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悪役令嬢不在の作戦会議【1】

 これから二次会だというオスカーたちと別れ、官舎への道を歩く。同じ敷地内とはいえ、男女の営内寮は営庭をはさんで東西に離れている。隊長が警備詰め所を通り過ぎるのを見届けてから、むさくるしい男どもの巣穴へ向かう。

 未成年の部下は3名いた。副官であるマルクスが引率し、門扉前に点呼を行う。2週間の連続休暇前だ。長期の遠征任務を終えて気も緩んでいる。はしゃぎすぎて公序良俗に反する言動をとらないように、節度ある自由行動をと。パーティ前ならばその程度の注意事項を述べるつもりだった。


「質問をよろしいでしょうか」


 ギッとした決意の目線は不満を訴えている。16歳の最年少組だ。特にこの赤毛の少年、モーリッツは従軍当初英雄願望が強く、制御に苦労させられた。それでも今、発言の許可をまず求めるあたり隊長の薫陶は行き届いている。ならば適度なガス抜きは必要だ。

「許可する」

「なぜ、隊長があのような辱めを受けねばならなかったのでしょうか。今夜の戦勝パーティは隊長の婚約者である第五王子が主催者で、俺、っ私は、もっと、慶ばしい発表があるものとばかり…!」 

「そうだな。俺も、そう思っていた」

 言祝ぐべき、最悪の知らせがあると考えていた。

 だからマルクスの耳には、皇都への凱旋を出迎えた戦勝の鐘が葬式の鐘に聞こえていた。今は違う。

 折りよく打ち鳴らされた鐘は20時を告げる。本日最後の時鐘ときがねだ。


 慎重に口を開いたペーターは光りの加減によってはブルーブラックにも見える髪色をしており、思慮深い性質タチだった。

「隊長、色々言われてましたけど…内々の打診、とか…聞き取りとか…そういう事実確認はなかったんですか?」

「少なくとも、俺たちにはなかった」

「いやだって横領に情報漏えいって! それダメなヤツじゃん!? 犯罪じゃん!? ガキだって、魔道士だってそんぐらいはわかってんよ!」

 チクショウふざけんなよ…と。吐き捨てる赤毛の気持ちはよくわかる。拳を握り、泣きそうな顔は年相応だ。戦って、勝ち抜いて、生き残って。勲章と賞賛を受けるのだと信じていた矢先だ。胸に抱いていた誇らしさごと踏み潰された。


 ミヒャエルは信じられないとブロンドの髪をふった。

「先ほどの婚約破棄の申し出もですか? 根回しもなく? 王子殿下は本気なんですか?」

「さぁな」

 本気かどうかなど。当人の気持ちなど。ここに至っては些末事だ。婚約破棄の意向は内示ではなく発令として示された。

「あれだけ大勢の官位持ちとその配偶者の前で宣言したんだ。今さら引っ込みはつかんだろう」 

 我らが隊長アーデルハイト・アルニム少佐は悪役令嬢として捨てられた。それはもう決定事項なのだ。

「ふ、」

 唇がつりあがる。いや待て。まだ早い。手の甲、歪んだ口元をそっと覆い隠す。

「……マルクス大尉……?」

「ああ」

 表情を引き締めなおす。

「情報が入り次第、通達する。おまえたちは連絡を待て。軍令部から以外の呼び出しは断っていい。いいか。おまえたちは休暇中だ。職務を盾に無理強いされる謂われはない。そう突っぱねることのできない相手、断りきれない場合はオスカー副長かフリードリヒ小隊長に指示をあおげ。単騎突貫などという無茶はしてくれるなよ」

「はい」

 不満と不安をそれぞれの割合に混ぜ合わせながら、それでも形にしては全員がうなずく。

「モーリッツ。ペーター。ミヒャエル。三人とも、よく我慢した」

 彼らもまた不平不満の声をあげるべき場所と相手を見極めるという職業軍人としての第一歩を踏みだしたわけだ。褒めれば顔を見合わせ、くすぐったそうに唇を綻ばせる。


 後日、甘いものでも差し入れてやろう。そう考えながら解散を言い渡す。


 背中を見せた二人に続きかけ、ミヒャエルは一人振り返った。

「あのっ、マルクス大尉はこのまま済ませるつもりは、隊長への言いがかりを流すつもりは、ない、んですよね…?」

「もちろんだ。連中には相応の報いを受けてもらおうな?」 

 だんだんと小声に、弱くなってゆく当然至極の確認に対し、俺としては優しく笑い返してやったつもりだ。ミヒャエルはわかりやすく肩をびくつかせた。宥めるつもりで笑みを深め、肩を叩いて安心させてやるつもりで近づいたが、賢しい少年兵は怯えた目をして後ずさった。

 仕方なく足をとめる。広がる笑みが耳まで続いていると指摘されても俺は驚かない。腹の底から笑えて笑えて…胸を掻き毟りたいほどなのだから。

「裸の王子サマには因果応報を教えてやろうな?」

 言葉を詰まらせ、二人を追ったミヒャエルを見送り。俺もまた元来た道を引き返した。 





 二次会の会場は案の定、官舎近くの食堂だった。夕方からは酒場の役割も兼ねている。いつもの場所だ。

 今から新しい場所を開拓するような愉快な気分ではないのだからここだろう。日付が変わっても営業している上に、魔道士塔にも程近く、安い早い美味いと三拍子がそろった店のため、マルクスらは学生の頃から利用していた。

 扉を開ければ温かな空気と共に喧噪が流れ出してくる。暖炉の炎といくつかの明かり石に照らされた店内に肩の力を抜いて手袋を外し、ポケットへとしまった。脱いだ外套の左右の肩にそれぞれの手を入れて合わせる。片方をかぶせるように裏返す。縦に半分に折り、腕にかけてから店内奥へと進む。

 食事の場に外の埃を持ちこまないためのマナーであるが、なにしろ酔っ払いが大半を占めている。そこまで他人の行動を気にかける者はいない。カトラリーを落としても拾ってくれるウェイターはおらず、手を上げて申し出ればいくつものジョッキと料理皿を抱えたウェイトレスが「テーブル上の物をどうぞー」と笑顔に応えてくれる、そういう大衆食堂だ。


 店内で制服姿なのは交代上がりであろう警備兵の三名だけだった。中央近くの丸テーブルで元気よくクダを巻いている。いつもより混み合っているのは離宮での戦勝パーティ需要かもしれない。

「おー。ご苦労さん。どうだった?」

 16歳の赤青黄色トリオのことだろう。

「かなり不安がっている。憤ってもいるな。当然だが。…とりあえず明日以降、情報が入り次第伝達すると伝えた」

 手を上げて合図をよこしたオスカーのテーブルにはフリードリヒとブレン少尉がいた。一つだけ空いた椅子の背に外套をかけ、左から座る。

 注文を取りに来たウェイトレスにエールとアウフラウフを頼み、隣のテーブルに座った部下連中にも軽く手を上げて挨拶しておく。話しかけてきたのはシュタイン・シュミット中尉だった。マルクスとは同じ辺境領出身であり、子どもの頃はよく遊んだ。魔道士塔では机を並べた仲だ。

「早かったですね」

「まぁな」

 そう言うシュタインの前にはカラになったエールのジョッキが三つあった。 

(……ちょっとペースが早すぎないか?)

「おい。飯も食っておけよ」

 背もたれに肘をかけ、後ろに首を伸ばす。…だめだ。四人が四人とも、どいつもこいつも同じような有様だ。もうすでに赤い顔に頭をふらふらさせている者もいる。ジョッキの合間をぬって申し訳程度に鎮座しているソーセージとハラミ、チーズの類いはあまり減っていない。

「空きっ腹にいくからだ」

「お城で美味しいものを食べるんだ~、なんて呑気に楽しみにしてた反動ですよ。必要があれば肝臓機能を強化して素面に戻りますよ。ええ、ええ、働きますよ。なにしろ僕らは年中無休の便利屋ですからね。いいから放っておいてください」

 痩せの大食いはそう言って目を据わらせ、立ち上がろうとした俺を睨んでくる。

「おーう。隊長からは軍資金も貰ってんだ。いけいけ。好きなだけ飲んで腹いっぱい食っとけ」

 別れ際、隊長から「おいしいものを食べて来てください」とオスカーに手渡されていた紙入れの中身がいくらだったかは知らないが、常識的に考えれば現役軍人8名もの胃袋をアルコール付きで満たすには無理があるだろう。

「残りは隊費から出す。使う暇もなかったんだ。こんぐれぇ問題ねぇよ。おまえも食っとけ」

 部隊の予算を管理する副長に言われればおとなしく腰をおろすしかない。納得もする。北方での酒保はどこで中抜き横領されているのかと疑うほどに品揃えが悪かった。使いどころが乏しかったのだ。特に酒に煙草、チョコレートのような嗜好品は補給されたと同時に完売御礼の札がかかることもしばしば。余った予算は吸い上げだ。繰越になるわけではない。まぁ軍隊経験も長くなれば、やりようはいくらでもあると学ぶ機会も増えるものだ。


 音の認識阻害術式が刻まれた魔石加工品を副長がカトラリーボックス横に起動させる。効果範囲は半径2メートル程度。簡易な盗聴防止策だ。傍目には洒落たペーパーウェイト、あるいは小物雑貨に見えるだろう。

 折りよく運ばれてきたエールに、ホワイトシチューとオランデーズソースをかけたアスパラガスとジャガイモを追加注文しておく。効果範囲が目で見えるわけではないので、店員相手、足の位置にどこからが内側となるか、効力に問題がないことを確認しておく。


「そんじゃま、隊長の婚約破棄に。乾杯ポースツ!」

「待て待て待て」

 カツン。オスカーから無理やり合わされたジョッキが軽やかな音をたてる。

「はははは。乾杯ツォムヴォール

「格式高く言えばいいってもんじゃない」

 フリードリヒが掲げた杯はどうにか避けた。

「ひとの不幸を喜ぶな」

「不幸ねぇ?」

「一般的にはそうですな」

 左右からの攻撃にジョッキを守りつつ、口をつける。テーブル備えつけのフォークを手に取り、ソーセージに齧りついた。ぶつりと皮が千切れて中からはたっぷりの肉汁があふれてくる。塩味が効いていて美味い。温かい料理の有難味を噛みしめたところで、正面、珍しく神妙な顔つきのブレン少尉が切り出した。

「婚約破棄、に、なりますかね?」

「そりゃー、まぁ、なぁ」

「なるでしょう」

「むしろ何故ならないと思うんだ」

「これって結婚詐欺なのでは?」

「奇遇だな。俺もそう思う」

 ぐびり、エールをあおる。

「12歳の少女を戦場に送るための婚約だった。そういうことだろう」

 14歳未満の少年兵の徴集は国際法によって禁じられている。欧州大陸のほぼ全てがそうであるように帝国もまたこれを批准している。ただし例外はあった。王族だ。高貴なる者による自発的な献身。ノブリス・オブリージュと呼ばれる行為によって志願兵となることだ。

 アルニム伯爵家の長女であるアーデルハイトが第五王子であるフランツと婚約を結んだのは10歳のとき。そうして彼に代わり、王族としての責務を負ったのだ。

「位高ければ得高きを要す。貴族が義務を負うならば、王族はそれに比してより多くの義務を負わねばならない」

 詠うように。自らが言い聞かされ、また自らに言い聞かせるように。優雅に微笑むフリードリヒの言葉には重責を知る者の諧謔があった。

「……おまえさんが言うなら説得力もあるんだがなぁ……」

「まぁ少なくとも、同い年の婚約者を身代わりとして六年間も戦場へ押しやったおのこが胸を張って語れる台詞ではありませんなぁ」

「むしろ恥を知れと謎の自信の満ちていたが。第五王子は隊長になんの非があるつもりなんだ? まさか本気で軍需品の横領を疑っているのか?」

「ははは。理屈と軟膏はどこにでも付くものです。言いがかりも同様でしょう。積極的な行動を求められるのが現場の軍人と言うべきもの。誤解の種には困りますまい。もっとも、法的な根拠を与えるが如きヘマをした覚えはありませんが」

 フリードリヒからの意味ありげな視線に頷き返したのは俺とオスカーだった。

「まぁな。だが、さすがに今回の戦線は長すぎた」


 悪役令嬢の単語を知らなかったように。俺たちの誰もが首都での流行り廃りに類するような動向を掴みきれてはいない。

 なにしろ王子そのひと曰く“王族の目も届かぬような辺境地”に飛ばされていたのだ。


「だから悪役令嬢呼ばわりなんだろ。それっぽい罪状を並べ立てて、なんとなーくの雰囲気で押し通すつもりなんじゃねぇか?」

「取りまきの貴族子息連中相手ならまだしも。弁護士と法廷相手に雰囲気は通らんだろ」

 鼻に笑ってしまう。人が人としてあるべき枠組みを維持するための理性を追求するのが士業連中だ。勢いだけの混乱と興奮程度でけむに巻けるような生易しい相手と場所ではない。

「でもフランツ殿下、堂々と浮気宣言してましたよね? あれって不利にならないんですか? 犯罪じゃなくても、公序良俗に反してますよね? 不貞ってもっと隠れてこそこそやるものなんじゃないんですかね?」

 嫌味でもなく、ブレンは心底不思議そうだ。応えるフリードリヒもまた真顔だが、こいつの場合、どこかおかしみを感じているのはわかる。

「公然の秘密であっても秘密は秘密であるという体裁ぐらいは整えるべきだと誰も教えなかったのかもしれませんな」

「あるいは聞く耳を持たなかったか。学生でも王立学園の高等部レベルなら悪手も悪手だと気づきそうなものだがな? あそこは祝賀の趣旨通り、陳腐でも台本通りに隊長へ感謝を述べ、危険な任務から生還した生涯の伴侶を労わるべき場面だろう」

 戦果は成果だ。人格と履き違えてはいけない。

「なんで悪役令嬢への告発と婚約破棄宣言と新しい恋人のお披露目を一気にやっちゃったんでしょうね?」

「そこなんだよな…」

 頬杖をついたマルクスも首をかしげる。

 帝国法での飲酒、喫煙、婚姻の開始は18歳からだ。結婚が可能となる年齢になった途端、もはや用済みとばかりに放り出す。しかも破棄の要因はおまえにあると一方的なケチを付けた上でだ。

 これを結婚詐欺と言わずに何と言う?

 ただ二人が同い年である以上、当時のフランツ王子もまた10歳で婚約者が決定したわけだ。彼自身が策謀を巡らせたのではなく、周りの大人たちの意図が汲まれたと考えるのが妥当なのはわかっている。

 ちびちびと両手でエールをあおるブレンの要約は明確だ。第五王子によって提示された問題点は三つもあった。そして組織と個人の問題が混在している。

 つまり。

 貴様、なにが言いたい?がぼやけている。


(主眼はどこだ?)


「そりゃー口封じが怖いからだろ。婚約者と軍部の癒着を疑ってんだから。秘密をつかんだ、機会を活かす!で暴発しちまったってとこじゃねぇか?」

「若気の至りの勇み足ですか」

「おそらくだが「少々お待ち下さい」の経験が少ないんだろうな」

「ああ…思いついたことは直ぐやりたがる上に、目に見える結果が即座に用意されると信じている類いの位階持ちは多いですな…」

 オスカーの指摘にフリードリヒが遠い目をする。心当たりの在庫には困らないのだろう。


 食事と会話の領分を侵さない最低限のマナーを守りつつ、テーブル上の皿が空になっていく。


「衆人環視の中で告発しちまえば誰であってももみ消しは難しいと踏んだんだろ。第一、隊長フって「じゃあ次の婚約者を探そう」なんつう挿げ替えはもう絶望的じゃねぇか。戦場送りがほぼほぼ確定してやがる。ピーアとかいう嬢ちゃんの退路を断ったつもりなんじゃねぇか? 『次』を確実に確保したかったんだろ。しっかしやり方がまずいな。あれじゃあ軍部を敵に回したも同然だ。まともな親なら娘を生贄に差し出したりはしねぇよ」

 憂慮を瞳に浮かべたフリードリヒの手にはエールがあった。

「たとえ本人たちの意に沿わぬ婚約であったとしても、国防の任を見事果たし帰還した兵士への称賛は王族として最低限下賜すべきです。兵が故郷を、民が王家を素朴に愛するように、帝国と王室はあなたがた国民を愛していますよというパフォーマンスは必要不可欠なのですが…」

 フリードリヒの言葉は、彼の鼻下についたビール髭程度には身も蓋もないが事実でもあった。

 オスカーの胸ポケットから無言で差し出されたハンカチを受け取り、照れもなく拭う。どうも、と返す仕草にも躊躇いはなかった。

 勢いこんだブレンが身を乗り出す。

「そうですよ! フリードリヒ小隊長ならあの場でもどうにかできたんじゃないですか!?」

「王位継承権はとっくに返上済みですからなぁ」

「ついでに勤労精神も返上できればよかったのにな」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 俺の軽口に対し、大真面目うなずき返すフリードリヒは第四王子だ。こんな安酒場でエールを傾け、素手に塩茹での枝豆をモグムシャしていても。国王の血を引く直系男児。我らが帝国の王子様だ。詐欺でも誇大妄想でもなく。

 だからこそ伯爵令嬢たるアーデルハイトを糾弾するあの場で口を出さなかった。魔道士であり、軍人である第四王子としての己の立場を理解しているからこそ、表立って彼女を擁護し、第五王子と対立することを避けた。

「正直、政争をふっかけられているのかと疑いました」

 それはマルクスも考えた。

「そのわりに、根回しの様子が見受けられなかったんだが?」

「マジで王子様の独断専行だったりしてな?」

「敵地のど真ん中だぞ」

 戦勝パーティの席上、進行を無視した主催者が最大の功労者に対し突然糾弾を始めるだけでも大概どうかしているのだが、周りを取り囲むのはほとんどが軍の関係者だ。軍隊という組織は外部からは理解しがたい理屈で動いているところがあるし、貴卑や正邪を横に置いてでも仲間を守る、身内を庇うといった点では裏組織にも通じる。

 軍閥に後ろ盾のない第五王子が、命を賭けた内助の功の婚約者、軍部における英雄を蔑ろにしていますよ!と自ら大声で叫んだ時点でアウトもアウトな案件である。


(何もそこまで手のこんだ社会的自殺の手段を選ばなくてもいいだろう)


 第五王子が主催者となったのはアーデルハイトの婚約者だったからだ。

 機会と口実を与えたのだからそこで顔を繋いで来いという親心だの思惑だのは想像がつく。ただし当人はそうと考えなかったようだ。

(親の心、子知らずとはこのことか)

 婚約破棄を突きつける第五王子を擁護する動きは見えず、会場を覆っていたのは驚きの一色だ。時間の経過とともに増えたのは困惑であり、理解や共感ではなかった。嗜める声こそ表立っては上がらなかったが、参加者が互いに互いを窺う気配はあった。


 えっ、どういうこと?

 おまえ知ってた?

 ううん、知らない。


 寝耳に水。取り繕い、飾る会話を集約すればそこに尽きた。散らばって様子を窺っていた隊員全員の索敵結果を照らし合わせた結果である。サクラも釣り餌も忍ばせることなく、あの王子様はやらかしたようだ。

 度胸は買おう。奇襲としては、悪くない。だがやるなら自分のテリトリーで、心強い仲間に援護させながらだろう。単身、棍棒一つで虎の巣穴に殴りこむ必要がどこにある。

 そこまで追い詰められての暴発にも見えなかったし、今夜のように日次がはっきりとわかっている場所であるならば法的な根拠をあらかじめ確認しておくこともできただろう。法律も知らずに戦争をおっぱじめるのはルールも知らずにチェスのテーブルに着くようなものだ。戦う前から負けがこんでいる。

「俺が、僕が、私がで突出して集中攻撃を受けた挙句に味方を巻きこんで自滅するパターンですよね?」

 経験者は語る。けれどブレンのような新兵だけではなく、興奮し視野が狭窄すれば熟練兵だって陥りやすい状況では、ある。

「我々は武勲を立てすぎました。ある程度の妬みや嫉みは覚悟しておりましたが…」

 苦笑し、肩をすくめるフリードリヒは王族に課されたノブリス・オブリージュを体現するため、試験的運用である新設の魔道士部隊に編入された。文字通りの最前線へと赴き、自らが血と泥に汚れる必要があった。

「今さら宮廷闘争など御免被ります」

 一つの言葉に、一つの行動に、あらゆる意味を見出すのが宮廷雀の作法だということはマルクスとて知っている。

(武勲を立てすぎた第四王子を警戒して?)

 ならばなおさらアーデルハイトという婚約者を手放すべきではないだろうに。

 彼女は第四王子を部下に持つ帝国陸軍少佐だ。言葉を飾らなければ、高貴なる厄介者の取り扱いに困って押しつけられたとも言う。


「そうかい、王子サマってのも大変だな」

 うんうんと肯きながら海老の殻を剥くオスカー副長は故郷の海岸通り、兵士募集ののぼり旗を見て志願したクチだ。妻の腹が大きくなるさなか、船荷の積み下ろしの仕事をクビになったから。出産の費用を稼ぐため、食うために。妻子を食わせるために兵士になったと広言する男だ。魔道士としての才能が開花するまでを歩兵として従軍し、現場上がりの平民としては最高位とも言える軍曹にまで登りつめた。魔道士部隊タリスマンの結成時には能力、才覚、人格の三つが評価され、とうとう曹長の地位を得た。40代と一人で部隊の平均年齢を引き上げる、野戦任官出世の鏡(鑑)みたいな軍人である。


 魔道士塔との兼ね合い、政治的な配慮、今後教導隊として活動することを見越してか、タリスマンは階級の高いものが多かった。12名の内訳が佐官1名、尉官7名、曹1名、士3名という恐るべきトップダウン編成はちょっと頭がおかしいレベルである。しかも年齢層は副長をのぞいて全員がミドルティーンからハイティーンで構成。

 今でこそ若手の育成を任され、今年25歳になったマルクスにはしみじみ実感できる。自分たちの部隊にはオスカーのような大人が必要だった。

 無精ひげの剃り残しやマルクスを超える長身、軍服の上からでもわかるムキムキマッチョっぷりからは想像しづらいが、このおっさんは大変面倒見がよい。お節介が鼻につくこともあるぐらいだ。様々な要因から孤立しがちな俺たちの部隊を既存部隊と上手く繋げてくれていた。王侯貴族に媚びることも、逆に目の敵にすることもない。行き過ぎた軍閥主義や過激な政争からは距離をとるバランス感覚にも優れている。精神に安定し、作戦に熟練しながら魔術への探究心もある。上官からは信用を、部下からは信頼を広く預けられていた。世慣れ、要領よく遊んでもいそうなのに、給料の大半を妻子に送金し、長期休暇のたびに帰宅する家庭人でもあった。


 明らかな保護者枠である。


 被保護者その一はアーデルハイト。


 その二であろうフリードリヒは13歳で入隊していた。

 最初の所属は首都にある国立の特化軍学校だ。幼い王子に求められていたのは王族が軍部に所属し、国民を守ろうと積極的に努力している姿を見せる政治的宣伝行為だった。

 現実的で、コスパも良い、妥当な選択だと思う。

 まともな軍事教育を受けた大人ならば、あるいは人並みの良心を持つ者ならば、13歳の少年兵に剣と弓を握らせ「おう。コレでってこい」なんぞと盗賊団でも躊躇う命令は下さない。無理だとわかっている任務を子どもに押しつけて放置するような上層部は無能の謗りを免れ得ない。

 自分の上司がそうであったなら?

 即刻転属願いを出すべきだ。無理を押し通せば道理が引っ込む軍人稼業でそれがどこまで認められるかは運の要素が大きすぎるが。幸運にも、軍令部は押しつけられた子どもたちに頭を抱えつつ彼らなりの手法で育成、つまるところは守ろうとしてくれていた。


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