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魔物の住む町  作者: Satoru A. Bachman
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第1章 世界一のナルシスト(Ⅱ)

第1章 世界一のナルシスト(Ⅱ)


 放課後は郷野と、それから福島花香と一緒に陸上部の部室に向かう。花香も卓と同じクラスで、陸上部の女子マネージャーでもある。「羽田くん、部活一緒に行こう」と花香はよく卓に声をかけてくる。部活が無い週末には彼女から“今何してるの?”などとメールが来ることもあった。卓の100メートル走のタイムが初めて13秒切ったとき、彼女は12,98という記録が刻まれたストップウォッチを掲げて卓に駆け寄り、「おめでとう!」と腕にしがみ付いてきたこともある。卓はそんな女子マネージャーからの好意には気づいていたが、カッコつけマンの羽田卓という男は、女の子に自分からアプローチや告白するなんて、そんな格好悪いことはしないぞ、と思っていた。小学校4年のときと中学1年と2年のときにバレンタインチョコをもらったことがあり、中3の時には部活の後輩の女子からラブレターをもらったこともあり、ちょっとばかりモテたことで自分を世界一いい男だと思っているナルシスト卓は、“イケメンは何もしなくていい、女が寄ってくるのを待ってればいいのさ”と思っていた。

色白で華奢で綺麗な琥珀色の目をした福島花香の容姿は80点といったところか。世の中探せば、俺にはもっといい女がいるだろう。そう思い、卓はそれほど彼女のことを気にかけないふりをした。スリムな体形の割には大きな尻をした花香のジャージ姿や制服のスカートの尻のラインをこっそり眺めていることは多々あったが。


練習が終わってクールダウンをした後は、いつもグラウンドの芝生の上でストレッチや足のケアをする。動かした後の筋肉を冷やすために使うエアーサロンパスと雑草が混じった匂いはなぜか気分を落ち着かせてくれる。辺りにはまだ練習をしている部員たちの“ファイト!”という掛け声や野球場の方から響いてくる“カンッ”とバットでボールを打つ快い音が聞こえる。グラウンドの西側には、元々は白かったが古びて茶色っぽくなっている校舎。北側と東側には林が広がり、南側には十字架のついたミッション系大学(キリスト教に関連の組織や学校法人に運営されている大学)のキャンパスが見える。


部室で制服に着替えた後は郷野と一緒に部室棟のトイレの鏡の前で仲良くヘアスタイルを整える。細マッチョではっきりした目鼻立ちの郷野清太のヘアスタイルはミディアムで、前髪をちょろっと下ろしてサイドは後ろにかきあげて、頭のてっぺんを怒っているようにつんつんに立たせたリーゼントスタイル。本人いわくかなり荒れていたという中学時代の名残だろうか。郷野はしょっちゅうガムをくちゃくちゃ噛んでいて、そばにいるとバブリシャスのストロベリースプラッシュの匂いがぷんぷん漂ってくる。


部活が終わると、郷野と花香と数人の部活仲間と学校から近い楓川の川岸まで行って、芝生に座って他愛無い話をしたり、寝っ転がってたそがれることもよくあった。夕日に染まった楓川は安房美船村と西木町の間を流れ、暗くなっていく寂れた町をオレンジ色の光線が走って辺りを照らし出しているようななんとも神秘的な景色だ。

国道127号線沿いに位置し、山と海に囲まれた美船市は市外へのアクセスは2カ所しかなく、国道沿いの北側のトンネル(富津・木更津方面)と南側の美船ゲートブリッジ(館山方面)だけである。卓たちがたそがれている楓川にかかっている緑色のアーチ橋が美船ゲートブリッジである。その橋のそばに船宿「カエデ」と船着き場がある。そこは市営の渡し船の乗り場の「西木の渡し場」である。もう営業時間は終わっていて、無人だ。部活が終わる時間には、町はいつも真っ赤な夕日の下でまどろんでいる。


 卓はイギリス製のものを好む。家での食事は、洋食メニューのときは必ずウェッジウッドのフォークとナイフを使い、おやつ(卓にとっては洒落てイカしたティータイム)にはウォーカーズやキャンベルのショートブレッドを食べる。キッチンの戸棚の中にはアーマッド、トワイニングス、フォートナム・アンド・メイソン(英国王室御用達のまろやかな香りの紅茶)、フィールズ・ティーといった紅茶のティーバッグや缶入りの茶葉が沢山入っている。イギリス留学の経験があり、英会話講師の仕事をしている卓の母、羽田和江はティーカップやティーポットをコレクションしている。父、羽田翼はイギリスに本社を置くフィールズ・ティーの美船支社長である。卓がイギリス文化にかぶれているのはそんな両親の影響なのだが、ナルシストでスタイリッシュな卓は自分の前世はきっと中世の英国上流社会の貴族だったに違いないと思っている。というか、そう確信している。好きな音楽はビートルズ。いつも持ち歩いているMDウォークマンで聴いている音楽もビートルズ、ジョン・レノン、コールドプレイ、デヴィッド・ボウイ、サラ・ブライトマンなど(全部イギリス出身の歌手やバンドの曲)だ。最近の一番お気に入りの曲はビートルズのアルバム「LOVE」に収録されていたストロベリー・フィールズ・フォーエバー。卓はその曲の出だしの歌詞を聞くだけで痺れてしまう。


僕の木には誰もいないようだ

それが高すぎるのか低すぎるのか

きっと誰も僕のことを理解することは出来ないのだろう

でも、それは僕にとってそれほど不幸なことじゃない


自分が好きすぎて自分のことしか考えず、ときどき孤独感を感じる卓は、“そうさ、俺の木はきっと高すぎるんだ、だから誰も俺のことなんて理解出来ないのさ”と思っている。



 ある日の休み時間、卓は教室を出て、ヘアスタイルをチェックするためにトイレに向かおうとしたら、隣の1年C組の軽音部の鹿島蓮が廊下で、ギターで弾き語りをしていた。洋楽曲を発音のいい英語で歌っている。卓は思わず彼の前で足を止めた。


“打ちひしがれたって、誰も愛してはくれない

有頂天のときほど誰も振り向いてはくれない

地下深くで眠りについたとき、やがて皆は君を愛すだろう”


歌が終わると鹿島はその曲調に合わせて、ふゅー、ふぃっふぃー、と口笛を吹きだす。卓のよく知っている曲だ。ジョン・レノンの「ノーボディ・ラブズ・ユー(愛の不毛)」だ。

卓は高く澄んだ良い声の鹿島に拍手をしたが、彼は卓の方なんか振り向きもしなかった。パーマのかかった(天然パーマかも知れないが)長髪に丸眼鏡をかけてNew York City(ニューヨーク・シティ)と書かれた白いTシャツを着た鹿島蓮は歌いながら道行く女子たちのほうばかりを見ている。こいつ、女子たちに注目されたくて、歌っているんだな。おまけに学年中で噂の1年A組の大川桃絵が通りかかったとき、このジョン・レノンを気取った鼻の高い男は彼女にウィンクをした。みんなのアイドルである大川桃絵は彼に数秒の間、関心の目を向け、にこりと微笑んだ。彼女はそこに呆然と立っている卓の存在すら気づかない様子で通り去った。気に食わん、ホント気に食わん。卓も実は、ちょっぴり大川桃絵に興味があった。イケメンで存在自体がグレートなはずのこの羽田卓様よりも女子の注目を集めるとは大した奴だ。気に食わん。なんて思いながら卓はトイレの鏡の前でイカしたヘアスタイルを手直しするのだった。





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