第弐の噂「ロッカーのイズミさん」⑦
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
体力的にも、精神的にも限界寸前まで追い込まれた状態で、怒涛の一日が終わった。
「・・・あした、しごと、やすみたい」
「・・・ふとんにこもってねむりたい」
「現実逃避しとらんで、現状を報告せんかバカ二人」
時計の館に訪れた桜花たちを出迎えたのは、テーブルで精魂尽き果ててテーブルに突っ伏したまま泣き言を漏らしている明良と霧江の姿だった。今朝がた亀の杜学園で女子学生の遺体を発見した後、明良が超触覚で読み取った記憶を基に、男子更衣室の中の捜査を行い、そこで発見したものを海雪たちに連絡して鑑識に調べてもらうように引継ぎをかわし、被害者と亡くなる寸前まで共に行動をしていた水泳部の部員たちの事情聴取に立ち会い、解放されたのは午後6時を過ぎていた。その間、一切休憩も入れずに捜査に集中していたせいか、ついに二人にも限界が訪れた。
「お疲れ様です」
「とりあえず、何か飲む?一杯ぐらいならおごるよ?」
「ありがとうございます」
「というか、おごってもらう気マンマンでした」
「せめて机から顔を上げて話をせんか」
何とかテーブルから顔を上げさせて、明良と霧江が疲労困憊といった様子だった真っ青な顔でまずは男子更衣室で見つかったものについて説明を始めた。
「・・・まず、男子更衣室では被害者の『沼田弘恵』が使っていた”バール”と、彼女がロッカーから取り出していた”ハッピー・クラウン”が発見されました」
「それをあっきーが超触覚で触れてみたところ、それは一昨日の夜に沼田弘恵があのロッカーから取り出したものだということが分かったの。ロッカーの中には沼田がお金を入れた封筒をロッカーの中に入れた映像が見えたらしいんだけど、ロッカーの中にはその封筒は入っていなかったんだ」
「なるほどな。おそらくそれは、ハッピー・クラウンを他の生徒たちに売りさばくための取引のようなものだな。まず、薬物の売人がロッカーの中にハッピー・クラウンを置いて、それを夜中に沼田が男子更衣室に忍び込んでロッカーを開けて中からハッピー・クラウンを取り出し、その代金としてお金をロッカーに置き、あとで薬物の売人がお金を回収するというわけだ」
「つまり、それは薬物を生徒に売るように指示していた人物が学校の中にいるということでしょうか?」
「それだったら警備が厳しい亀の杜学園で薬物を外からどう仕入れていたのか、納得できるよね。おそらく、沢田たちの仲間にあの学校で働いている潮とかいう教師がいるんだけど、彼女が沢田たちから薬物を預かって、それを男子更衣室のロッカーの中に置いて、仲介して生徒たちに売り渡す売り子役に金と引き換えに薬物を渡し、ロッカーの中のお金を回収する。そして、生徒たちに売りさばいて、何割かは沼田の懐に入るという感じね」
「教師が生徒に薬物を売りさばくように指示を出すとは、世も末だねえ」
人数分のコーヒーと紅茶が入ったカップを配りながら、由香はやれやれといったように首を振る。
「あの学校調べてみたけど、玄武会の河内組の資金源になっていたみたいだねぇ。芸能人や政治家の家族の弱みを握って脅迫したり、標的にした生徒に近づいて言葉巧みに薬物を渡したり、犯罪をそそのかしたりしてさ。しかもだ、学園の理事長も恐喝されていたみたいだねえ」
「違法賭博に手を出していたらしくて、金が返せなくなって河内組の闇金から莫大な借金をしてしまって、警察の捜査が介入できない様に警察庁の上層部に掛け合っていたのもボンクラの二世理事長だってさ」
「まあ、あそこには警察庁や警視庁の幹部の子供も通っているからな。その子供が犯罪に加担していたなんて世間に知られたら、今の自分の地位が危ないとでも思ったんだろうな。全く、自分の体裁を守るよりも先に子供の間違いを正して、きちんとけじめをつけるべきだろうが」
「それが出来ないから、ここまでやらかしてしまったんだろうねえ。もう亀の杜学園はおしまいさ。明日は朝からどこの局のワイドショーでも主役級の扱いだろうねえ」
2ヶ月前に起きた通り魔事件も、事件を起こした加害者である息子を守るために捜査本部を解散させたり、明良たちを事件の担当から外したりと妨害工作を幾度となく企ててきたこともあり、亀の杜学園は自浄作用がほぼ皆無の無法地帯と化し、着々と河内組の策略でいい金づるとして利用されて、犯罪に手を染める生徒が生み出していた。学園崩壊である。
「そして、それを目撃したロッカーのイズミさんが沼田を殺害した。これまでのことを踏まえると、ロッカーのイズミさんは男子更衣室の使用禁止のロッカーを開けたり、傷つけたりする人間をかつてそのロッカーを使用していた恋人を死に追いやった犯人だと思い込んで復讐する、噂の通りに人を襲っているというわけか」
「・・・いえ、それが、妙なことが分かったんです」
「妙なこと?」
明良と霧江が顔を見合わせて頷き合うと、明良が話し出した。
「・・・あのロッカーって、実は前からそう言ったうわさが流れるようになって、肝だめしでそのロッカーを面白半分で開けた生徒がいたらしいんですがね、どうも、ロッカーをただ開けただけの生徒には何も起こらなかったらしいんですって」
「何だと?」
「だいぶ前の話で、その生徒はもう卒業してしまったらしいんですけどね。あのロッカーを片付けようとして動かそうとした先生や作業員の人が急に高熱で倒れたり、原因不明の事故や病気に遭ったりしたことはあっても、あのロッカーを開けただけの生徒は呪われなかったらしいんです」
「あともう一つ変な所があってさ、あのロッカーの扉の所に接着剤で固定されたような跡があったんだよね。ちょうど取っ手の辺りに接着剤の残りがついていたの。おそらくそれでロッカーが開かなくなって、沼田はバールで無理矢理こじ開けようとしたんじゃないかって。ロッカーにはバールでこじ開けようとした跡もあったし・・・」
「そして、ロッカーに足跡のようなものがありました。その足跡のゲソ痕を調べてもらったら、沢田が亡くなった時に履いていた靴の足跡と一致したんです。これって、沢田があのロッカーを蹴り飛ばしたってことですよね?」
「なるほどな。つまり、あのロッカーを乱暴に扱っていた連中ばかりがロッカーのイズミさんの怒りを買い、呪いによって命を落としたというわけか。しかし、そうなると腑に落ちんことがあるな」
桜花が首をかしげる。
「おかしなところとは?」
「一体誰がロッカーが開かない様に接着剤など塗っていたのかということさ。これはさすがに幽霊では無理だろうしな。もしロッカーを無理矢理開けようとしたり、蹴り飛ばしたり、つまり池田圭祐が生前受けていたいじめを彷彿させるような行為に及んだことでロッカーのイズミさんの怒りを買ったとすれば、そうなることを知っていて、あえて怪異に呪い殺されるように誰かが仕組んだということになるな」
「怪異を利用して、人を殺したということですか!?」
「今のところ私の想像に過ぎんがな。しかし、もしそうだとすれば犯人はなぜ瀬戸たちや沼田を手にかけたのだろうな。ここで、彼らが死んで一番得をするという人物と言えば誰を思いつく?」
そう言った時、全員の脳裏にはある人物の顔と名前が思い浮かんだ。
「・・・まずは、今行方をくらませている潮愛優美、ですよね?」
英語教師の潮愛優美。
瀬戸と沢田とは学生時代からつるんでいる仲間の一人で、霧江を虐めていたいじめグループの一人で、小間使いのように扱われていた人物だ。彼女は今日学校を欠勤していたのだ。青鮫たちが、沢田と瀬戸の一件で彼女からも事情を聴くために自宅に向かったという連絡は受けている。それについては、明日刑事部に行ってどんな結果だったか調べてみようと桜花は提案し、それに全員が頷いた。
「もう一人容疑者はいますね。亀の杜学園の校長をしている”渚冬美”です。彼女はこの学校の教師だった人物ですが、警察庁や警視庁に圧力をかけて捜査を妨害したという噂があります。彼女の父親は警察庁の幹部で、彼が捜査2課や小野塚警察署に捜査本部の解散を命じたとも噂がありますし」
「・・・コイツ、アタシがいた時に、水泳部の顧問をしていたヤツだよ。アタシがいくら泉美や池田君がいじめを受けているって訴えても、全く相手にしてくれなかった」
「彼女、たしか美人過ぎる校長と言うことで雑誌でも取り上げられている有名人だねえ。学生時代にはオリンピックで銀メダルを獲得したこともある有名な水泳選手だよ」
由香が持ってきた雑誌には渚のインタビュー記事が掲載されていた。顔立ちは整っており、若々しい美貌と凛然とした色香を感じさせる美しい女性だった。笑顔でインタビューに臨んでいるが、霧江は彼女の顔を見て、怒りを隠し切れない様子で歯を食いしばる。
「池田君の時や、泉美の時も、全く話を取り合ってくれなかった。当時の校長も、学校も、みんな渚先生の言いなりになっているみたいだった。大人なんてみんな自分にとって都合の悪いことは隠蔽することしか頭にないんだって思って、そんな大人たちと一緒にいたくなくて、あたしは学校を辞めた。あの学校には、生徒のことを本気で考えてくれる教師なんて一人もいないと思い知らされたから」
霧江は突き放すように、どこか泣きそうな顔で言い放つ。
「理事長の”湖城昌平”もここ最近有休をとって休んでいるそうだ。しかも行き先を誰にも伝えず、行方をくらませている」
「湖城はいつから行方をくらませているんですか?」
「3日前かららしい。しばらく一人になりたいというメールを寄こしてそれっきりだとさ。携帯にもつながらないし、自宅にも戻ってきていない。刑事部は何らかの事情を知っていて、警察の捜査が及ぶ前に身柄を隠したと言っていたがな」
「湖城や渚校長のことも、少し調べてみようか?」
「すまない、頼めるか」
由香の提案に、桜花たちは乗った。
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