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稲城 丸は大学時代の同級生だった。親友とまでいかないが友達ではあったはずだ。

ちょっと自信がないのは僕がいわゆる陰キャラだったのとマルの性質によるところが大きい。


というのも、マルは人脈が広く友達が多かったし、大学で見かけるときには周りに必ず人がいて、正直入学当初は雲の上の存在ぐらいに思っていたからだ。

そんなマルと僕に接点なんて出来るわけがなかったし、実際交流が出来たのは大学生活の後半。どういうわけかたまたまゼミが一緒になった。


そのときはあまり関わりたくないなと思っていたし、むしろ人種の違う人間として警戒していた節もあった。しかしマルのコミュニケーション能力の前にはそんなものはないに等しいらしく簡単に僕は懐柔された。

マルは人がよくて、人間的に隙が多いので裏表がないように見える。それがこっちとしても付き合いやすいところがあった。

マルも僕のことを悪くは思っていなかったらしく二人で飲みに行ったり遊んだりすることが多々あった。友達の友達と遊ぶのはキツイところがあったので基本的に会うときは二人だったが。


いろんな人間と積極的に関わるマルはとても人間的に大きく見えたし尊敬していたところがあった。だからこそ半年前に大学を卒業したあと連絡がパッタリと途絶えたのはちょっと悲しかったところもあったけど、あいつならどこでもやっていけるだろうし僕も頑張らなくてはいけないと思っていた。


そんなマルが何故か女になって目の前にいる。

童顔であることは変わっていないが、首元まで伸びた髪や女性として見れば標準的だが元の姿からしたら大分縮んだ背丈が随分と印象を変えている。何より体つきが全然違う。

所々面影はあれど姿形が変わっているので誰も同一人物だとは思わないだろうし基本的には信じてくれないだろう。


傍から見たら理解できない状況だろうけど僕は目の前の人間をマルだと認めてしまっている。直感的にそう思ってしまっている。


「目線がいやらしいぞ。」

「え?マジ?」

「いや嘘。」


そう言ってマルはマグカップのコーヒーを啜った。思ったより余裕そうにみえるかもしれないが、多分現実逃避をしているだけだ。貧乏ゆすりをして落ち着かない感じが見て取れる。


「なんでそんなことになったんだ?」


こんな風に時間を潰されては何も解決しないのでとりあえず質問すると

「そんなことって?」

なんて言ってマルはとぼけた。


「だからなんで女になってんのかとか、最初の“飼ってください”はなんだったとかさ。とりあえず状況を説明してよ。」

「…今日の朝だよ。目が覚めたら女になってた。」


マルは遠くを見つめるようにしながら話し出した。


「原因はわからない。なんの前ぶりもなく突然。俺もわけわかんねえよ。

多分病院なんか行っても信じてもらえねえし、仕事もいけねえし、こんな姿じゃ家族にも会えねえすがれねえ。

なんなんだよこれ。俺の方が聞きてえよマジで」


感情が高ぶっているのか声が震えている。さっきまで現実逃避していた分の揺り戻しがきているのかもしれない。マルはとてもシリアスに、リアルな口調でそう言ったんだ。

僕が何も言えずにいると、彼(彼女?)はこちらをチラッと見て、またコーヒーを啜った。


「いやすまん。なんか駄目だ俺。落ち着け落ち着け。」

「…僕の方こそごめん。」

「お前は謝ることねえだろ。で?さっきのあれな。いかにもやべえやつって感じのやつな。」


明るく見せようとしているのかマルは口角を上げて口調を明るくして話題を変える。目元らへんが笑ってないように見えて、それがマルに無理をさせているんだろうなってわかって、僕は無力感に襲われた。

そこら辺のもやもやを胸に秘めながら話を聞くんだけど、僕もそれが表にでないように努める。そうした方がマルにとっても楽なはずだから。


それでマルの言うやばいやつって言うのは多分最初ここに来た時の『アレ』の話だろう。怪奇!!飼ってください女!!と名付けられそうな『アレ』だ。


「朝起きたら女になってたって言ったろ?」

「うん」

「なんかな、体が勝手に動くようになったんだよ。俺の意識とは別にもう一つ意識がある感じでさ。そっちの方が俺の体を動かしてるわけ。」

「二重人格、みたいな?」


僕の問いに「多分」とマルは返答するけどどこか自信なさげだ。マル自身自分の体のことについてほとんどわかってないらしいので当然と言えば当然なのかもしれない。


「てか、なんで俺は今普通に喋って動けるんだ?あいつからどうやって主導権奪ったんだよ。謎すぎる。」

「それは…」


僕は彼の首元の首輪に目を向ける。市販の犬用の物だ。

どういう因果関係があるのかわからないが、少なくともそれをつけた瞬間『アレ』が消えてマルが出てきたのは事実だ。

マルも僕の視線に気づいたのかそれをなにか恐ろしいものを触るような感じでゆっくりと触った。


「これ?もしかして?」


僕が頷くとマルは呆れたようにため息をつく。


「んな。そんなことがあるわけがよぉ。ねえよな。ないよな。」


いや、どちらかというとお得意の現実逃避だったらしい。

何か助けを求めるような視線でこっちを見ているけど僕は苦笑いして誤魔化すことしかできない。


「信じないけど今は外さないでおいてやる。信じないけどな。実際、馬鹿みたいな漫画みたいなことが今の俺に起きてるわけだし。」


確かに信じる信じないであれば、たった一日で何故か女になって二重人格になっていたことの方が信じがたい感じはする。少なくとも第三者から見れば。

はーっともう一度ため息をついたあとマルは僕にマグカップの中身を見せる。コーヒーはもう無くなっていた。おかわりということだろうか。

「俺は一応客だぜ。察してくれ。おかわりだ。」

合っていた。なんというかこういうスタンスを崩さないところが最高にマルという感じがする。笑っていしまいそうなところを抑えながらそのマグカップを僕は受け取った。


キッチンから戻ってコーヒーの入ったマグカップを渡すと満足そうにそれを受け取って飲み始めた。そういえば一度なにかの影響を受けてコーヒーにハマっていた時期が彼にあったことを思い出す。

これは市販のインスタントコーヒーだけど今のマル的にはどうでもいいのかもしれない。


「…なんで俺だってわかったんだお前。」

「え?なんとなく?」


は~?、なんて言われたけど僕がそう感じたのだからそれが全てだろうとしか言いようがない。

ボケのつもりで「君の名は。を見たからかもしれない」と言ってみたけどマルはそれをスルーして話を続けた。


「あの変態女のときから?そう思ってたわけ?」

「いやそれは違うけど。首輪付けたあとからなんとなくマルっぽいなぁって。」

「ごめん鋭すぎて気持ち悪い。野生の獣かお前は。」


ちょっと言い過ぎだろうと思ったけどなんて反論すればいいかわからなかったのでスルーしてみる。するとマルはいたずらっぽい笑顔を見せるのだ。


「美女に色々言われて傷ついちゃったかな~?♡気持ち悪いなんて言っちゃってごめんね~?♡」

「その気持ち悪い喋り方やめろよ」

「怒った~♡w」

「その気持ち悪い喋り方やめな?」

「気持ち悪いか?美女だぞ?」

「見た目への自信は男の時から変わんないね。」


実際男の時はカッコイイ部類で今現在はかわいい感じで、どっちにしろ見た目がいいのには違いないんだけどこういったところが残念な印象を与える。

ケタケタと声を出して笑ったあと、マルはテーブルに突っ伏す。


「もうさ、大地が俺だってわかるなら母さんとかもわかるんじゃねえかな。」

「まぁ、どうなんだろうね。会ってみれば?」

「…わかんなかったらショックだからやだ。俺のメンタルは弱ってるんだ。」

「情緒不安定だもんね。今日。」

「うっせ」


突っ伏したままマルは無言になってしまった。時計のカチッカチっという秒針の音だけが部屋に響くのが気まずい雰囲気を固めていってるように思えた。

そんな忌々しい時計をチラッと見るともう6時を指していて、そろそろ夕飯の準備をしなきゃななんてどうでもいいことを考える。


「夕飯作るけど、食べてく?」

「なに?」

「冷蔵庫のあまりもので野菜炒め」

「客に出すモンかよそれ。食うけど。てかシャワー借りていい?あと酒も飲みたい。どうせ仕事いけねえし。」

「注文が多いな。バスタオルはそこに畳んでるやつ使って。」

「あいあーい」


適当な返事をしてバスルームに入るマルを尻目に僕は夕飯の準備にとりかかる。

とりかかったけど…

これよく考えたら女の子が僕の家でシャワー浴びてるってことだよな。


昨今、童貞の成人男性が増えて問題になっているとかいないとか。そんなことはどうでもいいんだけど僕は例に漏れず童貞で、シャワーを貸すどころか自宅に女の子を入れるのも初めてで。

そりゃマルは心が男で、友人に対してこんなことでドキドキしてるのは自分でも気持ち悪いと思うけど。

…あまり深く考えないようにしよう。今シャワーを浴びているのは僕の友人。ただそれだけ。


無心で調理に没頭して数十分、浴室の方からドアが開いた音がした。

僕は当然マルが出てきたと思っていたからフライパンに目を向けたまま


「もう少しで出来るから待ってて」


と言った。するとマルは何も言わずにこちらの方に歩いてくる。僕の料理にケチでもつけに来たんだろうか、と思ったらそんな予想とは見当違いに僕の首に彼女の手が回される。その手が喉仏のあたりを優しく触って、僕は思わず“ヒっ”なんて情けない声を出してしまった。

体が密着していて、風呂上がりの彼女の体温が感じ取れる。

さっき一人で悶々と考えてた時と段違いに心拍数があがっていくのがわかった。


「マル?」


少し震える声で僕は友人の名前を呼んだ。彼女はそれを聞くと体をさらにこちらに押し付ける。


「駄目ですよ。駄目。」


なんとなくわかっていた。確信がなくて、どっちかっていうと信じたくなくて名前を呼んでみたんだ。


「ペットに待てをするときはしっかり目を見ないと。拗ねちゃいますよ?特に私みたいに面倒なのは。」


ようやく確信したんだけど今はマルではないみたいだ。

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