2話 雪とジェナ
私は魔法が使える。
この世界の人間は皆魔法が使えるらしいけど、私はこの世界の人間じゃない。
私の生まれた世界では、基本的に人間は魔法が使えなかった。
なら何故か。
答え、知らない。
リコ曰く、世界を越えたときに強い力が働いてそれに影響されたんじゃないか、とのこと。
世界を越えるというのは、とてつもない力を必要とするらしい。
神の御業とすら呼べるそれを、いったい誰が、何のために行ったのかはわからないけど。
リコは難しそうな顔をしながら「どれだけの犠牲を払ったのだろう」と小さく呟いていた。
私は何のためにこの世界に連れて来れられたのだろう。
「クルシェットさん」
「ジェナさん?」
ぼぅっと本を見つめていると、本棚と本棚の隙間から美しい人が私を呼んだ。
最近判明した事実によると、彼女は幽霊らしい。
透けておらず触れることもできるジェナさんは、しっかりと地面を歩いている。
「今日は気分が良くない日?」
こてん、と首を傾げた美しい女性は、私の対面の椅子に座る。
改めてリコと似ていると思った。
髪が茶色でふわふわしているからだろう。
穏やかそうな気質も、柔らかい口調もどことなく似ている。
「朝からツイてなくて……」
今日は朝から散々だった。
寝坊して、朝ごはんを焦がして、手鏡を割ってしまった。
その片付けに追われている間に、時間は過ぎ、遅刻。
授業中に痛みを感じて見た腕には、結構深めの傷ができていた。
血が垂れなかったのは、ブレザーが吸い込んでいたから。
ぱっくり切れた腕は治してもらえたけど、シャツとブレザーは時間が無くて断った。
次の授業は厳しくて面倒な先生だったのだ。
血って落とすのが大変らしいけど、魔法でもそうなのかな。
落ちるといいなぁ、とため息混じりに呟く。
「だから制服じゃないのね」と言ったジェナさんに首肯する。
さすがに血が付いた制服で一日行動するのは嫌だったから。
校則が緩かったおかげで、制服じゃないのが目立たないのが幸いだ。
「制服はどうしたの?」
「事情を話したら、ガレーシア先生が預かってくれました。洗ってくれるらしいけど、落ちるのかなぁ……」
「ガレーシアさんなら大丈夫よ。きっと新品よりも綺麗にして返してくれるわ」
それならいいのだけど、それだけじゃないのだ。
わざわざ言うほどのことではないけど、なんとなく、良くないことが起こるような……そんな気がしてならない。
ツイていない日はとことんツイていないから嫌になる。
「そういえば、頼まれていた本だけど絶版しちゃったみたいでね、渡せそうにないの」
「……そう、ですか」
良くないことがまた一つプラスされた。
ジェナさんは悪くないけど、結構心に来る。
図書室に詳しいジェナさんに尋ねたら「司書さんに掛け合ってみるわ」と言ってくれたので待っていたのだけど……残念ながら、そうなってしまったようだ。
まあ、結構古い本だったし、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。
隣町の図書館に行ってみようかな。置いてあったらラッキーくらいの軽い気持ちで。
「代わりにでもないけれど、図書室の中の探し物だったらいつでも手伝うわ」
「え、大丈夫ですよ。そもそもジェナさんが悪いわけじゃないんですから」
「そう?でも、困ったらいつでも頼って頂戴。一生懸命なんだもの、力になってあげたいわ」
私はそれに苦笑いを返す。
ほかに図書室を訪れる生徒のように、勉強するつもりでここにいるわけじゃない。
それに彼女は学校の関係者ではあるものの、先生とか司書とかではないらしいから。
善意でここにいてくれているらしい彼女に、あまり迷惑はかけられない。
「じゃあ代わりに、貴女に良いおまじないを教えてあげる」
「おまじない、ですか?」
「ええ。自分にかけるのもよし、人にかけるのもよしの特別なおまじない」
そうして私はおまじないを教えてもらった。
早速自分にかけると、ジェナさんは「運気上昇の効果は無かった気がするけれど……」と言っていたけど、そこは気分の問題だから気にしない。
うん、少し気分上昇した。
私は、何かいいことあるかもしれないなんて無理矢理だけど、能天気に考えてみる。
……考えてみるだけでは駄目らしい。
「あんたなんて死ねばいいのに!!」
可憐な少女の口から溢れるのは、ナイフのような鋭利な言葉。
彼女の手によってびしょ濡れになった私の頭に一言が浮かんでくる。
ああ、帰りたい―――と。