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「飼ってください」


インターホンが鳴らされて、玄関の覗き穴から外を見ると見知らぬ女性が立っていた。なんとなく見た目から子供っぽい印象を見せるその女性を僕は警戒した。宗教とか新聞とかそういう面倒くさい勧誘だと思って、居留守を使えばどこかへ行くだろうと勝手に決め込んだ。


そうしてまた部屋の方に戻って、やっていたゲームを再開すべくコントローラーを手に取ると、二回三回とインターホンがまた鳴らされた。最初はハッとしたが最近の勧誘は悪質だなけどすぐにどっかにいなくなるだろう、なんて僕は考えた。

しかしインターホンは鳴りやまず数秒ごとにピンポーン、ピンポーンとなるもんだから流石に限界がきた僕は玄関を開けた。


女性は僕を見ると悪びれもせず前髪を後ろに流してから少し笑って「やっと出てきた」といった。そして冒頭の一言を付け加えると頭を下げた。


「は?」


自然に口から出てきた。英語で言うなら「what?」。彼女の言動が少しも理解できなかったのでこれぐらいしか言葉が出てこなかった。この時点で僕は大分恐怖を抱えていて、冷や汗がじわじわと出ているような、体中の体温が上からスーッと抜けていくようなそんな感覚に襲われた。

そんな僕の様子を見て、何を思ったのか


「鈴原大地さんですよね?飼ってください。」


彼女は念押しするように言った。

どうやら彼女は僕の名前まで知っているらしい。恐怖が限界に達した僕は警察に通報するべく玄関のドアを急いで閉めた。しかし彼女はすかさずそこに足を突っ込んできてそれを防いだ。無理やり閉めようとしても彼女が譲ってくれないもんだからそりゃ閉じられないわけで、観念した僕はもう一度ドアを開けた。


「とりあえず中に入れてもらっても?」


気味の悪い笑顔で彼女はそう言う。


「いやそれだけは、その、」

「ダメですか?」

「ダメっていうか、その、いやダメです。絶対に。」

「何故?」

「怪しいから」


彼女は意味が分からないという風に首を傾げた。意味が分からないのはこちらだと言ってやりたかったが、僕は話を続ける。


「そもそも誰ですかあんた?」

「ご主人様のペットです。わんわん。」


無機質に、淡々と彼女はそう言うと、両手を頭の上に乗せて手で耳をつくった。少し可愛らしいななんて思ってしまった自分に危機感を覚えたがやはり目の前の女は不審者でしかない。この言葉でそう確信した。

初対面の男に対して「あなたのペットです」なんて言う人間、狂っているとしか思えない。


「警察呼びますよ?」

「やめてください。私はペットになりたいだけなんです。早く首輪をつけてください。」


どうやら会話が出来ないようだ。話している言語は日本語なのに相手の言葉が理解できる気がしないし、こちらの言葉が伝わっているという手ごたえすらない。


「首輪のつけ方って知ってます?こうやって、一回ロックを外してから首に着けてやるだけでいいんですよ。ほら、ほら。」


ズボンの右ポッケから首輪を取り出すと、僕に押し付けてくる。もうここまで来るとこの女は妖怪とかそういう類なのではないかと思ってしまう。


「そういうプレイなら他所でやってもらえますか?」

「しょうがないですね。特別ですよ?今回は私が自分で着けます。」

「あの、だから…」


僕が言葉を言い終える前に、目の前で彼女が倒れた。カチ、と首輪のロックがハマった瞬間にはもう彼女は白目を剥いて倒れていた。


「は?」


僕はただ呆気にとられるしかなかった。不条理の現象の連続にもはや自分の心が耐えられる気すらしなかった。「お母さん」と、北海道の地にいる母親に助けを求めてしまうほどに心が疲弊していた。


いや、ぼーっとしている場合ではない。いくら不審者といえど目の前に倒れた人間がいるんだ。こういう時はまず、救急車か?いや意識があるか確かめるのが先?そもそもこれ本当に倒れたのか?倒れたフリとかではなく?


あ、だめだ。頭がこんがらがって全く働いてくれない。


「うん?」


足元から声が聞こえる。倒れた彼女の方から発せられた声のようで、そこを見ると彼女はもぞもぞと動きながらゆっくりと起き上がろうとしていた。


「あ、大丈夫ですか?」


さっきまで怪しい言動ばかりしていた彼女に、パニックになってなにもできなかった僕が、そうやって心配するのはなにかおかしいような気はしたがとりあえずそう声をかけた。


「あぁ。大丈夫…」


そう言いかけたところで彼女と僕の目が合ったんだけどその時の彼女は不思議な反応をした。ギョッとしたような。何か見てはいけないものを見てしまったような。目を見開いて大きく口を開けた表情を見せた。

次に彼女は首を左右に振って周りの状況を確認したかと思うと、一度深呼吸をしてもう一度こちらを見た。

まるで仕切り直しをするような仕草に、僕は心の内でさっきのような意味不明な言葉を発するのではないかなんて思って警戒した。


「大地?」


だが実際に聞こえてきたのは僕の名前だった。彼女はさっきも僕の名前をフルネームで言っていたし不思議なことではないが今度は疑問符をつけたようなイントネーションで僕に言った。

そのせいか、彼女が別人のように見えて。というか、僕の中ではある人物と彼女の表情が完璧に重なってしまっていた。どことなくそれに似ているんだ。ありえない話だが本人のようにも見えた。


「いや違う。」


小声で彼女は言った。その言葉を聞いて僕は妄想から現実に返ってくる。そう違うはずだ。ありえない話だそんなことは。


「ちが、違うんですよ。知り合いと間違っちゃった。なんか、私?酔っちゃったみたいで~。気づいたらここにいたんです~」


どう考えても苦しい言い訳をして彼女は苦笑いをした。ちなみにお酒の匂いは一切しない。

そして焦ったように立ち上がると謝罪の言葉を言いながら逃げ出した。

思わず待ってくれと僕は言いそうになったが、そう言う前に彼女は転んでしまって、ヘッドスライディングをするような形で倒れた。

すぐさま駆け寄ると今度は涙目になってくしゃくしゃの顔を僕に見せる。いや、本人は隠しているみたいだったけど。

そういった仕草とか、わかりやすい表情とか、やはりどことなくあいつに似ていて。ありえないのに。妄想でしかないはずなのに。

僕は思わず声に出した。


「マル、なのか?」


思わず。思わずだ。正直しまった、と思っていた。そのせいで多分今の自分の顔を鏡で見たら思いっきりマヌケ面なんだろうなって軽く想像がつく。

普通だったら相手にドン引きされて終了。相手がイカれた不審者だったらさらにそこから意味の分からないやりとりに発展するわけだけど、彼女はどちらのルートも辿らなかった。


「なんでわかるんだよ」


ドン引きしているのには違いなかったんだけど、終了なんて言わずにこの話はさらに続いていくということらしい。

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