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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第2章 美船の夏 ―孤独で死にそうな留学生―

 第2章 美船の夏 ―孤独で死にそうな留学生―


 ブルーノ・グエズは憂鬱な気分で楓川学園高校の校門を出て、西木大通りを海岸とは逆の東に向かって歩いた。潮の香が漂い、山や海が見えるこの綺麗な町がブルーノはどうも好きになれなかった。美船の森スポーツ公園と美船動物園の前を通り過ぎると、楓川が見えてくる。青く透き通った楓川。安房の渡し場から観光客か地元民か分からないがにぎやかな家族を乗せた一艘の渡し船が上流に向かっていく。川の向こうには美船外語大学のキャンパスが見える。ブルーノは川沿いの道を東楓町に向かって歩いた。俺はいったい、こんなところで何をしているんだ?故郷のブラジルへ帰りたい。帰りたくてしょうがない。


 ブラジル人のブルーノは楓川学園高校の英語科で留学をしている高校生。ブラジル人の父と日系人の母を持つ。幼い頃から母の先祖が住んでいた日本に興味を持ち、今年の春から美船市に来た。東楓町にある学生寮に滞在し、同じ留学生の韓国人のキム・ソンジュウとメキシコ人のブライアン・ディアスと同居している。3人とも15才だ。それぞれ寝る部屋は別々だったが、決して快適な生活ではなかった。キムは良い奴だが、紙フェチという意味の分からない性癖を抱えていて、いつも紙や宿題のプリントなどを悦に浸っているようなとろんとした表情でくしゃくしゃに丸めたり、びりびりに破いたりして遊んでいる。

くしゃくしゃくしゃ…びりびりびり…くしゃくしゃくしゃ…びりびりびり…。

夜中、寝る時間にまで延々とこんな音が寮で響いていると地味に不気味だ。それをやめてくれないかとキムに頼んだら、えらの張った四角い顔で吊り上がった目つきの彼はにたりと笑って「ごめんよ」と言った。少しの間は治まったが、またしばらくすると、

びりびりびり…くしゃくしゃくしゃ…びりびりびりびり…くしゃくしゃくしゃ…という音が鳴り響いていた。

ブライアンも陽気で面白い奴だが、周りからはオシッコ先生と呼ばれている。トイレに行くのが面倒くさいのか、いつも自分の寝る部屋でペットボトルの中に小便をしている。小便の入ったペットボトルがまるでコレクションででもあるかのようにベッド脇に並んでいる。気色が悪いったらありゃしない。誰かがそれらをレモンジュースか何かと間違えたらどうするんだろうか。一度、ブライアンに「お前って気持ち悪い奴だな」と言ったら彼はその“聖水”の入ったペットボトルを投げつけてきた。胸がむかつくほど、心地の悪い場所だ。だから寮の仲間との関わりはなるべく避けている。それでもブルーノの寝場所はここだけだから授業が終わったら帰ってくるしかない。


 美船市の町の人間はみんな親切だ。すれ違い際に知らない人が「こんにちは」と挨拶をしてきたり、下校中の小学生たちが自分のような肌の色が浅黒くて背の高い外国人を見かけると「ハロー」と手を振ってきたりもする。町について知りたいことがあれば、船宿「カエデ」か美船郷土博物館に行けばいい。良い町であることは間違いない。だが…。ここは何かがおかしい。脳のネジが1,2本緩んでしまっているというか、何か精神的に欠如している人間が多い気がするが、気のせいだろうか。

今は夏期講習に参加中なのだが、夏休みに入る前は1年B組で授業を受けていた。そのクラスもなんだか、変な奴ばかりだ。

ナルシストの癖になんだか怯えた羽田卓という奴、

放課後や休日はいつも女装して尻をふりふりしながら歩いている山本浩二という気味の悪いオカマ野郎、

蝶の形をしたリボンをいつも頭につけていて学校の敷地内の茂みや植え込みでダンゴムシやワラジムシやムカデをいつも捕まえて1人で楽しそうに遊んでいる宮下真希子という虫女、

それから、好きでおむつをしていると噂がある陸上部の女子マネージャーの福島花香。

美船市はポンコツな人間たちのパラダイスだ。


 ただでさえ、少し内気なところがあるブルーノは町に馴染めず、単独行動ばかりしていたからストレスのせいで吹き出物が酷くなった。ストレス発散するために寮の自分の部屋で彼はセンズリばかりしていた。「カリブ」で買ったエロ本を見ながら。玉寺アーケード内にあるアダルトショップ「カリブ」は品揃えが豊富な上、18才未満のガキが店内を見ていても注意されることはあまり無い。そこで何度かオカマの山本浩二と会った。山本は“オトコノ娘恋愛読本”という本を立ち読みしていた。


 林の中にひっそりと存在する東楓霊園のそばにある学生寮に帰ってきたブルーノは自分の部屋が臭いと感じた。死骸のような甘ったるい腐敗臭。それはブルーノが使っている部屋の机の引き出しから臭っていた。いっけねえ。ブルーノはそそくさと引き出しを開け、中の物を取り出した。それはブルーノがオナニーをして、彼のイチモツから発射された精液を処理したティッシュペーパーがパンパンに溜まったビニール袋だった。8月の熱気の籠もった部屋に放置されたそれは凄まじい悪臭を発し始めていた。ブルーノはそれを抱えて寮を飛び出し、近くのコンビニのゴミ箱に捨てに行った。そして、寮に戻ろうとしたとき、

「ヒー、ヒョー」

と鳥の鳴き声のような音がどこかから響いてきた。ブルーノはその不気味な鳴き声が嫌いだった。そして、声が聞こえる度に漂ってくる獣臭。その臭いの主を彼は見たことが無いが、この町には何か“不快な”物が住みついている。きっと、この町は病んでいる。ブルーノはそう感じていた。日本ほど治安が良くなくて、あまり好きじゃなかった故郷のブラジルが今となっては天国だと思える。

帰りたい。帰りたい。帰りたい…。





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