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カリカリカリ
シャープペンシルを走らせる音が響く教室で、少年は普通の授業を受けていた。意外かもしれないが、彼らは普通に学校に通っている。働くのは裏社会。表では一般人と変わらない暮らしをしているのだ。
キーンコーンカーンコーン
ベルが鳴ると同時に生徒達は教室から飛び出していく。少年はクラスメイトの流れに乗って歩いていた。
くぁっと欠伸を一回。数学の授業が眠かったようだ。―っと
「オイ、俺の観察日記付けてんじゃあねぇ。」
「バレたか。気配消すの上手くなったと思ったんだけどなぁ。」
ボスはお気付きだったようだ。首根っこをつかまれてしまう。とはいえ、俺の方が身長が高いため、見下ろす体勢になってしまうのだが。
「カリカリやってる音で気づくっつーの。行くぞ。今日は週に一度の半額日だ。給料無駄にするんじゃねぇ。」
ボスは獲物を目で捉えると、一目散に駆けていってしまった。生徒の間を縫うように走り、焼きそばパンを手にして戻ってくる。
「昨夜のことで怒られた。一般市民にガスを使うな!!だってよ。」
「もうアレ使っちゃ駄目なの?いい作戦だと思ったんだけどなぁ。」
昨夜はアイドルグループがサンプルとして組織に渡るのを防ぐ仕事だった。
まず俺が天井に合図を送って、天井から微量のちょっと興奮させる薬を、待機していた二人に注入させる。興奮した客がステージ上で騒いでくれている内に、おろおろしているマネージャーを捕まえて、ちょっくら脅し、受取人の居場所を吐かせる。あとはボスが受取人を簀巻きにして終了である。これまでになく迅速な対応だったというのに、一般人の利用は認めてもらえないらしい。
プルルルル
ボスは「出ろ」と言ってスマホを俺に放り投げてくる。まったく、人使いが荒い。
「ハイ、はい、了解です。ハイ?あ、ちょっと!!」
ぶつんと通信が切れた。言いたいことだけ言われて切られたので、ボスに用件を伝えておく。
「本部からの呼び出しぃ?怒られるんじゃないだろうな?」
ボスは思いっきり嫌そうに顔をしかめる。
「それでさ、なんか俺達全員来いって。ボスだけが怒られる訳じゃないから安心しなよ。」
「怒られる心配なんぞしてねぇ。あいつら呼んで来い。行くぞ。」
「オーケー」
カツン、カツンと靴の音だけが響く長い通路を歩いて行く。ひんやりとした空気が肌に刺さる。
「さっむー。ココ暖房付けられないの?」
「文句言うなよ。お前が半袖なのが悪いだろう。」
嫌味を言いつつも、黒ずくめはマフラーを貸してくれる。
「ついたぞぉい。ここじゃ。」
本部への入り口は毎回変わる。奴らに拠点を知られない為だ。それでも正確にたどり着けるのは、そこの幼女のお陰である。
「よし、お前からいけ。」
「なんで⁉ボスから行ってよ!」
「あのおっさんが着地地点で待ち構えてるかもしれねーだろ!」
「嫌だよ俺!司令官に潰されるなんてボスじゃないと死ぬって!」
「うるさいのぉ。」
ドカッ
「「あ」」
しまった。ぎゃいぎゃいやっていたら幼女に突き飛ばされた。俺達は成す術もなく、虹色のワープ装置に飲み込まれる。
「あああ~っ!ホラ、ボスが先に着地して!俺はその次降りるから!」
「それオレが踏み台じゃねーか!お前と司令官のダブルキックなんて死んでもヤダ!」
「キックしないよ!あ、ヤバいヤバい!もう出口だ!」
ドスン!ぐしゃ
ん?着地成功?でもぐしゃってなんだ?ぐしゃって。
「いてぇ。」
ボスが腰をさすりながら立ち上がる。どうやらどちらも踏みつぶされずに済んだようだ。
不意に威圧感を覚えて振り向く。司令官がソファーに座ってのんびりとお茶を飲んでいる
―ように見えるが騙されてはいけない。
彼はかつて、組織の大拠点を潰して回った狩る者の一人。今は60も過ぎて司令官をやっているが、パワーだけならボス並みの人間だ。
タン、トン
「今回の通路は長かったのう。自信作かね?」
「そうだな。主には見破られたようだが。」
あとの二人もやってきた。司令官の自信作を見破る仲間には本当に感心してしまう。
「学校の途中だっただろう?すまなかったね。」
「別にぃ。早退するっつってきたしぃ。」
そういいつつもボスは不機嫌そうだ。新作のデザートが食べられなかったせいだろう。明日おごってあげよう。
「今日の任務の前に伝えておかなくてはならなくてね。では、本題に入る。」
司令官の一言で、空気がピリッと張り詰めたものに変わった。