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たまに高いところから落ちる夢を見る。その夢では気づけば僕は高いとこにいて何の脈絡もなくそこから落下していく。そして体の奥の方がぞわっとする感覚と恐怖心で目が覚める。ネットで調べると割と他の人も同じようなものを見ることがあるらしく、メジャーな夢の内容なのかもしれない。


手に持ったそれを見た時、僕はその夢を見た時と同じように体が宙に浮いている浮遊感を覚えた。次に何故僕が今それを持っているかを考えて、それは考えてもわからなかったんだけど。ほぼ同時に「もしかして僕は取り返しのつかないことをやってしまったのではないか」とも思った。まぁ要するに、パニックになっていた。


「ちょっと、大丈夫!?」


そんな叫び声で現実に引き戻される。もっともそれは僕にかけられた声ではなく隣でぐったりとしたマルに対しての声だが。


「君何したの!?」


心配からくる焦りなのか、なにもせずただぼーっとする僕に対する怒りなのか、彼女の感情の矛先は僕に向く。


「何って」


僕の方が聞きたいぐらいだ。僕は何故これを持っているんだ。


「君がそれ取ったらマルが「大丈夫だよ。ちょっと眩暈がしただけだから。」


そう言い隣に座っていたマルが愛の言葉を遮った。正確にはバツだが、それを遮った。


「僕がこれを取った…?」

「そんな話今はどうでもいいだろ。大地も愛も落ち着けよ」

「いや、でも」

「愛。」


僕と愛をそう言って黙らせて、少し長めに息を吐くとバツはお茶を一口飲んだ。

さっきまでのマルより少し落ち着いた雰囲気のバツに愛は少し戸惑っているようだ。体のことについては少し話したもののバツのことについてはまだ話せていなかった。彼女が戸惑うのも無理もないし、僕も内心こんなに落ち着いたバツは見たことがなかったので戸惑っていた。


一瞬だが、またバツと目が合う。バツは静かに笑い、愛に聞こえないように呟く。


「これからやることは全て私が勝手にやることですから」


その言葉の意味はこの時の僕は全くわからず、何かをしようとしているのだけはわかったが止めるでもなく、僕はただバツを見つめ続けた。


「俺が元に戻れる保証はない。だから…やっぱり女同士は無理だよ。」


予想外の一言を冷たくバツは言い放ち、その場の全てが凍り付いたように静かになる。

僕は慌ててバツの肩に手を置き止めようとするも


「何言って「大地は黙っとけよ。」


その手はあっさり弾かれ話も遮られる。この時の感情を押し殺したようなバツの顔がなんだか妙に痛々しく思えた。何も言えず虚ろな感じで僕ら二人を見る愛をちらっと視界の端で見る。

バツを本気で止めることの出来ない僕は彼女を直視してはいけないような気がした。

バツは顔をすぐに愛の方に戻すと優しく諭すように言う。


「俺はお前を幸せに出来ない。愛、別れよう。」


その言葉を聞くと彼女はハッとしたような表情を挟んでからすぐ悲しそうな、縋るような目線でバツを見つめる。


「私の幸せを勝手に決めないでよ。私マルといられれば」

「愛は俺がいなくても幸せになれる」

「なんで!」


ダン、とテーブルを叩く音が響く。


「なんでそんなこと言えるの」


限界だったのか彼女の顔からは涙がぽろぽろと涙が落ちていく。


「というか、あんたマルじゃないでしょ。おかしいよ。マルはそんなこと言わないよ」

「何を言ってんだ。俺はマルだ。正真正銘な。」

「こいつが何かしたんだよ、やっぱりさっき。ずっと黙って何しに来たんだよあんた」


恨めしそうな表情でこちらを愛はにらみつける。僕は黙って俯く。罪悪感とか、自己嫌悪とかそういった感情に押し潰されそうになる。


「俺の大切な人にそんなこと言うのはやめろ。」

「は?」

「口で言ってもわからないか?」


そう言ったバツは僕らの不意をついてすばやく僕の顔を優しく右手で掴む。そして反応が遅れた僕の唇に次の瞬間柔らかいものが触れて、目の前にはバツの顔があった。

目を瞑って少し紅潮したバツの顔はすぐ離れていき、口元に不思議な感触だけが残る。


「なんだよそれ」


小さく震えた声が聞こえたと思ったら、僕の横を香水の匂いが通り過ぎる。そういえばこの匂いの香水はマル、そしてバツもよく使っていたもののような気がする。嗅ぎ慣れた香りだ。

店を出入りするときのチャイムのような音が店内に流れ、気づけば対面した席からは愛が消えていた。


「後でお仕置きしてもらってもいいですか。」


何かに謝罪をするみたいに頭を下げたまま、バツはそう言った。顔は見えなかったが少なくともいつものようにそれを待ちわびている様子ではなく、今の僕と似たような心情なのかもしれないと僕は勝手に同情した。




何も見たくなくて目を瞑っていた。何も聞きたくなくて耳を閉じた。何も感じたくなくて動かなかった。


僕は大事な話の途中にマルを閉じ込めた。何もできないように。

何故。衝動的にとしか。なんでそんな衝動が。

なんで。わからない。

なんで。わからない。

なんで。わからない。

同じことを自問自答し続ける。考えたくなくても起きていれば頭は動き続ける。眠ってしまいたかったが、今寝れる自信はなかった。


閉じている眼から唐突に光を感じた。誰かが電気を点けたみたいだ。とはいえ、この家に住んでいる人間の体は僕ともう一人分しかない。

僕はゆっくり目をあけるとこちらを見下ろすバツの姿がそこにあって、まぁそうだよなと一人で納得する。


「気に病む必要なんてないですよ。」


僕が耳から手をどかすのを待ってからバツはそう言った。


「私が全て勝手にしたことで、ご主人様は何も命令していません。なにより私がすぐ首輪をつければよかった話で、それが嫌だったから私はあんなことをしたのです。」


口調では淡々と言っているが、僕に向ける目線がとても優しいもので逆にそれが辛かった。バツはことあるごとに自分の責任であることを強調してくる。多分僕が首輪をとった理由を、頑な僕が理解しようとしないその理由を察して、あの行動をとった。僕の代わりに泥を被ろうとしている。


「…マルと話させてくれ。」


多分僕が立ち直るまでバツはそうやって僕に優しくし続けるんだろう。それがなんだかとても嫌な風に思えて、僕はそう言った。


「いいんですか?」

「話すことなんてないかもしれないけどね。」


バツは少し寂し気に笑ったあと自ら首輪をつけた。


目が覚めたマルは何も言わずに僕を殴った。一直線に飛んできた右の拳を躱す気にも、防御する気にもなれず顔面でそれを受けた。

すこしよろめいたあと、僕は床に倒れた。もうどうとでもなれと思った。


案の定マルは僕の上に乗って、一発、二発と僕を殴った。

歯を食いしばって、目からは涙をこぼしている。顔の下半分で怒りを上半分で悲しみを見ている僕に伝えてくる。


合計三発殴ったあと、振り下ろされた拳がゆっくり僕の胸の下らへんに落ちた。叩いた、ではなくただ触れただけだった。


「裏切者。」


とても小さな声の呟きだったが他に時計の音しかしない静かな室内でそれを聞き逃したりはしない。小さいから部屋には響かないけど、僕の中ではその声が大きく響いた。


「協力するっていったよな。お前にとっては邪魔ものの意思を尊重したり俺の人間関係ぶっ壊したりすることが協力なのか?」


僕は顔を縦にも横にも動かさず、何も言わずに目を瞑った。

頬に衝撃が走る。鈍い痛みの上に新しく鈍い痛みがもう一段積まれた。


「ふざけんな。なんか言えよ。なんで黙ったままなんだよ。…俺にはさ。これで正真正銘お前しかいなくなったよ。前は拒否したくせに、今日は邪魔して何がしたいんだよ。お前はどうしたかったんだよ。

なんでこんなことしたんだよ。なんでだよ。」


目を開けると、歪んだマルの表情が見えた。色々な感情が混ざって化学反応を起こして、歪ませて、それがとても魅力的に見えた。

そんなマルを見て自然に口が動く。


「なんでって…」


自覚していないふりをしていた。わかんないふりをしていた。衝動に、感情に、マルに、バツに気づかされた。


「支配したいんだ。全部。」


不意を突かれたようにマルは口を大きく開けた。言葉の意味が理解できてないようだ。最初にバツが来た時と立場が逆転したみたいで気分は最悪なのに自然と笑みが零れる。


「僕はマルを妄信していた。マルが唯一の友達だったから。人間の鑑とすら思ってたから。

けど女の子になってからマルは僕にしか見せない一面を、弱さを、美徳を、全て僕に曝け出してくれた。それがたまらなく興奮した。独占して、僕から離れないようにしてやりたかった。」

「やめろ」

「今考えれば嫌だったんだ。僕のマルを取られるのが。しかもこの姿のマルに気づくんだから相当マルのことを知ってるんだろうしちょっと嫉妬しちゃうな。

マルは優しいから。僕は最低だから。多分あのままだったら愛さんの方に行ってたよね。だからお前を閉じ込めた。まああの時はそんな理由なんて考えてなかったけどね」

「やめろよ」

「さっき自分で言ったろ?マルには僕しかいないって。そこまでの存在になれたなんて嬉しいよ。ここまでくればマルが僕の前から消えるなんてことは絶対に「やめろって言ってるだろ」


胸ぐらをつかまれて上体を起こされる。

思わずため息がでた。片方の腕で華奢なマルの腕を掴み、もう片方の腕で自分の体を支える。そして完全に体を起こして、お腹の上らへんにいたマルが今度は背中を地面につける。

腕を掴んだ時にわかったんだけどマルは震えていた。上になった時にマルの表情が絶望一色に塗りつぶされたから、マルの可愛さも抜群に強調される。


「どうしちまったんだよ大地。あんなに優しかったのに。こんなのおかしいって。」

「マルが人に隠してた面があったみたいに、僕のこれも隠れてただけだ。僕の場合は自覚してたわけじゃないんだけどさ。

それにさ。今みたいな状況をマルも望んでたんじゃない?」

「そんなこと「あるよね?バツの存在もだし。勢い余って飼ってとも、首絞めていいとも言ったよね。なにより毎日僕とバツのやりとりを見てまだ僕から離れないんだから期待してたんでしょ?」

「違う。」


マルは自らの顔を残った手で隠そうとしたが、そちらの手も僕は掴んで隠すことが出来ないようにした。

目をしっかりと見る。怒りも恥ずかしさも悲しさも恐怖も、全部全部そこにはあって、いつも見れないマルがそこにいて、一層興奮を煽ってくる。


「愛さんがまた付き合おうって言った時も僕の方チラッと見たよね?飼い犬がご主人様に気を使うときみたいに上目遣いで。僕に止めて貰いたかったんだよね。本当に可愛いよ。僕だけの。僕だけのマル。」

「そんなつもりじゃ」

「マルは本当に聞き分けが悪いね。バツも最初言ってたけど。やっぱり駄目な子はしつけないといけないのかな。」


僕は両腕を離してそこに手を伸ばす。抵抗はするんだけど、心なしか力が弱い気がして微笑みが漏れる。

手がマルの首に触れた時、彼の口角が一瞬だけ上がった。勘違いかもしれないけどそんな気がした。


「やっぱりそうじゃん。」


僕は手に力を入れる。今僕はマルを完全に支配している。組み伏せている。

彼の歪んでいく顔を見て、たまらなく興奮した。客観的に見て、僕は下種野郎に成り下がったのかもしれないけどそんなことはどうでもよかった。だってこれが僕らの愛し方、愛され方なんだから。


首から手を離すと


「糞野郎が。お前なんかに俺は、屈しない。絶対。」


そんなことをマルが言った。あぁ、そういうスタンスでいくんだ。と内心僕は驚きつつも僕は妙に納得して、想定内で収まってくれるマルが妙に愛おしく見えてきて僕は彼を抱き込んだ。

妙に速い鼓動。上がっていく体温。マルの全てが今の僕には筒抜けだ。


「本当に悪い子だね。マルは。けどマルは僕から離れないよ絶対。僕もマルを見捨てたりしない。何があっても。」


耳元でそう囁くと、マルはピクピクッと震える。こういうのも好きなんだ。

けど僕的にはマルの顔が見れなくてイマイチなんだよな。


僕が自らの欲求に従ってマルと顔を向かい合わせるとマルが視線を逃がす。逃がすので絶対にこっちを見てくれるように一度キスをしてやる。昼間のバツの時は、一瞬で楽しめなかった分こっちは少し長めにしてみる。今度バツにもやってあげたいななんて思うけどこんなこと考えながらキスするのはマルに悪い気がする。

それが終わったあとマルの視線がようやくこちらに向いたので言ってやった。


「絶対に誰にも渡さないよ。僕のかわいいペットたち。」

プロットによると次回最終回です。

ということで次回最終回です。

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