第壱の噂「人喰い駅」最終話
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
明良と霧江は気が付くと駅員室の中にいた。そこには桜花と牡丹、英美里の姿もあり、無事元の世界に戻ってこれたことを実感すると、明良と霧江が抱き合って思わず泣きながら喜びを分かち合うことになった。(実際は霧江が一方的に抱き着いて、明良は顔を真っ赤にして固まっていた)そして棗塚駅からあふれかえっていた瘴気の量が大幅に減ったことが分かった。
「貴様たちがあの怪異を無事成仏させたことによって、新東京線全体を飲み込まんとしていた大量の瘴気を浄化することが出来た。まだ瘴気は残ってはいるが、そっちは祠のご神体を取り換えれば何とかなるだろうな」
そう言って、桜花は今度の事件にようやく終止符を打つことが出来たと言っていた。その後、棗塚駅の祠が新しいものに変わり、神主を読んで大々的にお祓いを行った。お祓いが終わった後に、再び棗塚駅に明良たちが訪れたが、初めて駅の中に入った時の誰かに見られているような視線や、気持ち悪くなる気配はすっかりなりを潜めていた。
棗塚駅で起きた奇妙な事件から3日が経ち、色々なことが起きた。
まず、あの事件の翌日の早朝に、棗塚駅の3番ホームで椅子に座り込んだまま気絶している、行方不明になっていた3人組の一人である城戸壮一が発見されて警察に保護された。それと同時に、警視庁捜査一課の刑事たちが小野塚市中央公園前駅で坂本千尋の事件の捜査を行っていたところ、駅の物置の中から行方不明になっていた馬場光彦と堂島達也の遺体が発見された。馬場と堂島の遺体は何日間も飲まず食わずだったせいかかなりやせ細っており、二人の両目には無数の五寸釘が打ち込まれていたという。
鑑識に明良たちが棗塚駅で回収した馬場のスマホを提出し、鑑識で調べてもらったところ、スマホには坂本千尋を暴行している時の写真や彼女を痛めつけて楽しんでいる様子の馬場たちの動画が保存されており、これにより馬場たちは坂本千尋を死に至らしめた後に仲間割れを起こして殺し合いになったと結論をつけて、城戸壮一を坂本千尋の猥褻略取誘拐、監禁、暴行、強姦、殺人、死体遺棄と駅員である塚原徹をホームに突き落として電車に轢かせた殺人の容疑で逮捕されることになった。
「城戸のヤツ、棗塚駅の中でずっと迷って出られなかったってわけのわからないことを言っているのよ。馬場と堂島に関しては終電が行ったと思ったら、時刻表にはない電車がホームにやってきたから二人が電車に乗り込んでいくのを見送ってからは一度も会っていないって。つまりアイツは3か月以上も駅の中で誰にも気づかれないまま、迷子になっていたっていうことになるけど、そんなことあり得ないわよね」
「確かにそうですね」
城戸の供述を耳にした巽課長はあきれ果てている様子だった。どうせ、心神喪失による減刑を狙っているんだろうけどねと言うと、コーヒーサーバーから手慣れた様子で愛用しているマグカップにコーヒーを注いだ。その供述を聞いていた牡丹が対応するが、その供述が実は真実であることは彼女は知っている。しかし、そう訴えても誰が信じてくれるのだろうかと思い、彼女は黙っていることにした。
今更城戸壮一の証言を肯定したところで、何も変わらないということを彼女は理解していた。
「貴様、コーヒーぐらい自分の部署で飲んだらどうなのだ」
「ここで休憩して飲むコーヒーだから美味しいんじゃないのよ」
そう言ってしょっちゅう息抜きでコーヒーをたかりに来たり、つまらない世間話をしに来たりする巽課長の奔放さに桜花はやれやれと頭を抱える。しかし、口で言うほど邪険には扱っていない。巽課長は警視庁からお荷物部署と呼ばれているこの0係と他の部署を繋げるパイプ役でもあり、超常現象や心霊現象が絡んだ事件が起きると、周りには内緒で事件の背景に関する資料や情報をかき集めてきてくれるため、0係の数少ない理解者でもあり、頼れる上司でもあり、仲間でもあるのだ。
「そういえば、この間入ってきた新人さん、もう辞めたの?今日、顔を見ないけど」
「バカタレ、明良だったら霧江と一緒に今回の事件の被害者となった坂本千尋と塚原徹の墓参りに行った。今日はそのまま早上がりにしたわ」
「ああ、なるほどね。それでさ、警視殿。正直、あの元キャリア組の警部補殿はここで上手くやっていけそうなのかい?」
「さあな、まだよく分からんが、私たちは出来る限りアイツのサポートはしていくつもりだ。アイツ自身もここを新天地として頑張ると意気込んでいたしな」
「そうなんだ。意外とめげないんだね。元々は華のキャリア組として警視庁に入庁を果たしたエリートさんだったのに、わずか2年ほどでこんなオカルト部署に飛ばされてきて、落ち込んでいるんじゃないかって思ったけど」
「まあ、アイツがここに飛ばされてきた理由を知ったが、相変わらず本庁の上にいる連中はどいつもこいつも腐り切っているような連中ばかりで反吐が出るな。まあ、明良を本庁から追放するなど、少なからずとも不満を持つものはいると思うけどな」
「私もまさかあの南雲警部が降格させられた上に、ここに飛ばされてくるとは夢にも思っていませんでしたよ。それに、彼が警視庁を追われた理由については、どうしても納得が出来ません」
「まあね。本庁でも10年に一人の逸材と言われるほどの頭脳明晰で切れ者と呼ばれていてさ、部下への気遣いも大切にしていたから、結構慕われていたみたいだよ。だから、南雲警部補を追放したことで警視庁の上層部に対する信頼は著しく落ち込んできているみたい。まあ、元々あんな権力と金にしがみついて偉そうにしている連中なんて、私も大嫌いだけどね」
「そうかい」
コーヒーを飲み干して一息つくと、巽課長が立ち上がった。
「それじゃ私はお仕事に戻るわ。コーヒー、ご馳走様」
そう言って、巽課長は肩をコキコキと鳴らしながら部屋から出ていった。巽課長と入れ替わりになるように牡丹が紅茶が注がれているカップを持ってきて、桜花の前に差し出した。
「ありがとう、牡丹。今回はお疲れ様」
「お疲れ様です、ボス。ダージリンのセカンドフラッシュです」
「おお、ありがたいな」
桜花はヘッドホンを取り出して耳につけると、デジタルオーディオプレーヤーを操作してお気に入りのクラシック音楽を選ぶと、椅子に深く座り込んで優雅なクラシック音楽を聴き始めた。長い戦いが終わり、久しぶりに味わうクラシック音楽の心地よい演奏とマスカットの爽やかなフレーバーが香る極上の紅茶を一口飲み、桜花が笑みを浮かべた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「お仕事も無事終わったし、今夜はさ、桜花さんも誘ってあっきーの配属パーティーをやろうよ!!」
坂本千尋、塚原徹のお墓参りと事件の報告を無事終えて、帰路についている途中で霧江がはしゃぎながら提案をすると、明良は驚いた。
「え、でも、僕なんかの配属パーティーなんて、いいんですか?」
「もっちろんだよ~!!あっきーはもうあたしたちの仲間なんだからさ!!あたしたちがいつも利用している居酒屋があるから、そこで今夜、みんな集まってワイワイ騒ごうよ!!そこの料理やお酒がすごく美味しくてさ~!!」
「ほええっ!?」
霧江が明良の腕にしがみつき、豊満な胸に彼の腕を押し付けてくる。明良の顔が真っ赤になっていき、目を見開き、口をパクパクさせていると、それを見て霧江が面白そうに笑った。
「ぷっ、顔が真っ赤になってる!!可愛いねえ~♪もしかして、童貞君?」
「いっ!?」
霧江の一言が痛いところを突き刺してくる。一瞬のけぞりそうになるが、何とか持ちこたえて明良は深呼吸をおいて何とか平静を保とうとする。
「それでさあ、あっきー、彼女とかいるのお?」
「あぐっ!?」
さらに飛んできた強烈な言葉の矢が急所に突き刺さり、明良はその場に崩れ落ちそうになった。目頭が熱くなり、上を向いて何とかこぼれ落ちそうになるものを抑えながら、明良は足早に歩き出した。ダメだ、泣いちゃダメだ。こういう時は上を向いて笑いながら歩いていこうと自分自身に言い聞かせる。彼女いない歴=人生という、異性と付き合ったことなど全くない事実から目を背けようと、明良は引きつった笑みを無理矢理浮かべながら、スキップをし始めた。
「・・・え?あたし、もしかして、地雷を踏み抜いちゃったとか?」
「・・・アッハッハッハ、今日もいい天気だなァ、アッハッハッハ」
「ちょ、あの、ごめんね、あっきー!!ごめんねえ!!」
ヤケクソ気味に笑いながらステップを踏んで足早に進んでいく明良の後ろを、霧江が慌てて追いかけていく。
こうして南雲明良の奇妙な第二の警察官人生が始まった。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
もし気に入っていただけたら、ブックマーク登録、是非ともよろしくお願いいたします!!
NEXT CASE「ロッカーのイズミさん」