第壱の噂「人喰い駅」①
注意
・本作品はフィクションです。実在の団体、人物とは何ら関係ありません。
・この作品には一部性的な描写、暴力シーンやグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はまた、作中に登場する心霊スポットは、すべて架空の場所です。廃墟に無断で立ち入る行為や犯罪行為を本作品は一切推奨いたしません。
「・・・ここが小野塚市警察署?」
南雲明良は、今日から新しく赴任することになった『小野塚市警察署』を前にして思わず呆然とつぶやいてしまった。目の前にそびえ立つ建物は警察署と言うよりは年季の入った白亜の洋館にしか見えなかったからだ。
正面玄関は8角形の柱でアーチ付きのポーチを構成されており、その上の2階はバルコニーとなっており、洋風を強調するかのようなペディメントが上部に置かれていた。玄関の壁には大きな板に『警視庁小野塚市警察署』とこれまた年季の入った力強い字で書かれている。警察署と言うよりも観光名所にしか見えない。
地図アプリで確認をすると、やはりここが今日から自分が着任する小野塚市警察署であることは間違いない。今日から自分はここの『生活安全課特別捜査班0係』で、再スタートを切るのだ。明良はゆっくりと深呼吸をしてから、心を奮い立たせて警察署の中に入っていった。
「おはようございます!!本日よりこちらでお世話になります、南雲明良です!!」
元気よく声を張り上げて挨拶をしたが、部署で仕事をしていた警察官たちは突然の大声にビックリして明良を見たが、すぐさま書類の作成や事務作業に戻っていった。
(・・・あれ、これって、もしかして、僕、異動初日でやらかした?)
誰も返事をしてくれなかったことに明良は内心不安になる。
そんな彼の肩を後ろから、誰かがポンと叩いた。振り返ると、そこにはボブカットヘアーの綺麗な顔立ちをしたスーツ姿の女性が笑顔で立っていた。その顔立ちと、スーツ越しでも分かる抜群のスタイルに明良は思わず息を飲んだ。
顔が熱くなっていくのが分かる。
緊張で頭の中が真っ白になっていき、どうすればいいのか分からなくなる。
昔から女性が大の苦手で、特に美人の女性を前にするとどうすればいいのか分からなくなる、ポンコツであることは学生時代からの彼の悩みでもある。
「おはよう!あなたがもしかして、今日からゼロ係に着任するっていう人かな?」
「あ、は、はい!!南雲明良警部補であります!!本日よりよろしくお願いいたします!!」
「私は生活安全課の課長の巽真理よ。よろしくね。とりあえず、あなたが働く部署に案内するわ」
巽真理。
その名前は本庁でも聞いたことのある名前だった。小野塚市において、銃刀法違反や痴漢・盗撮などの犯罪行為を絶対に許さないという信念のもとに、生活安全課を引っ張って数々の事件を解決に導いてきた才媛であり、ノンキャリアで警視にまで上り詰めたほどの出世頭でもある。
「ここが今日からあなたが働く、生活安全課特別捜査班0係のオフィスよ」
「・・・・・・え?」
明良が緊張して通されたのは、生活安全課の部署を抜けて階段で地下に降りていき、長い通路の奥に設けられた古びた扉だった。蛍光灯が切れかかっていて薄暗い廊下の奥にあるその扉には確かに「生活安全課特別捜査班0係」と書かれた看板が貼ってあった。しかし、どこからどう見ても倉庫か物置のようにしか見えない。明良は愕然とする。
「・・・あ、あの、ここって、物置か倉庫ですか?」
「まあ、確かに何年か前までは物置だったけど、今はここが生活安全課特別捜査班0係のオフィスよ」
「えええっ!?」
あっけらかんと言われてしまい、明良は思わず声を上げてしまった。こんな薄暗い地下のフロアの奥に設けられた元物置の部屋を改装した部屋が今日から自分が働くオフィスだというのか。
「・・・ア、アハハハ、終わったかもしれない、これは」
とうとう膝をついて、薄暗い天井を見上げながら明良は思わず笑いたくなってきた。どうしてこんなことになったのだろうか。2週間前までは警視庁の生活安全課で違法営業を行う風俗店の取り締まりやインターネットを利用したサイバー犯罪、賭博や闇金などの事犯をバリバリと取り締まってきたというのに、今日からこんなところで働かなければならないといけないのか。これはまさか追い出し部屋というものではないだろうか。
「あなたのことは所内でもちょっとした噂になっているよ?」
「噂?」
「国家公務員試験1種を合格して、本庁に入庁を果たして出世街道をまっしぐらだったキャリア組の警部様が一体何をやらかしたら警部補に降格させられた上にこんなオカルト捜査班に異動させられるんだろうってね」
「・・・オカルト、捜査班?」
聞いたことのないワードに明良は首を傾げた。
「ああ、それはこっちの話。とりあえず、オフィスはここだからみんなに挨拶しておいた方がいいよ」
古びた木製のドアがぎぃぃぃ・・・と音を立てて開き、巽課長が明良をオフィスの中へと招き入れる。
明良は深呼吸をしてから、覚悟を決めて、オフィスの中に入った。
「おはようございます!!本日よりこちらでお世話になります、南雲明良です!!」
まず何事も挨拶が肝心だと思い、大きな声であいさつをして綺麗に一礼する。
しかし返事はなかった。恐る恐る顔を上げると、そこは物置部屋だったとは思えないほどに綺麗に手入れがされている部屋だった。レトロと言うか、ぬくもり感のある雰囲気が感じられる書斎か談話室のような感じの部屋だった。
使い古されて艶を帯びたような木製のアンティークチェアとデスクが置かれており、部屋の奥には大きな本棚が並んでおり、本棚には隙間なく綺麗にたくさんの本が並べられている。天井にはアンティーク調のランプが下がっており、壁にはアンティークの柱時計が取り付けてあった。
その机の一つで、最新式のパソコンに向かって作業をしている女性の姿があった。黒いロングヘアー、眼鏡をかけた知性的な感じがする白衣を羽織った女性だった。彼女は明良の挨拶など聞こえていないように作業に没頭している。
「あの、えっと・・・」
「中条さん!お客さんだよ!!今日からここに着任することになった南雲くん!!」
「・・・あー、聞こえてますよ。すみません、朝っぱらからいきなり特命が来たもんで、今、情報収集で忙しいんです。新人さんはそこの空いているデスクを使ってください」
中条と呼ばれた女性は明良たちに視線も寄越さずに、パソコンで作業をしながら面倒くさそうに指示を出してきた。
「ごめんね、彼女、何て言うかこういう子だから、あまり気にしないであげてね」
なぜか巽課長が両手を合わせて明良に謝った。明良は空いているデスクにとりあえず持ってきたカバンを置いて、荷物を出すことにした。すると、デスクの上にはメモが貼ってあった。メモにはこう書かれてあった。
『新人君へ。着任初日なのに、お出迎えもろくに出来なくて申し訳ない!!このメモを見たら、棗塚駅まで来てもらえますか?私たちはそこで捜査に当たっています。詳しい情報はそこにいる中条英美里に聞いてください。ゼロ係 国東』
「・・・えっと、棗塚駅に今から来いってことですかね?」
「まあ、おそらくそうだろうね。まあ、何て言うか、ここの連中はその何というか、その、変わり者が多い部署だから、あまり気にしないでね」
「課長、こんなところでいつまでもサボってていいんですか?」
変わり者と呼ばれて少しムッとしたのか、英美里がパソコンを操作したまま、少しだけ棘のある口調で言うと、「へいへい」と言って巽課長は部屋を出ていった。明良はとりあえず指示に従って、棗塚駅に向かうために、素早く準備を済ませた。
「あ、それじゃあ、僕も行ってきます」
部屋から出ようとした時だった。
「ちょっと待って」
英美里が明良を呼び止めると、彼女が明良に近づいて白衣のポケットから何かを取り出した。それはお守りだった。この小野塚市にある由緒ある『小野塚神社』の名前と五芒星が刺繍されている紫色のお守りだった。彼女は明良にお守りを差し出した。
「これ、持っていて。よほどのことが起きない限りは、それがあれば大丈夫だと思うから」
「・・・え、それは一体どういうことですか?」
よほどのこととは、どういうことだろうか。
一体何が大丈夫だというのか、不安と疑問が明良の頭の中に浮かんだ。
しかし、英美里は質問には答えず、再び椅子に座ってパソコンを弄り出した。
「まあ、それは肌身離さずにもっておいて。私からは以上。あとは現場で他の連中に聞いてみな」
何とも愛想のないぶっきらぼうな言い方だった。
納得は出来ないが、とにかくこれだけは肌身離さずに持っていろと言われた以上、明良はその言葉に従って胸ポケットの中に大事に収めた。
「・・・それでは、現場に行ってきます」
明良は頭を下げて、部屋を出ていった。
「・・・あの新人くん、ここでどのぐらいやっていけるのかしら」
扉が閉まった後、英美里は後輩が出ていった後の閉まったドアを見て、ため息をついた。
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登場人物紹介①
南雲 明良(24):本作の主人公。キャリア組のエリートとして警視庁生活安全課に配属されていたが、正義感が強く不正や悪事を許さない愚直な性格が災いして、上層部と幾度となく衝突し、警視庁内で「追い出し部屋」と呼ばれている小野塚市警察署生活安全課特別捜査班0係に左遷させられる。性格は真面目で責任感が強く、階級は警部補だが自分が一番新入りという理由で誰に対しても常に物腰が柔らかく礼儀正しいなど、少々頑固なところがあるが、素直で純朴な頑張り屋。一見美少女にしか見えないほどの童顔と小柄で華奢な身体つきをしており、毎日筋トレを欠かさず行っているが未だ効果が出たことはないことがコンプレックス。