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悪役令嬢は魔法少女の上位互換ではない【4】


 シュタインは多忙だった。帝国軍における魔道中尉としての通常任務をこなしつつ、ミュラーから派遣された支援要員への指示、兵站部隊との折衝を行っているためだ。さすがに帝国軍の敷地内でやる副業ではないので、デスクはミュラーの名前で借り切ったホテルに移している。なんなら預けられた騎士を従え強盗の真似事の陣頭指揮、彼らを使ってアルニム伯爵令嬢元婚約者の品格維持費横領の裏づけも取らせているからだ。

 マルクスはマーロウ・ミュラーと行動をともにしている。爵位を継ぐと決めた以上、立ち居振る舞いについては領主本人より師事を受ける必要ががあった。それが一番手っ取り早いことはマルクス当人も理解している。十年ぶりに顔をあわせる親子はぎこちなくも距離をつめ始めている。邪魔はできない。

 ハァ、と悩ましく息をはく。報告書の束を前にだ。

 とにかく手が足りない。睡眠時間が足りない。アルニム伯爵の動きもそうだが、アルバンの簒奪を手助けするために派遣した騎士たちからの連絡が遅れていることも気がかりだ。懲りず、へこたれない王妃はアーデルハイト隊長宛に茶会の招待状を寄越しているし、王宮で行われるレディナイトの称号授与式に授与される当人が赴くことも心配だ。考えることが多い。

 だがマルクスも言っている。ここで無理を通せず今後の人生のいつ、どこで無茶をするのかと。

(…たしかに)

 引くな怯むなと己を揮い立たせるべき、ここ一番の時だ。マルクスがとうとうミュラー伯爵となる決意を固めた。シュタインは幼馴染として互いに奮起を迫る局面だ。仕方がない。怠惰を肴にワイングラスを傾けるのはきっと数年後、…もしかしたら十数年後かもしれないけれども。

 数十年の時間の先に、こんなこともあったと話すマルクスは笑っていなければならない。ならばその傍には彼女にいてもらわなくては。


「アルニム伯爵令嬢を逃がしてはいけません」


 直立不動の騎士たち。腰の後ろ、左手の手首を右手に軽く掴んで一列に並んだ四人を前に、シュタインは優しく語りかける。

 中にはカジノ・バーデンでの作戦行動に参加した男爵もいる。が、デスクに座るシュタインが上位者なのは立ち位置からも明らかだ。

「令嬢さえおさえておけば、マルクスはミュラーに爵位を継ぎます。立派な領主を目指すでしょう。彼女の横に立つに相応しくあるためにね。逆に、令嬢がミュラーから離れれば、マルクスは彼女を追ってゆきます。彼らには能力があります。縁故のない土地であろうと、ただ生きてゆくだけではなく、のし上がっていける甲斐性と意志があります。ですがそれは僕らの誰も、領主様も望む未来ではありません」

 結論から始まり、前提を。極力、わかりやすく。

「ここまではよろしいでしょうか?」

 シュタインは上から、頭ごなしの命令するタイプの上官ではなかった。命令を求めざる得ない状況に追いこむこと。それが得意だった。それこそ、学生の頃からだ。

 わずかに顎をあげ言葉をのみこんだ騎士に目をやり、どうぞ、と微笑に促がす。ごくりと唾をのんだ騎士はシュタインと同じ年頃か、もう少し若い。マーロウがマルクスに与えようとしているものはわかる。古株としてあれこれ口を出してこない、新しい家臣団だ。マーロウではなくマルクスのための。

「……だから共和国との戦争も視野にいれる、ということでしょうか」

 副音声に言いたいことはわかる。『そんなリスクだらけの女はやめておけ』『もっと他に条件のいい美人はいるだろう』

 それはそうだ。だが恋など狂気の沙汰。そしてマルクスは隊長と第五王子の婚約が問題なく継続していた頃にさえ、婚約を解消する場合の手順や慰謝料相場を調べるような、そんなどうしようもない男だ。

 敵を前にした幼馴染が勇猛であることは周知の事実。狡猾と陰口をたたく者がいても、臆病者と罵る者はいない。口も達者だし、右の頬を殴られれば左頬をさしだすどころか鳩尾を蹴り上げる。そんな男がただ、見つめるだけ。奪うなど、なおさらできるはずもない。


(もどかしいったらありゃしませんよ)

 

 アーデルハイトがいなくても。あのままフランツ王子と結婚していても。

 どうせマルクスは爵位を継いだ。他に誰もいないから。そんな理由でだ。


 けれど現実は違った。

 奇跡は起こった。

 マルクスは限りなく能動的に、そして積極的に爵位を継ぐために動きだした。競争者を引き下ろし、むしろ奪う勢い。

 伝説の商人シャイロックが浮かべたであろう笑みに王族からの宣戦布告を買い叩いたのだ。もはやマルクスが止まることなどありえない。撤退どころか、後退すらも受け入れることはない。譲歩の弱腰など見せれば逆に食われるだけ。強欲に、貪欲に、奪える限りに。奪いつくそうとしている。まったくもって素晴らしい。足踏みの時間は終わりだ。

 舞台の幕は上がった。

 そのなかで、マルクスが『ミュラー伯爵』の役柄を選んだのは誰にとっても幸いなことだ。

 血筋に加え、父親と瓜二つの容貌、髪色。帝国陸軍大尉として打ち立てた名声、武勲。ミュラーの未来を語るうえで、誰もマルクスを無視できない。ほうっておかない。場合によっては血みどろの家督争いが生じていた。家門会議にはシュタインとて参加したかったが…。まぁどんな様子だったかは予測はできる。マルクスが手を上げた以上、阻むことは誰もできない。どんな名君とて、跡継ぎを指名しないまま亡くなれば暗君に成り下がる。自分だけが称賛され、気持ちよく死ねたところで。遺される領地民の嘆きや苦労が想像できないのでは駄目だ。長年の懸念事項から解放されて肩の荷をおろしたシュルツ執政官を筆頭に。マルクスの自己推薦には安堵している関係者が大半だろう。

 幼馴染は自身が想像している以上に支持されている。自分のために天使様へ刃を向ける騎士など片手も数もいないと言っているが…まぁ少なくとも両手の数は超える。シュタインの父と祖父はそうだ。母とて震える手に剣を握るだろう。愛らしく利発なマルクス少年に代わり、天罰を受けようとするだろう。シュタインの母はクラウディアに従いミュラーへとやってきた使用人の一人だ。

 十五の歳にはマルクスはすでに頭角を現していた。魔塔と軍隊に磨きぬかれた今ならなおさら。考えれば考えるほど、シュタインは、この男に領主になって欲しいと強く思う。

 幼馴染自身は一歩を引いて、兄を支えようとしていたけれども。軍馬と魔馬の交配事業とて、現実味を帯びて前進したのはマルクスの存在が大きい。嫡子であり、隣領クラウゼの血をも引いたマクシミリアンではなく、愛人の子であるマルクスを次代の領主にと考える勢力が当時すでに一定以上の勢力を持ってしまっていた程度には。


 そんなマルクス・ミュラーが正式、次代のミュラー伯の看板を背負ったのだ。

 

「国境線に視察へと訪れていた次期領主が共和国の兵士から襲われればどうです」

 尊敬し、敬愛する領主の生き写しが傷つけられ、損なわれれば。

「……は?」

「ええ、報復と応報を叫んで気勢をあげる領地民の姿が浮かぶようです。怪我のひとつくらい喜んで受けるでしょうよ。領主様と騎士団の背を突き飛ばし、戦火にくべるためには目玉の一つ、腕の一本ぐらいはくれてやる気かもしれません」

「ど、どういう…」

 ミュラーの誇りにかけて。引くことはできなくなる。外交上とても。舐められるわけにはいかないのが辺境領だ。

「そこまでやりますか」

 カジノ・バーデンに矛先を並べた騎士の問いは問いかけではなく確認だった。

「アレは大変頭のいい男です」

 3700万人を業火に沈めた皇太子暗殺事件の被害者を再現するつもりだ。むろん死ぬつもりなど微塵もなく、適度なところで引くつもりではあるだろう。危険だ。釘をさしたシュタインの気持ちは検討の一言に華麗にスルーされてしまった。

 次期領主を『アレ』呼ばわりするシュタインに騎士たちが目をむく。けれど止めようとはしない。よく訓練された兵は上官の高説を遮ったりはしないのだ。

「そして頭で考えていることの十分の一も口にはしていません」

 腹はたつ。だが良いことだ。主君たるもの、たやすく腹の底を読まれるようではいけない。

 ……まぁ頭の回転に口の回転がついていけていないだけかもしれませんけど。


「アーデルハイト・アルニム少佐をただの伯爵令嬢と考えてはいけません。レディナイトの称号授与は伊達ではありません。一兵士としても、指揮官としても秀逸です。天才と称することにも僕は躊躇いを感じません。閉じこめることはできません。とはいえ器も大きいので、彼女は軟禁された程度で怒りだしたりはしません。伯爵令嬢らしくティータイムにも付き合ってくださるでしょう。ただその気になれば、必要と判断すれば、ドアノブを蹴り上げ、斜め踵落としにドアを蹴破り蝶番を破壊し、兵が壁となって構えたウーツ鋼盾を魔道刃の拳にブチ抜きます。交渉の余地がなければ、ここまで無言です。以上は意見の相違から上官より待機を命じられた彼女がやらかしたことです」

 マルクス、オスカーらと共に前線にでていたシュタインはあとから聞かされたことだが。

 王宮におとなしく囚われていたのはあくまでも彼女自身がそれを受け入れていたからだ。

 幼い少女にとって母親の存在は大きい。そして戦理の求めは彼女にとって必要の母の求めだった。

「アーデルハイト隊長の逆鱗にふれたのは、上官が僕ら魔道士部隊タリスマンを魔獣への肉盾にしようとした行為です。僕らを置き去り、撤退しようとしたからです。勝ちの目があることをいくら説明しても彼らは納得しませんでした。ならば問答は無用と判断しました。ですが元来、言葉を惜しむ方でもありません」

 その点は、マルクスのほうがよほど吝嗇家だ。こいつは話が通じないなと判断すれば面倒くさがりの一面が顔をのぞかせる。無駄な労力を厭い、口をつぐむ。どうせ、早晩に消える相手だからだ。損耗率の激しい軍隊ならではの感覚とも言える。

「友軍の救出に向かうと宣言したアーデルハイト隊長はフリードリヒ小隊長と合流し、橋を落とし、水際、銀狼の群れに双角羊の群れをぶつけて相殺する間に僕らを救出しました。混乱した兵下たちをまとめ、反転攻勢、主導権を奪い返しました」

「…………」

 四人の騎士たちからは『ちょっとなにを言っているのかわからないな?』という沈黙が返った。


 互いの顔を見回すような醜態をさらす者はいなかったため、情報処理の時間を与える。沈黙する。上位者のデスクに腰かけ、ああなるほど、喫煙とはこういう時に行うものかと発見する。

 胸ポケットにも、デスクの引き出しにも仕舞われていない煙草に代わって出番を迎えるのは懐古だ。

 一歩間違えれば謀反とか叛乱とか呼ばれる類いのそれを、『現場の判断でした』でまとめてしまえるアーデルハイト隊長の力技はすごい。尊敬もあるし、ある種の畏怖すら感じる。隊長に向けられる、フリードリヒの信仰じみた熱っぽい視線はわからいでもない。このひとについていけばいい。そういう安心感だ。

 いつもの無表情、軍服を纏った丸い頬の殺戮人形から粛々と報告を受ける上官の上官たちには同情もする。なにしろ結果もだしている。面憎いことこの上ないだろうが、可憐な少女相手にそれを言えるはずもなし。彼女は現場の裁量において最善を尽くしただけだ。文字通り、『お仕事を頑張りました』という花丸満点の模範解答でもある。

 いくら戦場いくさば慣れした男どもとて、好んで虎の尾を踏みたがる人間はあまりいない。

 インフラの破壊と同義である橋の破壊を、後日の責任問題を恐れた上官は最後まで渋っていたが…相手はヒトではなくケモノだ。迂回の知能はなく、渡河に追いやることができた。避難した村人たちのもとへと繋がる道を閉ざすことができた。魔獣といえども水には弱い。冬場ほどの脅威ではなくとも、川は流れている。体格のよい成人男性ですら流れの速さ、強さによっては(くるぶし)ほどの水量ですら足をとられて溺れることがある。

 復旧にかかる金銭と労力のやりくり考えて頭を抱えるのはシュタインたちの仕事ではない。アーデルハイト隊長は己の職務を全うした。兵士と、村人と、僕らを守ることを優先した。もっとも大切なものが奪われないことを考え、行動した。

  

 南方遠征時の上官は伯爵令嬢であるアーデルハイト、第四王子であるフリードリヒだけは本隊に留まらせていた。相互に連絡がとれないよう引き離した上でだ。位階もちだけを優遇する姑息なやり方に汲々としたからこそ、愚鈍に成り下がったとも言える。

 前線で隊長職を温存する意味がシュタインにはわからない。帝国軍の指揮官先頭の戦闘教義は近代戦において問題があるなとは思っているけれども。軍事的ロマンチシズム高揚以上の価値は見出せない。

 ただし有能で、有用な者はしっかりと使い潰すべきだと軍人であるシュタインの理性はそうも言っている。

 なにしろ任務を確実にこなせる人間がそこにいるのだから。


「彼女の意志に反し、彼女を引きとめるのはとても難しいのです」

 シュタインは重々しくまとめた。


 それ、本当に伯爵令嬢ですか?と普通の騎士であれば首を傾げる事実を淡々と述べた。


 しかしミュラーでは。

「…マチルダ様のように、ですか…」

 マルクスの父方の曽祖母にあたる女人もまた、豪傑であった。名が示すとおり、戦いの乙女。文官の婿をとり、魔獣討伐、領地戦の陣頭に立った女傑であった。


 納得が染み渡ったあとの戦慄は静かなものだ。

「…それを攫おうとしたんですか…?」

「あんな、貧相なナイフで…?」

 シュタインは頷いて肯定してやった。


 そのとおり。


 アーデルハイト隊長をさらおうとした連中はただのチンピラだった。馬車を襲おうとして、マルクスによりあっさり撃退されている。軍人が護衛についているだなんて聞いていない!と喚いていたらしい。

(護衛もなにも)


 とうの伯爵令嬢が軍人で、隊長なんですが?


 当然ながら依頼主の身元などは知らされておらず、前金を受け取り、残りは伯爵令嬢の身柄と引き替えを約束。よくもまぁそんな怪しい誘拐の口頭契約に乗るものだ。しかも相手は貴族令嬢。裁判でも死刑判決をくらう可能性が高いし、裁判前に襲撃現場で首を跳ねられていても文句は言えない。資本主義と自由恋愛が台頭しつつも、帝国での身分制度は依然として厳格なものだ。エメットによれば、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。

 聞き出した引渡し場所にはオスカー曹長がモーリッツ、ペーター、ついでに衛兵隊を率いて速攻襲撃をかけている。前者二人はともかく、後者は間違いなく命令系統が違うのだが。散歩にでも行くような調子で若い二人の部下を連れ、完全武装の魔道士が夜襲に出かけて行けば、皇都の安全を守る衛兵隊があわててその尻を追いかけていくのは当然である。

 残念ながら、待ち合わせの屋敷はもぬけの殻だった。お化け屋敷のような外観に相応しい埃の積もったリビングデーブルで、煙草の灰はとうに熱を失っていた。マルクスによって実行犯たちが制圧されるのをどこかで観察していたか。あるいは衛兵隊の詰め所に連行される三人の男たちの姿を目視したのか。逃げ足と損切りは早かった。

 十数年前に家人が夜逃げしたという屋敷の名義はどうなっているのか。登記や、たむろっていた男たちの容貌の聞き込み。それらは衛兵隊の出番である。

 王宮サイドなど、フリードリヒに丸投げせざるを得ない。ブルクハルト・ブラートフィッシュ、コンラーディン・カペルという素晴らしい名刺を手に入れたのは収穫だったが、こちらはあくまでも内閣府用。マルクスの今後のためにもなるべく慎重に、効果的に使っていきたい。魔王城で行われる魔物の共食いに伸ばせる手足の持ち合わせはいくらミュラーでも持っていない。昨日は思わずエメット准尉にスカウトの声かけをしてしまった。マルクスの許可は取っていない。良くはなかったかもしれない。けれど上を目指すと決めた以上、有能な同僚、部下はいくらでも欲しいのがシュタインの本音だ。

 自分で判断して単独行動を起こし、おまけに責任まで自分のものにしようとは兵士として完全アウト。エメットが軍階級の階段を上がっては降りている原因はこれだ。人事考課表には『勤務態度に問題アリ』とはっきり書かれている。遅刻、欠勤、持ち場の放棄。つまりは命令不服従の類い。偏執的な性質を持つエメット・エクヴィルツは、気になったことを放置することができない。他人の意見などよりも、自身の価値観が大事なのだ。

 ただそれを、シュタインらタリスマンはあまり問題視していない。隊長からしてあれだ。独断専行の敢闘精神に満ち溢れている。エメットが最優先するのはそんなアーデルハイト隊長だった。事前に言われていたように反抗的な様子もなく、隊長からの指示には素直に従う。むしろ率先して彼女ために動く。昨日のように。兵士ではなく、騎士として望まれる資質だ。

 やり方はどうあれ。ただひとりの主君のために剣を捧げる。


 …限界オタクコーデがどうの。

(そういうのは脇に置いておきましょう)


 フォーゲルからの荷の受取、世話を命じて騎士たちを下がらせる。

 個人的な命令にも関わらず。軍階の根拠もなく。不満も不信も、言葉どころか表情に出すことなく彼らは従う。


 オスカー曹長がこのような騎士団に馴染むのは難しいだろう。

 能力が問題なのではない。資質の問題だ。オスカー・オーマンは長い軍隊暮らしに最適化された古参兵という生き物だ。近代化された帝国の軍隊、軍人稼業に染まりきっている。主君を持つという感覚とは無縁が過ぎる。神託を信じるように。御伽噺のような英雄譚に身を任せるような従順さは失って久しい。

 スカウトが断られるはずだ。マーロウ・ミュラーという偶像を掲げる騎士団中枢では間違いなく異端。次代であるマルクスや、次代の配偶者となるアーデルハイトとは違い、それが許される立場でもない。どう楽観的に考えても、狂信者との相性が良い男ではない。


 …残念だ。今後は戦場だけではなく会議室に席をうつす機会の増えるシュタインの代わってマルクスの隣にいて欲しかった。

 

 アーデルハイト隊長が願えばあるいは、と思わなくはない。けれどエメットが本能的な危機を感じていたように、マルクスの妻となるアーデルハイトの傍に彼女を第一に考える人間がいるのも危険だ。誰にとっても、色々と。

 それに隊長は新参者であると自分の立場を理解している。誰かを連れて行けるとは考えていないだろう。

 

 思考を遮るのはノックの音だ。

「失礼します」

 ミュラーからの文官がやっと皇都に到着したのだ。

「遅くなりまして申し訳ありません」

「待ちわびていました」

 軽い自己紹介の挨拶を交わす。本題に入る。むろん、マルクスの婚姻についてだ。

「それでは来年春を目処に準備を整えて行きましょう」

「……来年? 今年ではなく?」

「は? ああ、いえ、婚約式ではなく結婚式の日程ですが、」

「一年後? 本気で言っています?」

「……シュルツ執政官が最短と命じたこの予定を組む三日間に、うちの同僚何人か吐きましたよ? プレッシャーで。これから地獄が蓋を開けるんですけど。僕は一番若くて馬に乗れるからっていう理由で皇都行きの騎士団に囲まれて一足先にこちらにうかがったんですが…」

 ミュラー騎士団伝統のパワーレベリングの洗礼を浴びたらしい文官は、よく見れば青白い顔をしていて、白くかさついた唇と目の周りに疲労があった。

 馬に乗れる程度で騎士団についているのは大変だっただろう。おそらく周りを屈強な男たちが操る軍馬に囲まれ、無理やり運ばれたようなものだろう。それはそれで大変だったね、と状況を汲むことはできるが。


「もう少し早くなりませんか?」

「村人の結婚じゃないですよね?」


 ……ごもっとも。

 

 最短という希望を出していたマルクスはおそらく皇都での魔獣出現のケリがつけば退職、結婚。なんならそのまま新婚旅行にだって出かける気満々であったに違いない。

 額に手をやり。天を仰ぐシュタインとても、見通しの甘さを痛感させられたのだった。



更新スピードが落ちているなか、いいねやブックマークなど、評価や反応が本当に嬉しいです。書く気力になります。もっとください(真顔)。こんなにたくさんの小説が毎日アップされる中で読んでくださりありがとうございます。

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