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 金曜夜の駅前。明日が休みだからか通行人の顔や声は基本的に明るく、人によっては飲みにいったり、人によっては明日の予定を考えたり、幸せやら楽しさで頭が埋まっているんだろうなと思う。


自分が同じような気分で余裕がたっぷりあったら通行人の一挙一動に何か思うこともないし、むしろ雰囲気に流されて楽しくもなるんだろうなと思う。特に目に入るのは学生で、僕自身の学生生活の大部分が灰色で染められているから、そんなコンプレックスを孕んだ二重のマイナスが僕の目に表れていて彼らを不快にしてしまわないか心配になってくる。


マルが僕に会いに来てから今日で五日が経った。なにかと連絡をとってみようとするものの、「大丈夫だから」の一点張りでマルの近況はほぼわからずにいた。

なにより昨日送ったメッセージに既読すらつかない。なので今日あたり、仕事が終わったら家に直接訪ねてみようとも考えていたんだけど、そもそもの話社会人になって引っ越したあとのあいつの家の場所を僕は知らなかった。


このまま連絡もつかずに取り返しのつかないことになったら。


そう考えるだけでゾッとする。不安に駆り立てられて焦り、歩く足が自然に速くなる。

あいつに限って自暴自棄になって何かするようなことを僕は考えたくなかったが、最後にマルが見せた強がった笑顔が妙に印象に残っていてその思考を止められずにいた。


しかし何かの打開策があるわけでもない僕は、その逸る足と思考をどうにもできないまま自宅へと向かうのだった。

いや、向かうはずだった。


視界の端に見覚えのある後ろ姿が映った。首筋を隠すぐらい肩まで伸びた黒髪の女。

振り返るとそれはフラフラとした足取りで僕と逆方向に進んでいるようだった。大きめのパーカーに短パン。明らかにサイズ感のあってない服を着ていてそのせいか少し動きがノソノソと重いようにも見える。


僕はすぐに周り右をして彼女の方に向かう。歩く速度自体は速くないが駅前の人混みの中を見失わないように急いで追いかける。

すみません、と声をかけながら人混みをかき分けてようやく追いつくと、僕は彼女の肩に手をかけた。


「マル?」


その言葉に、彼女はばっとこちらを振り返った。確かにマルだ。この前見たままの姿の。

一回しか見ていないのによく見つけられたと自分を褒めてやりたいところだったが、よく見るとそれはこの前の様子とは違っていた。


目元がとろん、としてこちらに焦点があっていない。顔が紅潮していて、何を考えているかがわからないような緩慢な顔つき。

というか、思いっきり酒臭い。


彼女は少し何かを考えるように間を置いてから“あ~”なんて大声をあげる。あからさまに驚いた表情をして。


「なんだよ」

「ご主人様じゃないですか。」

「あ、お前バツか!?」


今更確認すると、首元に首輪はついていない。後ろからみたら髪で隠れていて見えなかったが、正面からみると確かについていなかった。


「ひどいですね。見ればわかるじゃないですか~」


僕のことをバシバシと叩くバツ。こいつ酔うとこんな感じなんだな。まあマルも似たようなもんだけど。やっぱり元がマルというだけあってそこは変わらないのだろうか。


いや、こんなダル絡みをされにきたわけじゃない。僕はその手を払ってバツに聞いてみる。


「お前なんでこんなところに」

「なんでって…ご主人様に会いに?」

「なんで疑問形なんだよ。」

「じゃあ…ご主人様に飼われに来ました!!」


その大声が一帯に響いた。それまでガヤガヤと騒がしかった周りが一瞬静かになったかと思うと、こちらに目線が集まる。


たらり。


冷や汗が一筋首筋に垂れる。

僕はバツの手を無理やりとって、引っ張り自宅の方向へ進んでいった。




「強引ですね。いいですよ。私は。準備出来てます。」


そんな戯言を無視してバツを玄関から居間に放り込む。この前少し話が通じたから油断していたが、人前で会話するにはちょっと心配なやつだということを忘れていた。酒で頭が弱っている今ならなおさらだ。というか、今は普通にやり取り出来る状態なのだろうか。


試しにクッションを投げて、そこを指さして「おすわり」と言ってみる。するとバツはさっそうと動き出しそれに座った。

まあ、これが出来るなら大丈夫か。


「それで、なんで酔ってるんだお前。」

「酔ってませんけど」

「そういうとこまで一緒とかめんどくさいな。」

「ペットってめんどくさいものですよ。」


何が面白いのかバツは一人で笑い出した。少しイラついたがここでいちいち怒っていては自体が進まないので、一度大きく息を吐きだしてから会話を続ける。


「なんで首輪が外れてんだ?」

「マー君が外したからですけど。」

「いやまあそうなんだろうけどさ。」


笑うのをやめたかと思うと首を傾けて、キョトンとした顔つきで僕をみるバツ。


「僕が聞きたいのはなんでマルが首輪を外したかってことで。」

「あ~えっと…多分酔ったから外したんだと思います。」

「そんなになるまで飲んだのかあいつ」

「ええまあ。ショックなことが連続してたので。」


ショックなこと?

その言葉が引っ掛かる。


「なにがあったんだ?」


僕がそう訊ねると、バツは考えるようにまた頭を傾けて、それを左右に繰り返す。ゆっくりと。

酔ってる時にそんなことをして気持ち悪くならないのだろうか。

そうやって数秒考えたあと、バツはあっけからんとした口調で言った。


「忘れました」


この前はもう少し知性的というか得体のしれない怖さがあったというか、少なくともこんな楽観的な感じではなかったが、酒とは人を変えるものだなと思った。


「じゃあマルに聞くから。ほら、代わってくれ。」


もう一周回って冷静になった僕は淡々とそう伝える。流石に酔っぱらいをまともに素面で相手するのは疲れる。同じ土俵に立ってはいけないのだ。

バツは「え~」なんて言って文句を言い始めるんだけど無言で見つめてたら静かになった。少し扱いになれてきたのかもしれない。


なんて思ってたらバツは無言で首輪を差し出してくる。

「着けろよ」

と言ってやると不満そうに頬を膨らませてこちらを見つめる。


「首輪。ご主人様が私につけてくださいよ。」

「いや自分で着けろよ。」

「着けてもらいたいんですよ。これくらいいいじゃないですか。」


まあ別にいいんだけど何か変わるんだろうか。

首輪を受け取ると、少し嬉しそうに首を差し出してくる。そんなに嬉しいのかよ。

首輪を首に通して、ロックを閉める直前


「ちゃんと話聞いてあげてくださいね」


とだけバツは言って倒れた。


すぐマルは目覚めるんだけど、やっぱり酔った状態は続いてるみたいだった。

目を覚まして第一声が


「酒は?」


で、まだ飲む気があるのかと呆れた。そういえば前に

「俺は飲み慣れてる人に酔った姿なんか見せない」

って顔真っ赤にしながら言ってたのを思い出す。

どこがだ、とその時は思った。僕と飲むときはペースなんか考えずに飲むし、すぐフラフラになるしで酒の席では常に酔っている印象だった。


前にバツが言ってたことが事実だとした僕の前でしかこんな風に酔った姿を見せてないのだろうか。それならば人に酔ったところを見せないという発言も八割方本当になるよなあ。なんて考えてみる。


「ないよ。」

「なんで大地?あ、そういえばあいつがここに来たんだっけ。」


勝手に納得したマルが一人でうんうんと頷く。

起き上がると、パーカーのフードが被さってマルの顔を隠した。おかしいことでもないのだが、一人でケタケタと笑いだす彼になにかデジャブを感じた。


「これ、これな。男の時から着てる服。なんでこの前は女物の服だったと思う?」


いきなり始まったクイズに僕は少し困惑する。

確かにこの前はサイズぴったりのレディース用の服だったはずだ。別にマルがどんな服を来てようと構わないが、聞いた話によると女になった当日に僕の家に来ているわけで、どこでその服を手に入れたのかという話になる。


「時間切れ。」


その言葉とともにデコピンが飛んでくる。そこまで痛くはなかったが僕は反射的にそこを押さえる。


「正解はバツがここに来る途中で買ってきた、でした。大地君残念だったね。今日は色気のない服で。」

「…この前も別に」

「まぁ普通のジーンズにセーターだもんな。シンプルな服装だからこそ見た目の良さが際立つ、ということだ。色気より美しさをとったんだあいつは。男心を全くわかってない。俺の片割れなのに。」


マルはなにを言ってるんだろうか。まさかこいつグダグダこんなこと話して本題に入らせない気じゃないだろうな。

マルをすこし見つめると不審に思ってるのが伝わったのか、マルはこちらから目を逸らした。


「わかるぞ。言いたいことは。けど別に大したことはねえんだ。あんま俺のこと気にしすぎるなよ。」


また、いつものように笑う。僕を遠ざける笑い。それが妙にいつもより悲しく見えて、憤りを感じさせる。気づけば勝手に、感情を絞り出すように声が出ていた。


「なんだよそれ。そんなわけないだろ。」


違うんだ。僕が見たいマルはそんなんじゃないんだ。


「自分の体に異変が起きて、別の人格が生まれて、その上やけ酒するほどのことが何かあったんだろ?それでなんともないで隠し通せると思ってんのかよ。辛いの隠される方も辛いんだよ。

頼れよ。友達なら。」


いつもみたいに隠し事なしで、本音で笑ってくれるマルが見たいんだよ。

だけどそのためには僕から本音で話さないといけない。今まで歩み寄ってくれたマルに僕の方から歩み寄るんだ。そんな使命感が僕に勇気をくれる。


「なぁマル。話せよ。いいんだよ全部話し「やめろよ。」

「え?」

「俺なんかに、優しくするのやめろよ。」


マルは俯きながらそう言った。表情は見えないが、暗く低いトーンのその声は僕に深く突き刺さる。


「なんで俺なんかに優しくするんだよ?」

「それは、マルが友達だから。」


僕がそう言うとマルは黙る。俯いたまま微動だにしないマルと、部屋に響く時計の音。この前みたいに気まずさを感じるというより、何を考えているか分からないマルへの不安を感じていた。


「お前は本当に優しいよ。多分根が優しいんだと思う。けどさ、こんなやつに優しくしなくていいよ。ほっとけよ。」

「どうしたんだよ。マルらしくないぞ。」

「…じゃあ全部ぶっちゃけてやるよ」


ドクン、と心臓が一際大きく鳴った。不安がどんどん大きくなっていく。怖くて耳を塞ぎたくもなった。何を言われるのか、全くわからなかった。


「友達だと言ってくれるお前をな。俺はずっとずっと見下してたんだよ。こんな良いやつを見下して、裏切ってるような悪いやつなんだよ俺は。」


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