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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第1章 世界一のナルシスト(Ⅲ)

 第1章 世界一のナルシスト(Ⅲ)


 部活が無かった週末、山本浩二と遊ぶ約束をした。ぺったんこな髪でオヤジ顔の浩二は見るからに根暗っぽくて、クラスでは大人しくて普段はあまりしゃべらないが、仲の良い友達の前では饒舌だ。

学校から近い西木駅の寂れた駅舎前が待ち合わせ場所だった。平日も週末も人の少ない美船市ではどこで誰と待ち合わせをしても、迷子になったり、人ごみに流されて目的地を間違えるなんてことはまず無い。だが、この日は、卓はなかなか浩二を見つけることが出来なかった。待ち合わせ時間の12時が過ぎて「今どこだ?」とメールをすると、浩二から「もう駅に着いてる」と返事が来た。辺りを見回すと、そばにある道の駅の外の屋台に置かれたベンチでおしゃべりしながらげらげら笑って騒いでいるおばさんたちがいて、駅舎のそばの林で虫を取って遊んでいる数人の小学生がいて、駅の出口のすぐ横の木造の壁にほくろが多くて髭の生えた不細工な女が寄り掛かっていた。浩二の姿は見当たらない。

壁に寄り掛かっていたほくろの多い髭女は歩き始め、卓のほうへ近寄ってくる。笑みを浮かべながら。頭のてっぺんに大きなピンクのリボンをつけて、苺柄のシャツに赤のミニスカートを履いたその女。なんだ、こいつ、気持ち悪いな。卓は思わず彼女を避けるように数歩下がった。前髪が分厚くて、両サイドが頬の辺りでぶっつりカットされている姫スタイルというやつ?精神的に病んでいる女って、こういう格好をしている子が多いイメージがあるが…。

「よう、あたしだよ」

突然、女はそう言った。

「え?」

と卓。知り合いにこんな人いただろうか。

「浩二だよ」

と彼女(正確には彼)。

ほくろが多くて老け顔のそいつは、よく見たら浩二だった。

「は?お前、なんちゅう格好してんだよ。それに“あたし”って」

卓は驚いてそう聞く。

「あたし、普段はこうなのよ。卓とは学校で制服のときしか会ったこと無いもんね」

いつもは低くて太い声の浩二が声を高く裏返し、女言葉で話しかけてくる。

その声はまるでテープレコーダーでスロー再生して低くなったおばさんの声といったところか。男として接していたクラスメイトの知らなかった一面を見て、驚きと女装した浩二の風貌の醜さに一瞬嫌悪感を覚え、その場を去りたい衝動に駆られたが、可笑しくなって、卓はぷっと噴き出した。“病的だな、いかにも訳アリな人って感じだぞ。滑稽すぎてギャグ漫画にでも出てきそうだな”なんて卓は思ったが、口には出さなかった。

「すごいな」

思いつく限り、浩二にかけてやれる言葉はそれくらいだった。


 それ以降は彼の女装のことなんてそれほど気に留めず、国道127号沿いのマクドナルドで昼食をとって、楓町の玉寺アーケード内のゲームセンターでハウス・オブ・ザ・デッドやイニシャルDをやって、それから浩二の家に行った。彼の部屋は脱ぎ捨てられた服や雑誌で踏み場の無いほど散らかっていて、机の引き出しの中はビデオテープとゲームソフトでいっぱいだった。浩二は中3の頃、不登校だったらしく、家でずっとテレビを観たり、ゲームをやったりして過ごしていたそうだ。山ほどあるビデオテープの中から“ゾイド”と書かれたテープが目に止まった。

「おい、これ俺も観てたぞ。懐かしいな」

「そうでしょ。あたしも小学生のときは“普通の”男の子だったから、それ観てたわ」

そして、2人でドリトスをぽりぽりと頬張りながら根暗な不登校児が撮りためたビデオを観まくった。



 7月の中旬を過ぎると、楓川学園高等学校は夏休みに入った。

中間テストの数学で赤点を取った卓は夏休みの初めの5日間は補習の授業に出なくてはならなかったが、そのうちの3日間はサボって部活だけ行くか、男の(オトコノコ)である浩二の家に遊びに行くかして過ごした。数学の林寛太先生はいつもかんかんだった。林先生本人はお洒落のつもりなのだろうが、ヘアスタイルが2ブロックでぺったんこなおかっぱ頭だから生徒たちから“セツコ(火垂るの墓のキャラクター)”と呼ばれている。

「なあ、お前、ちゃんと補習に出ないと、またセツコに怒られるぞ」

と郷野に部活でウォーミングアップのジョギングをしているときに言われた。

暑い日差しを浴びて額に浮かんだ汗を手で拭いながら卓は

「数学なんか出来たって、人生の役に立つことなんてあるか?」

と不機嫌な顔で言う。

「まあ、お前は英語と国語は点数いいもんな」

「ああ、俺は美船外語大を目指してるから、数学なんてどうでもいいんだ」

卓はセツコには反抗しっぱなしだが、文系の先生たちには媚びを売って気に入られている。好かれたい大人の前では礼儀正しく、笑ってぺこぺこ頭を下げときゃいい。少なくともそれは進学時に利点となるだろう。





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