ラブレター・フロム・メランコリー【1】
足払いに床へと転がし、後ろ手に腕をひねりあげる。痛みに呻き緩んだアルニム伯の指をほどき、かたくな、握っていたものを奪う。
懐中時計だ。文字盤に宝石代わりの魔石が使われている。だが、それだけだ。アーデルハイトが何に気づき、男がなにをしようとしたのかはマルクスにもわからない。
鈍く低い音に足元が揺れた。
飛びだしたアーデルハイト隊長が始めたらしい。ぶあつい肉を芯ごと殴ったときのような、重い打撃音が響く。角度により、マルクスから階下は見えない。覗きこんだ騎士が叫ぶ。だが─── …
「どっ、ドラゴン! ドラゴンです! 中庭中央、ブルードラゴン出現を目視! 円形のっ、……『ゲート』と思しき魔方陣が展開しています!」
聞かされたマルクスに驚きはさほどなかった。
むしろパズルのピースがぴたりとハマったような納得がある。他に表現のしようもなかったのだろうが、中央の騎士が『ゲート』の単語をこのような場で口にするには勇気がいっただろうな、とも。
息を殺すような悲鳴、ざわめきが満たす室内に、マルクスの呟きが紛れる。
「D……draco、Drache、dragon」
騎士の数人が窓際へと走りでて、同じものを確認している。王の周りを囲んだ護衛たちが侵入者への抗戦から避難経路の確保に動きを変える。フリードリヒは母親と妹を背に庇い、近衛のひとりから剣を受け取っている。
「グ、く、…くはっ! 思い知るがいい…っ」
「………」
アルニム伯爵の自供にマルクスは無言。後頭部をつかむ。床へと打ちつける。今度は額からじゃない。
「伯爵」
いっそ優しげな声だ。落ち着いている。それでいて容赦のない暴力。隣に突っ立った騎士にすら制止の暇がない。同色のプラチナブロンドを持った父親、所属する魔道士部隊の隊長の行動と同じだ。必要と断じればやる。いつでも。どこでも。誰が相手でも。
慄く騎士をよそに、マルクスはアルニム伯爵が話しやすいよう、鼻血まみれの顔面を、髪をつかんで持ち上げてやった。近くにいた紳士淑女たちが息をのんで後ずさる。必然、空間ができる。空隙に平坦な声が響く。
「ゲートを閉じる手段の持ち合わせはあるか?」
言葉を理解するのにかかった時間は瞬きの二つ。マルクスは大人しく待ってやった。アルニム伯爵は嗤った。それが答えだ。暗い熱病に侵されでもしたかのようだった。
明確な解があると本心から期待しての問いではない。だが聞かねばならなかった。守れと。アーデルハイト隊長がそう言った。
「誰と手を組んだ。誰からの指示だ?」
今度は反応があった。ぎょろりとした目付きが上座を睨んだ。吊り上がった口角に血の混じる泡を飛ばしてアルニム伯が叫ぶ。
「王妃! 王妃陛下! 仰るとおりに! 私はやりましたぞ!」
会場の視線は一点に集まる。
「…わ、わたくしはなにも…」
王妃は震える声に否定するが、いちど灯った疑念の炎がそんなもので消えるわけがない。状況が拍車をかける。
響き渡る咆哮に。
恐怖を感じるのは生物として正しい。
「─── 陛下!」
「こちらへ!」
「通路の確保を急がせろ」
「王太子殿下!」
「正面は駄目だっ」
「B経路だ! 護衛班は退避にかかれ!」
近衛兵たちの判断もまた、正しい。
揺れのなかにも避難を優先。安全な経路を模索。王を囲み、護衛騎士たちが動きだす。続き、王太子の護衛たちが。
彼らもまさか伝説級の幻獣種が現れるとは想定していなかっただろうが。警備の強化、具体的には人員の増加、そして装備の格上げを提案したマルクスの進言は真摯に受け止められていたらしい。同席した第四王子、内務尚書の存在も大きかっただろう。学園に現れたグリフォンに対応、制圧できる程度は用意されていた。
けれど現実は想定の斜め上をいともたやすく飛び越えてきた。ドラゴンの目撃情報など、少なくとも公式にはここ百年記録されていないはずだ。
「逃げるのか!?」
アルニム伯爵の不敬な怒号になど、護衛集団の誰も耳を貸さないし、足を止めない。
「っ拘束します」
王族に絡んだ事案となった以上、近衛兵が動く。マルクスは素直にアルニム伯爵の背から退いてやった。鼻血に息をつまらせた壮年の男がむせる。場所を近衛服の騎士に受け渡し、別の騎士には証拠物品と思しき懐中時計も手渡す。ここで意地を張ってもどうにもならない。
「お預かりします」
「ああ。借りるぞ」
代わりとばかり。勝手に剣帯から取り外した片手剣を拝借する。
「えっ、マ、マイヤー子爵、それは…」
「容疑者を連れてさっさと逃げろ。避難を急がせろ。時間がないぞ」
顎をしゃくって指し示すのは青空に浮かぶ黒点だ。天井と壁の一部を失くした室内はずいぶんと見晴らしがよい。
「あ、あれは…?」
鳥ではない。動きは発煙筒による狼煙に近い。風に吹き散らされる。だが数を増す。集まっている。そして近づいてくる。浮かんで揺れるだけだった動きが、目的を持ったものに変わる。自ら翼を動かし始める。少しずつ、力強く、空気を打つ。
遠く、聞こえるはずもない随獣たちの羽ばたきの音がマルクスの耳を叩く。
「主役が登場したんだ。来るぞ。出迎えのバックダンサーどもが」
容疑者であり、証人でもある伯爵を連れて逃げろと再度に促がす。陛下と第一王子はすでに姿がない。順当だ。彼らに求められるのは誰が死んでも生き残る覚悟だ。どうにもならなくなった最後の最後に責任をとって首をさしだし、己の名を名乗り、誇り高く死ぬことが求められる立場であって、テロリストの刃に対し踏みとどまって戦う勇敢さなど無用の長物。
近衛兵が優先するのは第一に国王、そして王太子。続くはずの王族の避難誘導は、動揺に足をとめた王妃によって混乱している。集まっていた王族が多すぎる。フリードリヒもまた剣を片手、膝をついた母親と妹の傍らについている。
まずは、逃がす。彼らを。
アーデルハイト隊長がドラゴンを足止めしてくれている間に。この場の人間たちを。
時速200キロで大陸を横断する幻獣種から逃げる先があるのかどうかは知らないが。ここにいても的になるだけだ。王族しか知らない秘密の通路もあると聞く。公に避難場所と定められている場所はいくつか存在する。王宮の地理をもっともよく知るのは近衛兵たちだ。
「マルクス」
「はい」
足早に近づいた父からの声かけにふりむく。
「アーデルハイト令嬢は? いいのか?」
「ドラゴンを仕留めてくるそうです。俺はこちらを任されました」
「剛毅だな。だが令嬢一人ではさすがに荷が重いだろう。俺も行ってくる」
「純剣士と有翼種の相性は最悪ですよ」
「なぁに、落とせばいい」
「どうやって? 今は魔石の類いも装備していないでしょう。ご自身の立場と年齢を考えてください」
幻獣種フェンリル討伐の実績を持つ最強伯といえども。今は礼服に近衛兵から献上させたのだろう制式剣の一振りを下げただけの身だ。鎧も盾も、馬もなし。自らが率い、思うままに動かせるミュラー騎士団からの援護もなしだ。
祝福の籠められたラペルピン、防毒の効能を持つ指輪はかろうじて装備しているが…それは貴族としての嗜み程度のもの。戦闘に転用可能な術式が施された装備品ではない。
「後続を断つためには、ゲートの破壊も必要だろう?」
肩をすくめたマーロウは笑っている。なるほど。ゲートの破壊を試みる人間を狙ってきたところへカウンターパンチといくつもりか。
たしかにゲートが破壊できれば、相手の増援および移動は防げる。瘴気による被害も遮断できる。
(だが…)
マルクスがちらりと目をやった軍将校たちの一団とて、軍籍でもない伯爵家の当主に向かって『ちょっとドラゴンと戦ってきてくれませんか?』などと頼んでくることはない。マーロウ・ミュラーにそれを命じられるのは国王陛下そのひとだけだ。
名の知れた冒険者であっても、それはS級どころか難易度ルナテックの依頼。多少腕に覚えがある程度ならば、プライドよりも命を選択するだろう。
「そのゲート上空にドラゴンが舞っているんです」
「だがなぁ、」
「いいからおとなしく避難してください。何かしたいのであれば、キメラたちを斬り捨てて叙勲者たちに安全な道を確保してください。国の宝ですよ」
「その一人がドラゴンと対峙しているわけだが」
「ええ。ゲートとドラゴンに惹かれたキメラが集まっています。跳ね橋の引き上げが間に合っていれば少しは時間が稼げるでしょう。それでも有翼種は防げません。堀や城壁も超えてきます。外壁を突破されればバリケード一つない建物です。人の盾しかないんです。こちらが片付けば俺も隊長のもとへ向かえます」
だから早く行けと促がす俺にまだ何かを言い募ろうとしたマーロウが続けるよりも早く。殴るような勢いに扉が開く。
「軍務尚書閣下! 報告失礼します!」
「なにごとか!?」
軍務尚書に代わって怒鳴り返したのは少将の徽章を衿につけた者だった。怒鳴られたのは軍令部から駆けこんできた伝令兵だった。不幸にも王宮へと走らされた健脚が取り得の若い兵である。
こんなときに、と言いたい少将の気持ちもマルクスにはわかる。だが上司が女と同衾していると知っていても伝令兵は力強くドアを叩く。一言一句の間違いなく、可及的速やかに報告を伝えることこそが己の職務だからだ。否応はなく、是非もない。ドラゴンが現れようが、大地が揺れようが関係ない。
マルクスが伝令兵の直属上司ならば、あとで酒を奢ってやる。愚痴を吐きださせ「よくやった」と背を叩いて褒めてやるところだ。
「はっ! アルニム伯爵領より救難信号あり! スタンピートの可能性が大! 被害甚大! 援軍を請う! アルニム伯爵家次代、アルバン・アルニムの名を持っての発信です!」
「っこ、こんなときにか…?」
こんなときでなければ。さすがに、大声で叫んではいなかっただろう。耳打ちに会場外へとお連れしての報告になったはずだ。
喘ぐような繰り返しに、
「正規の手順を踏み、符号の合致も確認されております!」
つまりゴースト・アーミーによるペテン通信、欺瞞作戦の可能性は極小。
自領における魔獣大発生の兆候。そして救難信号。それは領主か、領主によって任命された次期領主にしか発することができない。何故なら、領地の自治権を失う行為だから。なんでもいい、どうにでもしていいからどうか助けてくれと無条件降伏に助けを乞う行為だからだ。
だから、あらゆる領地の領主たちは自領の騎士団を持つ。自らの領地を自らの手で守る。
それができないならば?
領地を、領主という役職を返上するしかない。
「王妃ぃいいい!」
叫んだのはアルニム伯だった。
「やはり! やはりっアルニムに魔獣をバラ撒いていたのは貴女かぁっ!」
「しっ知らぬ、なんのことじゃ、魔獣など、わたくしは知らぬ!」
……王妃は。反応すべきではなかった。
高貴なる者に直接ふれることができず、両手を広げ、囲い、庇いながら避難を促がす騎士たちの間から返答など返す暇があるのなら、夫に、息子に続き、ドレスの裾をたくし上げ、後ろも見ずに逃げだしておくべきだった。
頭を横にふっての否定に目を血走らせ、髪を振り乱したアルニム伯爵は騎士たちの拘束を振りきる勢いに暴れだす。王妃に向かって突進しようとする。
「ふざっ……ふざけるな! 貴様らが押しつけた土地からだ! 婚約破棄の慰謝料だと!? とぼけるな! 貴様ら何年続けてきた!? いつでも使え、殲滅に里帰りさせると甘言を吐きながら…っ! その横でゲートの開閉実験を繰りかえしていたのか!」
ふたたび。周囲の視線が王妃へと集まる。
血の混じる唾と共に吐きだされる言葉の羅列。固有名詞はなく、内容は支離滅裂。けれど第五王子フランツとアルニム伯爵令嬢は8年にも及ぶ婚約関係を解消したばかり。その母親と父親だ。事情の一端なりとも知る者たちにとっては、このような場にあってなお、耳目を惹くに十分なやりとりだった。
アルニム伯爵が暴発した理由をマルクスが推測するにも十分だ。アーデルハイトが受け取った慰謝料の目録には土地があった。アルニム領に隣接する第五王子の直轄地。山岳地帯が大半を占め、人はまばら。廃鉱間近とは言えウーツ鋼が採取できる鉱山があった。
人に知られたくない、けれど大規模な土地が必要な実験を行うには最適だろう。
アルニム伯爵を焚きつけた黒幕がいる。
(どの陣営だ?)
娘が受け取った慰謝料の中身を知る誰かがそれを父親に耳打ちしたのだ。領地の窮状に焦る気持ちを利用した。
あまりに容易に手にできたアーデルハイトの診療簿を怪しみもしたが…なるほど。
背水の陣どころではない。アルニム伯には本気で後がなかった。
カジノで俺が持ちかけたミュラー騎士団の派遣というエサは想定以上に男を揺さぶっていたわけだ。
馬鹿げたことに反論を試みたか。前に出ようとする王妃を護衛騎士たちが必死に押し留めている。
鼻血を散らしながら、アルニム伯爵は叫び続ける。
「軍など必要ない! アーデルハイト! アーデルハイト! 早く帰って来い! 皇都のドラゴンなどどうでもいい! アルニムの魔獣を駆逐しろ! それがおまえの役目だろうがっ!」
「……っ」
(このやろう)
柄を握り、目を眇めた俺の前で。
軍服が横切った。もはや窓とも呼べない構造物の残骸の外側。
魔道士部隊の軍礼服だ。ふわりと宙返り。顔は見えない。だからどうした。こんなもの、一人しかいやしない。
「……隊長」
しなやかで華奢な手足だ。徒手空拳。それが。どれほどの威力を持つ打撃を放つか。俺は知っている。肉は散り、骨は砕ける。
御前試合の掌底打ちなど、児戯にも等しい。
爆発じみた音。
ぶつかった。ぐらりと傾ぐ。地響きに建物全体が軋む。ぱらぱらと、散漫。砂のような破片が落ちてくる。崩落の危険もでてきた。
今すぐ彼女のもとへ行きたい、隣に並んで戦いたいという気持ちもある。けれど任されたのだ。持ち場を放りだすような怠慢はできない。
「ブレン少尉。やるぞ」
部下を呼び寄せる。
「はいっ。なにをすればいいですか?」
「キメラ退治だ。術式は氷結系統に限定、なるべく外へ向けて撃て。同士討ちを避けろ。現出の角度に留意するんだ」
やるべきことと同時、やってはならないことを命じる。ブレン少尉相手では、前者が三割、後者が七割に念を押しておくぐらいでちょうどよい。
「了解です!」
小奇麗な服を着た貴族の坊ちゃんが袖をまくりあげ、元気よく返事を返す。
カチカチと武具を鳴らしながら剣を抜き放った近くの騎士にも声をかける。
「近衛は紳士淑女の避難を優先しろ」
ブレンとそう年の変わらないだろう騎士はハッとしたようにこちらを見て頷いた。
腰を抜かし、はいつくばっている連中はそんな場合か、早く逃げろと尻を蹴飛ばしてやりたいとも思うが。
父は、倒れた老婦人に手を貸してやっていた。親切にも声をかけ、「立てるかい?」と。
青空を背後、亡霊じみたキメラが頭上に広がる。姿の詳細が肉眼視できるほどに近づかれた。強い風に運ばれた雲によって急激に空が翳る。
「キッキッキッ!」
耳ざわりな鳴き声を発するその奥。牙が見える。どろりと融けたような眼窩。瘴気が渦巻いている。耐性の低い人間ならば軽く噛まれただけでも動けなくなるだろう。
ブレンの連立氷結術式が起動。現出、発射。四階へ群がったキメラたちが凍りつき四散。そして落ちてゆく。ただ数が多い。あとからあとから湧いてくる。ブレンも負けてはおらず、連発。たいした展開速度だ。そして回復も早い。膨大な魔力量による下支え。この規模の術式をこれほど早く、そしてぽんぽんと撃てる魔道士は限られている。面で制圧をかけるブレンの攻撃から逃れた敵を、マルクスは風の矢に一匹ずつ射抜いてゆく。
キメラたちの動きは皇都で見たものよりも早く、悪意じみた意志が窺える。しかしマルクスら魔道士部隊の脅威ではない。ミドルレンジに対象との距離を固定、いつもどおりの仕事ができている。だが魔獣を相手どった経験の少ない近衛兵にとってはやりづらい相手だろう。探索術式を広げた足元、三階からも侵入されている。階段を昇るキメラを近衛たちが切り裂きながら降下を試み、足止めを喰らっている。
「父上」
「わかった。……夫人、落ち着いて。道を開きます。夫君とともに、ゆっくり追ってくればよろしい」
怯え、縋りつこうとする女性をするりとかわす手際はあいかわらず嫌味がない。
「ディン。誘導を頼む」
官吏たちに囲まれながら指示を飛ばすカペル公爵へ軽く手を振って、回廊へ。床を、天井を、滑るように現れた二体のキメラを一刀両断。一閃に断ち切った。
四十も半ばを超えたとは信じられない剣捌き、熟練の体捌き。華のある男だ。マーロウ・ミュラーにとっては準備運動程度のこと。
頭を抱えて縮こまっていた連中すらも目を奪われ、避難を呼びかける近衛兵たちの声が届き始める。
立って、最強伯についてゆけ。それだけの指示はわかりやすかった。周りを騎士たちに守られながら、ようやく叙勲者および参列者たちの集団が動きだす。
問題はやはりブルードラゴンだ。
壁際から見下ろしたゲートの規模はもはや笑うしかない。悠々と旋回し、こちらへと戻ってくるドラゴンは低空飛行を続けている。一際高くそびえる時計塔の上を飛ぶのではなく、避けた。
軍の一団から進みでた准将が状況を観察するマルクスの肩を叩く。上官の上官。上申書を手渡した相手だ。
「援兵の準備を急がせる。むろん、アルニム伯爵領へもだ」
スタンピートに加えての救難信号が発せられた場合、軍の返答としては一つしかない。『はい、直ちに。』これだけだ。帝国の領土が、領民が、重大かつ急迫した危険に直面している。同胞が早急な救助と支援を必要としている。領主は己の権利を手放し助けを乞うている。
これで国軍が動かなければ税金泥棒と罵られ、独立を宣言されても文句は言えない。
だから、こちらを頼むと。苦渋の決断。申し訳ないという目付き。ドラゴンに対処するための装備の換装、再編の時間を稼げと殿を命じることへ躊躇が見える。
たしかに一定の配慮は必要だ。危険度の問題ではない。それは今の俺がマルクス・ミュラー大尉としてではなく、マルクス・ミュラー・マイヤー子爵としてここに居るからだ。
「仕留めてしまっても、かまわんのでしょう」
エメットから聞いたなかでも最上級の壮語を口にする。背後に現出させた風の矢に敵を貫きながらだ。どうせやらねばならないことならば、泣き言をこぼすよりも気炎を吐いてみせよう。
マルクスの隊長がそうしたように。現在進行形、そうするように。
「……は、ははっ。もちろんだ。ミュラー大尉。足止めに拘泥する必要はない」
ニヤリとした笑みに。そういえばこちらの准将閣下は騎兵将校出身だったな、と思いだす。年齢的に、マルクスの父と同じ戦線にいたこともあるのかもしれない。
軍を掌握するために前方への脱出を試みる閣下方には敬礼を一つ送る。丁寧な返礼に背を向けて、それではマルクスはマルクスの役割を、と。
目に入ったのは騎士に小突かれているアルニム伯爵の姿だ。この状況下にあってあまりにも暴れるからだ。鼻血は顔中に広がり、凶相と呼ぶしかない。
朝夕には涼しさを感じるようになり、夏が終わりますね。私は今年もダイエットに失敗しましたが、いいねやブックマークなど、評価や反応が本当に嬉しいです。書く気力になります。
もっとください(真顔)。こんなにたくさんの小説がアップされる中で読んでくださり、ありがとうございます。