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悪役令嬢は魔法少女の上位互換ではない【3】

 

 路上の新聞売りより購入した新聞を片手、エメットが魔道士部隊タリスマンの待機所へ戻ったときにはシュタイン中尉が一人でお留守番中だった。当番表を一瞥し、他の連中が出払っていることを確認する。

「ただいま戻りました」

「遅いお戻りですね」

 ペンを置いたシュタイン中尉が指を組み、皮肉たっぷりに促がす。

「どうぞ、言い訳してください」

(……これは気が立っているな)

 普段のシュタインはそこそこ話の通じる上官なのだが。幼馴染殿のピリつく気配に引きずられているのか、ご機嫌はよろしくないようだ。わかりやすいのは軽口の類いに付き合ってはいられないという意思表示に決まっている。

「女性官舎前にアルニム伯を発見しました。寮監たちへの抗議がすでに騒ぎになっていたため、離れて偵察。守衛に追い払われるところまでを確認しました」

 白い歯を見せてシュタイン・シュミットが笑う。

 優男の風情で、なんともまぁ凄みのあること!

 エメットの危機管理システムは続きを促がされていると即座に判断。背筋を伸ばし報告を続ける。

「門扉から離れた場所に二人の男と合流したため、跡をつけました。三階層地区の酒場に入りました。出入り口前、酔っ払いに偽装した歩哨がいたため、近づかず撤退。帰還しました」

「ご苦労さまです。…部隊こちらが識別されたと思いますか?」

「いいえ。認識阻害術式をもちいました。術式の展開を感知される近距離には近づいていません」

 念には念をいれて、魔石も使用していない。自身がモブ顔であることを含め、擬態には自信もある。

 まぁ相手がアーデルハイト隊長でなければな?という注釈はつく。が、そういう別格の気配はなかった。つまりはエメットの手には負えない、ひとの枠外へ半歩踏みだしているような相手はいなかった。

「アルニム伯爵が手にしていた新聞がこちらです」

 満足の形に口角を持ち上げた、ご機嫌麗しい上官殿が頷いてみせる。男たちの人相、位置情報等、細かなやりとりを交わしたあと。

「結構です。エメット准尉。あなた、本当に優秀ですよね。……辺境領とミュラー騎士団に興味はありませんか?」

「お誘いありがとうございます。ですがもう、一生分の萌えをいただきました。推しとのお揃い、限界オタクコーデを楽しみながら飲食をともにし、隣の天幕に眠った俺の心には感謝しかありません。強火つよびの同担拒否派である副官にこれ以上睨まれるのは勘弁願います」

 早口に言い切った。

 …とうとう言った。


 自意識過剰かもしれないが、もしも誘われたら、と想像くらいはしていた。用意していた口上だ。嘘は言っていない。魂からの本心だ。

 沈黙は想定のうち。


 なに言ってんだこいつ?という内心は表にだすことなく。

 さすがのシュタイン中尉は仕切りなおしてきた。


「あなたは僕に命令されて新聞を買いに行っていました」

 必要なことだけを伝えると決めたようだ。上官からパシらされていた、という遅刻の言い訳をくれたわけだ。

「はい。皆様方のご多幸と今後のミュラー領でのご活躍を皇都よりお祈りしております」

 少しばかり気の早い送別の言葉を吐き。丁寧な敬礼を行った。


 

 へんなところが真面目なシュタイン中尉は警ら任務にでようとする俺を呼びとめ、新聞代として紙幣を手渡してきた。お駄賃も込みらしい。

 人の減った大通りに懸命、見出しを読み上げる声を張りあげていた少女から新聞を買った。今度は自分用だ。新聞売りはぱっと見には少年だった。サイズの合っていないお下がり服の袖と裾をまくって、薄汚れた靴。でも表情だけは活力に溢れていた。

「まいど! お兄ちゃん、ありがと!」

「ん」

 二度目の購入だと気づいた少女から、乳歯が二本抜けたすきっ歯にニカッと笑いかけられた。背を向け、片手をあげて応えた。

 妹を思いだした、だなんてエメットは絶対に口にはしない。


 簡易待機所のテーブルにつき、新聞を広げる。

 三面記事には我らが隊長と副官の写真が掲載されていた。小さく、でもはっきりと。いつもの軍服ではない。ドレスアップされたアーデルハイト・アルニム伯爵令嬢とマルクス・ミュラー・マイヤー子爵の姿だ。平素は禁欲的な軍服に身を包む若い二人が腕を組み、連れだっての休日デート。悪役令嬢の新たな婚約者として名乗りをあげたミュラーの次期伯爵は帝国でも一、二を争う規模の公営カジノにビギナーズラックの大勝をお決めあそばしたらしい。

 『彼らの幸運に続け!』だって?

 笑ってしまう。

(いやいやソレ、幸運じゃなくてイカサマでしょ?)

 それも、才能にあふれた、合法的なやつだ。称賛されるべきは幸運なんかじゃない。頭がパンクしそうな過負荷を受けながら、なんとしてもアーデルハイト・アルニムそのひとを娶る、配偶者の地位を勝ち取るというマルクス・ミュラーの鋼の意志だ。

 計画、立案、からの、やりとげる実行力。できる奴とできない奴の違いの根底は、やるか、やらないかである。伯爵令嬢を娶れる人間はやはり一味も二味も違う。ふとした弾みに出る礼儀作法を見る限り、いいとこの生まれなのだろうと予測はしていたが。まさか真実帝国南方覇者の直系とは! それでいてエメットたちと同じシリアルバー、ジャガイモに塩をふっただけの粗食に文句をつけるでなし。黙々と仕事をして、下っ端の新品准尉と並んでの硬く冷たい寝床に眠る。そりゃあ出世もするだろう。

 もっとも。上官がそうなのだ。部下として、男としては耐えるしかないだろう。それに、隊長と副官の二人は前線兵士の待遇改善のため、補給線の重要性について様々な機会に硬軟を織り交ぜた具体的な意見書をあげている。現状を打破するための努力を惜しんではない。彼らが提唱する集積地理論は軍略に素人であるエメットにすらわかりやすかった。

 北方への遠征中。皇都でならば簡単に買えるたった一枚のチョコレートをめぐってのマルクス副官のガチっぷりは恐ろしかった。エメットは早々にサレンダーの手を上げていた。犬歯を見せる、邪悪な笑顔にだ。

 さすがは魔女の猟犬(ヘルハウンド)

 命じられるまでもなく自ら「とってこい」を実行する。あれは勝てない。しかも先日、隊長からのリークに重大な事実が判明した。

 はんぶんこ、だ、と…!?

 なんだソレ。

 可愛いなオイ。

 想像してニヨニヨしてしまう。いい匂いのする美女に胸を押しつけられても眉一つ動かさない副官がどんな顔でそれをやったのかは非常に興味をくすぐられる。が、エメットは虎の巣に手をつっこもうとは思わない。猫だって殺してしまう好奇心を実行しようとは思わない。

 マルクス・ミュラーは秀才だ。幸運を祈る暇があるなら確率を計算する。思慮深く、粘り強い。剣が折れれば鞘で戦うし、なんなら蹴りに拳がとびだす。好戦的な凶相に唇の端を吊り上げながらだ。脳筋のわりに、意識が高いとかいうアレだ。

 面白いのは、本人にその自覚がないことだ。

 頭のいい人間の悪癖として、あの男は他人もみなモノを考え、計算しながら行動していると思っている。

 こうすればこうなる、だからこうしよう。リターンのためにここまでのリスクは許容できる、でもこっちは危険すぎるから止めて、時間や労力がかかってもこちらの手段をとろう。とか。

 静かな部屋でチェス盤を前に深く考えるようなことを、日常のなかで思考している。おそらくはそれが許され、押さえつけずとも相手が自分の話に耳を傾けてくれる環境に生きてきたに違いない。まぁ伯爵令息というのならむしろ求められた資質であり、幼少期から訓練されてきたのかもしれないが。

 だからマルクス副官はアーデルハイト隊長との婚約を一方的に破棄した王子が理解できない。

 腰を据えたテーブルに労働条件を話し合うべき娘に独断的な罵倒をはく父親が理解できない。

 

 思慮深さとは対極、反射で生きている人間の思考回路が読めない。

 行動が産む結果を何故、想像せずにいられるのか? その神経が理解不能なのだろう。

 なにしろ相手は王子と伯爵。幼年学校に通う学生や、飲んだくれのオッサンではない。

 どちらもそれなり以上の社会的な地位にありながら、あれはない。


 資料をそろえ、メリット、デメリットの双方を数字として提示し、精一杯の好条件を提示した交渉に臨み。その上で情に訴えるべき立場の彼らが何故ああも高圧的にふるまえるのかが不思議でしょうがないに違いない。深読み、裏読み、斜め読み。下手にアタマがいいのも大変だ。

 嗤ってしまう。

 決まっている。

(一言で片付く)

 バカだからだ。


 警らの名目にバーデン周辺の哨戒にあたっていたエメットとしては、獲物であるアルニム伯爵が正面入口より入り、裏口より引き立てられるまでを見届けている。あの日はミュラー騎士団の制服をまとったシュタイン中尉の後ろ姿にこっそり敬礼して解散した。


 質の悪い紙面の写真を眺め。

 隊長の生物学上の父親、アルニム伯爵が本日同じように泡をくって軍官舎へと突撃をかましたのは、この記事が理由かぁと納得もする。


 読み進めればスペードのAとJにナチュラルブラックを決めたのはどうやら隊長らしい。しかもVIP専用室。ブラートフィッシュ家の次男様立会いのもとで。

 なにがどうしてそうなった?

 とは、考えない。

 満足だ。なにしろアーデルハイト隊長だから。なにが起こってもおかしくない。むしろなにも起こらないほうがおかしい。

 感嘆の息をはく。皇都衛兵隊たち、周囲の目がなければ両手を合わせて拝んでいる。

 少女の丸い頬、小さな手のひら、うすい肩。それでいて全身に駆け巡る魔力素養の密度ときたら! 今まで見てきた誰よりも強固で、歯車一つのズレもない。まさに奇跡のよう。細い首を締めつける軍用チョーカーがこれまた背徳感に満ちている。きらめくヘイゼル。奥行きのある瞳で。澄んだ声が命じるのは情け容赦のない魔獣への殲滅戦だ。

(尊い)

 エメットはアーデルハイトとはじめて会ったときの衝撃を今でも思い出せる。

 

 リアル魔法少女キタコレ。


 ダンジョン発掘品のフィギュアコレクション入札に知り合った魔道士塔出身の友人たちへ、脳内に叫びかけてしまうほどに動揺した。一周まわって硬直した。真顔でだ。おかげで本性を知られずにすんだ。

 正直、フリードリヒ小隊長は同じにおいがする。同担歓迎派だ。

 暗闇にとけるような黒髪からか、足音と気配のすべてを殺した彼女のサイレントキリング技術からか。アーデルハイト隊長を夜の妖精と呼び始めた奴が誰かは知らないが、そのセンスは褒め称えてやりたい。なんなら夜通し語り明かしたい。魔女や悪魔よりもよっぽど似合う。


 エメットは商家の五男だ。どうしても娘が欲しいという両親がトライ&エラーを繰り返した結果だ。エメットが生まれた翌年には待望の長女が生まれた。猫かわいがりされる妹を横目、十五の誕生日を待って家を出た。妹がやった悪戯の結果すべてが自分のせいになり、ろくすっぽ話をきかない親から一方的に叱られる生活にはほとほと嫌気がさしていた。進学に一縷の望みをかけ、やりくりした時間に独学の勉強をしていたが…妹の学費のために早く働けと言われて投げだした。

 ほとんど家出同然の身にはパンツまで支給される軍隊はありがたかった。訓練兵から始まって、一等兵、伍長と順調に昇進した。自分で言うのもなんだが、エメットは目端がきいて、要領がよかった。

 待望の長女のすぐ上、存在感のない五番目の息子が腹いっぱいの食事にありつくためには必須の知恵だった。しかも魔道士の素養があった。先任の魔道士からは目をかけてもらった。特に強化や付与の術式が得意であることがわかった。部隊の能力底上げに貢献した。やりすぎた、とも言える。立ち回りのよさに、逆に、目をつけられた。一人昇進を重ねる姿に嫉妬を買ってしまった。

 気づけば数十人の部隊全員に身体強化一式を、祝福ブレス戦太鼓ドラムエトセトラの術式をかけるのがエメットの仕事になっていた。効果を切らせば怒鳴られ、ひどいときには殴られた。この大人数全員の状態を把握し、付与が可能な距離に位置取りをしていれば自分で剣を握って戦うどころではない。クロスボウを構えて狙いをつける余裕はない。だが「安全な場所から魔術だけをとばす臆病者」呼ばわりされて、挙句「俺たちの戦功にただのりしやがって」と陰口をきかれる始末だ。モチベーションはダダ下がった。それでも他に行くべくところもなし。

 エメット・エクヴィルツは功績によって昇進し、態度によって降格することを繰り返した。

 冒険者への転職も考え、ダンジョンに潜ってもみた。一攫千金が難しいということはわかった。商売、職業とするのは厳しいということはわかった。危険手当もつかず、怪我は自己責任。得られるものはわずか。パーティを組んだ仲間に荷物を持ち逃げされたこともある。あまりにも割りに合わない。

 だが過去の遺物のなか。エメットは萌という概念に出合った。出合ってしまったのだ。

 休日のすべてをダンジョンに捧げるようになった社会人の勤務考課表は急速に悪化した。

 扱いにくい部下として放逐された。形になったばかりの魔道士部隊へ。

 そして運命と書いてディスティニードローと読む魔法少女に出会った。

 


 ローブに顔を隠した魔道士の二人組みが待機所へと入って来る。遠慮がちな所作がなおさら怪しげな雰囲気となり、周囲の衛兵隊員からの職業的視線を集めている。けれどその手には新聞があった。頬杖に眺めるそれはエメットが今開いているものと同じ印刷物。笑うところだ。拍手を贈るところだ。

(お見事だ)

 腹黒副官。


 王室がだした謝罪文の熱も引かぬうちのたたみかけ。一面を飾っている写真はタリスマンの制服と駆りだされた魔道士たちの後ろ姿だ。さすがに顔は映らないような角度になってはいるけれども。

 成功した同業者であるエメットたち魔道士部隊タリスマンへの攻撃を、排他的な魔塔の連中がどう受け取るのか。

 魔道士から受ける付与術式がどれほどの効果を生みだすのか。それを施す彼らからそっぽを向かれる事実がどれほど恐ろしいのか。

 強化を得意としたエメットを手放した部隊が『今まで通り』の戦闘を行い、あまりの損耗の激しさに再編されて跡形あとかたもないように。

 マルクス・ミュラーは知っている。戦闘魔道士というものを。誰よりも、自らを。

 それは、強力無比な盾であり、矛。暗闇のなかの星読みの地図であり、敵影を見逃さない望遠鏡だった。

 

 ローブ姿の彼らに手を上げて挨拶をすれば、こちらの隊服を見てほっと安堵していた。素直にエメットと同じテーブルについた。魔道士塔の連中はアーデルハイト隊長に同情的だ。栄養失調を心配された。

(…それもそうか)

 先入観なく姿を見れば、アーデルハイト隊長は痩せっぽちの─── 良く言って細身の少女に過ぎない。

 姿の変わらない隊長がおかしい?

(おかしくない)

 だって魔法少女だぞ?

 百歩譲って妖精ちゃんだ。

 しかし遠征が過酷であったことは事実なので、適当に言葉を濁しておく。

 エメットを呼びに来たのはモーリッツだ。サボタージュを叱られてしまったので、シュタイン中尉のお使いに行っていたと言えば納得していた。気の毒そうな目で見られた。魔道士の二人組みからもだ。 

 卒業から6年を経ても、マルクス・ミュラーとシュタイン・シュミットの悪名と伝説は語り継がれている。畏れられている。

 キラキラのリア充コンビが灰色の魔塔に異彩をはなっていただろう姿は想像できる。

 そこに痺れる、憧れる。…いや面倒くさいな。魔法少女を娶れる人間はやはり違う。

 言葉遣いこそ荒いが、生一本きいっぽんな性格のモーリッツに急かされるまま席を立つ。


「あの…、おめでとうございます」

「お幸せに」

 前後のない祝福の言葉はローブたちの口から。


 わかる。嫌味なんかじゃない。

「隊長たちに伝えときます」

 朴訥なそれの行き先をエメットが間違えることはなかった。


 待機所を出て。他隊員とも合流。ひたすら強化術式の付与を繰り返す。

 ……エメットは。魔法少女が王子様と結婚して引退するのは当然の帰結だと思っていた。

 マルクスがアーデルハイトに執心、つまり恋しちゃっているんだろうなぁというのが魔道士部隊共通の認識だったとしても。だってどうしようもない。王子との婚約を隊長が受け入れているのだ。婚約者のスカートに隠れた王子サマを守っているのだ。私を逃がしてくれ、連れて逃げてくれと誰かに縋ることはなかった。彼女に恋バナをふれるような男はいなかったし、そもそもそんな話題をふってもよい相手ではなかった。

 アーデルハイト・アルニムは高嶺の花。唯一無二。それが魔道士部隊タリスマンにおける規矩準縄きくじゅんじょうだった。

 燦然と輝く魔法少女。

 だが帝国の第五王子は、妖精の国の王子様などではなかった。

 恩を仇で返した。戦う彼女の背を刺した。許しがたい裏切り者だった。

 

 いつものように片付ければよい? そうもいかない。今まで。よからぬ企みを抱いて俺たちの天幕に忍び寄った連中は、こそこそと秘密にやって来ていた。後ろ暗い行為を目論むからこそ、人の目につかないように、誰にも見つからないように俺たちの巣に自ら飛びこんでいた。懐に遺言書がないのが不思議だと薄ら笑っていたのはマルクス・ミュラー。魔女の猟剣。食い散らかされた肉片。燃えくすぶる臭い。この男が味方でよかった。マルクスがアーデルハイトを襲うような狂犬でなくてよかった。戦わずに済んでよかった。

 だってエメットの手には負えない。

 どんなに不意をこうとも。あの執念には勝てない。だがマルクスであれば、奇跡を前に二の足を踏むような愚は犯さない。

 王族相手にも戦争を売る。いや買った。王子サマを守る堀を埋め立て、城から連れ出し。周りの兵士を引き離す。名誉を剥ぎ取り、盾を潰す。できることからコツコツと。迂遠うえんだろうが、一つずつ。確実に仕留めるための下拵したごしらえを楽しんでいる。

 だってわかる。

 エメットにも。

 感謝ぐらいはされたいのだと吐きだしたアーデルハイトの気持ちが。

  

「すごいな。どうもありがとう」

 

 もう何度目かの術式を施しての深呼吸。かけられた言葉に頭をあげる。


「どういたしまして」


 仕事は、仕事だ。

 善意とも言わない。

 それでも。相手のためになるように、無事に帰ってこれるように、という親切心もある。


「兄ちゃんもそろそろ休憩した方がいいぞ」

 肩をたたかれた。見回りにでる年配の兵士が背を向ける。

 …オマケで祝福ブレスをかけておいた。頭上に鳴る祝福の鐘をぽかんと見上げた男が振りかえった。

「武運長久を」

「あ、ああ。ありがとう」

 照れくさそうな礼が返ってきた。

 このやり取りを。前の部隊でもできていたならと想像しなかったと言えば嘘になる。けれどすべては終わったことだ。

 助言に甘え、水分補給に休憩所へと戻る。

 それに、まぁ。厚意や献身。そういうアレソレを、相手がさも当然と受け取る、どころか。早くよこせと胸倉をつかむようになれば腹がたつのはしょうがない。それが、人間なので。

 

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