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浦島花子物語  作者: 海凪 悠晴
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第六章

 さて、入院してからも、そろそろひと月が経とうとしている。検査の結果も出揃って一応の診断も付いたので、そろそろ病院が開設しているプログラムに参加しましょう、ということになった。まずは七月の第一週から作業療法に参加することになった。土日祝日を除く平日は毎日、一時間三十分のあいだ、簡単な作業に参加することによって社会復帰への第一歩を、ということらしい。何せ、毎日作業があるので、それを入院中における毎日の日常生活の「軸」にすることで生活にメリハリをつけましょう、と広田医師からも言われたのである。


 さて、作業療法。この病院では内容別にA班・B班・C班と、三つの作業班に分かれている。

 A班は、作業というよりは、脳トレだとか体操だとか、どちらかというと介護予防やリハビリテーション的なことを中心に行う、メンバーもやはり高齢者が中心のグループである。

 B班は裁縫とか刺繍とか手芸などを行う、A班よりは作業と呼ぶに近いことを行うといったグループで、メンバーは概ね中年以上の女性が中心である。

 そして、C班では部品の組み立てなどを、ドライバーや半田ゴテなどの道具をも使って行う、作業というようなことに最も近いことを行っている。なんでも、近くの工場とも連携しているとかなんとか。メンバーも比較的若い人や男性、復職希望者などが中心であるという。

 取り敢えず、年齢・性別問わず、作業療法に参加して最初の一週間ほどはA班に組み入れられるという。そこからB班に移るか、C班に移るか、それともまだしばらくはA班に留まるか、希望を訊かれて、主治医の許可が出れば転班とのことだ。

 A班での「作業」。決められた時間内に解きましょうという脳トレのプリント。まるで小学生の宿題みたいなものだが、昔からそう学業成績がよくなかった私でもすらすら解けてしまうような課題であった。

 メンバーで輪になって順番にしりとりをしましょうと指示されたりもした。ごく普通のしりとりなのだが、メンバーの中には「ん」で終わる言葉を天然なのかどうなのか、ごく普通に使ってしまう、「負けの常連」さんが何人かいた。そのうちの一人にとくに印象深いじいさんがいた。

「き、き……、きりん。……ん? また、『ん』で終わる言葉を使ってしまったわい。がははは……」

 負けたくせに何が可笑しいんだか、といった感じであるが。

「だ……、だいこん。……んー、また負けてしまったわい。がははは……」

 その人の番になると、頭文字がなんであれ、必ず「ん」で終わる言葉を挙げて「がははは……」と笑うのだ。わざと負けてんじゃないのと思ってしまう。「負けの常連」さんの中でもトップメンバーである。きっとボケていないどころか、むしろ頭がしっかりしている気がする。


 まぁ、そんなこんなで一週間。私はC班での活動に参加することを希望し、それが認められた。

「C班では実際に工場さんからいただいた作業も行っています。責任感をもって作業に取り組んでくださいね」

 それは主治医の広田医師からも、作業療法士さんからも言われた言葉であった。要は下請け作業なのだが、私たちの作業の成果物が、世の中に出る可能性もあるとのことなのだ。


 A班の和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気、といってもあくまでもお年寄り中心なのだが、そこから相変わってC班では皆、黙々と担当させられた作業に取り組んでいる。C班での作業一日目から同じ部品の同じ箇所の簡単なネジ回しをひたすら繰り返すように言われる。九十分の作業時間、ずっとである。

 それでも、不思議なもので単調な作業の繰り返しのうちにも、時間はあっという間に過ぎるものである。


 さて、私にとっての作業療法第一週目から、私たちの病室に新しい患者さんが加わった。彼女のネームプレートには「織田麻姫」と書かれていた。「おだまき」とでも読むのだろうか。

 織田さんは、年齢は私よりも若いくらいに見える。もしかすると十代じゃないのだろうか。ずいぶんと痩せこけた体格をしている。長袖のTシャツ一枚にジーパンとかいう。髪をやたら長く伸ばしていて、口元にはいつもマスクを付けている。つまりは表情が見えないのだ。

 それに、金ちゃんが話しかけても、桃ちゃんが話しかけても、織田さんは何も答えずムスっとしている。

 どうでもいいが、マスクを手放せないというのが、数年前にウイルス性の疫病が世界中で流行っていた頃のことを思い出させてしまう。確かにあのときは世界中のみんながマスクを手放せない状態だったけれど、あれからもう何年も経ってしまえば、喉元過ぎればなんとやら、である。


「随分と無口な織姫さんよね。今年の七夕も雨だったからかしら」

 織田さんが検査中で部屋にいないとき、金ちゃんがそんな噂話をした。そう、織田さんが入院してきた日はちょうど七月七日だったっけ。確か、あの日は七夕の日であるにもかかわらず、まさに梅雨時らしく朝から晩まで強い雨が降り続いていた。そして、彼女の氏名の最初と最後の文字を取ると、まさに「織姫」である。

 そういえば、あの笹は結局どうなったのだろう。入院中のみんなのお願い事の短冊満載の七夕さまへの「ささげもの」は。私も早く「楽になりたい」のにね。

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