バツ
おまけ。多分11とエピローグと間の話。
私は後悔している。愛をフッてしまったことについてだ。あのままマルと愛がズルズル付き合っても苦しくなるだけだとは思っていからフッたこと自体は後悔していない。それとは別に二つ後悔する理由が私にはあった。
一つは私の行動のせいで二人の仲がおかしくなってしまったこと。元は私と同じ人格であったマルとその友人の大地が仲良くしているところを見るのが元々嫌いではなかった。
それを見る度に、私がマルだった頃を思い出して懐かしい気持ちになる。一つの人格として独立出来たのは嬉しかったが寂しいような気持ちもあって、それを見ているとその寂しさが埋められていくような気がした。
しかし私が愛を勝手にフッてしまってから二人の関係にヒビが入った。感覚を共有している私にはわかるがマルは許せていない。私のことも、大地のことも。私は別に許されようと思っていないからいいのだけど、マルから大地に対する感情は憎悪や怒りなどを愛や親しみが打ち消している。今のところは。
それは表面化していないだけでいつかにそのマイナスの感情が噴火してしまうのではないか。そう思うと私はたまらなく恐怖を感じる。
あとたまに思い出したかのように暴言を言い出す。もっとも、これは彼らの興奮を高めるカンフル剤でしかないので関係ないが。
二つ目は、私に罰が供給されなくなってしまったことだ。
最近、マルの方で満足してしまうのか大地はあの一面を私にはチラリとも見せない。見せてくれない。マルが私に嫉妬しているのは知っているけれどその逆に私がマルに嫉妬することもあるわけだ。
それとなくおねだりしてみても「バツはいい子だから」とはぐらかされる。
こうやって今みたいに膝枕と撫でられるだけでも幸せだが、一度手に入った幸せを我慢するのは難しい。明らかな欲求不満を私は感じていた。
そしてなにより、私が消えてしまいそうで怖い。
主人格であるマルが今の状況を受け入れつつある。私の願望であることをマルが全てやってしまっている。私が生まれたのは元々マルのストレスと叶えられない願望という二つの原因があって、それが二つとも解消されかけている今、私はいつ消えてもおかしくない状態なのではないかと気づいた。
「どうかした?」
大地が心配そうに私に声をかける。表情に出ていたのだろうか。私がこんなことを考えていると心配させたくはなかったから
「何がですか?」
と空元気でしかないがとぼけてみせる。
ただ、大地は変なところでするどい感性を発揮してくる。隠し事については特に。例に漏れず今も私に疑うような目つきを見せている。
「バツはさ。僕にとって大事な存在なんだ。だからあまり無理はしないで欲しいし苦しいことがあったら言って欲しい。いつも言ってるけどね。」
大事って、マー君よりもですか?
そんな言葉が頭を過ぎる。駄目だ。そんなことを言ったら困らせるだけだと私はわかっている。大地は私もマルも二人とも大事に思ってくれているはずだ。
多分私が消えたとして悲しんでくれるんだろうな。消えたあとの想像をして悲しんでいる主人の姿を嬉しく思う自分は性格が悪いと再確認する。
だけどそんな優しい私のご主人様を悲しがらせないためにも存在していたい。消えたくない。残りたい。
そして私に対して彼を心配させたくはない。
「ありがとうございます。でもほんとに大丈夫ですよ。」
そんな理想を実現するために私は隠す。絶対に隠し通してみせると決心をする。
だが大地はそれでも私を見続ける。目が合ったままで、妙に気まずくなって私はとりあえず笑ってみせた。
とそんな時、唐突にカシャっと音が鳴った。音をした方をみると、そこには自分の両手につけられた手錠があった。私が呆気に取られているうちに足にも手錠がつけられた。
「え、あの…ご主人様?」
「なに?」
「これはなんですか?」
「手錠だけど。口答えするなんて珍しいね。」
あ、これ久々にスイッチ入っちゃっている。
スイッチが入ったというのはわかったが、いつもとは少し様子が違っていて目と口調から私に対する不満と怒りが存在を主張している。
まあ、それよりこの時の私は手錠の方に目がいっていてあまりそこら辺が気にならなくなっていたんだけど。
「これ私のために買ったんですか?」
「最低な僕がそんなことするわけないじゃん。僕が使いたいから買ったんだ。」
「そうですよね。ごめんなさい。」
照れ隠しだろう。今までマルにも見せていないんだからこれが初お披露目で、この頃ずっと私に対してお預けをしていたんだから。そうとしか思えない。
こんな大地を見るのは初めてだ。上手く言えないけどすごく嬉しい気持ちになった。
「お仕置きなんだからその顔やめなよ。」
「演技で苦しがってもバレちゃうので。私は簡単にご主人さまが見たい顔なんてしませんよー。それが悔しかったらご主人様が頑張ってください。」
消えてしまうかもしれないけど、不安はあるけど、今の私の頭にはそれらがはじけ飛んでいて代わりに大量の幸せがあった。マルや大地はよく歪と言うけれど、私にとっては幸せに違いないのだからそんなことはどうでもいい。
いずれ消える運命だとしてもどうせ後悔するなら幸せになる方を選びたいんだ私は。だからいくら歪であっても、不安があっても、その幸せを今はただ噛み締めるだけでいいのだろうと独りで納得した。