第弐の噂「ロッカーのイズミさん」⑥
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
ゼロ係の部屋で調べ物をしていた桜花のスマホに、霧江からとんでもない知らせが飛び込んできた。
「・・・何?ロッカーのイズミさんを目撃しただと!?しかも、また犠牲者が出ただって!?」
桜花が思わず立ち上がって声を上げる。それを聞いて、6年前の事件に関する調書を調べていた牡丹と英美里も顔を見合せた。まさか、捜査を開始してまだ1時間ほどしか経っていないのに、もう対象となる怪異を目撃しただけではなく、その怪異が手を下したかもしれない犠牲者まで出てしまったのだ。
「・・・それで、その怪異はどうなった?」
『・・・分からない。アタシたちの目の前で姿を消してしまったから。匂いは感じるけど、どこにいるのかまでは分からない。ただ、あの怪異は・・・この学校をテリトリーにしているってことだけは間違いないよ。この学校、あの怪異が放っている強い憎しみと怒りと殺意、そして悲しみが入り混じったものすごく淀んだ匂いでむせ返りそうになっている』
怪異、そう言っている時の霧江の声がわずかに震えていた。
「・・・分かった。さっき巽から聞いたんだけど、そっちに刑事部の連中が向かっているらしい。鉢合わせになって面倒なことになる前に一度こっちに戻ってこい」
桜花がそう言いかけた、その時だった。
『葛西さん、プールの男子更衣室だ!!そこに、ロッカーのイズミさんに関する手掛かりがあるかもしれない!!』
突然霧江との会話に、明良が珍しく興奮した様子で割り込んできた。スピーカーから飛び込んできた明良の突拍子のない発言に桜花も目を丸くする。
『ちょ、え、その、あっきー!?どうしたの、いきなり!?』
『僕も何て説明をすればいいのかよく分からないけど、”視えた”んです!!さっきまでロッカーのイズミさんがいた場所から感じる怪異の気配を”触れた”ら、この学校のプールの男子更衣室に入っていく被害者の映像が頭の中に飛び込んできたんです!!』
『はあっ!?あ、その、桜花さん、すみません、また連絡します!!』
慌ただしく通話が切れた。
桜花はスマホの画面を見たまま、呆然とした様子で立ち尽くしていた。目は丸く見開かれていて、まるで信じられないことを聞いた時のような表情のまま、しばらく固まっていた。桜花がスマホを見つめたまま立ち尽くしている姿を見て、英美里と牡丹も驚いて彼女に近寄って話しかけてきた。
「あの、ボス?何かあったんですか?」
「まるでキツネにつままれたような顔しているけど、どうかしたんですか?」
「・・・私も何て説明をすればいいのか分からん。だが、どうやら明良の超触覚は、我々が思っていた以上に強力な力を持っているようだ」
もし、空気中に漂っている怪異が漏らした霊気の残り香のようなものに触れたことで、何かが見えたのだとしたら。
いつの間にかスマホを握りしめていた桜花の掌は汗でじっとりと湿っていた。桜花のいつになく緊張している様子を見て、牡丹と英美里も思わず息を飲む。
「・・・ねえ、ヒマかしら?」
そんな時、ドアが開いて、疲労困憊と言った様子の巽課長が顔を出してきた。手には分厚い紙の束を収めたファイルを持っており、目の下にはクマが浮かび、髪の毛もろくに手入れしておらず、スーツもシャツも昨日のままでしわくちゃになっていた。この様子だと昨日から家にも帰らずに仕事をしていたらしい。
「巽課長!」
「警視殿から無茶ぶりをされたときにはどうしたものかと思ったけど、とんでもないことが分かったわよ。警視殿の見立て通りだった。ハッピー・クラウンの副作用や大量摂取で亡くなった被害者の検死報告書を6年前から最近までのものを調べ直してみたら、6年前に選抜大会で亡くなった池田圭祐の身体に出ていた特徴的な死斑が同じものであることが判明したわ。そして、亀の杜学園の生徒にハッピー・クラウンを売りさばくように学園の生徒に指示を出していたのが、沢田と瀬戸、そしてもう一人の3人だったことも分かったわ」
「今度の事件の被害者たちが、違法薬物を生徒に売るように指示を出していたのですか!?」
「間違いないわ。さっき、拘留中の河内組のチンピラから聞き出してきた。堅気なのに、組のしのぎにやたら首を突っ込んでくるいけ好かない連中がいるってね。そいつらが河内組を裏切ったことに、相当腹を立てているみたい。噂じゃ、玄武会の会長と河内組の若頭の弔い合戦をやらかそうとしているらしいから、これから警視庁の組織対策犯罪課と合同捜査に向かうことになったから、これ、とりあえずちょっぱやで調べてきたものね」
「ちょっと待て、玄武会の会長、確か警察に賭博の容疑で拘留されていたはずだろう?亡くなったのか?」
「今朝がたね。ご禁制の薬物を売りさばいていた事実や、河内組の若頭が敵対する組に襲われたことを聞いて、元々糖尿で身体が弱っていたところで、血管が切れて脳卒中だったとさ。玄武会も以前までの勢いを失ってきていて、他所の組にシマごと取り込まれそうになっていたからね。河内も組を守るために違法薬物とか脅迫とか、もうなりふり構っていられなかったんだろうけど、証拠を掴んだ以上は一気にとどめを刺してやるさ。玄武会を今日中にぶっ潰してやるよ」
「すまなかったな、忙しいところでこんな無茶ぶりをして」
「そう思うなら今回限りにしてよ」
コーヒーを飲み干すと、スーツを着直しながら闘志をみなぎらせた様子で巽課長が出て行った。それを見送ると、桜花がコーヒーを一口飲んで「なるほどな」とつぶやいた。
「ボス、どうかしたのですか?」
「今度の事件と、6年前の事件は繋がっているのは間違いない。こうなってくると、清瀬泉美の自殺も怪しくなってきたな。もし、これが自殺ではなくて他殺、そして、その犯人が池田圭祐に嫌がらせをしていた人物だとしたら、ロッカーのイズミさんを呼び出す方法と何らかの因果が関係していると思えてきてな。それが何かを突き止めれば、ロッカーのイズミさんの対策も手が打てるかもしれん」
「・・・そうなると、南雲警部補たちがどんな情報を持ち帰ってくるかが、鍵と言うことですね」
「我々も引き続き、この資料を基に6年前の事件と今度の事件、調べ直してみよう」
桜花の号令に、牡丹と英美里が頷いた。
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明良と霧江はプールを飛び出すと、男子更衣室の扉を一気に開いて飛び込んだ。まだ学校で起きた事件のことは全校中には広まっておらず、ほとんどの生徒たちは教室にいたため、教師たちが生徒たちを教室に待機するように動き出している声が聞こえてくる。
「あっきー、さっき、何が見えたの!?」
「・・・あの怪異が消える寸前に、わずかに残っていた気配に触れたとき、プールで死んでいた女子生徒が男子更衣室の奥にあるロッカーに入っていく記憶が見えたんです!!そして、彼女は”ロッカーを乱暴に開けて中から何かを取り出していた”。それに対して、あの怪異は彼女に殺意を抱いたんです!!」
「男子更衣室の奥にあるロッカー・・・って、まさか、それって!?」
「さっき見えた映像だと、このロッカーの列の一番奥にある、あのロッカーです!!」
男子更衣室に並んでいるロッカーの列で、入り口から4番目の列に入ると明良が奥に置かれているロッカーの一つを指さした。それは、他のロッカーと比べると全体的に錆びついており、ボロボロになっているロッカーだった。さらにロッカーには使用禁止の札が貼られていた。
しかし、そのロッカーの扉はなぜか開いたままで風に吹かれて揺れている。
ギィ・・・ギィ・・・と音を立てながら揺れているロッカーの扉はまるで鳴き声を発している得体のしれない化け物のように霧江たちを待ち構えているようにも思える。
「あのロッカーがもしかして噂になっているロッカー・・・?」
「・・・あの女子高生はここから何かを取り出そうとしていました。でも、ロッカーがなぜか開かなくて、バールを使って無理矢理こじ開けて中から何か小さな紙袋のようなものを取り出していたんです。その行為が、彼女が怪異に命を狙われた理由だったんです」
頭の中に、怪異が遺したわずかな気配に触れた時に見えた映像が頭の中によぎる。
女子高生が苛々しながらバールで無理矢理ロッカーをこじ開けて、中から何かを取り出し、代わりに何かをロッカーの中に入れていた。
それを見た、あの全身がびしょぬれになった水着姿の女性の姿をした怪異は強い憎しみと殺意を抱いた。
”アイツもそうだったのか。”
(・・・あの怪異が襲っている人間は何らかの形で怪異の恨みを買った人物と言うことになる。もしかすると、同じような死に方をした今度の事件の被害者・・・瀬戸と沢田も何らかの形でここにやってきていて、同じようにロッカーを開けて何かを取り出そうとした。それが今度の怪異にとっては最も許しがたい行為だった・・・相手を呪い殺すほどに)
「・・・つまり、あのロッカーの周りを調べてみれば、どうして彼女が狙われなくちゃいけなかったのか分かるってこと?」
「・・・ええ。まずはこの辺りを調べてみましょう」
明良と霧江は深呼吸をしてから、更衣室の中の探索を始めた。
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登場人物紹介⑤
獅子島 陸(47)小野塚市警察署刑事部に在籍する叩き上げの刑事。階級は巡査部長。185㎝の長身と鍛え抜かれた筋肉質の身体つきを持ち、眼光が鋭く、強面な風貌をしている。トレードマークがオールバックの髪型にサングラス、黒いスーツに黒色のシャツ、赤色のネクタイという強烈な服装を好んでいることからヤクザと間違えられることもしばしばある。オネエのような言葉遣いで話すいかつい顔つきをした強烈なキャラだが、非常に強い正義感と誠実かつ穏健な性格を持ち、部下たちのことを心から信頼し、いざという時には身体を張って守ろうとする熱い心根の持ち主のため、青鮫や鷲尾からも信頼されている。ゼロ係を疎ましく思っているが、独自の視点から真実を追い求めて、組織に損託しないゼロ係の存在を内心では評価しており、時々情報を極秘裏で提供するなどの協力的な姿勢を見せることもある。意外と甘党で酒は飲めない。柔道3段、剣道3段、空手4段の猛者でもある。