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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第2章 美船の夏 ―大川桃絵の死(Ⅰ)―

 第2章 美船の夏 ―大川桃絵の死(Ⅰ)―


 美少女、大川桃絵は自分の鼻が嫌いだった。決して鼻の形は悪くないのだが、自分では団子鼻だと思っている。少しぷくっとしたほっぺたも他人から見れば可愛らしいのだが、自分ではデブ顔だと思っている。

 桃絵は小学校時代や中学校時代は言うまでもないが、保育園生のときから男の子からモテモテだった。男の子から大好きと言われて抱き着かれたり、ちょっかいを出されたりすることは多々あった。小学校時代に通っていた英会話塾やピアノは男子生徒からのちょっかいが嫌でやめてしまった。中学校時代に高校受験のために通っていた塾も他校の男子からの視線が嫌でやめてしまい、より勉強に集中できる個別指導塾に移った。

 高校生になった今でもその悩みは続いている。学校へ行くとき、彼女が住む玉寺町から楓川学園に向かうときは玉寺駅から美船電鉄に乗って西木駅へ行く。その田舎の古びた赤茶色の車体で、たったの2両編成の電車が運んでいってくれる駅はどこも人が少ないが、商店街があり、様々な会社の雑居ビルが点在する楓町駅や西木駅周辺は朝夕の通勤や通学の時間帯はそれなりに混む。駅のホームで他校の男子生徒や知らないオッサンに声を掛けられたこともある。相手によっては怖いときもあるけど、男子からモテたり、格好良い人から声をかけられるのはそれほど悪い気はしないが、彼女にとっての悩みはそれじゃなかった。

自己肯定感が低くて、自分をブスだと思い込んでいる彼女は、自分のことが好きじゃないから、他人に心を開くことが出来ない。友人も少なく、ましてや男性なんかと仲良くするなんてとんでもないことだった。

お願い、こんな醜い自分の顔をそんなに見ないで。

それ以上、覗かないで。

桃絵はいつもそんなふうに思いながら毎日を過ごしているうちに、通りで男性とすれ違ったり、学校の廊下で男子とすれ違ったりする度に下を向いたりそっぽを向いて歩くようになった。


 最近、また1年C組の小嶺一輝がよく声をかけてくる。中学も一緒で前から桃絵に好意があり、彼女の仲良しグループに小嶺もいて、よく遊んだが、彼は友達以上の何者でもない。

ある日、下校時間に校門前で待ち伏せをされたが、桃絵は彼と2人っきりで帰る気は無かったから足早に彼をなんとかかわそうとするが、桃絵が早足で歩けば彼もそれに合わせて早足になる。小走りすれば、彼も小走りする。

「なあ、大川は知ってるか?美船は呪われていて、変な生き物が住んでるらしいんだ。なかなかそいつは姿を表さないらしいんだけど、鳥の鳴き声みたいな声をしていて、それが聞こえると、そいつが近くにいるってことらしいんだ。毛むくじゃらなやつだよ。そいつはね、町の外の森のほうから…」

彼と話したい気分じゃない桃絵のそばで、1人で楽しそうに間抜けなハスキーボイスでべちゃくちゃしゃべる小嶺。ずんぐりした体形でカメハメハ大王のような顔をした沖縄人の小嶺は陽気で面白いやつなのだが、一度絡んでくると、ご主人様に引っ付いて離れない犬のようにしつこくまとわりついてくる。汗と西瓜が混じったような体臭をぷんぷんさせて。彼から離れたくて、通学路でいつもと違う曲がり角で曲がり、

「あたし、今日はこっちから帰るね」

と言うと、小嶺も

「あ、じゃあ、俺もそっちから帰る!」

と元気よく言い、ついてくる。

「えっ、小嶺、家あっちでしょ?」

と桃絵は彼の家の方角を指さす。

「いんだよ、いんだよ、1人で帰るより一緒にいたほうが楽しいじゃん」

「そう…?」

仕方なく一緒に歩き続ける。

小嶺はポケットからM&M’sを取り出し、包装紙を開け、手のひらにカラフルなチョコレートの粒をたくさん盛り、口の中に一気に放り込んだ。ほっぺたを膨らましてもぐもぐしながらM&M’sの包装紙を桃絵のほうに差し出す。そんな彼のアホ面を見て、ぷっと噴き出しそうになる桃絵。特に甘いものを食べたい気分でも無かった彼女は首を横に振った。


 西木大通りを海岸沿いの国道127号線まで歩いて、ようやく小嶺は自分の家の方角へ曲がって帰ってくれた。

つらかった。小嶺は面白いけど、タイプじゃないし、臭いし…。でも、嫌だったのはそんなことじゃない。彼は友達であり、すこしも嫌いではない。ただ、彼は話しながらまじまじと顔を見てくる。あまり顔を見られたくない桃絵にとってそれはとても心地が悪い。



 夏休みに近づいた頃、

休みが待ち遠しくて、桃絵にとって授業なんてかったるくて、いや、学校にいること自体がかったるかった。大須賀先生がこつこつと音を鳴らしながら黒板に文字を書いている。黒船来航の話をしながら。桃絵は歴史なんて全く興味が無かった。机の引き出しからピンク色のニンテンドーDSを取り出し、教科書を立てて隠して、消音にしてNewスーパーマリオブラザーズをやり始めた。色んな生徒からアーノルドと呼ばれる大須賀先生は黒板の前からあまり動かないから授業をこっそりサボることが出来て最高だ。集中してノートを取っているふりをしながら絵を描いていたっていい。

鼻の下の辺りと頬がかゆい。触れてみると、大きなブツブツが数カ所に出来ていた。ニキビだ。また…。

休み時間になると、桃絵はトイレへ向かった。小便がしたかったからではない。鏡だ、鏡。青春の味方であり、敵でもあるもの。それは鏡。美容室で髪を切ってセットしてもらった直後の綺麗な自分を映してくれるときはとても良い気分になるし、吹き出物が増えたり、憂鬱な気分から抜け出せない醜い自分を映すと嫌な気分になる。

桃絵は鏡に顔を近づけ、かゆいところを見てみると、昨日辺りに出来た新しい3カ所のニキビが大きく腫れ上がり、それらの先端部分に膿が溜まってしまっている。もう、最悪。平手で鏡を叩いた。手が痛むだけでそんなことをしても意味はないが、ときに人はイライラや不満の捌け口が欲しくなることがある。鼻の下のニキビが一番大きい。こんな顔で教室に戻るのは嫌。泣き出したい気分で鼻の下のその醜悪な塊を人差し指と親指でいじっていると、ぷちっと潰れてしまい、白い液体が噴き出す。その液体にはわずかに血も混じっている。あっ、やっちゃった。桃絵はポケットからハンカチを取り出し、痛がゆい不快な患部をハンカチで拭って押さえつけた。





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