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彼女がヤンデレでもぼっちな俺なら幸せに過ごせます

 

 きっかけなんて些細なことだったんだろう。思い出すこともできないくらいに。


 とにかく気がつけば俺は同じクラスの北川艶美さんのことが好きになっていた。


 まあ向こうは高校に入学してすぐにクラスの中心になるような黒髪ロングの美人さんで頭も良くて運動神経も抜群で俺なんか近づくこともできない高嶺の花だったわけだけど。


 だから。

 だから、だ。



「月影くんのことが好きです。私とお付き合いしてくれませんか?」



 あの北川さんに校舎裏に呼び出されて告白されるだなんて思ってもみなかった。


 何コレ、夢なのか?

 だよな、夢だよなっ。夢に決まっているよな!!


 だったら、ははっ、どうせ夢なら楽しまないとな。


「ああ。こんな俺なんかと付き合ってくれるというなら嬉しいな」


「俺なんか、などと言わないでください」


 どこまでも美しく、まさしく名前の通り艶美な北川さんがずいっと距離を詰めて、俺の顔を見上げて、どことなく怒ったようにこう言った。


「月影くんが素敵な男性だからこそ私は好きになったんですから。私の大好きな人を『なんか』などと軽く扱うのは例え月影くんでも許しませんからね」


「お、おう。悪かった」


「いえ、わかってくれたならばいいんです」


 そこで一転して花が咲くような笑みを浮かべる北川さんに俺は容易く惚れ直していた。


 本当、とんでもなく欲望に忠実な夢だな。



 ーーー☆ーーー



 翌日。

 俺は出張で両親のいない家で寝不足な身体を無理にでも動かして学校に行くために家を出た。


 と、家の前に制服姿の北川さんが立っていた。

 なんで?


「北川さん?」


「はい、おはようございます、月影くん」


「お、おう。おはよう。それよりなんで北川さんがこんなところにいるんだ?」


「何を言っているんですか。私たち、昨日からお付き合いしているんですよ。ならば一緒に登校するのは当然ですよ」


 ああ、あれな。

 あの後も夢から覚めることがなかったからあの北川さんと付き合えたってのはマジだったんだ。それは、まあ、昨日寝不足になるくらいベッドの上でマジかよって悶えまくったから一応は受け入れている。


 だけどそれは俺の家の前で待っていた理由にはなっていないような? 北川さんは俺の家の場所を知らないはずなんだが。


「月影くん」


「……ッッッ!?」


 まあそんな些細な疑問もあの北川さんが俺の腕を両手で抱きしめるように絡めたので吹っ飛んだけどな。なんだこれ、なんだこれ!? なんかクラクラする甘い匂いがするし、色々と自己主張が激しい北川さんの身体の一部があたっているし、ちょっ、ハァ!? こんな恋人みたいな距離感、ああいや俺たち付き合っているんだった!! 昨日一晩かけて受け入れたはずなのにふと気を抜くとありえないと忘れそうになるな!!


 だってあの北川さんだぞ?

 同じ高校どころか他校の生徒までわざわざ告白しにくるくらいここら一帯で有名な美人さんなんだ。男なんて選び放題だろうに何だって俺のことを好きになってくれたのか。


 いやまあ普通に幸せだからいいけどな! 気まぐれだろうが何かしら裏があろうがこの幸福を手放すことはできないっての!!



 ーーー☆ーーー



 教室につくと、クラスがざわついた。

 まあそれも当然だよな。何せあの北川さんが俺にくっついているんだから。


 しかも何でそんなことになっているのだと聞いてきたクラスメイトに北川さんは『月影くんとお付き合いしているからですよ』と迷わず言うものだからもう大騒ぎだった。


『何であんなのと』とか『あんな平凡な野郎がどうやって北川さんを射止めたんだ』とか『つーかあいつって月影っていうんだな』とか色々な。


 そこで一人のクラスメイトがこんなことを言ったんだ。


「北川さんっ。まさかその男に脅されているのでは!?」


「脅されて……? そんなことはありませんけど」


「それも脅されて仕方なく言わされているのはわかっています!! そうでもなければそんな見るからに冴えない男なんかが北川さんと付き合えるわけがないのだから!!」


「は?」


 一瞬だった。

 俺からは北川さんがどんな顔をしているかはわからなかったんだが、なぜだか先ほどまで意気揚々と叫んでいたクラスメイトが怯えたように息を呑んだんだ。


()()()()()()()()()()()()()──」


「はいはい、そこまで!」


 と、そこで割り込んできたのは北川さんの親友の五月雨千佳さんだった。校則の範囲内ではあってもどこか派手な印象を受ける五月雨さんは確か北川さんの幼馴染みだったっけな。


 北川さんに惚れていなかったら綺麗な女性だと思っていたかもだけど、今はもう北川さんのことしか考えられないからそんな感想も頭に浮かばないんだよな。いやまあ俺の評価なんて向こうは気にしていないだろうし、何様だって話だがな!


 しかし、うん?

 一瞬五月雨さんが俺を見たような?


 しかもどことなく憐れんでいるような……まあ北川さんの彼氏なのに場を収めることもできなかった残念な野郎だと思われても仕方ないけど。


 いや本当情けないな。次があったらもうちょっと頑張ろう。これでも北川さんの彼氏なんだしな!!



 ーーー☆ーーー



 それから一日中北川さんと俺は一緒に過ごした。

 あんまり話すのが得意じゃない俺でもスラスラと話せたのはそれだけ北川さんが気を遣ってくれていたからだろう。本当優しいよな。


 しかも昼休みなんて俺のお弁当まで作ってくれていてこれが本当美味かったんだよな! 何だ、優しくて可愛くて料理も上手くてって、色々と詰め込みすぎだ!! ここに最低でも運動神経抜群と頭脳明晰までプラスされるってんだから天は二物どころの話じゃないぞ!!


「……もしやここまで長い夢ってオチじゃないよな?」


 家に帰って、一人になって、俺はそう呟いていた。

 だって幸せすぎる!! こんなの反動で明日隕石が降ってきて死んでも何の不思議もないぞ!! いやまあ今日一日で睨みつけてくる野郎がわんさかいたからそのうち殴られるくらいは普通にありそうだけど。


 と、そこでチャイムが鳴った。

 別に何か通販を頼んだ覚えもないし、押し売りとかその辺だろうな……と思っていたのに、玄関を開けるとそこにいたのは北川さんの親友の五月雨さんだった。


「あれ? 五月雨さん???」


「アンタ、ええっと誰だっけ!?」


「つ、月影、月影悠真です、はい!」


 名前すら覚えていない野郎の家に何しにきたんだ?

 っていうか顔が近い! なになに何だこの状況!?


「じゃあ月影っ。艶美に気づかれる前に手短に言うわよ!」


 艶美って北川さんの名前だったよなとかそんなことを考えている間にもどこか焦ったように五月雨さんはこう言ったんだ。



「艶美のためなら人生捧げられる? 無理なら今すぐ別れなさい!! そうすればまだ傷は浅くで済むわよ!!」



 うおう。これはお前なんかに私の親友はもったいないとかそんな話か。まあ俺と北川さんがつり合っていない自覚はあるが、そんなよってたかってダメ出ししなくても良くないか?


 今日一日で前までまったく喋ったことがなかった人たちから陰口やら何やらぶつけられるだけでも辟易していたってのに、北川さんの親友にまでここまで責められるのはちょっとキツいぞ、ちくしょう。


「そりゃあ俺は北川さんみたいに天に愛されたような存在じゃないし、つり合っていない自覚だってあるが、あれだ、それでも好きなんだ。外野からとやかく言われてハイ別れますなんて言えるか」


 が、頑張って言ってやったぞ。次は頑張るって誓ったしな。


 クラスの一軍相手に俺が逆らうとか後が怖いが、ここで引き下がったら北川さんの彼氏だなんて言えなくなる。


 だから。

 しかし。


「そういう話じゃないのよ。アンタは艶美のことがわかってないからそんな呑気なことが言えるのよっ」


「それはどういう……?」


「このクソバカ! アンタみたいな鈍臭い奴でも理解できるよう教えてあげるわよ!! 確かに艶美は天に愛されたような存在よ。アタシだって『普段の』艶美のことは大好きだからね。だけど、何かに執着して本気になった時は別よ。恋愛関連だと妄想だけであそこまでぶっ飛んでいたくらいだしね。はっきり言うけど、艶美は俗に言うヤ──」



「千佳?」



 びくっと五月雨さんの全身が震える。

 ゆっくりと、後ろを振り返る。


 そこには北川さんが立っていた。

 笑顔で、本当に笑顔で、だ。


「私の彼氏に何か用でも?」


「いや、あの」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ばっ、ちがっ、何でアタシがこんな奴と浮気しないといけないのよ!!」


 散々な言われようだ。

 いや本当散々な言われようだな!? いきなり家に乗り込んできて今すぐ別れろとか言ってきて挙句にはこんな奴扱いって、なんだ? 一軍のイケイケ女子はこんな横暴も顔面パワーで許される生き物なのか!?


 まあ許されてきたんだろう、世界は理不尽だからな!!


「千佳とは親友でいたかったけど、こんな風に裏切られては無理かもしれません」


 しっかし、怒っているよな、北川さん。

 浮気、か。まあ親友と彼氏が二人きりでコソコソしていたら良い気はしないからな。そんな強い言葉を使っても仕方がないか。


 とはいえ俺のせいで女の友情にヒビが入るのは最悪だ。正直五月雨さんのことはちょっと気に入らないところもあるが、わざわざ波風立てることもないし、このピリピリした空気をどうにかするか。


 いや、だけど、どうしよう?

(咄嗟にちょっと強い言葉を使ってしまっただけだろうが)浮気云々が疑われているわけで、つまり俺が五月雨さんじゃなくて北川さんのことを好きだって証明すれば機嫌を治してくれる、か?


 華麗な話術でどうこうする、とかクラスの一軍じみた能力がない以上、できるだけ単純にいくべきだ。


 一言。

 それくらいなら俺でも何とかなる。


「北川さん」


「何ですか? ()()()()()()──」


「あ、ああ、愛してるぜベイベー」


 う、うおう!! ぜんっぜんダメだった!!

 照れが全面に出ているし! 照れ隠しに変な感じになったしい!!


 というか北川さんも本気で浮気だなんだ言っているわけでもないだろうし、もっとマシな方法あったよな!? 無駄に恥かいただけじゃないか!!


 対人関係がまともにこなせるくらいのコミュ力は欲しいな、うん。


「…………、」


「あのう、北川さん? すみません話下手が今日一日北川さんのおかげで気持ちよく喋れていたから調子に乗ったんですとにかくあれだもう笑い飛ばしてください!!」


「帰ります」


「え、ちょっ、北川さん!?」


 まさかの駆け足!? ああっもうあんな遠くに! 流石は運動神経抜群な北川さんだな!!


 じゃなくて、ちょっと待て。これ情けねえ野郎だって幻滅されて別れるとかそんな展開じゃないよな!?



 ーーー☆ーーー



 不貞寝だった。

 あの後、ご飯を食べる余裕もなくてさっさと寝たんだ。


 寝不足だったこともあってよく眠れたわけだけど、問題は時間を確認するために手に取ったスマホに表示された件数だった。


 通知が300件以上?

 なんだこれ?


「あ、これ北川さんからだ」


 そう言えば昨日連絡先交換したっけ。

 そんなわけでラインを開いてみると、なんかズラッと並んでいた。


 最初のほうは『先ほどはごめんなさい。突然あんなことを言われて恥ずかしくなってですね』とかそんな感じだったが、後のほうになると間髪入れずに『電話、どうして出てくれないんですか?』『せめて返事してくれませんか?』『私のこと嫌いになりましたか?』『謝りますから一言でもいいですから返事をしてください』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』『ごめんなさい』──


「げっ。これ怒っている感じか!?」


 やばい。

 北川さんがせっかくラインしてくれているってのに気づかずにぐーすか寝ていて結果的に無視してしまったんだ。そりゃ怒るのも無理ないよな。これは怒りの連投ってヤツだろうし。


 とにかく何か返事しないと。


「こういう時ってなんて送るのが正解なんだ? クラスメイトとまともに話すのも一苦労な俺にこんな難題どうしようもないってえ!!」


 そんなこんなで学校に遅刻しないギリギリまで悩んで出した答えは──


「ごめんなさい、と。……なんだこの素っ気ない文言は。いやでもだってなんて返したらいいのかわからないんだよお!!」


 コミュ力が欲しい。

 本気でこういう時にせめて無難にやり過ごすことができるコミュ力が欲しい。まあそんなもんを持っていれば俺はもうちょっとマシだったんだろうがな!!



 というか家を出たら俺からの返事を確認しているだろう北川さんが立っていた。昨日もこうして待っていてくれていたわけで、今日も待ってくれている可能性はあったわけで、大体待っていなくてもどうせ学校で会うわけで、ここまで先延ばしにしてしまったらさっさと顔を合わせて謝ったほうが誠意が伝わっていたはずで、つまりは俺は本当ダメダメだった。



「あ、どうも」


 どうも、じゃないんだよお!! これ嫌われた。付き合ってすぐにやらかしすぎだ、俺の馬鹿野郎!!


「月影くん」


「はい月影です、はい!!」


「私のこと、好きですか?」


「んっ!?」


 朝から飛ばしているな、おい!

 世のカップルは朝っぱらから愛を囁くものなのか? 一般的な高校生のカップルの実情とかあんまり詳しくないからわからないが、ええっと、なんだ、昨日付き合ったばっかりでまだそういうことに慣れてないんだが!? 普通に照れくさいぞ!!


「それは、あれだ、あれだって」


「私は月影くんのことが好きですよ」


「ふっおう!?」


 刺激が強すぎる!!

 そんないきなりあの北川さんから好きとか言われたら心臓が爆発しそうなくらい高鳴るんだって!! 昨日好きって言われた時はどうせこれ夢だと思っていたからまだ動揺も抑えられていたが、こんな、くっそうドキドキするな! 今の俺、顔真っ赤じゃないか!?


「ですからいつでも、どこでも、月影くんと繋がっていたいです。何を考えているのか知りたいです。その心を知りたいです。私が知らない月影くんが存在することが許せないです。全てが欲しいんです。これは普通ですよね? 好きなら、本気なら、付き合っているなら、こんなのは当然のことです。私は月影くんが好きです。好きで好きで本当に大好きで月影くんにならば殺されてもいいほどに愛しているんです。私の全ては月影くんに捧げています。月影くんは? 私のこと本当に好きなんですか? 私のことが知りたいとは思ってくれないんですか? 離れ離れになって寂しいと辛いと声が聞きたいと繋がりたいとそう思ってはくれないんですか? それとも他のことに夢中になっていたんですか? 私以外を優先したんですか? 千佳? もしかして私を放って千佳と連絡をとっていたんですか? それとも他の女と話していたんですか? 私じゃなくて他の女に時間を割いていたんですかどうなんですかッッッ!?」


「ええっと」


 まとめると、だ。

 俺が北川さん以外の女と連絡をとっていたから北川さんからのラインには気づかなかったんじゃないかって感じか。


 しっかし私の全てを捧げているとか何とか北川さんは愛情表現が過激なんだな。それとも頭のいい人特有のどこぞの小難しい本から引用しているとか? たまにラノベを読むくらいの俺にはさっぱりだぞ!


 話下手というか人付き合いが下手くそというか、うまい返しが思いつかない俺の馬鹿さ加減が嫌になる。


「北川さん、それは誤解だ」


 そんなわけでそう言うしかなかったわけだけど、


「そうやって言い逃れしようとするつもりですか? 月影くんはこの世のどんな男よりも格好いいですから私以外の女の人だって無数に寄ってくるでしょうけど、私と付き合っているのに他の女に僅かでも時間を割くことは許せませんからね!!」


 いや。

 いやいや!!


 俺のことがこの世のどんな男よりも格好いいとかそれはちょっと過大評価が過ぎるって! ま、まあ、北川さんはそう思ってくれているから告白してくれたんだろうし、それは素直に嬉しいにしてもな。


 しかし今から実は寝ていたとか言っても言い訳くさいような? 普通に火に油を注ぐことにならないか?


「誤解だというなら証拠を見せてください」


「証拠?」


「そうです」


 北川さんはいつもと違ってどこかドロドロとした目で俺を見つめながらこう言ったんだ。



「今すぐ私以外の女の連絡先を消してください。私以外の女に時間を割く必要はないのですからそのくらい簡単ですよね?」



 ……それは。

 それは、だって、それは!!


「母さんのも?」


「お、お義母様のは残していても構いません」


「そっか。だったら無理だな」


「……どうしてですか? ()()()()()()()()──」


「だってなあ」


 俺はスマホを取り出して、登録された連絡先一覧がうつされた画面を見せて、そしてこう返した。



「俺、母さんと親父以外の連絡先知らないし」


「……え?」


「つまり、あれだ。俺、ぼっちなんだ」



 北川さんみたいないつだってクラスの中心に君臨して望めばどんな奴の連絡先だって手に入る人にはわからない感覚だろうな。


 だけど世の中には俺みたいな奴もいるんだよ。

 人付き合いが苦手で友達とか皆無な人間だってな!!


 北川さん以外と連絡をとっていて北川さんのラインに気づかなかった? そもそも異性はおろか同性の友達だっていないからそんなことには絶対にならないっての!!


 俺のラインに届くのは家族か企業アカウントからの連絡だけだ!!


 くっそう、恥ずかしい!!

 今までは、まあ、これまでずっと『こう』だったから特に気にしてなかったけど初の彼女、それも非の打ち所がない最高の彼女にぼっちだってバレるのは凄く恥ずかしいな!!


 印籠みたいに掲げたスマホが心底虚しいぞ、おい!!


「あの、その……連絡先を消す手間が省けてよかった、ですね?」


「……おう」


「あ、ちがっ、今のは冗談といいますか場を和ませようとですねっ。決して馬鹿にしたわけではなくてですねっ。ごめんなさい言葉選びを間違えました!!」


「つまり北川さんでも咄嗟にうまく和ませられないくらい悲惨な野郎が俺ってことだな」


「違う、違うんです、月影くんは本当に素敵で格好よくてですねっ!!」


「そんな奴がぼっちになるわけないけどな、はっはっはっ!!」


「本当の本当に素敵で格好いいんですよお!! 他の人たちが気づいていないだけでえ!!」


 北川さんは優しいなあ。

 こんなぼっち野郎のことを好きになってくれて、なおかつそんなに褒めてくれるだなんてな。


 いや本当、なんで俺のこと好きになったんだろうな?



 ーーー☆ーーー



 そんなわけで北川さんとのお付き合いが始まったわけだけど、もう本当最高だった。


 友達を通り越していきなり彼女ができたわけだけど、好きな人と一緒に過ごす日々ってのは幸せに満ちているんだな。


 女の子はラインが好きなのか、それともカップルってのはそういうものなのか最初の頃は家に帰ったりして北川さんと少し離れたら絶え間なくラインが届いていたけど、あれだ、俺は文字を打つのが苦手でな。


 女子高生はそういうの得意なんだろうし、友達がいる奴は慣れているから平気なんだろうが、俺はそもそもラインを開くことすら稀な人生だったからな。時間だけはありあまっているし、北川さんと連絡をとるのは楽しいから別に構わなかったんだが、指が限界を迎えた。一日に100とか1000とか返事をしていたらそりゃあ指も悲鳴を上げるよな。まあそれだけ北川さんのことが知れたわけだし、それだけラインを交わしても全然足りないくらい伝えたいことがあるってのは幸せなことだとしても肉体が先に限界を迎えるのはどうしようもない。


 そんなわけでそれ以降は無料の電話アプリで連絡をとるようにした。つまり離れていても北川さんの声がするわけで、しかも電話だと耳元から声がするわけで囁かれているようでドキドキして大変だったな。


 何より常に通話を繋げていることで無理して起きていようとして、それでも我慢できずに寝落ちした北川さんの寝息を聞くことができてって、待てこれ以上はダメだ、普通に気持ち悪いぞ俺っ。


 それと、あれだ、北川さんは隙さえあれば俺のそばにいてくれた。学校じゃ授業とかどうしても無理な時以外はずっと俺のそばにいるんだ。


 ぼっちな俺を気遣ってだろうな。

 俺の彼女は本当に優しすぎる!!


 まあ俺も甘えてばかりもいられないから『無理して俺のそばにいなくてもいいぞ』って言ったんだが、なんか長々と語られた後に『私がそばにいたら嫌なんですかッッッ!!!!』って問い詰められたから『嫌なわけあるか。毎日幸せすぎて夢かと思うくらいだ』って返したらなぜか黙ってしまったけど。


 それを見ていた五月雨さんが『アタシもまさか破綻することなくこんな形で落ち着くとは思ってなかったわよ』とかぼやいていたけど、あれは何だったんだろうな? てめーみたいなぼっち野郎が北川さんに見限られなくて良かったなとかそんな感じか???


 とにかく、だ。

 俺は毎日が幸せだった。



 それはそれとして目覚めたら北川さんの部屋にいた。

 手と足が動かしにくいと思って見ていると両手首と足首が手錠で拘束されていた。それで、こう、俺が今横になっているベッドと手錠がさらに鎖で繋がっている感じな。おかげでベッドから起き上がることもできない有様だ。



「……なんだこれ?」


 夏休みになったヤッターってわけで北川さんの家に誘われて、それで、ええっと、なんか記憶が曖昧だな。


 はしゃぎすぎて疲れて眠ってしまったのか?

 まあそうだとして、この手錠は???


 ベッドの上で身体をよじったりぴょんぴょんしてみるけど外れないな。結構ガチめに丈夫な手錠っぽい。


 これは……。


 と、そこで誰がが部屋に入ってきた。

 というか北川さんだった。


「月影くんは誰にも渡さないです。今はまだ私以外の人間が月影くんの魅力に気づいていないですけどいずれ絶対に気づきます。私から月影くんを奪おうとします。そんな連中に少しでもほんの少しでも私と月影くんの邪魔はさせません。大丈夫ですよ、私が全てお世話してあげますから。それでいいですよね? 拒絶する理由が皆無なはずです。だってずっとずっとずっと一緒なんですよ? 恋人である私とずうっと一緒にいられて喜びこそすれど嫌がるわけないですよね? ねえねえねえ!?」


「…………、」


 これは。

 つまり。


「月影くん、何か言ってくださいよ」


「それじゃあ、遠慮なく。なあ、北川さん」


 たまに見るドロドロとした目の北川さんに俺は言わなきゃいけない。


 これだけは察するだけじゃなくて言葉にして明白にするべきだからだ。



「これはつまり夏休み中ずっとえっちなことをして過ごそうってお誘いなのか!?」



 …………。

 …………。

 …………。


「は、ひ?」


「だよなそうだよなわかっているぞ俺はちゃんとわかっているから!! 付き合って初めての夏休みだもんな誰に邪魔されることなく一日中イチャイチャしたいのは俺も同じ気持ちだっ」


 だけど、だ。


「とはいえ俺のことをこんな風に拘束して『お世話してあげます』ってのは、つまり、そういう性癖だったとはな。北川さんがそんなプレイが好きなのは知らなかったけど、あれだ、身動きがとれない男を責めるのが好きってことは結構ドSだったり?」


「なっ、え、ななっ、なんっ!?」


「いや、大丈夫だ! 俺も男だ、北川さんの性癖に付き合ってやるから!! ただ、あれだ、長年ぼっちだった俺は誰かと付き合うとかもちろん初めてなわけで『そういうこと』もしたことがなくて、だから、いきなりこんなマニアックなプレイをせがまれるとは思ってなかったから何の準備もしてなくてな。せめて避妊とかそういうのって用意してくれているのか? こういうのって最終的には女性である北川さんに負担がかかってしまうんだからそれだけはちゃんとしないとな」


「あのっまっ」


「いやあ、しかし北川さんってムードとか関係なくガッツリいくタイプだったんだな。えっちめ」


「違うんですよ馬鹿ぁあああああああっっっ!!!!」


「え? 違うの!? じゃあえっちなアレソレは!?」


「そういうことは付き合って何年目かの記念日とかとにかく大人になってからでしょう!!」


「マジで!?」


 いや、本当に?

 ここまで思わせぶりな拘束とかしておいて!?


 こんなの誰に邪魔されることなくマニアックなプレイで夏休み中汗だくになって楽しみましょうって誘い以外のなんだっていうんだ!?



 ーーー☆ーーー



 なんだかんだで拘束は外してもらった。

 俺が本当はマニアックなプレイしたかったけど直前になって恥ずかしくなったんだろえっちめとか茶化しまくったからだけど。真っ赤になって意地になる北川さんが新鮮でついやりすぎた。


 外すからもうえっちな話はやめてください!! って怒られたんだ。落ち着いたら償いに何かしないとな。……まあ付き合ってからしばらく経っているからこそ、こんな風にじゃれ合えるくらいは仲良くなれたってことでもあるんだろうが。


「月影くんは変な人です。もう私の本性には気づいているでしょうに、それでもそんな風に笑えるだなんておかしいです」


「いや性癖は人それぞれだと思うからそんなに気にすることないと思うんだが」


「そういう話ではないんです!! それと私は別に拘束とかそういうプレイが好きなわけじゃありませんからね!?」


「またまたあ。そんな照れるなって。えっちなのは別に悪いことじゃないんだからな」


「本当に違うんです!!」


「……え、マジで? じゃあなんで俺のことを拘束していたんだ?」


「それは……私が彼氏を束縛してしまう嫌な彼女だということです」


 束縛ってやっぱりマニアックな話じゃん、と言いそうになったが、そこで俺は北川さんが今までになく真剣な目をしていることに気づいた。


 今更なのが俺がダメダメなところだが、気づいた以上はちゃんとしないとな。


 しかし束縛、か。


「私は普通ではない自覚はあります。好きであればあるだけ怖くなるんです。失いたくないんです。ですからより強く縛りつけてしまうんです。それが普通ではないとわかっていても、月影くんの負担になっているとわかっていても、それでも我慢できないんです!!」


「…………、」


「今ならば、まだ、間に合います。こんなにも重い女に付き合えないと思ったならば逃げてください」


「…………、」


 俺は北川さんから告げられた言葉を真剣に受け止めた。


 今にも泣きそうな北川さんを前に茶化すような真似は絶対にできないとそう思ったから。


 その上で。

 今までの全部を振り返った上で俺はこう言ったんだ。



「悪い、北川さんが何を気にしているのか全然わからないんだが」



「は? な、にを、言って」


「いや、だってさ、負担になっているとか言われても何のことか本当にわからないんだ。今日まで楽しくやってきた記憶しかないと思うんだが」


「……な、んで」


「というか俺のほうが色々と負担になっている気がするな!! 長年ぼっちやっていて話下手な俺に付き合うのは大変だろうし。だから俺が北川さんにこれ以上は付き合いきれないと言われるならまだしも、その逆はないと思うんだが」


「だっ、て……私は月影くんの都合も考えずにいつもそばにいて」


「おかげで一人きりで時間を潰すだけだった学校が最高に楽しくなったな」


「だって、私は夜遅くまで電話をかけて!」


「おかげで何気ない毎日のどれもが思い出に残るほどだ」


「だって! 私は月影くんに私以外の女の人と話どころか目も合わせて欲しくないほどに束縛したいんですよ!?」


「何言っているんだ」


 多分俺は呆れてさえいたんだろう。

 本当何を言っているんだって話だ。


「長年ぼっちやってきた俺を舐めるな。束縛するも何もそもそも俺に話しかけるような女が北川さん以外に存在するわけないだろ」


 何を心配しているのやら。

 筋金入りのぼっちを舐めるなよ。北川さんが俺に惚れてくれたのが奇跡なんだ。今更『二人目』とか稀有な奴が現れるわけないだろっ。あ、いや、母さんはこの場合カウントに入るのか? 流石に抜きでいいよな!? あとは五月雨さんくらいだが、あれは北川さんと俺が一緒にいるから仕方なくって感じだろうし。その証拠に付き合ってすぐのアレソレ以外に二人きりで話すとか皆無だしな!


 ええっと、とにかくだ。

 もしも奇跡が起きて俺に近づく誰かが現れたとしても、だ。


「俺は北川さんのことが好きだ。だからもしも北川さんが重い女だろうが束縛されようが別れてなんてやらないからな」


「……っ」


「あ、もちろん北川さんが俺のことを嫌いになったら別だけどな!!」


「私、なんかで……本当に、いいんですか?」


「おいおい。私なんか、とか言うなよな」


 まったく。

 北川さんは与えるだけ与えておいて自分にはお返しがないと本気で思っているのか?


「北川さんが素敵な女性だからこそ俺は好きになったんだ。俺の大好きな人を『なんか』とか軽く扱うのは例え北川さんでも許さないからな」


「……あ……。はい、はいっ」


 これで少しは変な心配しなくなってくれたらいいんだけどな。



 ーーー☆ーーー



 それから北川さんは前以上に俺にべったりになったように思う。いやまあ俺としては大好きな彼女と一緒で別に何も困らないんだが、俺と違って北川さんには友達付き合いとかあると思うんだが大丈夫なんだろうか?


 俺のせいで女の友情が崩れたら嫌なんだが、まあ五月雨さんとかたまに呆れ顔で『幸せそうで何よりよ』とか言っているし少なくとも今のところは不仲にはなってなさそうだ。


 まあたまに何か気になることがあるのか長々と詰め寄られることもあるが、そんなところも北川さんらしくて可愛くもあるんだよな。そんなムキになるくらい俺のこと気になっているんだって思えるし。


 今日も色々と言っているけど、


「よくわからないが、俺は北川さんのことが好きだ。それは絶対に変わらないから」


「…………、」


「北川さん? ちょっ、北川さん!?」


 素直に気持ちを伝えたら駆け足で逃げてしまった。

 最近気づいたんだが、北川さんって自分で好きだと言うのは平気でも俺から好きだと言われたら恥ずかしくなって逃げ出すんだよな。


 そういうところも可愛くて大好きなわけだが。

 北川さんと付き合ってから毎日が幸せすぎて怖いくらいだ。


「俺、マジで北川さんのこと好きだからな!!」


「わっ、私も好きですよ!! もう絶対に、嫌だと言っても!! 別れてあげないんですからねッッッ!!!!」

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― 新着の感想 ―
北川さんも可愛い女の子ですね! 月影くんの事を一途に愛して、拘束までしてしまう。 その愛を受け止めた月影くんも隅には置けないです!
メンタル強いw
ヤンデレキラー。おもろい
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