第一章
私は島浦花菜。双子の姉の愛菜と一緒にこの世に生を受けた。
双子ゆえに全く同じ日に生まれたので、姉妹の区別をつけるのも変なハナシなのかもしれないけれど。
双子といっても二卵性双生児だったのでそっくりな、というわけではなく、むしろ子どもの頃から傍目から見るにもそう似ていないふたりだった。
姉・愛菜は愛嬌があり人当たりもよいといわれ、大人からも贔屓され、友達も多い方だった。しかし、私・花菜は姉と対比するとキツい性格で可愛げのない子だとかいわれて育った。姉は勉強もできる優等生だったけれど、私はごく普通よりむしろ悪いくらいの成績。姉は男子からもウケのよいモテる子だったけれど、私は全然モテなかった。
子どもの頃から散々、本当に私たちふたりは双子なのかと周りから言われてきた。私は「よく出来る子」で「みんなの人気者」である姉を持つために、周りから受けるプレッシャーの元に置かれるつらい、思春期を含む子ども時代をおくってきた。
そもそも、子どもの頃から、姉と私、仲はそう良くなかった。その理由は姉は出来る子、私は出来損ないの子、だったからだと私は思っていた。姉から見れば私なんて出来損ないは相手にしたくないだろうし、私から見ればよく出来る姉には嫉妬心を覚えるのでそう近づきたくはなかったのだ。
やがて成長し大人になった私たちふたり。私は短大の受験に失敗し、フリーター生活を余儀なくされることになったが、姉は四年制大学を出て、大手化粧品メーカーに就職し企画の仕事に携わることになった。かつては姉と共有していた実家の二階の子ども部屋。今では私専用の部屋になっている。姉は大学進学と同時に実家を離れて、そのまま就職したが、私はずっと実家に住んでいる。実家を離れて暮らす経済力もないし、そうする必要性もないからである。
姉が就職してから二年が過ぎた頃、職場結婚というかたちで嫁に行くことが決まった。私は相変わらずのフリーター生活で、もう二十五歳になるのに、いわゆる「カレシ」でさえ出来たことがないというのに。とにかく、私の姉に対する嫉妬心は尋常なものではなかったから、結婚式すら「ご欠席」したかったくらいだ。だけれど、さすがに「妹」である私が、いちおうは「姉」であるはずの人間の結婚式をすっぽかすわけにはいかないだろう。
結婚式の日取りは大安で一粒万倍日の六月はじめの日曜日だった。いわゆる「ジューンブライド」である。暦的には最高の日取りであろうが、月経前症候群の私にとってはお月さまが迫ってきて体調面での不安定さが顕著になる頃という最悪の日取りであった。
姉の結婚式の日の朝が来た。朝っぱらからバタバタする両親にいい加減起きて準備しろと言われて、月経前症候群も相まって絶不調である身体を渋々ながら起こす。これから礼服に着替えなければならない。普段はそんな面倒くさいことはしないけれど、気持ちばかり、一応のお化粧もしなければならない。
冠婚葬祭の行事なんかに出席するのが好きな人間なんてそういないだろう。人によっては人生において省略すらできるただの「儀式」だと言い出すかもしれない。式典においては余計な気を遣わなくてはならない。「結婚式」というめでたいはずの「儀式」であるからこそである。数ある禁句の中からひとつでもうっかり口にするのはタブーだとかいわれているし。
着慣れない正装になった私。父の運転で、両親と一緒に、結婚式の会場である山の手のほうにあるチャペルが附属するホテルに向かう。
結婚式。友達なんていない、というかいることにはいるかもしれないけれど、結婚式に呼んでくれるほどまでの仲の友達がいたことのない私。結婚式なんぞ親類のものにしか出席したことがなかった。それも子どもの頃に二、三度あったというくらいのハナシである。もちろんそのときには姉も一緒に呼ばれた。そのたびに新郎新婦はじめ出席者は皆、私より姉のことを可愛がってきたに違いない。そういうのも、もう記憶のかなたにあるけれど。そのとき可愛がられて愛情を注がれてきた姉が今度はヴァージンロードに立つ番なのだ。恋人時代に散々「先取り」で遊んでおいて、今更何がヴァージンよ、という感じだけれど。
式場となるホテルは、家もまばらな農村を臨む自然の豊かな山あいにポツンと建っていた。本日はお日柄も良く、というのが暦の上だけではなく、天気についてもいえるような快晴の日であった。だけれど、私の心は淀んでいた。体調が優れない中の休日なのに、あの姉なんかの晴れ舞台を祝わさせられるために、普段着ないような服を着せられて両親に引っ張って来られた、と思うと。
私たち家族も受付を済ませて会場内へ入る。会場内を見渡す限り多くの人が出席しているようだ。百人とか優に居るのではないだろうか。大手化粧品メーカーでの職場結婚ゆえだろうか男女とも華やかな外見の者が目立つ。美男美女で流行に目敏いお洒落さんではないとそういう会社に入社することはできないだろう。予想はしていたことではあるが。もっとも、この中にいるいわゆるイケメンにナンパされたらどうしよう、なんて考えはしない。だいたい、私は姉の結婚式に出会いを求めるほどの愚かな者ではない。
そうこうしているうちに式典が始まる。新郎新婦の入場である。新婦は私と同じ日に同じ母親の胎内から生まれてきたはずの他ならぬ我が姉である。新郎のほうは私らよりも若干年上らしいが、これまたイケメンだけれどケツの軽そうな男のようだ。これは姉への嫉妬心に満ちている私の脳内で作り出された第一印象に過ぎないのかもしれないが、ああいうのが今日から「兄」になるのか、と思うと虫唾が走りそうになる。だいたいあんたら、ヴァージンロードなんて歩くんじゃないよ、ヴァージンなのは私であって、姉さんじゃないの。
そこへ、ヴァージンロードの途中まで父親に連れられてきた姉が、新郎に引き渡されていく。父さん、なんか涙ぐんでるし。手塩にかけて育ててきた娘を手放すんだからね、そりゃ。
どこの教会から派遣されてきたのかはわからないが、牧師さんの前に立つふたり。神の前で愛の誓いなぞをしている。なんだよ、ふたりともキリスト教のキの字も知らないで。まぁ、都合のいいときだけ宗教を利用する日本人だもの。どうせ安産祈願は神社で、死ぬときにはお寺さんのお世話になるわけですか。
愛の誓いを済ませたふたりが参列者のほうへ向き直る。そのとき、ふと、姉と私の目が合う。その瞬間、姉はニタリと微笑みを投げかけた。まるで私に対して勝ち誇ったかのような。私は姉を睨み返してやった。
「あら、悔しいのかしら? なら、花菜もここまで来てみなさいよ。まぁ、無理だろうけどね」
そんな姉・愛菜の声が聞こえた。会場中に聞こえるように、双子の妹である私・花菜を出席者全員の前で晒し者にしようとばかりに。
「オーッホホホホホホ……」
まるで魔女のような高い笑い声が会場中に響き渡っていた。
気がついたときには私はベッドの上で寝ていた。なんだ、夢だった、のか?
私が今いる部屋はほとんど闇の中にある。部屋の窓の外にある廊下の向こうに見える非常口の案内板の緑色の光と、その周りを薄く照らす照明が見える。自分の家ではない、ここは何処なのだろう。
ベッドから起き上がろうとする。ベッドはあるけれど、ホテルの客室ではない。
「精神科・島浦花菜様」
私の頭のもとにあるプレートにはそう書かれていた。