第壱の噂「人喰い駅」⑮
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
明良と霧江がたどり着いた場所は、地下鉄のホームだった。しかし、ホームには乗客が一人もおらず、広告や看板などがほとんど撤去されてしまっており、残っていた看板には『小野塚市中央公園前駅』と書かれていた。廃駅となってからどれだけの時間が経っていたのか、床に降り積もった埃や時が止まってしまっているかのような異様な静けさに二人は息を飲んだ。
「・・・ここは・・・!!」
明良の脳裏に、霊に襲われたときに見えた記憶の映像がよぎる。
手錠で拘束されて、自分の身体から流れ出た大量の血の海に倒れ伏せながらも、必死で子供を助けてほしいと懇願する坂本千尋の悲し気な声、そんな彼女を嘲り笑い、生まれたばかりの子供を奪った外道たちの醜悪な笑い声、そして坂本千尋の喉が張り裂けんばかりの、地下に響き渡るような慟哭・・・。
「・・・あの時見た映像で、出てきた場所だ」
その時だった。
ホームの奥から、じゃらり、じゃらりと金属がこすれるような音が聞こえてきた。それと同時に荒い息遣い、鼻を衝く腐り切った肉のような甘酸っぱい匂い、地面を引きずるような足音も聞こえてくる。そして、霧江が取り出した懐中電灯に映し出されたもの。
それは、長い黒髪を振り乱し、異様なまでに長く、枯れ木のように細い両腕に手錠をはめ込まれた女性だった。足首にはめ込まれた足枷についている鎖を引きずり、所々がどす黒く変色しているボロボロの服を身に纏い、顔を覆うように髪を垂らしながら地の底に響き渡るような悲し気なうめき声を漏らしていた。
明良たちは、それが坂本千尋の変わり果てた姿だと確信し、絶句する。理不尽に命を奪われて、子供まで奪われて、この光の差さない暗闇の中で絶望しながら死んでいった彼女の魂は悲しみと怒り、憎しみの炎に焼き尽くされて、怪異の姿へと変貌を遂げてしまったのだ。
ー・・・あの子を、カエシテ・・・!!-
彼女がつぶやくと、空気がまるで冷凍庫の中に入っているかのような冷たいものに一変する。髪と髪の隙間からのぞいたその瞳は血走っているかのように真っ赤に染まり、血の涙の痕が頬にこびりついていた。もはや暗い洞穴のように無限の闇が渦巻く瞳で睨みつけるその姿は目に映るものすべてが自分から子供を奪った憎き仇として捕らえているようにも見えた。
「・・・これ、かなりヤバいかも・・・!」
ー・・・カエシテ・・・帰せ・・・帰してェェェェエェェエェェッ!!-
坂本千尋だった霊が狂ったように叫ぶと、地面から無数の真っ白な手が突然現れた。血が通っているとは思えない青ざめている手が霧江と明良の足を力強く握りしめて、動きを封じた。振り払おうとしても、手の握力はかなりのものでビクともしない。
「まずいよ、これじゃ動けない!!」
「・・・いや、まだ、出来ることはあります!!」
怪異が再び咆哮を上げると、彼女の枯れ木のように細い両腕が異様なまでに長く伸び、手枷をはめ込まれたままの両手を組んで勢いよく振り回しだした。その拳が壁に当たると一撃で粉砕し、柱に鈍い音を立ててめり込むと柱が飴細工のようにぐにゃりと曲がった。振り回す速度がどんどん早くなり、その分破壊力が増していく。風を切る音と、辺りにあるものが破壊されていく衝撃音がまるで死神が死への秒読みを始めているかのように聞こえてくる。
(こういう時こそ、考えろ・・・!!)
明良は目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。自分の能力、超触覚で出来ることは霊の記憶を読み取るだけではなく、その思いを手を通して相手に伝えることが出来る。だが、それがもし手で触れるものが霊的な力を持つもので、その力を別のものに付与させることは出来ないものだろうか?牡丹の超視覚で、彼女が見たものを映写機やカメラを介して念写のように映し出すことが出来たように、自分にも出来るのではないだろうか。
(・・・確か、さっきのお札、五行思想に基づいて作られたものだって言っていた。五行思想には、確か相生と相剋と呼ばれる関係があったはずだ)
古代中国における自然哲学の一つとされている五行思想において、万物は5種類の元素から成り立っているという説があり、互いに影響を与え合い、相手を生み出していったり、逆に打ち滅ぼしていくことで循環し世界が作られていくという思想がある。
(・・・そう考えると、さっきの鎖は金属で出来ているものだった。そうなると、金属を滅ぼすのは・・・炎か?)
「あっきー、ヤバい!!攻撃が来る!!」
霧江が叫ぶと同時に、振りかぶった拳が明良の頭目掛けて振り下ろされた。風を切りながら重い拳が明良の頭部を殴りつけようとした時、明良はとっさにコンテナボックスの蓋を身構えた。
「霧江さん、火のお札です!!お札を、このコンテナボックスに貼ってください!!」
「え!?ああ、もう!!」
とっさに火の字が書かれているお札を明良が持っているコンテナボックスの蓋の盾に投げ放つと、明良はお札を手で貼り付けて、目を閉じて手に力を込めた。
熱い何かがお札の中に流れ込んでいく感覚を感じて、それを解き放つイメージを思い浮かべた直後だった。
コンテナボックスの蓋の盾から真っ赤に燃え上がる巨大な炎が飛び出した。怪異の両腕を包み込むとそのまま彼女の全身を飲み込み、勢いよく燃え上がった。
ーひぎゃああああああああああああああああああああ!!-
彼女の手に巻き付いていた鎖がドロドロに溶けて蒸発していき、炎に包まれた彼女が地面を転がって火を消そうともがきだした。すると、二人の両足を握りしめていた真っ白な手が霧のように消え去った。
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ!?あっきー、いったいこれ、どうなってんの!?」
「僕だって分かりませんけど、でも、どうやらこれも超触覚の力のようです!」
「マジィ!?」
やがて、炎が消え去ると彼女はブスブスと刺激臭のする煙を全身から放ちながら、ゆらぁっと起き上がって再び歩き出した。怨嗟に満ちたうめき声をあげて、溶けてなくなってしまった鎖を振り回そうとするが、鎖がなくなり、虚しく枯れ木のように細い両腕をただ空中で振り回すだけとなった。
「また攻撃を仕掛けてくるよ!?」
「それなら先に動きを封じます!!」
明良がそう言って手に持ち構えたのは、大型の水鉄砲だった。水鉄砲のタンクに今度は「木」と書かれたお札を貼り付けて銃口を怪異に向けると、トリガーを引く指に力を込めた。
「・・・これでどうだ!!」
銃口から無数の種が飛び出して怪異の身体に命中すると、彼女の身体中からいくつもの植物の太いツルが飛び出して彼女の身体を雁字搦めに捕らえて、そのまま駅の天井を突き破らんばかりに成長を遂げていく。
巨大な植物のツルに絡めとられた怪異は必死で引きはがそうとするがツルはびくともせず、大木と言っても過言ではないほどのツルに絡めとられた怪異は身体と上半身以外が大木に飲み込まれた姿となった。
「あ、あっきー、どうしてこれが有効だって気づいたの?」
「え?いえ、その、五行思想と言うのは昔大学にいたころ、そういうのにハマっていた時期がありまして、少しだけ知っていたんです。それで、ここは地下、つまり土に関係する場所だから、土に効くのは確か木だったなとおぼろげに思い出しまして・・・」
「それって、ほとんどあてずっぽうというか、出たとこ勝負だったってことォ!?」
「す、すみません」
霧江が驚愕の表情を浮かべて明良のことを見ている。しかし明良は気にすることなく、一歩、また一歩と怪異に近づいていく。怪異の動きを封じ込めた以上、次に繰り出す一手で全てに決着をつける。王手をかけた状態であるからこそ、決して油断は許されない。スキを見せまいと、神経を限界までとがらせて明良は次の一手を頭の中で必死に考える。
(・・・彼女はずっと子供を帰してと言っていた。自分を殺した男たちに対しても、ずっと子供を帰してほしいと訴え続けているところを見ると、彼女に何を伝えれば、彼女の無念や未練を解消することが出来るのだろうか?)
持ってきている荷物を確認する。
(・・・馬場のスマホ、これを使って伝えられることと言えば、馬場はもうすでにこの世にはいないということを伝えれば復讐などもう意味がないということを分かってくれるだろうか?いや、違うと思う。彼女は馬場や自分たちをこんな目に遭わせた連中のことを伝えても意味はないだろう)
そうなると、スマホは除外だろう。他には、確か赤ちゃんのへその緒があった。赤ちゃんが無事だったということを伝えるには、これが一番かもしれない。へその緒が入った箱を左手に持ち、目を閉じて意識を集中させて、へその緒に記憶されている情報を彼女に伝えなければならない。
明良は自分の直感に従って、へその緒の入った箱を怪異に突き出して、そのまま彼女の胸に押し付けた。
「貴方をこのしがらみから、解き放ちます!」
生者ではない、この世ならざる存在・怪異へと望まずも変貌を遂げてしまった彼女の心を救うために。
警察官として、人間として、彼女の思いに応えるために。
「魂の奏者」
彼女にへその緒に込められた記憶と思いを流し込むイメージを思い浮かべながら、明良は手に力を込めた。
この度は本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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明良の能力②「魂の奏者<ソウル・プレイヤー>」
超触覚の能力に目覚めた明良が独自で生み出した新たなる能力。無機物に宿る霊の記憶や残留思念を読み取るだけではなく、読み取った記憶を霊に流し込むことによって、霊に一時的に生前の自我や記憶を取り戻したり、怪異へと変貌した霊の怒りや悲しみを鎮めて、怪異に変貌した要因となるヨドミを浄化させることが出来る。