ、青鮫さん、何かあったんですか?」
「3分だけタメ口許してくれ。手短に済ませる。いいニュースと悪いニュースがある」
まず、いいニュースだと言ってから青鮫が話し出した。
「河内組の河内恭介が逮捕された」
「河内が!?」
「ああ、巽課長が率いる生活安全課と警視庁の組織犯罪対策課が合同で大立ち回りをやったらしい。ホワイトクロウと抗争をおっぱじめようしたところに乗り込んで、全員銃刀法違反と公務執行妨害でしょっ引いたとさ」
「・・・なるほど、巽課長が本庁に行っていたのは河内組とホワイトクロウをまとめて逮捕するためだったのか」
「そういうことだな。沢田が裏切ったことに、河内はホワイトクロウが沢田に命じてやらせたと思っていたらしい。まあ、元々相性が良くなかったらしいからな。今度の一件で、完全に決裂したらしくてすぐさま抗争に踏み込んだそうだ」
自分の組の若頭や若い衆が何人も犠牲になった襲撃事件を起こしたきっかけが、名簿屋として利用していた沢田たちの裏切りによるものだったため、河内は沢田だけではなく、沢田がいた半グレ集団にまで報復を行ったらしい。深夜未明に港湾地区の工場の敷地内で大規模な喧嘩をおっぱじめた矢先に待ち構えていた巽課長たちに現行犯で捕まったという。
「だから、もうこれ以上河内組やホワイトクロウのことについて首を突っ込まねえようにあのバカサイにも伝えて置け。あとはこっちに任せて置けってな」
「・・・もしかして、葛西さんが危ないことに首を突っ込まないか心配してくれていたんですか?」
「バカッ、そんなんじゃねーよ!!アイツは今度の事件で、過去のこともあってか、冷静さがいつもより足りてねえ。捜査に置いて個人的感情を制御出来ねえ以上、いつ地雷を踏むか分からねえヤツがうろちょろしていると、こっちがいい迷惑なだけだ!!」
ムキになって反論しているあたりが、何だかんだ言いつつも霧江のことを心配してくれていたようだ。
「それで、悪い話と言うのは?」
「・・・今朝がた、亀の杜学園の理事長の湖城昌平の遺体が貯水池のある森の中で発見された。遺書も発見されたから、おそらく自殺で間違いねえだろうな」
「湖城理事長が!?」
明良は予想だにしていなかった報告に思わず声を上げた。
「ああ、どうやら湖城は校長の渚冬美に嵌められたそうだ。それどころじゃねえ。学園で行われていた一連の事件の黒幕は渚校長だったそうだ。ヤツは河内組の河内のコレだったらしい。名簿屋や違法薬物を生徒に売りさばくように、昔の教え子だった瀬戸と沢田、潮に命じていたと遺書には書かれていた。湖城はそれを隠蔽するように渚校長から命じられていたそうだ。断れば河内組を使って命の保証はしないと言われていたらしい」
「ところがそれが沢田の裏切りのせいで計画がご破算になった!」
「ああ、その裏切りで起きた襲撃事件で河内は信頼していた若頭や組員を何人も失ったうえに、玄武会の会長が危篤状態になる原因を作ったとして、玄武会で厳しい処分を受けることになっていたそうだ。だから河内は何とかこの事態を引き起こした沢田たちの首を差し出そうとしていた」
「ところが当事者の瀬戸と沢田が死んで、潮先生は行方不明、河内はホワイトクロウを事件の黒幕として彼らの首を差し出そうとしていた。でも、それ、悪手ですよね。この時期でそんなことを起こしたら、玄武会そのものが警察に目をつけられることになるのに」
「それでも決行したってわけだ。まあ、河内も追い詰められていたわけだしな。それでここからが重要な話だ。湖城のスマホに渚校長から昨日の夜にチャットが届いていた。一見湖城を逃がすために逃走資金を渡すという内容のメッセージだが、どうにも納得が出来ない所があってな」
「納得が出来ない?」
「渚校長は湖城理事長に逃走するための資金を用意したらしいんだが、なぜか、その受け渡しが亀の杜学園のプールの男子更衣室にあるロッカーの中にあるから、ロッカーを開けて持っていくようにと書かれてあったんだ。こんな状況で、学校に戻ったら間違いなく騒ぎになるだろう?それなのに、どうしてわざわざ学校を指定したのかどうしてもわからなくてな。でも、もしかしたらゼロ係だったら何か思い当たるところがあるんじゃねえかなって」
メッセージのコピーを手渡されて、それを読んだ明良の脳裏にはこのメッセージがどういうことを指しているのか、ある確信と疑問が生まれた。
「・・・海雪さん、一つだけ、調べてほしいことがあるんですが」
「あん?」
「・・・もしかしたらこれは、また一人、誰かが狙われているという可能性があるんです!」
明良の表情はこれ以上ないほどに強張っていた。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
もし気に入っていただけたら、ブックマーク登録、是非ともよろしくお願いいたします!!